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第十三話:気静剣レビエリ⑩

 いつの間にか傍らにいた紅蓮の髪の少女。

 騒がしい状況を察して奥から出てきたのか、険しい表情でフレデーラが俺を見上げている。


「私も行くわ!」


「ああ」


 レアリティSSランク。征炎剣『フレデーラ』

 役に立つのかどうかわからないが、少なくとも今持っているリースグラートよりは強いのだろう。

 何より……たった一人で向かうよりもよほど心強い。


 フレデーラの手を引いて宝物庫を飛び出す。城の中をかける。情報は既に回っているのか、城内はどこか騒々しい。

 物々しい鎧を着た騎士、キッチンワゴンを運ぶメイド、強張った表情をする彼らの側を、出口に向かって駆け抜ける。


 兵士達が一瞬俺の方を見て構えるが、すぐに右腕の聖章に気付いたのか、道を開ける。

 今や、百メートルを三秒足らずで駆け抜ける俺の脚力に、フレデーラは平然とついてきた。


「まずは、どこに行くの!?」


「ああ……俺の屋敷だ!」


「屋敷!? な、なんで屋敷よ!? ――魔物は西門に……あ、武器ね!? 武器を持ってくるためね!?」


「……いや? レビエリが多分待ってるからだが……」


 屋敷。使用人を除いたら俺とレビエリしか住んでいないただっぴろい俺の屋敷だ。

 恐らく、彼女は自分にあてがわれた部屋にいるはずだ。直感が囁いていた。そもそも、レビエリが逃げこめる場所なんてそんなにない。

 しかもその中で俺が見つけられる可能性のある場所といったら――


 逃げ出す寸前のレビエリの眼。


 どんなに酷い事をしでかしたとしても、虚言を弄され騙されていたとしても、俺の中にある記憶は、優しくそして少し気弱なレビエリの記憶だけだ。


「は? な、あ、あんた……今、この王都が襲われてるのよ!?」


「だからなんだ。そんなの知ったことか!」


 俺の夢なんだから、好き勝手にやらせてもらう。

 都市の危機なんて知ったことか。だが、レビエリを助けるついでにちょいちょいと救ってやってもいい!


 ……どうせ、屋敷があるの、西門に向かうまでの通り道だし。


 ぎゃーぎゃー隣で騒ぐフレデーラを無視し、屋敷の門に飛び込んだ。

 すれ違いざま頭を下げる使用人の横を駆け抜け、扉をぶち破るように開け、階段の手すりを掴んで一気に駆け上がる。ここに来てから妙に高まっている身体能力が今、フルで発揮されていた。


 森の中程ではないが、屋敷の中は立体構造だ。壁が、手すりが全て足場になる。


 僅か数分でレビエリの部屋の前まで辿り着く。

 息を整える。全力で走ったせいで、汗が滝のように出てきた。

 目の前にある重厚な扉。扉の向こうから、確かに気配がした。後少しだ。


 気合を入れる。息を大きく吸う。


「ど、どうやって開かせるつもりよ!?」


「うろおおおおおあああああああああああああ! こうやるんだよおおおおおおおおお!!」


 ノックなんてしてやらない。

 どのような理由があるにせよ、俺を謀ったのは事実で、そしてそんな『下らない』事がばれただけなのに、会話すら躱さずに逃げ出したのも事実。そんな悪い娘に遠慮なんてしない。するわけがない。


