王立学院入学式(side アーユ)
王立学院が学院生の平等をうたい、高位貴族から平民まで広く門戸を開いているっていうのは、有名な話だ。
それと同時に、王立学院がうたう学院生の平等なんてものが建前でしかないってのも、有名な話だ。
(はー……ご隠居さまの口添えで入り込めたのはラッキーだけど、こりゃ先が思いやられるなぁ)
覚悟していたとはいえ、真新しい学院の制服に身を包み、入学式を終えた直後のオリエンテーションで『貴族の建前』を実感するとは思わなかった。
はやすぎだろ。
「聞いているのですか、そこの平民新入生?」
妙な感慨に浸る暇もなく俺を取り囲む学生のひとりが言って、周囲が同調するようにしのび笑う。
どいつもこいつも肌やら髪の色つやが良く、笑う口元を隠す手指はなめらかできれいだ。
誰かに世話されることに慣れたお坊ちゃん、お嬢さまばかりなのだろうな、と考えるまでもなくわかってうんざりする。
「はい、聞いています。このオリエンテーションで、学院生活を共にするバディを決めるのですよね」
うんざりしてもその気持ちを顔にも声にも出さない。そこらへんは、ご隠居さまの屋敷でたっぷり勉強させてもらったからな。
だが、目の前で俺をせせら笑う親のすねかじりどもに苛立つ気持ちが無くなるわけではない。だから、にっこり笑って続けてやる。
「その説明のあとに僕の元に来てくださるということは皆さま、僕とバディを組みに来てくださったんですね?」
うれしいです、なんて嘘は言ってやらない。
ただ、ご隠居さまにも、ご隠居さまの信頼篤い執事にも「見事な猫のかぶりっぷりだ」と称された笑顔を向ける。
途端に、集まるお坊ちゃんがたの頬がかっと赤くなる。おいおい、お貴族さまがた、さっそく表情が取り繕えてないぞ。
「なっ! そんな、僕らが平民などとバディを組むわけがないだろう!」
ひとりが吠える。みな平等ってのは嘘だって大声で言っちゃって良いんだろうか。
すかさず、となりが続く。
「そうだ! 由緒ある家柄の僕らには、側に寄るに相応しい者たちがちゃんといるのだから、お前の入る余地などない」
お坊ちゃんのことばに、すこし離れて控えている新入生たちがわずかに反応する。つまり、彼らが『お坊ちゃんらの側に相応しい者』ってことだ。そいつらは、俺に絡むお坊ちゃんがたと同じ数だけいる。
ということは、事前にバディ用の使用人を用意してきているわけだ。それでいっしょに入学させて、お世話をさせる、と。
こっそり見れば、なるほど離れて控えるひとびとは、どいつも目の前のお坊ちゃんがたより落ち着きがあり年が上のようである。つまり、お目付け役だな。
「あなたはバディを得られず、入学早々に退学するしかないのです。だって、バディを得られない者に王立学院在籍の資格はありませんもの。なんて可哀そうなのかしら」
目の前に立って俺を見上げてくるお嬢さまが、心にもないことを言う。心にもないってひと目でわかっちゃうの、どうなの? 社交界で生きていけるの?
