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第十一話:気静剣レビエリ⑧

「な、あ……あんた、今まで何してたの!! こんなに長い間……二週間以上も間を空けるなんて――」


 開口一番、フレデーラが食って掛かってくる。

 釣り上がった眉に烈火の髪。これで彼女の身長が俺の胸元までしかないくらいに、小さくなかったらそれなりに威圧感があっただろう。

 何度も何度も数えきれない程、怪物を倒した今の俺には何一つ通じるものではないが……ふむ。


 どうやら心配をかけてしまったようだ。

 そりゃ、それまで毎日のように入り浸っていた者が突然こなくなったら心配にもなるか。レビエリと一緒に森の魔物を倒しに行くと伝えてからの音信不通だったので尚更か。


 俺が来ないと暇みたいだし……

 悪い事をしてしまったかな。


「ああ、悪かったな。ちょっと忙しくて、な……」


「ま、まあいいんだけど! 全然いいんだけど! ぜんっぜん心配なんて……ちょ、ちょっとしかしてなかったから!」


 ちょっとはしてたのか。いや、してたのだろうな。

 涙ぐむ聖剣の少女に、俺は少しだけ罪悪感を刺激された。


 なんたってフレデーラはこんなにも人がいいのか。俺が勇者だからか。いや、おそらく違うだろう。

 これはフレデーラの気質なのだ。

 聖剣という分類であっても、彼女たちが人と何ら変わらない事はレビエリと接している上で――とっくに理解している。


 アインテールもフィオーレも、何も言わないが、どこかほっとしているようにこちらに視線を投げかけている。

 トリエレだけはいつもと変わらぬ満面の笑みで座っているだけで感情が読めないが……


「……で、調子はどうなの? ここに戻ってきたって事は、レビエリは『顕現化(マテリアライズ)』出来たのよね? ……で、レビエリは?」


 やや目尻を下げ、何故か眉を顰めてフレデーラが俺の背後を探す。


「いや、まだだ。またすぐに出る。俺もちょっと探しものに寄っただけだ。レビは今買い出し中だ」


「……レビ? 随分仲良くなったのね――ってまだ顕現化出来ないの!? どれだけ時間かけてるのよ!」


 そんな事言われても……ねぇ。

 出来ないものは出来ないのだ。

 もしこれが本来顕現化できるようになる時間よりも遥かに長い期間であるならば、俺には勇者としての才覚が備わってないという事なのだろう。多分甲斐性がないのだ……

 自分の夢なのに……


 俺の表情を読み取ったのか、フレデーラが呆れたように深い溜息をつく。


 その時ふと、今まで黙っていたアインテールが口を開いた。氷の刃のような研ぎ澄まされた怜悧な視線。

 人形のように整った容貌の彼女がやると、どこか恐ろしい。司る属性に沿っている、とも言えるが。


「……レビを呼んで欲しい。彼女は協定を侵している」


「ちょ……アイ!? 何もこいつにそんな事を言わなくても――」


「でも、事実」


 協……定?


 初めて聞く単語だった。いや、レビエリの代わりにフレデーラを連れて行こうと会話した際に少し聞いたような気もする。特に気にしていなかったが……

 勿論、これまでのレビエリとの話の中にもその単語は出てきていない。


 協定……協定……ねぇ。


 焦るフレデーラの様子を見ると、某かのルールが存在しているのは真実なのだろう。

 特に――焦るという事はそれは、俺に知られると問題になるような何かなのではないだろうか?


 思い当たる節は何一つない。

 俺が知っているのは、それが原因でレビエリをスキップして次の聖剣を使うことができないという事くらいだ。いや、今はそんな事考えてはいないが……


 疑惑。

 初めて俺は、彼女たちを疑惑の眼で見た。

 聖剣。勇者として召喚された俺に預けられた五対の剣。いらないといったにも関わらず預けられ、そして交互に顕現化をすることを強いられた精霊達。

 順番にその場にいる聖剣達に視線を送る。


 不安そうな表情のフレデーラ、鉄面皮のアインテール、無邪気な笑みを崩さないトリエレ、深い溜息をつくフィオーレ。

 そして、ここにはいない――レビエリ。


 闇色の髪を持つ少女が、どこか迷惑そうにこちらを見上げた。


「……多分、貴方の考えているような事はないわよ。これは私達の問題だから」


「……教えてもらえるか?」


「私達は勇者、あなたを――『評価』してる」


「……評価?」


 アインテールの言葉に気負いはなく、本当に特になんでもないように説明を続ける。

 俺は予想外にあっさりしたその反応に、気が抜けた。


 フレデーラだけ額に手をあて、首を左右に振っている。

 このメンバーの中では彼女は苦労性だな。いや、彼女が考えすぎ、なのか?


