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後日談その2:リースグラートという聖剣

 屋敷に戻ると二人の少女が追いかけっこをしていた。

 双方とも見慣れた少女である。


 唐突な光景に立ちすくむ俺の目の前で、少女が跳びかかり、のしかかるようにしてもう片方の少女を下す。そのまま頭を押さえつけ、マウントを取った。あまりに鮮やかな動きに、一瞬息をするのも忘れる。


 一人はレビエリ。

 気静剣レビエリ。触れれば粉々になってしまいそうな繊細な容貌。若草色の髪を小さくポニーテールに結っている、この世のものとは思えない美しい少女だ。

 ちなみに、彼女の尻尾は出会った時よりも大分短くなっている。髪型の好みを聞かれて何気なくショートと言いかけたら躊躇なく自らの髪を鋏で切り始めたせいだ。慌てて止めたのでまだ結える程度に残っているが、そうでなければ間違いなく彼女の髪型はショートになっていただろう。

 その行動からも分かる通り、穏やかで繊細そうな見た目に反してその内に秘める炎は何よりも苛烈で、最近では何を勘違いしたの俺の望みを叶えることこそが自分の天命と思っている節が有る少女だった。超可愛い。


 方や、レビエリに馬乗りになられている少女の方を向く。

 白銀の輝くショートカットの女の子だ。背の高さはレビエリよりも高いが、涙に潤んだ眼をしているため、被捕食者だとはっきりわかる。


 だが、彼女はただのダメな子ではない。


 その銘、銀衝剣リースグラート。アホの子に見えてその実、アホな聖剣である。ただし、その性能はすこぶる高く有する権能は一万倍の切れ味を実現し、触れたあらゆる物を切り裂き、振れなくても刃の延長線上に自動的に放たれる銀の衝撃波であらゆる物を薙ぎ倒すという物騒な剣でもあった。一万倍って何と比較して一万倍なのかは永遠の謎だ。そして一万倍で何故衝撃波が出るようになるのかも謎だ。


 くんずほつれつ、絨毯の上でプロレスを繰り広げる二人。

 二人とも、格好はこの屋敷を整備している女中が着ている服と同じだ。俗にいうメイド服というやつである。

 日本の秋葉原などでよく見かけた物とは異なり、実用本位であり丈は長く生地も厚く露出も殆どないため、暴れまわっても衣類の乱れは殆どないが、俺が来る前から暴れまわっていたのか微かに蒸気した頬はどこか色っぽい。


 部屋も乱れまくっている。椅子が何脚も横になり、ちゃんと本棚に並んでいたはずの本が無造作に山を作っていた。どれだけ暴れればこんな状態になるのかさっぱりわからない。割れ物がなかったのが不幸中の幸いか。


「……お前ら、何やってるんだ?」


「あ! 勇者様! おかえりなさいませ! 少々お待ちください。今リースちゃんを……元に戻すので」


「!? や、やーだー! たす、助けてー! ゆうしゃさまー!」


 腕をねじり上げるレビエリに、地獄の亡者のように腕を差し出してこちらに助けを求めるリースグラート。砂漠で遭難中にオアシスを見つけたかのような表情。


 ……本当に何をやってるんだ。


 どうしていいやら、状況を把握しようとする俺に、レビエリが満面の笑顔を向ける。リースグラートの泣き顔とギャップがありすぎて怖い。

 リースグラートの頭をぐいぐいと絨毯に押し付けながら、腕を脚で押さえつける。本来そういう挙動を想定していないのだろう、長いスカートがめりめりと張っていた。


「後ちょっと、あとちょっとで封印出来るので!」


「……え? ……いや……何で?」


 そんな事、望んだ覚えはないんだが……

 元々リースグラートは力を失った聖剣で、意志のない剣だった。

 多分、『元に戻す』というのはその状態に戻す事を指しているのだろう。

 リースグラート、ガチ泣きである。流石に可哀想だ。元は悪くないのに涙と鼻水と涎ででろんでろんの顔はお世辞にも綺麗と言えない。


 その表情を見ても顔色ひとつ変えずにレビエリが答える。


「リースちゃん、竜を斬ったせいで力が高まっているみたいで……封印が……すっごく硬くて……」


 そうじゃねえよ!

 誰が封印できてない理由聞いてるんだよ!


