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第十話:気静剣レビエリ⑦

「草原……ですか……」


「ああ、レベルも上がらないようだし、そろそろ場所を変えようと思うんだが、どうだろうか?」


 レビエリは俺の言葉に、微かに眉を潜めた。

 このままいくら森の魔物を倒してもレベルが上がる可能性は高くないだろう。

 ならば、少しでも目のある方に向かうのがいい。


 しかし、それを聞いたレビエリは焚き火を見下ろし、どこか深刻そうな表情をしていた。

 理由はわからない。彼女と俺の仲もだいぶ良くなってきた気がする。何かあれば話してくれる程度の仲にはなっているんじゃないか、と考えてしまうのは俺のうぬぼれだろうか。


 どこか悲しげに数分間沈黙するレビエリ。

 付き合っていく上で分かっていた。こういう時はゆっくりと彼女の言葉を待つべきだ。

 レビエリは聡明だ。まだたった二十日だが、彼女の思考を俺は信頼している。


 やがて、数十秒待って、レビエリがゆっくりと口を開いた。


「あの……草原、確かにありますが……」


「ありますが?」


「……魔物のレベルは、王都周辺の森が、一番高いです」


「……え?」


 信じられない言葉だった。

 レビエリの表情を再度確認するが、しかし冗談を言っている表情ではない。


「は、い……王都は……魔族にとっての、重要地点なので、敵のレベル、高い……です」


「は……はは……な、なるほど……」


 そう言われてみればその通りだ。

 ガリエル王国は大国らしい。その王都ともなれば敵対する人族に取っての中枢という事になる。そりゃ強い魔物も派遣するわ……


 ……いらない! そんな納得、いらない!


「……じゃあなんだ? ここ以外の魔物と戦ってもレベルは上がらないってことか?」


「……恐らくは……この近辺では、無理かもです……」


 なんということだ。面倒臭え。

 別にレビエリと一緒に旅をするのが嫌なわけではないが、俺はさっさと方をつけたいのだ。穏やかな暮らしはその後にやればいい。

 王様を、大臣を、この俺なんぞに聖剣だのスキルオーブだの魔法剣だの聖章だのをぽんぽんくれてよこしたこの国を安心させてやりたいのだ。


 となると、道は一つしかない。


「という事は……遠出しなくちゃならないって事か」


「え!?」


 レビエリが驚いたように目をぱちくり瞬かせる。

 近くに強い魔物がいないのならばいる場所に行く。それしかないのだろう。


 だが、俺の言葉に、レビエリが慌てたように食いかかってきた。珍しく強い言葉。


「む、無理、です……これ以上強い敵は……凄く遠く……です」


「だが、ここでうろちょろしているわけにもいかないだろ。大丈夫、レビと一緒に戦ってきた今の俺なら――もう少し強い魔物でも倒せるはずだ」


「……そう、ですか。……でも、でも……反対、です」


 否定の言葉を出すなんて珍しい。彼女は今までなんだかんだ、俺の意に沿うように動いてきてくれたのに。

 相変わらず曇り一つない宝石のような深緑色の瞳が、動揺に揺れていた。


「落ち着いてくれ。ならば、レビはどうしたらいいと思ってる?」


「そ、れは……もうちょっと、もうちょっとだけ、ここで魔物を倒せば……レベルが上がる、気がします……」


 変わらぬ答え。

 一週間前からその回答は変わっていない。もう少し、もう少しだけ。

 後二つレベルを上げれば顕現化が出来るというのに、その二レベルがどこまでも遠い。


 隣に横たえていた魔法剣がまるで抗議するようにがたがたと震える。戦場で、野営中に、度々この剣は何かを待ち望むように震えている。

 レビエリ曰く、リースグラートは意志もつ魔法剣らしい。


 それを教えてくれた少女は、どこか罰の悪い表情でそれを見下ろしていた。


「もうちょっとってどれくらい?」


「……もうちょっとは……もうちょっと、です……」


 歯切れの悪い回答。

 理屈で考えるのならば、問い詰めるべきだ。

 ゲームならば主人公がレベル上げをしている間、魔王の侵攻は進まないだろうが、このリアリティ、嫌がらせ仕様のオンパレードだ。こうしている間も徐々に魔の手は人族の世界を覆いつつある……可能性がある。


