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絶望の絶望に希望した。

「現時点の人類における絶対的な真実である。高校生の君はあと百年も生きられない」

羅布羅酢(らぷらす)先生はいった。前置きもなく唐突(とうとつ)に。数学の授業中に。

「今のところテストに出るから一語一句間違わずに覚えるんだぞ」

笑い声が教室内に響き渡る。

「おい。なにがおかしい? 答えてみろ夢野国広(ゆめのくにひろ)

夢野国広は答えなかった。盛大な笑い声は消え、冷たく殺伐とした感じになった。

「あ、あの先生。た、たぶん夢野国広くんは先生の不可解な冗談に笑ったんだと勝手に想像しています」

勝手にしゃべりだしたのは林希林(はやしきりん)だった。

「冗談ではない。ここだけだす。『一+五はなんですかあ?』って疑問形で出題するから必ず『現時点の〜』と答えるんだぞ。わかったな? 答案用紙に絶対『イチゴ!』って書くんじゃないぞ」

このクラスには問題児はいないが問題なテスト用紙をつくる問題な先生はいた。

「先生」

「なんだ油揚水太郎(あぶらあげみずたろう)

「そこは普通に『六』じゃあだめなんですか?」

「ダメだ。『六』ってもし書いたら、そいつの名前を記入する欄の文字を消して『ガリ勉!』に書き換えてやる」

「先生にとって一+五ができる生徒の認識はガリ勉なんですね。よくわかりました」

「わかっている振りをするんじゃない。お前はそうやってわかった振りをする。本当にお前ってやつは……」

羅布羅酢先生は油揚水太郎を指差した。

「羅布羅酢先生。人に向けて指差すのはよくないことだと思われます」

林希林はいった。

「指差さないとわからないだろう? そうでもしないとお前らはすぐ『もしかして私にいってるのかしら』って勘違いするんだから」

と言いながら林希林を指差した。

「そんな先生が大好きだと感じます」

「感じるんじゃない考えろ」

「先生! 考えたところで無駄じゃないです? だって私達あと百年も生きられないんでしょう? そんな短い間でいったいなにを考えろっていうんですか? そんなことしたって無駄の骨頂ですって。どうせ死ぬのに」

シュレッティ猫姫さんはまくし立てるように言った。

「要点をしぼって簡潔に言いなさい」

「生きたって無駄でしょう?」

「無駄という概念をつくりだせるのは人間だけだ。君は人間なのだね。以上!」

「質問に答えてください! このままだと全世界のマスコミが先生のご自宅に殺到しますよ!?」

「シュレッティ猫姫。そうやって疑う心は大切だし、正当化する自分に優しい心も大切なのだよドヤ顔」

「いまいち的を得ていないし、そのドヤ顔を今すぐにやめて下さい。そして私を指差すのはやめて下さい、噛みますよ!?」

「痛い。やめて。噛まないで僕の耳たぶ」

「……まだ噛んでません。先生は耳たぶヘェチなんですね。あとで舐めてあげます」

「言っている意味がよくわからない」

「先生。数学の授業中に関係の無いことをやらないで下さい」

綿飴天音(わたあめあまね)は赤縁眼鏡のフレームを指で数センチ持ち上げながら言った。

「授業テキストは渡してあるし、解き方もそれに載っている。もはや僕にできることは楽しいお話しを生徒にしてあげることくらいなんだよ。わかったかい?」

と言って綿飴天音を指差した。

「つまらないです今世紀最大」

「君は時の観測者かなにかかな。もやはギネス記録に載るんじゃないかな。今世紀最大につまらないだなんて、ああ観測者といえば、あのアニメ好きなんだよな」

「あのアニメとは……」

萌蟹赤裏(もえがにあかり)はつぶやく。

「あのアニメ好きなんだよな」

「……なんでしょう?」

萌蟹赤裏はつぶやく。

「あのアニメ好きなんだよな」

「……」

「あのアニメ好きなんだよな」

「……餓鬼(がき)が」

「みんな聞こえた!? 今、教師に餓鬼って!!」

((本当に餓鬼だよお前は))と教室内の生徒全員が思っていた。

「あの一先生ー。言いいたいことがあるんですけどー、いいですか?」

ここで小さく手を上げたのは無尽有機(むじんゆうき)だった。

それから彼は先生の返事を待たないで間髪(かんぱつ)を入れずにこう言った。

「ダ」

「自分は先生のことが大嫌いですっ!!」

「メだ許さんそれは断固として許可しない誰がお前みたいな庶民の話しになど耳を貸すかまったくこれだから庶民は庶民なんだまったく今なんか聞こえたけど全然耳に入らなかったからね! 僕、耳悪いから!」

「「先生……」」

「お前らやめるんだ。その可哀想な者を見る目で僕を見つめるんじゃない」

「ゴメンなさい。自分があんなこといったから……。今じゃなくてもよかったのに。本当にゴメンなさい。でもあれは素直なまごころがこもった気持ちなんですっ! だから思った時に言わなくちゃって」