「勇者も気付いているかもしれないけど、私達には意志がある。感情もある。勇者に触れられる生肉の身体もある。ただの……武器じゃない」


 生肉の身体って……


「ああ……当たり前だ」


 そんなのとっくに知っている。

 初めて会った時から俺は彼女たちをただの『剣』として見れていない。だって人の形してるし。

 怒られれば悲しむ。問い詰められればいじける。褒めれば喜ぶし、酷い事ばかりすれば――嫌われるだろう。俺はレビエリにどう思われているのか。少なくとも嫌われてはいないとは思うが、少し自信がない。


 アインテールが続ける。


「私達は――担い手を選ぶ。この国の王が勇者と認めても、聖剣を預ける事を認めても――私達が認めるかどうかとはまた別の話。私達はまだ担い手のいない聖剣。だから魔族の動きが活発になっている今現在も――この宝物庫の奥底にいる」


「……なるほど」


 初めて明かされるバックボーン。


 だが、それはなんとなく想像がついていたことだ。

 あの繊細なレビエリが――ただ、勇者が来たというだけで戦えるわけがない。

 あの料理が得意で、戦いたくないといいつつ俺の役に立ちたいとついて来てくれたあの少女が――血腥い戦場で戦えるわけがないし……戦わせたくない。


「私達は……勇者を評価している。その力が、その精神が、聖剣を扱う資格を持ちうるか、を。それが……『協定』」


 つまりそれは、レビエリは俺を測っていたという事か。

 確かに、彼女の視線は度々熱烈に俺に注がれていた。切り結んでいる間も、食事している間も、寝ている間ですら、度々気付いていた。気付いていて、気づかない振りをしていた。


「レビエリには、担い手に値するか勇者を評価すると同時に、一週間に一度、勇者を測った結果を私達に報告する義務があった。それが……ずっとない」


「だ、だから、きっとそれは忙しかったのよ! ほら、ずっと森にいたんでしょ?」


 フレデーラの擁護の声。


 いや。

 いない。ずっと森になんていない。

 三日ごとに俺とレビエリは王都と森を行き来していたのだから。


 だが、俺はそれに答える事を迷った。

 彼女は勤勉だ。もし仮に報告とやらが成されていなかったのならば、それは意図的なものなはずで、その理由を知らずにただ肯定するのは嫌だった。

 数秒後、答える。


「……ああ、そうだな……」


「ほら、やっぱり! 仕方ないのよ、まだ顕現化もできてないみたいだし……レビが意味もなく報告を怠るわけないじゃない!」


「それは、報告を怠っていいというわけではない。大体、二十日も顕現化ができていないという事はそれはきっと――」


 珍しく、アインテールが一瞬、言葉を躊躇う。

 だが、すぐにこちらを強い瞳で射抜いた。薄い朱の通った唇からその言葉がはっきりと出される。


「――彼女の勇者への評価が……『不合格』だったから、のはず」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……それは違う。違う、はずだ」


「……本来ならば『顕現化(マテリアライズ)』は聖剣の基本技能。質の高低はあっても、担い手として認められる程の勇者なら、可否はすぐにわかる。現に私なら――『一日』以内に結果を出せる」


 なん……だと!?


 基本技能? 『顕現化(マテリアライズ)』が基本技能だって!?

 初めて聞いたその情報が脳内を嵐となって駆け巡る。


 聞いていない。それが本当なら、なんだ? 俺は二十日もかけて――最初の一歩さえ踏み出せていないというのか!?

 ずっと思いこんでいた。『顕現化』と言うのは聖剣を扱う者にとっての一種の奥義なのではないかと。

 冷静に考えたらそんなわけがないじゃないか。だって彼女は、聖剣である彼女はまだ――剣の姿すらとっていないのだから。


 レビエリの寂しそうな表情が脳裏に浮かぶ。


 アインテールならば僅か一日で分かるという顕現化の可否。不合格だから、レベルが上がらなかった?

 つまり、この二十日間は――無駄だったというのか?


