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王立学院入学式(side レティ)

 オリエンテーションがはじまって、教員が「バディを決めて申告した者から、教室に向かってください」と言ったしばしのち。

 集う学院生たちの後方が何やら騒がしい。


「平民ですって」

「まあ。平民が学院に入学したというの? 身の程知らずね」

「ここは選ばれし家柄の者だけが集う、由緒ある場所だというのに」


 ささやかれることばが引っかかり、思わず顔をしかめてしまいそうになって、あわてて表情を引き締める。

 いけない、いけない。公正な騎士を目指すものとして、もれ聞こえたことばをそのまま受け取って顔に出すだなんて、まったくなってないわ。


(気にかかった事象は己の目で確かめるべし、ですわね。お父さま)


 騎士の道を志す者として、気を引き締めて歩き出す。

 背筋を伸ばしてうつむかないように。視線がうろつくなんてみっともない真似はせず、まっすぐ前だけを向いて進めば、自然と人の波が避けていく。


 目的の場所に向かう最中も、ちいさな声でささやかれる「平民」「潜り込んでいる」「身の程知らず」ということばが耳に入ってきて、つい足取りが乱暴になってしまう。

 こんなだから、お母さまに「淑女の皮もかぶれるようになりなさいな」と言われてしまうのだと、わかってはいるけれど。


「平民などとバディを組むわけがないだろう!」


 騒ぎの中心から聞こえた声に、学院が第一に掲げる規則が形骸化しているのだと思い知らされて、苛立ちがつのる。


 かつん、かつんと音を立てて歩けば、人垣を作る学院生たちがわたくしに視線を向ける。

 小柄な女子生徒だけでなく、年齢相応の背丈をしているであろう男子生徒までも気圧されたように後ずさるのを目にして、胸にわずかな後悔がにじんだ。


(せっかくの入学式だからと、ハイヒールの靴を選んだのは失敗だったかしら……)


 女性としては背が高いほうだと自覚している。無邪気にお父さまのようになりたいと思っていた幼いころは、年の近い子より伸びの良い身体を「騎士向きだ」と喜べたけれど。


(見下ろされるのを嫌う殿方もいらっしゃいますから、なんて言われても、育つものは育ってしまうというのに……)


 数年前、お母さまの背丈を追い越したころに靴屋に言われたことばが、胸に刺さったまま未だに、ちくりと痛む。


 居並ぶ男子生徒たちと変わらない目線。もしかすると、靴のヒールの分だけわたくしのほうが高いひともいるかもしれない。


(いちばん姿勢良く見えるよう、ほんのすこしだけヒールの高い靴を履いてきたけれど)


 明日からは控えようか……と思ったところで、ひとの群れが途切れた。

 空洞のようになった人垣の真ん中で、数人の学院生に囲まれた青年がいる。


(なんて……背が高い……!)


 居並ぶ男子生徒たちより、頭ひとつ分は優に超えている。


(彼のとなりでなら、かかとの高い靴だって自由に履けそう)


 そう思ったときには、くちが勝手に動いていた。


「ならばその者のバディには、わたくしがなりましょう」


「な、レティさま!」


 誰かのあげた声ではっとしたけれど、でも悪い話ではないわよね? 彼とバディを組みたい者はいないようだし、彼もバディを組まないと困るのだし。


 自分を納得させて、彼を見上げる。感情の読みにくい顔にわずかににじむ驚きは、無視してしまいましょう。


(見上げる、いい響きだわ)


 うれしさでついゆるむ頬をそのままに告げる。


「レティ・ステディーゴです。わたくしとバディを組んでくださる?」


 言って、差しだした右手が取られらるまで、そう長くはかからなかった。


「……アーユ、と申します。平民ゆえ、お返しできるものが名前しかありませんが」


 控えめにほほえんだ顔に貼りついているのはきれいな作り笑顔。けれど、その瞳に宿る覚悟を決めた色を目にして、うれしくなった。


(決意を秘めた顔を見上げるというのは、良いものね。まるで戦いに赴く騎士のようだわ)


 相手が文官科の生徒だと制服のつくりでわかってはいたけれど、それを惜しいと思ってしまうくらいに彼は良い目をしている。


(もっとも、同じ科同士ではバディは組めないのですから、彼が文官科で良かったのだけれど)


 ついつい彼の目に見とれてほほえむ顔を押さえられないまま、緩く握られた手に力を込めた。


「よろしくお願いします、アーユ。良い学院生活を送りましょう」


「こちらこそよろしくお願い申し上げます、レティさま。未熟者ではありますが、精いっぱい努めさせていただきます」


 剣を握り慣れたわたくしの手ほど硬くはないけれど、荒れて治ってをくり返したのだろうごわついた手は、彼の苦労を物語る。

 そんな苦労など感じさせない作り笑顔の完璧さはどこで培ったものか、いつか聞けるかしら。


「さすがはレティさま。誰に対しても分け隔てなく接するなんて、素晴らしい振る舞いだわ」


「ステディーゴ家は実力主義だからね。平民の彼が高貴な方の期待に応えられれば良いのだけれど」


 ひそひそとささやかれる声でようやく「早まったかしら」と思ったけれど、今更だわ。それにお母さまもお父さまも身分についてうるさく言うことはないし。彼の個人の資質に問題がなければ良いのだもの、わたくしがサポートすればいいのだわ。隣に立って、胸を張って。


(だって彼が、こんなに背の高いアーユがそばにいるのだもの。わたくしなんて胸を張ったところでちっぽけに見えるに決まっているわ)


 わくわくする気持ちのままに入学式会場をあとにするわたくしは、いつになく背筋が伸びているはず。


(帰りに、靴屋に寄ろうかしら……もうすこしだけ、ヒールの高い靴を履いても問題ないわよね)


 ささやかれる声など気にしている暇はないわ。アーユも涼しい顔でわたくしの斜め後ろを歩いているもの。


(堂々と胸を張っていきましょう)


 ことばにはせず、振り仰いだアーユに想いを込めた視線を送る。

 振り仰ぐ、いい響きね。


(楽しい学院生活になりそうだわ!)


 

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