「いや、何で封印ができていないか、じゃなくて何で封印しようとしているのか聞いてるんだが……」


 レビエリが某かの決着をつけ、屋敷に戻ってきてから既に一週間が経過していた。

 次に試す聖剣はフレデーラと聞いている。レビエリは俺の日々の生活の世話をしたいのでついてくるという話だったが、リースグラートは無関係のはずだ。

 というか、顔を見るのも随分と久しぶりだった。


 次の目標も決め、準備をしている段階でこの光景である。流石に正気を疑わざるをえない。


「え? 勇者様……だって勇者様、魔法剣……気に入っていたじゃないですか?」


「……お、おう」


 確かに、聖剣に戻る前のリースグラートの切れ味は素晴らしかった。

 肉だろうが骨だろうが鉄だろうがバターのように切り裂くその力は、本来の力を取り戻す前でさえ一般の武具とは隔絶していた。

 ここ一週間、聖剣に戻ったリースグラートの代わりに様々な武器を振るってみて、なかなかしっくりこなかったのも事実だ。


 だが、しかしそれにしたって……


「例え聖剣としての力を封印されていたとしても――リースちゃんは割りと強力な剣です。絶対に勇者様の力になります」


「……いや、別に……封印してまで欲しくないわ! 可哀想だろ、リースが」


 仲間の意志を再度奪おうとか、最低である。しかも悪気なく俺のためにやろうとしている辺り、救いようがない。

 猪突猛進とは違う、彼女は愛が……重いのだ。残念ながらその状態を表現する言葉を俺は持たないが……


「可哀想じゃないです! 勇者様のお力になれるなんて……私も……代わりたい」


 眼が本気だった。

 背骨を撫でられたかのようなぞくぞくする悪寒が全身を駆け抜ける。


 レビエリの下で荒い息をするリースグラートに視線を向ける。

 聖剣ってのもなかなか大変なんだな……人も剣も相互コミュニケーションが一番大変なのは同じ、か。

 ってそんな真面目な話でもなさそうだが。


「ほら、レビ。そこから降りるんだ」


「でも……勇者様……はい……勇者様、本当にお優しいです」


 もぞもぞとリースグラートから降り、レビエリが頬を赤くしてこちらを見上げる。

 いや、普通だよ。これが普通だよ。

 人としての規範に則ってるだけだから! そもそも、原因お前だろーが!


 レビエリが降りた後も、リースグラートはうつ伏せになったまま動かない。

 掴まれた右手首が赤くなっている。どれだけの力で掴まれていたのか。


「うぅっ……あ、ありがどうございまず……」


「……よしよし」


 足元に縋りつくリースグラートの頭を撫でてやる。苛烈って本当に容赦しないのな。

 レビエリがちょっと羨ましそうにこちらを見ていたが無視した。


「そもそも、ちゃんと剣は貰ってきたしな」


 背負って来た灰色の布で包まれたそれを絨毯に置く。頑丈な床がそれだけで僅かに軋んだ。


 結局、既存品に気に入った品がなかったので、王家御用達の鍛冶屋にわざわざ打ってもらった品だ。

 鍛冶屋の腕も悪くないが、何より素材がかなりの高級品――この間対峙した漆黒明竜の素材を元に作った品である。

 どの素材をどう組み合わせたのか、そしてそれによってどうして剣が強化されるのかはわからない。が、本職が強化されたというのだから強化されたのだろう。


 リースグラートが泣くのをやめてうつ伏せになったまま、顔だけでそれを見上げている。

 同じ剣として、興味があるのか?


 視線の中、剣全体に巻きつけてあった布を取り払った。

 その大きさ、俺の身長まではいかなくても、レビエリと同程度はある巨大な剣だ。

 黒の鞘もまた、竜の皮を元に作成されたもの。あらゆる魔法に対する耐性と頑強性を持ち、刃を必要としない際はそのまま殴ってもいいと聞いている。


 レビエリが眉を微かに顰め、手触りでも確かめるように剣に軽く触れる。


「……あの竜の素材を使った剣、ですか……」


「ああ。どうも祝福やら何やら付与するのに時間がかかったらしい」


 龍玉。俺を元の世界に戻す程の魔力を秘めていた宝玉だ。

 結局、即座に帰還を断ったため、余った魔力を武器の強化に使ってもらった。その結果が、これだ。唯の剣に見えるが、その実竜の魔力により様々な呪いが施されている。

 聖剣には劣るかもしれないが、これだって並の武器と一線を画している事に違いはない。


 剣を抜く。軽い。

 いや、一般人は勿論、訓練を受けた騎士からしても相当に重いものらしいが、俺にはまるで棒きれのようにすら感じる。

 俺の身体能力は一体どうしてしまったのだろうか。レベル?