 だが、しかしそれならば、張本人のレビエリがそれを知らないわけがない。評価しているのは彼女のはずなのだから。


「……もともと気静剣レビエリはその性格的に、その担い手の判定に時間をかける。だから、こちらからアクションをかけずに待っていたけど、さすがにこれ以上は私も許容できない」


「不合格……不合格だったら、ど、どうなるんだ?」


 アインテールの双眸に、唇に全神経を集中させる。


 全力で否定したい可能性。だが、否定できない。しきれない。

 ここ最近の彼女の歯切れの悪い反応がただそれを示しているようで……


 レビエリは優しい。その優しさ故に言い出せなかったのであればそれは――勘付かなかった俺が悪かったのだろうか。


 アインテールは俺の視線を真っ向から受け止め、そして疲れたように溜息をついた。


「……どうにもならない。だから『許容』できない」


「くすくすくす……レビちゃん、いけないんだぁ。約束破って、そんな無駄に長引かせるなんて……」


 トリエレがころころと笑う。その表情には他の三人のように陰がない。

 光の神性。闇を打ち砕く王国最強の聖剣が、まるでおかしな事でも聞いたかのように無邪気に笑う。


 その笑みに一切混じらない『嘲笑』の感情に、ぞっとしない何かが背筋を駆けた。

 彼女に悪意はない。そして恐らく――『善意』もないのだ。


「担い手として認められなかったのであれば、すぐに他の聖剣が評価者としてつくだけの話。担い手として認定する基準も聖剣ごとに違うから、レビエリが認められなくても他の聖剣が認める可能性もある」


「そもそも……今回はそんなに評価に時間をかけない予定だったのよ。全員が評価する予定だったんだから。だから短ければ一週間待たずに交代、長くても――二週間もあれば結果は分かるはずだった。特に『気静剣』レビエリは――すぐに否の判定を出す聖剣だったんだから」


「そう」


 すぐに否の判定を出す聖剣?

 となると、本当に意味がわからなくなってくる。レビエリは特にその点には何一つ触れなかった。

 いや、評価している素振りすら――見せなかったのだ。少なくとも、レビエリとの仲はここ数週間で……表層だけ見た結果だが、向上しているように思える。


 そもそも、レビエリの『顕現化』の条件を満たすには彼女のレベルを上げないといけない。ならば……時間がかかるのも仕方ないのではないだろうか。

 森以上に強い魔物はこの近辺にはいないのだから。


 ……いや、何かがおかしいぞ。


 『顕現化(マテリアライズ)』が担い手として認められる条件であるのならば……レビエリのレベルを上げる事が出来る者が彼女に認められるという事になる。

 それは酷くシステマチックな条件だ。そこには彼女の意志があまりにもない。

 レビエリの気質から考えてありえない話ではないだろうか。


 脳裏を過る疑問を振り切るようにアインテールに弁明する。


「それは……レベルが――そう、レビの判断基準はレベルだったんだ! レベル20以上じゃないと、顕現化が出来ないって……だから、レベルを上げるために魔物を――」


 その言葉に、フレデーラが顔色を変えた。


「!? それ、本当に? 本当に、レビがそう言ったの!? 嘘じゃないわよね!? 嘘だったら承知しないわよ!?」


「え……嘘、なんかつくわけがない。確かにレビは初めにそう――」


 トリエレの舌っ足らずの声が俺の言葉を遮る。


「……あーあ、レビちゃん、やっちゃったぁ。くすくすくす、本当に――いけない子ね。嘘なんてついちゃいけないんだぁ。協定違反よ。ねぇ、フィーお姉ちゃん?」


「え……ええ、そ、そう、ね……」


 沈痛な表情

 嘘? 嘘だって?

 どういう事だ?


「お兄ちゃんさぁ、レビちゃんは確かに弱っちぃ聖剣だけど、そんなにレベルが低いわけがないんだよぉ。レベル20だなんて、そこまで落ちちゃうと……くすくすくす、その腰の娘みたいに、聖剣じゃなくなっちゃう――自我を失っちゃうんだからぁ」


「自……我!?」


 腰の剣。

 呆然と腰に吊るしていたリースグラートを見る。

 まるで抗議するように剣身が鞘の中でかたかたと動く。


 この剣が元聖剣だって!?

 確かに、怖気を感じさせる程の切れ味だった。切れ味だったが――まさか


 これが聖剣の成れの果て?

