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戦いのとき(side アーユ)

 バディを組んで三ヶ月。

 今になってご隠居さまとのつながりについて聞かれるとは。


(むしろバディ組む前に聞かれると思ってたんだが)


 俺の返答に納得したのか、レティは真面目な顔で黙り込んでしまった。

 きりっとした顔も目をひくのは、美人なのもあるが本人が真剣だからなんだろうなあ。


「……わかったわ。それで、わたくしは何をしたら良いの?」


 自分のなかで何か納得したらしい。レティが俺を見上げてくる。


「蜂の大部分が煙で倒れたあと、巣を壊していただきたいのです。それだけの剣の腕がある者を雇うあてが、なかなか見つからず……」

「わたくしが適任というわけね」


 煙で大半の蜂が死ぬだろうとはいえ、危険な役割だ。

 それをさらりと請け負うレティはかっこ良すぎる。

 

(俺は本当に、バディに恵まれてる)


「まずは網を飛ばさなければね。わたくしに任せていただけるかしら?」


 背筋を伸ばして強気に微笑むレティ、めちゃくちゃかっこいい。

 が、なんで足元の棒切れを手にしてるんだ?

 網の端を結びつけはじめてるんだが。

 

「弓と矢も用意してありますが……」

「わたくし、槍の投擲も得意でしてよ」


 ふふん、と勝気に笑ったレティは、脚を大きく開いてハイヒールで地面を踏み締めると、槍を大きく振りかぶる。


「はっ!」


 鋭い叫びとともに宙に放たれた槍は、目標の建物のうえを大きく弧を描いて飛びすぎる。

 その勢いのままに引っ張られた網が、空に広がり建物をすっぽりと覆い隠した。


「すごい……」

「網が軽いからよ。これ以上に重たい網ならば、化合弓(コンパウンドボウ)が必要でしょうね」


 あっさりと言って分析するレティに見惚れてしまいそうだが、ここはぐっと我慢して荷袋を抱えて歩き出す。

 外に出ている蜂が戻ってくる前に、燻してしまわねば。


「行きましょう」

「はい」


 俺の考えを読んだように、抜き身の剣を手にしたレティが一歩を踏み出した。

 ふたりで建物を囲むように虫除けの草を敷き詰めていく。すぐ燃え落ちてしまわないように、生乾きのものも混ぜて火をつけた。


「……すごい煙ね」

「これで、大部分が死滅するはずですが」


 離れて見守る俺たちからは、建物のなかの様子は伺えない。

 とんでもない数の蜂の羽音だけが、白煙の向こうから聞こえてくる。


「戻ってきた蜂がいるわね」


 油断なくあたりを伺っていたレティが、低くつぶやいて駆け出した。

 瓦礫の隙間を縫い、倒れかけた建物の残骸のしたを走り抜けた彼女は傾いた壁を駆け上り、跳んだ。


 身の丈ほどもある大剣が一閃。

 宙に残った蜂の身体は羽ばたきを止めないままふたつにわかれ、バラバラに落ちていく。たぶんあの蜂、自分が死んだことに気づいてないぞ。


「すげ……」


空を飛ぶ虫の巨体を一刀両断する彼女は、文句なくかっこいい。


 羽を持つ相手に抵抗を許さず、人間の子どもほどもある殺人蜂の外骨格をやわらかなケーキでも切り分けるように斬り落とす。


 見惚れてばかりもいられない、とレティのいる方に背を向けて、手にした矢を弓のつるにあてがう。


「……あた、れっ!」


 狙いを定めた矢が、蜂の胸と腹の間を貫通してそれぞれのパーツを宙に跳ね飛ばす。

 顎をガチガチと鳴らしながら、残された頭部が落ちていった。

 今ので最後なのか、もう建物の外を飛ぶ蜂の姿は見当たらない。


「やるじゃない。あなた、文官にしておくのはもったいないわね」


 また一匹、蜂を仕留めたレティが駆け寄ってきて俺に並ぶ。


「騎士科でもじゅうぶんに良い成績をおさめられるのではなくって?」

「勘弁してください。体力のなさには自信がありますし、剣術はからっきしなんです」


 本気で言えば、レティは冗談だと思ったのだろうか。剣を鞘に収めながら、朗らかに笑う。


「校外学習も良いものね。今のアーユのほうが、親しみやすくて好きだわ」

「んっ!?」


 笑顔で告げられたことばの破壊力に、息が止まった俺は悪くない。


(好き? 好きって言ったぞ、このお嬢さま。好き、好き……ゆ、友愛の好きだよな!?)


 あるいは俺の幻聴か。

 困惑とうれしさで汗が噴き出る。


 汗ばかりが出てことばを紡げない俺の顔を見上げていたレティが、ハッとしたように目を見開いた。


「あ、わ、わたくしったら! あの、好ましいという意味よ! 学院でのあなたは、とても丁寧だけれど壁を感じると言うのかしら……」


 顔を赤くして言い募る姿に、俺まで顔が熱くなってくる。


「か、壁ですか」


 どうにかそれだけ言えば、レティは照れた顔を隠すようにうつむいて、ちらりと目線だけで俺を見上げてくる。


「そうよ」


 ちいさくつぶやいて、きりっと顔を上げる。

 背筋を伸ばし、腰に手を当てて顎をそらしたレティは声を大きくしてもう一度、口を開く。


「そうよ! わたくしはあなたともっと仲良くなりたいの! だって、だって……せっかくの、バディでしょう!?」

「バディ……」


 真っ赤な顔で叫んだレティのことばを繰り返して、俺は呆然と彼女を見つめる。


(取ってつけたような言い方だったよな? ていうか、ぜったいに違うこと言おうとしてたよな?)


 好き。

 仲良くなりたい。


 その理由が、バディだから。


(そうか!? いや違うよな? そうですよね、って流されていいところか、ここは!?)


 自分のなかで思考を高速回転させる。

 こんなに全力でひとつのことを考えるのは、学院の入学試験以来か? いや、それ以上だな。


 レティの顔を見つめてほんの数秒。その間に考えられる限りすべての情報を精査した俺は。


 意を決して、彼女の前にひざをつく。

 いつもは見下ろす位置にあるその顔をまっすぐに見上げて、その名を口にする。


「……レティさま」


 ぴくん、と赤い唇が震えて、けれど視線はそらされない。

 さすがは騎士だな、と誇らしい思いとともに、自然と笑顔が浮かぶ。


「私も……いいえ、俺も、あなたのことが好きです」

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