急に女々(めめ)しく恥らうように頬を赤らめた無尽有機。そんな赤い生徒に羅布羅酢先生は言った。

「断言しよう! 絶対にまごころはこもっていなかったと!」

「そんなことありませんっ。自分はまごころをこめていました! なのに、なのに信じてくれない……なんて」

「やめろやめろ! 話しがおかしな方向にいっているし、急に女々しくなるな」

「はーい」

「切り替え早!」

彼は従順か性格だった。しかし、それ以外の性格は読めない。

「先生……茶番はやめてください」

そんな声が聞こえた。

山下麓(やましたふもと)か。これは茶番じゃない。数学の授業だ。以上!」

羅布羅酢先生は訂正した。その訂正が正しいのかどうかはともかくおいておくとして、数学の授業は開始から(いま)だに数十分しか経過していなかった。

「……時間が過ぎるの遅えよ」

剛岡広市(ごうおかひろし)辟易(へきえき)していた。

「こらそこ! 足を机の上に置くんじゃない! お前のクソ(きたな)い足で公共物を(けが)すなよ!」

「うるせぇな」

「うるせぇとはなんだ教師に向かって。この教師様に向かって!」

剛岡広市は無視をした。

数秒間沈黙になったあと、

「あのぉ。ここにいるみんなとは違って私は先生のこと尊敬していますよ?」

湯網美玲(ゆあみびれい)は上目遣いで媚びるように言った。

「ここにいるみんなとは違ってとはどういう意味だ。こにいるみんなとはどういう意味だ。こにいるみんなとは違ってとはどういう意味だ。こにいるみんなとは違ってとはどういう意味だ」

「……先生、急にどうしちゃったんですか? 私のせいですか? もしそうならゴメンなさい。私、なんでもします。なんでも奉仕しますから元の羅布羅酢先生に戻って下さい!」

「……ん、ここは……どこだ? 僕はいったい?」

「いい加減に、茶番をやめろぉ!!」

山下麓は激怒した。

「静かにしなさいメロス!」

羅布羅酢先生は山下麓くんを静かにさせた。

「なんなんですかメロス!って。全然面白くないんですけど。うわ。まじ、気持ち悪りぃー」

茶畑髪男(ちゃばたけぱつお)は気持ちが悪そうだ。それを聞いた先生は、

「羅布羅酢は激怒した!」

と言いながら黒板のボードの下においてあるチョークを十本近くつかんだ。

「お前みたいなやつなんか、こうだ!」

と言いながら十本近くのチョークを茶畑髪男の茶色い前髪の真下にめがけて投げた。すると、おでこに小気味良い「カツ!」という頭蓋骨が砕ける音がした。

この時、教室内に一人の(しかばね)ができあがったことを羅布羅酢先生以外のものが知る由もなかった。

「ご臨終か……」

「先生? どうかしました?」

和泉和無(わいずみかずなし)は聞いた。

「どうもしないさ……だって、先生は悪くないんだらね」

「え。そうなんですか?」

偽崎信太郎(にせざきしんたろう)は感情を込めずに言った。

人間同士がどれだけ判り合えていないかを判ってもらうため彼は常にひねくれる。

「先生はもっと人に対して素直になったほうがいい。先生は茶畑髪男くんにチョークを投げた…そして、その後、どうなったんです?」

「なにをいってるんだ。今は授業中だ。関係の無い話しをするな」

羅布羅酢先生は平然としている。

「関係無い、と決め付けるのは関心しませんねえ。決め付けるってことは"思い込む"ってことと同義なんですよ。そして人は思い込むと"異常"になる」

「わかったわかった。よくあるよくある。僕も若い頃は抽象的な言葉を勝手に枠にはめて遊んでいたし、君の言い分はよくわかる」

「よくわかる……だって?」

偽崎信太郎は眉間にしわを寄せて(いぶか)しむ。

「わかるよ。なにせ僕は全知全能の神と寸分狂わない人間なんだから」

「く」

この時の偽崎信太郎は異形(いぎょう)な引き()った笑みになっていた。

「アハハ。なにを言うかと思えば。本当になにを言ってるんですかって感じですよ。自分のことを全知全能の神だって? 笑わせないでください。失笑させないでくださいよ。まったく」

「……君の(わらい)のツボがわからないんだが」

「笑わせたのは先生ですよ。なんにもわかっていないくせにわかった振りをする、そんな羅布羅布先生が笑わせたんです。あまりにもバカバカしくて。さっき油揚水太郎君に『わかった振りをするな』って言ったのは誰でしたかねえ?」