 抜身の刃は鞘と同様に、まるで黒塗りされたかのような漆黒をしていた。シャンデリアの明かりを吸い込んで静かに輝く。

 これを振るう俺を見て勇者と呼ぶ者はいないだろう。


 どう考えても魔の側の剣だった。鍛冶師も俺に渡すべきか真剣に迷ったらしいが、威力が高ければなんだって構わないのでありがたく頂いた。リースグラートと比較して刃渡りが大きく重量があるのは、この剣を打った際にどうしてもあの切れ味による破壊力は再現できず、それを『叩きつける』力で補おうとしたためだ。今後は『切り裂く』ではなく『叩き潰す』戦法を取っていくことになるだろう。


 俺の筋力は今やミノタウロスを遥かに超える。聞いた話ではあのミノタウロスを超える筋力の魔物はそうそういないらしいし、技術がなくともやたら力がある俺にとって、さしあたっての武器としては最適だ。

 といっても、別に切れ味が悪いわけではないのだが……以前まで使っていたあの魔法剣の切れ味が鋭すぎたのだ。あれに匹敵する切れ味の剣は奇跡でも起こらなければ再現できないとの事だった。


 抜身の剣の側に二人が集まってきた。

 刃渡りを真剣な表情でレビエリとリースグラートが検分する。


 観察する事数分、レビエリがまるで獲物を襲う蛇のような瞬発力でリースグラートの関節を極めた。

 唐突で俊敏。俺でも避けられなかっただろう、そんな動き。


 とっさに、床に腕をついてリースグラートが抜けだそうとするが、脚をばたつかせるだけで全く動けていない。


 ちょ……


「な、何やってんだ……」


「ちょっと待って下さい、勇者様! そんな、『ナマクラ』じゃなくて……生きのいい聖剣、捧げます!」


「センパ……ちょ……ムリー!」


 ナマクラ……

 鍛えてもらったばかりの刃こぼれ一つない剣を見る。勿論、試し切りは完了していた。

 流石に竜は試せていないが、金属鎧程度ならば一振りで叩き潰せる剛剣だ

 気持ちはありがたいんだが、レビエリは俺の持つ武具としてどの程度の基準を設けているのだろうか……


 ……確かにリースグラートの切れ味は本当に凄まじかったが……


「何、ですか? リースちゃん、私の、勇者様に、あんなナマクラ、持たせるつもり、ですか?」


「え……や、いや、でも……封印は……」


 リースグラートも、この剣がナマクラであることには異議はないのか。

 テンションが下がる。


 これ竜の素材使ってるんだけど? これレアリティSSS級の竜の素材使ってるんだけど? ……あれ?


 手に入れてそうそう二人の聖剣からナマクラ判定された剣を見る。これを渡されて割りと興奮した俺は一体何だったんだろう。

 名前、何てつけようかわくわくしながら帰って来たのに……


 一度ため息をついて、丁寧に鞘に刃を収めた。

 ……大丈夫。誰がなんと言おうと俺はお前の味方だ。共に世界を救おうぞ。


「あ、そ、そうだ! ゆ、勇者様! あれです! 封印しなくても、僕を顕現化すれば――」


 そんな俺の意志を無視して、とうとうリースグラートはプライドを投げ売りし始めていた。まぁ封印される危機を目の前にして細かい事は気にしてられないんだろうな。

 リースグラートの必死な表情にため息をつく。


「俺はリースを顕現化して使うつもりはないぞ」


「え?」


 リースグラートとレビエリの動きが止まる。驚いたようにこちらの表情を見る。


 やれやれ。当たり前の話だ。

 レビエリの権能は酷すぎたが、リースグラートの権能だってそれはそれで凄まじいものだ。

 どのくらい凄まじいかっていうと、雑魚を相手にするのに使えないくらいに凄まじい。


 だって剣振る度に銀の衝撃が出るんだぜ?