 いや、剣……確かに剣ではある。よほどレビエリなどよりも『聖剣』らしい。


「レビエリのレベルは――十年前に『ガーデングルの悪夢』を引き起こした『気静剣』の推定レベルは凡そ150。確かにそれから十年間ずっと宝物庫にいたけど、レベルってのはそうそうに下がるものじゃない……し、感情を持つ聖剣が勇者を認める基準がそんな『ロジカル』なものなわけがない」


 レベル150……だと!?

 そうだ。そもそも、俺には彼女のレベルを測るすべがない。レベルについても、全てはレビエリの自己申告だった。


「……でも、レビが俺を謀る意味が――」


 だが、それが真実だとしても、彼女が俺に嘘をつく理由がない。

 『顕現化(マテリアライズ)』したくないのであれば、戦いたくないのであれば、そういえばいいだけの話。俺はもともと、魔王を破壊出来るだけの剣を求めていたのだし……そもそも、剣を持たずに討伐に行く予定だったのだから。


 トリエレが初めてそこで笑顔を消した。

 今までずっと笑顔だった少女の真顔。ごくごく真剣な表情で、ぽつりと言う。


「……レビちゃん……『苛烈』だからねぇ」


「苛烈……?」


 気静剣の名に相応しからぬ単語。

 気が弱く俺の背に隠れ、いつも穏やかに微笑んでいたレビエリのイメージにそぐわないその表現に対して、信じられない事にフレデーラも首肯した。苦々しい表情。


「そうね。苛烈でそして……ロマンチック。確かに……レビは……ね。やりかねない。確かにやりかねない、わ。悪い娘じゃないんだけど……」


 悪い娘じゃないけど、ってそれ褒め言葉じゃねーから。


「? どういうことだ?」


「レビは……好き嫌いが激しい。だからこそ、何事も全力で取り組む。表現するなら、そう……トリの『苛烈』の単語はまさしく気静剣『レビエリ』を示している」


 アインテールが言葉を引き取る。

 ずっとレビエリと共に宝物庫で眠っていた彼女たちは、僅か二十日余り共に過ごしただけの俺よりも遥かにレビエリの事を知っているはずだ。


「勇者、今だから教える。勇者は勘違いしてるかもしれないけど……『気静剣』は決して弱い『聖剣』ではない。確かに防御に特化した聖剣ではあるけど、攻撃には殆ど使えない聖剣ではあるけど、弱くはない。私達が、ずっと宝物庫にいて外の世界に飢えていた私達が、彼女を第一の評価者として認めたのは――彼女に逆らいたくなかったから、というのも一つの理由ではある」


 弱い聖剣では……ない?

 防御性能の高い聖剣だと。大臣の紹介ではそう言っていた。

 レビエリ自身は自分の力を防御に特化した剣だと評したが、その力について詳しく説明してくれた事はない。


 どうやら、トリエレも同意見のようでくりくりした眼を瞬かせる。呆れたような口調。


「聖剣としてのコンセプトおかしいもんねぇ……レビちゃんだけ。弱っちい癖に――『えげつない』。お兄ちゃんさぁ、こんな事言いたくないんだけど……レビちゃん使うと――勇者、やってられなくなるよぉ、きっと。トリでも油断するとやられる……かも」


「……トリなら気づかれる前に破壊すれば勝てるわよ」


「くすくすくす、トリなら、ねぇ。でもお姉ちゃんでは無理だよねぇ。レビちゃんの発動ラグのない権能とお姉ちゃんの権能じゃ、相性が――悪すぎるもんねぇ」


「う、うるさいうるさいうるさい!」


 防御専用の『えげつない』聖剣? 本当にどんな剣なんだよ!


 じゃれあう二人を横目に、俺はただ考えていた。


 だが、それでも――それでも、俺にはわからない。

 苛烈? 好き嫌いが激しい? 何故それが俺に対して嘘をつく理由になる?


 表情から俺の思考を読み取ったのか、アインテールがとても面倒くさそうな表情で、しかし口を開いた。


「多分、これは私の予想だけど、レビは――」


「はぁ、はぁ……勇者……様」


 軽い者が駆ける小さな足音。

 全員の視線が俺の背後に注がれる。

 聞き覚えのある声。ここ数週間ずっと側に居た声。

 振り返る。いつも呼ばれて振り返っていたように。だが、心中の感情はいつもとは異なる。


 レビエリ。気静剣と呼ばれる地の神性が、いつもと同じように今にも泣き出しそうな表情で立っていた。


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