 咆哮する。

 一歩で助走をつけ、左足を軸に思い切り扉に回し蹴りをぶちかました。


 脚に奔る衝撃はまるで紙切れでも破るかのように軽い感覚だ。

 厚さ十センチ以上ある重厚な扉が真ん中でぶち折れて吹き飛ぶ。鍵なんてかかっていようがかかっていまいが関係ない。これが勇者の力だ。

 そうだ、これが勇者の力なんだ。


 窓が割れる音。悲鳴。


「あ、あんた……ちょ、ちょっとは躊躇いなさい!」


 後ろで見ていたフレデーラが青ざめていた。

 レビエリの領域に一歩足を踏み入れる。

 微かに香る太陽の匂いはレビエリの匂いだろうか。


 果たして、レビエリはベッドの上で腰を抜かしていた。

 眼が、顔が真っ赤だ。枕元に広がる染みは泣いていたせいだろうか。

 目を見開いてこちらを見るその表情は、まるで夢でも見ているかのように呆けている。

 一歩前に進む。レビエリの方へ。


 レビエリの痩身がパーカーの中でびくりと震えた。


「レビ……」


「あ……うぅ……ご、めんな、さい……ごめん、なさい……私が、私が全て……悪いん、です」


 やれやれ、だ。


 俺はレビエリの泣き顔を見に来たわけではない。

 そんな下らない事のために時間を使う余裕はない。何より俺は泣き顔よりも笑顔の方が好きなんだ。ちょっとはにかんだような笑顔だと尚の事良い。


 手を差し伸べる。

 フレデーラは空気を読んで黙っていてくれた。ありがとう、フレデーラ。今度チーズケーキ買ってきてやるよ。


「さぁ、レビ。西門の前に魔物が集まっているらしい。行くぞ」


「……え? で、でも……私、は……」


「いつも森の中の魔物よりも強力な魔物らしい。一体どこから来たのか知らんが……きっと……レビのレベルも上がるはずだ、そうだろ?」


 微笑んでみせる。

 彼女が何のために嘘をついたのかはわからない。

 だが、レビが嘘をつくのならば、俺はそれに全力で乗ろう。その程度を飲み込めるくらいの甲斐性はあるつもりだ。

 それくらいなら魔王討伐が大きく遅れる事もないだろうし……


 レビエリは泣くのをやめて、目を見開いてこちらを見上げている。

 ベッドの上、くしゃくしゃになったパーカーは露出も殆どないのにどこか色っぽい。信じられないくらいに整った顔、宝石のような瞳が涙の残滓できらきらと輝いていた。


「ちょ……そ、それでいいの!? あんたは!」


 フレデーラがきつい視線で問いかけてくる。俺はそれを受け流した。


 ああ、それでいい。

 これでいいんだ。彼女が嘘をつき通すのならば、俺もそれに付き合う位の事はしよう。

 何度も言うが、現実ならばともかく――これは夢。夢なのだ。


 長い睫毛がふるふると震えている。

 レビエリはじっと滲む眼で俺の差し出した手を見ていたが、四つん這いでそれに手を伸ばした。


 そして手を取らなかった。


「ちょ……」


 いきなりぶつかってくるレビエリを受け止める。

 タックル!? 何でこのタイミングでタックルを!?


 混乱する俺の背中まで腕を回し、顔を胸に押し付けた。

 抱きしめられている。そう気づくのに幾ばくかの時を必要とした。だって抱きしめられた事なんてないし。

 数分間そのまま待つ。押し付けられたレビエリの頭を、そのまま撫でる。


 それは予想外の反応だった。

 これで解決なんだろうか? 本当に?


 急な挙動に心臓が脈打つのを感じる。


 門の前に集まっているという魔物は大丈夫なんだろうか? こんな状況なのに思い浮かんでくるのは下らない考えだけだ。


 レビエリが胸の中で呟く。


「……必要、ありません……」


「……え?」


 顔を上げる。眼は赤い。頬も赤い。だが、そこに浮かんでいるのは笑顔だった。


「レベル……上がりました……」


「……は? 何で?」


 唐突な宣言。

 意味がわからない。魔物を倒したわけでもなく、何か変わった行動をしたわけでもない。

 大体、アインテールの言葉が正しければレビ、レベル150くらいあるんじゃないの?


 俺の問いに、レビエリが僅かに頬を染める。


「……とっても、格好よかったので……」


「……そ、それは、どうも? ……って……え!?」


 思い出す。

 そういえば初めにミノタウロスを倒した時もそんな事言ってたような……


 レビエリがうるうるとした上目遣いで見上げている。距離が近い。心臓の鼓動まで聞こえてしまいそうだ。飲み込まれそうな深い宝石のような瞳に、呆けたような俺の間抜けな表情が映っている。


「本当に素敵でした。勇者様……好感度レベル100、です。限界突破です。ほら、勇者様。私、こんなに……ドキドキしてます」


 腕を取って、自らの胸に押し付けてきた。柔らかな感触。

 とくんとくんと、確かに聞こえる鼓動。

 恍惚とした、蕩けるような笑みでこちらを見上げるレビエリは脳が焼ききれそうになるくらいに可愛らしい。


 俺は無理やりそこから意識を移動した。動けなくなる。意志が挫ける。

 このままじゃ――街が滅ぶ。


 思考を切り替える。


 好感度レベル100!?

 ちょ……レベルって魔物倒して上がるレベルじゃねーのかよ!

 好感度? 好感度が顕現化の条件!?

 俺は今、フレデーラの言った『苛烈』で『ロマンチック』という表現が真実であることを改めて実感した。誰がそんな事予想できようか。


 確かに苛烈でロマンチックだが……えぇー


 フレデーラにとってもこの展開は予想外だったのか、呆然自失とした表情でそれを見ている。

 あるわけがないのに、その孔雀石のような深い緑の瞳の中に、俺は確かに飛び交うハートマークを幻視した。

 オーラが。オーラがやばい。レビエリの顔も身体も俺の好みの頂点を付いているのだ。それが今や全身から陰りのない好意を放っている。


 ぞくりと背筋に冷たい何かが奔る。それが正しいものなのか、好意を向けられたことがあまりない俺にはわからなかった。

 ああ、確かに苛烈だし、好意は素直に嬉しいが……えぇ……


 俺は一体――何のスイッチを押してしまったんだ。


 レビエリが甘い吐息を漏らす。

 縋りつくような視線で俺を見上げ、そして一層強く俺の身体を抱きしめた。


「私の、私の全てを貰って下さい! 勇者様!」

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