(可哀そうとか言いながら、めっちゃ目が笑ってますよ、お嬢さま)
せっかく髪の毛を愛らしく結い上げてもらっているというのに、その顔に浮かぶ表情で台無しだ。
まあ、仕方ないな。性根の曲がり具合を誤魔化すのは、なかなか骨が折れる。
キャンキャンやかましい学院生を放って、状況を確認する。
つまり、バディっていうやつでうっかり紛れ込んだ平民や、社交界の鼻つまみ者を追い出そうということか。
金さえあればバディを雇えるが、金のないやつは泣き寝入りしとけっていうわけだ。
そんな規則は事前に渡された書類には書かれていなかったけれど、たぶん卒業生に代々伝わる暗黙の了解的なやつだろう。まったく、貴族ってやつはとことん腹が黒い。
「それは……困りましたね」
ご隠居さまがこの暗黙のルールを知らないわけがない。
知っていて俺をここに押し込んだのだから、つまり抜け道があるか、俺なら自力でバディを得られると思ってくれているか。
(だったら、自力でなんとかするしかねえな)
気弱そうなお坊ちゃんを物陰に連れ込み拳で事情を語り「オトモダチ」になるか。
あるいは、入学式の前にご隠居さまのとこの執事に渡された「お小遣い」をエサにするか。
困り顔を作った裏で考えていれば、お坊ちゃんの弾んだ声があがる。うるせえな。
「ふん! 平民が、身の程知らずに由緒ある学院に入ろうなどとするからだ! まったく、どんな伝手を使ったのやら」
「平民のすることですもの、きっと野蛮で信じられないような方法ですわ」
「おお、嫌だ! お前などが身につけたら学院の制服の有難みが減ってしまうじゃないか」
(おー、おー。好き放題言ってくれる)
まあ確かに、伝手は使った。平民の俺が学院の入学試験を受けるために、ご隠居さまが一筆書いてくれたのだ。詳しくは知らないけれど、昔取った杵柄とやららしい。
その伝手からご隠居さまに迷惑がかかる可能性さえなければ、このお嬢さまの言う野蛮で信じられないような方法をご披露できたのに、残念でならない。
制服の有難みについては、着心地や機能性という面では素直にすごいと思う。かっちりして見えるのに、肩や足がとても動かしやすい。そのうえ暑くもなく寒くもなく、過ごしやすい。
そのぶん値段も高いが、俺が金を出したわけじゃないからな。
まあ、その品位を落とすような連中とお揃いという時点で有難みはマイナスなんだが。
(失敗したなあ。ご隠居さまに学院での生活のこといろいろ聞いとけば、抜け道のヒントくらいもらえたかもしれねぇのに)
学院の卒業証書があれば就職先はよりどりみどり、とご隠居さまに言われて飛びついたわけだけれど。入学早々こんな状況じゃあ、三年後の卒業どころか明日さえ危ぶまれる。
さて教師に泣きつくのは有効だろうか、と視線で探れば、そこここに立つ身なりの良い大人たちがさりげなく目をそらす。
(あー、はい。教師は平民の味方にはならないわけね。暗黙の了解だもんなあ)
またひとつ、取れる手段の候補が減ったわけだ。
こんなことならさっさとその辺の商家に雇ってもらえば良かったかなあ、とばれないようにため息を吐いたとき。
かつん、と靴のかかとの音を響かせて、ひとりの令嬢が歩み寄ってきた。
「ならばその者のバディには、わたくしがなりましょう」
ざわり、と人垣が揺れてふたつに割れる。
人びとの作った道の真ん中を堂々と歩いてくる姿を見て、それが彼女のために開かれた道だと思ったのは、俺だけじゃないだろう。
その証拠に、俺の目の前にいたお坊ちゃんがたも気圧されたようにうめいている。
「レティさま……」
迷いなく歩み寄ってくる女生徒に釘付けになりながら、お坊ちゃんが漏らした名に俺は思わずこぼれそうになった舌打ちを飲み込んだ。
俺の目の前に立ったレティ嬢は、ひどく美しい。
意志の強そうな目鼻立ちは麗しく整っていて、ゆるやかに波打つ長髪の艶やかさに思わず吸い寄せられそうだ。
ほっそりとした身体でありながら弱々しさはなく、若い鹿のようなしなやかさを感じさせる。
詩なんてかけらも理解できない俺でさえ、真っ直ぐ立つユリの花みたいなひとだ、と背中がむずがゆくなることを思ってしまうほど。
俺と対峙するレティ嬢は、濃い闇色の瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。
彼女から視線を逸らさないよう腹に力を入れながら、俺は冷や汗がにじむのを感じていた。
(厄介ごとの気配しかねえ……)