 だが、目尻に涙の滲んだ双眸を見ていると、問い詰める気が薄くなってくる。

 何より、俺は彼女にいつも助けられてきた。

 それがレビエリの意志ならば、もう少しだけそれに付き合うのも……悪くはないだろうか。


 会った当初だったら間違いなく問い詰めていたはずだ。

 だが、この三週間の付き合いで俺は彼女の事をよく知っていた。レビエリはこういった際に、理にかなわない事を言う女の子じゃない。

 某か俺には言えない理由があるのだろう。


 ――ならば、俺はそれを信じよう。


「……分かった。もうしばらくここでレベルをあげよう」


「……え!? ……いいん……です、か?」


「ああ。レビのレベルを上げるためなんだ。レビの意見に従おう」


「……そう……です、か」


 何故か、レビエリは悲しげな表情だった。

 ここ最近は見ることがなかった今にも泣きだしそうな表情。胸が締め付けられそうな表情で、だけど、それでもレビエリは、とても綺麗だ。


 囁くような声で、レビエリが頭を下げる。


「勇者様……ありがとう、ございます。……そして……ごめんなさい」


「……ああ」


 俺にはその謝罪の意味が全くもって理解できなかった。



*****



 王都に戻る。次に森に潜った時は三日で帰還するつもりはない。物資のつきぬ限りレベル上げを試みる予定だ。

 恐らく、今までで一番の長丁場になる。いくら慣れ親しんだ戦場と敵とは言え、準備は万全にする必要がある。


「じゃあ、私……買って、きます。勇者様は、屋敷で、休んでいて下さい」


「……ああ。本当に今日は付き合わなくていいのか?」


 いつも王都に戻った時の買い出しは二人で行っていた。異空間に格納するので、荷物が多すぎて持てないという事もないが、レビエリ一人に任せるというのも俺の気が済まなかったからだ。

