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学院外学習2(side アーユ)

 バディを解消されるかと思って、めっちゃヒヤヒヤした。


(あー、やばかった。まじびびった。入学式の時より超ピンチだった!)


 表面上は微笑みを浮かべてレティを案内しているが、内心はガクガクだ。

 入学式のときはまだお話し合い(物理)でどうとでもできると思っていたけれど、バディに馴染んできたこのタイミングでの解消は、後ろ盾のない俺にとっては即、退学に繋がりかねない。


(退学はまずい。家庭の都合で退学ならむしろ同情を買って就職に有利かもしれんが、学校側からの退学通告じゃあ印象が悪すぎる)


 なんてもっともらしい理由を捏ね回してみてはいるが。


(……バディ解消されちまったら、もうレティのそばにいられないじゃねえか)


 本音はこれだ。

 なんだかんだ、このお嬢さまといるのが心地よくなってしまっている自覚はある。


 なんせこのお嬢さまときたら不必要に偉ぶらないし、かといって自信がなくてうじうじしてるわけでもない。

 自分にできることを自覚しつつ、他人も認めている。そんな高潔さが気持ちよくて、レティと話すのが楽しくなっていた。


(あと、めっちゃかわいいしな……)


「アーユ、どこへ向かっているの?」


 思考に熱が入って、現実がおろそかになっていたらしい。

 声に目を向けると、レティが俺を見上げてふしぎそうな顔をしている。

 きょとん顔かわいい。じゃなくて。


「俺の……いえ、私の住まいがあるあたりです」


 うっかり素が出かけた。

 気づかなかったことにしてくれ無いだろうか、とレティの様子をうかがえば、じっとこちらを見つめる視線にぶつかった。


「ここは学院外だもの。すこしくらい肩の力を抜いてもいいのじゃなくて?」

「んっ……!」


 レティは見ないふりをしてくれなかった。けど、小首をかしげて許容してくれるとは、想定外だ。


「いえ……レティさまの前ではせめて、気を張らせてください」

「そう? わたくしは構わないけれど」


 言って、あたりを見回すレティが小動物のようだと思う俺はたぶんどうかしているんだろう。

 相手は騎士団長の娘にして、自身も身の丈よりでかい剣を振るう騎士だぞ。気をしっかり持て!


「このあたりはレティさまには馴染みが薄いことと思います。庶民向けの店が多く立ち並ぶ区画ですので」

「そうね、令嬢としては縁がないけれど。騎士としてならば、立ち寄ることもあるはずよ」


 レティのことばにあたりを見回して、俺はたしかに、とうなずいた。


 貴族向けの店が立ち並ぶ学院の周辺とちがって、このあたりにあるのは商品を通りにずらりと並べた庶民向けの店ばかり。

 親しみやすいと言えば聞こえはいいが、客は当然のように商品を値切り、店主は客に負けじと横柄な態度をとるわけで、まあようは品がない。


 そんな場所だから諍いが絶えず、騎士の巡回ルートにもなっているだろう。


 うるさいほどににぎやかな通りはひとでいっぱいなうえ、誰も彼もが道を譲るということをしない。

 俺にとっちゃ当たり前の光景でも、お嬢さまには違ったらしい。


「きゃっ」

「おっと」


 避ける気のない誰かにぶつかって、レティがよろける。

 すぐ隣を歩いていた俺にぶつかった彼女は、すかさず体勢を立て直して転ぶのを免れた。さすがは騎士科の優等生だ。


「ご、ごめんなさい」

「いいえ、お怪我がなくてなによりです」


 俺がとっさに支えられなかったことを咎めもせずに、彼女は頬を赤らめて謝ってくる。かわいい。

 けど、危ないな。


「お嬢さま、お手を失礼します」

「えっ」


 悠長に説明できる場所もないため、俺は剣を片腕で抱えて空いた手で彼女の手を握る。剣が重いが、耐えてみせる。


「この辺りは慣れないと動きづらいですから、しばしご容赦ねがいます」

「え、ええ。そうね、危ないもの。案内、任せるわ」

「ありがとうございます」


 戸惑い気味のままのレティの手を引いて、人ごみをかき分ける。

 前から横から好き勝手に進んでくる人々に気をつけつつ、俺の意識は繋がれた手に集中していた。


(手、ちいさすぎだろ。こんなんで剣を握って振り回してるのか……)


 ちいさな手は、やわらかくはない。皮膚の硬くなった手のひらは、ごつごつして厚い。けれどそれは彼女の努力の証だ。

 そんな手が俺の手のひらのなかに包み込まれているなんて。


 妙な感動で胸が熱い。そう、これは感動のせいだ。レティの手を握ってることにドキドキしているわけじゃない。


「この辺りまでくれば、大丈夫でしょう」


 手を繋いだまま人ごみを縫って、いくつかの店の間をすり抜ければ、人もまばらな通りに出た。


 裏通りの店も通り抜けたこのあたりは、建物同士がひしめくように建つ住宅街だ。

 住み心地よりもたくさん住めること、家賃の安さが売りの建物群はひどく雑多で、誇れるものは年季ばかり。


 住民の誰もが日々の暮らしに精一杯で、貴族のように家のまわりを美しく保つなんて余裕はないから、道の端にはごみが蹴飛ばされ、あらゆる隙間には不要なものが吹き溜まっている。

 言ってしまえば、ごみ溜めだ。


 昼間は多くが仕事に出ているか、夜の仕事にそなえて寝ぐらで体を休めている。

 そのため、ひどく静かで廃墟のようだ。


 閑散としたこの場所では、手を繋ぐ必要なんてない。


 ないと、わかってるんだが。


「こちらまでは、見回りの騎士も足を運びません。ここで互いを見失うといけませんから」


 このままでいるために、もっともらしく理由をつけて相手の様子をうかがう。

 わすかでも嫌がる素振りがあったら、すぐに手を離せるように。


「……そう、ね」


 レティは大きな目を伏せてつぶやいた。長いまつ毛がやわらかそうな頬に影を落とす。


 繋いだ手に力は込めていない。俺の手のひらに、レティの手が乗っているのをゆるりと囲っているだけ。彼女が手を引けば、するりと抜けてしまうだろう。


 離されてしまうだろうか。

 作り笑いを崩さず、けれど息を殺して彼女を見つめる。


 きゅ、と絡められた指先の熱に、全身が燃え上がるような心地になった。


「頼りにしているわ、アーユ」

「っ、は! はい!」


 すこしつっかえ気味ではあったが、返事できたのは我ながらよくやったと思う。


(しかし、この手は握り返していいものか)


 繋いだままの手を見下ろして真剣に考えていると。


「アーユ?」


 背後から、俺を呼ぶ女の声がする。

 振り向けば、建物のあいだから顔を出す若い女の顔があった。


「ヴェーダ」

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