 確かに威力は高かったが、あんなもの雑魚相手に振るっていたら地形が変わってしまう。


「お前、あの銀の衝撃波って止められるの?」


「……いや、あれは……切れ味、だから……」


 わかっていた。その回答はわかっていたよ。

 あれ、衝撃波じゃないんだよな、お前の中では。唯の切れ味なんだよな。

 漆黒明竜の首を刎ねる際もずっと出てたもんな、あれ。

 正直、切りにくくてしょうがなかったよ。


 レビエリが深刻そうな表情でリースグラートに色のない視線を向ける。


「勇者様が……そういうなら、やはり封印するしか……」


「封印しなくて良いって。レビ、気持ちは嬉しいけど、俺はこの剣で戦うよ。ほら、リースを離すんだ」


「きゃ!?」


 レビエリのお腹に腕を回し、引き離した。相変わらず軽いなぁ。

 一瞬、身悶えしたが、すぐに大人しく動かすのをやめる。ただ、その髪の隙間から見える耳が真っ赤になっているのが見えた。

 好意を振りまく割には身体的な接触は苦手らしく、触れるとすぐに真っ赤になるのだ。


 自分から胸を押し付けたりしてきた癖に、女心……聖剣心というやつはまったくもって理解不能だ。

 レビエリの身長はそれほど高くないので、持ち上げると足が付かない。

 髪が頬に触れ、くすぐったかったが我慢した。


 腕の中で、ぽつりぽつりとレビエリが呟く。後頭部しか見えないので表情はわからない。


「……でも、勇者、様……その剣だと……心配、です。私、勇者様が、死んじゃったら……」


 心配性な娘だ。この世界にも大分慣れてきたし、またあの竜のような化物が出てこない限りなんとでもなる。

 安心させるように頭に顎を乗せる。


「大丈夫、今回はフレデーラもいるし、レビもついてくるんだろ? いざという時にはレビを使わせて貰うよ」


 ……周囲に影響なさそうだったらな。


 しかし、ここに来るまでは勇者ってのは魔物をぶった切ればいいものだと思っていたが、まさか聖剣のカウンセリングまでしなくてはならないとは……本当に斬新な事だ。


 身体を解放されたリースグラートがゆっくりと起き上がる。顔を袖でごしごしと拭う。

 先ほどまでとは違う、ぼーっとしたような表情。

 整った眉目の下で銀色の虹彩が揺らめいている。何だかんだ、彼女もレビエリ程ではないが随分と美人なのだ。聖剣は皆将来を期待出来る美人さんばかりである。あくまで将来だが……


 やがて、脳内で某かの決着がついたのか、リースグラートがどこか拗ねたような目つきでこちらを見つめる。


「……むー……確かに、その剣は僕よりもナマクラです、勇者様」


「お、おう……」


 わかったわかった。

 わかったから、これ以上俺の未来の愛剣を馬鹿にしないで……


「……レビ先輩に同意するわけじゃありませんが……勇者様がもしも……僕に匹敵する剣を欲するのならば、僕の姉妹剣を手に入れるのが一番の手かと思います」


「……姉妹剣?」


 聞き慣れない言葉だ。

 リースグラートが小さく頷く。凛とした真面目な表情。理知的な眼。

 真面目に話してれば一番マトモそうな娘なんだけどな……


「はい……僕は、名匠、ロダ・グルコートの打った三本の剣の一振りなので……後二振り、僕と同等の威力を持つ剣が存在するんです」


「ああ、そういえばレビも似たような事を言ってたな……」


 考えてみると、漆黒明竜が出る直前に宝物庫を訪れたのもそれを探すのが目的だったのだ。

 ゴタゴタしすぎててすっかり忘れていたが……


 同等の威力を持つ剣、か。

 成る程、『魔法剣』リースグラートと同等の切れ味を持つというのならば是非欲しいが――


「この城の宝物庫にあるのか? いや、そもそもその剣も聖剣なんじゃ……」


「はい。鉄砂剣ルーセルダストと金閃剣アグニム、それが僕の後に打たれた聖剣の名前です。この国にはないですが……」


 聖剣のバーゲンセールなんだが……一体何本あるんだよ。グルコートさんパねえ。

 何か聞いてるだけでげんなりしてくるな……聖剣多すぎてもう名前忘れそうなんだけど……

 いや、それ以前に――


「この国にないなら手に入らないだろ」


「……すいません。その剣より切れ味のいい武器と言ったのでつい……」


 いや、言ってないけどね、そんな事。


 必要なのはあくまで魔物を倒す手段だ。少なくとも漆黒明竜クラスの魔物が出るまではこの剣で十分だろう。

 そもそも、あまり使いたくないが最悪あれクラスの魔物が現れても聖剣に協力を求めればいいだけの話。


 こちらが困っているわけでもないのに色々勝手に心配してお節介を焼いてくるとは……レビエリ超可愛い。リースグラートは……まぁ。


 まだ持ち上げたままだったことに気づき、レビエリを下ろす。

 結わえられた尻尾がまるで抗議でもするかのように左右に振られ、顎を擽った。


「……リースちゃんを、再封印すれば、全て、解決するのに……」


「ヒッ!?」


 しかし、レビエリは何かリースグラートに恨みでも有るのだろうか?


すいません、文字数がどうしても足りなかったので一話追加しました。。。

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