 また、市場を歩くのは三日の間、森に篭っていた俺にとっても。いい気分転換になっていた。


 レビエリは俺の問いに僅かに躊躇したが、おずおずと頷く。


「はい……勇者様は、ゆっくり休んでいて、ください。次に森に入る時は――激戦に、なるので」


「ああ、ありがとう。わかったよ」


 ギシリと軋む音をたてて扉が閉まる。

 王様から受け取った屋敷はただただ広い。勿論、屋敷を運用するための家政婦や執事はいるが、それでも俺は久しぶりにひとりぼっちだった。

 思えば、最近はレビエリと常に一緒に居たような気がする。

 あの怯えていたエビエリの態度、最初と比べれば途方も無い進歩だと言えるだろう。


 しかし、休むといっても、ここ最近、毎日身体を動かしっぱなしだったせいかエネルギーが有り余っていた。

 久しぶりにベッドに転がってみたが、眠気が訪れる気配はない。

 魔法の剣も、斬る魔物を探しているかのようにカタカタと揺れ動いている。


 やれやれ、物騒な剣だ。それでもここまで一緒に戦い抜いた得難い相棒である。この剣を選んだのは偶然だが、幸運だったと胸を張って言える。

 剣を抜いて、高い天井に取り付けられたシャンデリアの灯りに透かす。


 思い出すのはその異常な切れ味。


「……こいつ、攻撃力で言えば……プラスいくつくらいなんだろう」


「……」


「ッ!? な、何だ!?」


 下らない事を呟くと、まるで抗議でもするかのように柄に電流が奔った。

 こんなの初めてだ。かろうじて落とさなかったし、怪我をするほどの衝撃ではなかったが――


 剣をしげしげと眺める。


「今日は休みの日だ。そんなに魔物を斬りたいのか? やれやれ、お前は乱暴者……レビとは正反対だな――ッ!?」


 先ほどよりも遥かに強い電撃。はっきりと手の平に青白い雷光が奔る。

 思わず手放し、慌てて、落下する剣をぎりぎりで掴み直す。金属鎧を分断するほどの切れ味だ。刃先を下にして落ちたらベッドや床なんて一溜りもない。


 しかし、今日は随分と意思表示の激しい剣だ。いつもはせいぜいかたかた揺れるくらいしかしないのに。


「……今日は機嫌が悪いな。どうしたんだ? えっと……リースグラート」


「……」


 今度は電撃が奔らない。


 しかし、本当に面白い剣である。

 如何に魔法剣とは言え、鎧をまるで豆腐のように叩き切るなんて易易とできることじゃない。俺はもうこの剣の切れ味の虜だった。他にも武器はいろいろあるが、いまさら乗り換える気にもなれない程の切れ味。


 暇だったので、嘗てのレビエリの説明を思い出す。いや、思い出そうと努力する。

 この剣の出自だ。

 割りとどうでもいい情報だったので右から左に聞き流していた。思い出せる記憶は断片だけだ。


 えっと……銀でできた、魔法剣? なんとかとかいう凄い人が三本作った――


 退屈だったせいか、そこで俺はふと名案を思いついた。


「……三本、か……」


 そうだ、確かにレビエリは言っていた。三本存在する剣だと。

 それはつまり、これと同じかどうかは知らないが、同格の剣が後二本ある事になる。


 俺の今の装備はこの剣一振りだけだ。盾なども装備していないので左手がちょうど空いている。

 両手に剣を持った所でうまく使えるか微妙な所だが、試してみる価値はあるだろう。

 何より、二刀流っていうのもなかなか……格好いいんじゃないか?


「二刀流……いや、三刀流、か……悪くないな」


 某有名漫画に出てくる剣士を思い出す。

 さすがにアレは無理だが、予備として腰に指しておくのはありなんじゃないだろうか。

 いざという時には投擲にも使えるかもしれない。

 鋼鉄のゴーレムをなます切りに出来る切れ味だ。間違いなく大きな戦力になる。


 邪魔かもしれないが、何なら普段はレビエリの異空間に格納しておいてもらってもいいだろう。これだけの剣、宝物庫の肥やしにしておくのは惜しい。


 馬鹿な考えかもしれないが、暇で暇で仕方なかった俺にはいい考えのように思えた。

 どちらにせよ時間はあるのだ。


 三本あるってことは……もう一本くらい宝物庫で眠っているのではあるまいか。

 RPG的お約束でいうのならばまずありえないが、もうこの世界にお約束を当てはめるのに嫌気が差している。


「……宝物庫に行ってみるか……」


 屋敷の倉庫にはなかったはずだ。一個ずつレアリティ判定をかけていたので覚えている。

 あるとすれば城の宝物庫だろう。

 武器系は聖剣以外は全て運んでくれたみたいだが、あそこはごちゃごちゃしている。見落としている可能性もあるはずだ。


 レビエリを待つか迷ったが、どれくらいで戻ってくるのか聞いていない。

 メモを書いてわかりやすいサイドテーブルの上に置いておく事にする。


 そういえば、フレデーラ達と会うのも久しぶりだな。


 最後にあったのはレビエリが部屋から出てきて、森に向かう直前か。チーズケーキを持って行かなかったので怒られたのを覚えている。

 特にまさか、闇の聖剣――フィオーレが涙ぐむとは思っていなかった。あんなに偉そうにしてるのに、メンタル弱いよな、おい。どれだけ楽しみにしていたんだよ、ケーキ。


 まぁ、財布はレビエリが持っているから、今日もケーキは持っていけないんだが……

 また今度という事で許してもらう事にしよう。


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