「とりあえず君は静かにしなさい。真面目に勉強してる生徒の邪魔だけはしないように」

羅布羅酢生徒は偽崎信太郎を指差して言った。

「ふん、都合のいい時だけ都合のいいことを言うんですね。まあ、それが普通か」

「普通? 普通ってなんだい? 平均ていう意味かい?」

上野下上野内(かみのしたじょうのうち)は偽崎信太郎に質問した。

「それくらいWebで調べろよ」

「俺んちはインターネット繋いでないからなぁ。仕方ない、インターネットカフェに行って調べるしかないか」

「なら、辞書で調べろ」

聞き耳をたてていた羅布羅酢先生は「ふーん」と(うなず)いた後、

「普通な人って意味が個性が無い人ってことなのだとしたら、普通な人っていないよな」

横槍(よこやり)をいれた。

「はあ。そうですか。そう思いたかったら好きなように思ってください、ただし、口には出さないでください」

秋雨秋(あきさめあき)ちゃん酷いよ。先生の口をなんだと思ってるんだよ」

秋雨秋は迷いなくこう言った。

(かざ)り」

「それはいったいどういう認識!?」

「事実です」

「それが事実じゃないことを僕だけが知っている!?」

「先生の目は節穴だから自分で勝手に自分勝手に思い込んでいるんですよ。先生の口は飾りです。真実はいつも一つだけなのです」

「ちゃんと発声するために機能しているこの口が……」

「ちゃんと飾りらしくして下さいよ。先生?」

「とりあえず君は明後日(あさって)の方向に帰れ」

「「さようなら」」

と言ったのはクラスの生徒全員だった。皆、椅子から立ち上がり教室を出ようと廊下への出入り口に向かって行った。

「違う! 秋雨秋にだけ言ったんだ。これだからお前らは。お前らってやつは!」

と言いながら秋雨秋だけを指差した。

「「なんだ、それならちゃんと指差して言って下さいよ。そうじゃないと誰に言ったのかが(わか)ら無いじゃないですか」」

と教室内の生徒全員が同時に言って、自分達の席に戻った。

羅布羅酢先生はその光景をみて息を飲み、

「なんだよお前らのその団結力。恐ろし過ぎだろ」

とつぶやいた。

「「あーあ、羅布羅酢先生のクソつまらない授業から解放されて帰れると思ったのに残念だね皆?」」

「「そうだね」」

先生はとても恐ろしくなった。

「僕、君らが恐ろしい。もう君らを人間と認識できない」

「ふふ」と薄ら笑いを浮かべた秋雨秋は、

「先生? その認識は正しいかもしれませんよ? 私達は人類滅亡のために造られたロボット、もしくは、ゾンビかもしれません」

ニヒルな笑みを浮かべたまま先生をじっと見つめる。

「哲学的、ゾンビだって? そんなの……」

「そんなものを確かめる(すべ)はありません。私の身体をいくら調べても美しい少女のきめ細かい張りのあるピチピチ肌しかわかりません。私に心があるかどうかなんて『イメージ』でしか測りようがない」

「少し蛇足があったよな」

「先生。この世に無駄なものはありませんよ」

「嘘つけ」

「嘘じゃあありませんよ。この世には無駄なものなんてない。この世に存在する全てのものに価値がある。それを羅布羅酢先生は否定するのですか?」

席に着いたままの秋雨秋(あきさめあき)は質問した。

極論(きょくろん)になってやしないか?」

「ただの正論です」

「そうかい」

先生は「ふう」とため息をついてこう言った。

「人は選択をしている。それは確実なことだ。自分にとって無駄かどうかという利己的な観点で生きている。選択をするってことは無駄を切り捨てるってことに他ならない」

「…先生?」

「どうした? 朝夜光平(あさやこうへい)

「…あ」

自分自身に自信が持てない朝夜光平は逡巡(しゅんじゅん)した。羅布羅酢先生に声をかけたことを後悔した。どうせ駄目に決まっている。勇気を振り絞って行動しても上手くいかない。そんなことが彼の脳裏をかすめ思っていることを言語化するのを躊躇(ためら)った。

「…なんでもありません」

小声でそんなことを言ったあと恥ずかしさのあまり下を向いた。

「机上をみつめていないでなにか言ったらどうなんだ? 今さっきのは確実にフリだろ? あの後、僕に対してド級の辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせるつもりだったんだろ?」

「先生! 疑心暗鬼ですね! なんでそんな(うたが)い深いひょろっひょろの大人になっちゃったんですか?」

「なにを言うんだ固口新田(かたぐちあらた)。全部お前らのせいだろ」

「「え」」

「やめろお前ら。そこだけ一致団結するな」

「…僕は無駄ですか?」

「え」

「…僕は無駄ですか? と質問したんです。僕は生きたって無駄な人間でしょうか? 昔からずっと考えていたんです。あと百年もしないうちに死んでしまう命。いずれ無に帰るはずの僕ら一個人の嬉しい楽しいという感情に意味なんて無いんじゃないかって」

朝夜光平は下を向いたまま。机上を見ながら質問した。

「いい質問だ。答えようじゃないか。君は今つまらなそうな顔をしている。だからたぶん『つまらない人間』だ。でも無駄なことをしているかといえば、そうじゃないだろ? こうやってなにか意味を求めて先生に質問をした。なんらかの価値があると信じて。そんなことができる奴が『無駄な人間』なわけがないだろう?」

「…」

朝夜光平は沈黙した。他者からみれば何を考えているかわからない彼の主観。この世には無駄なものなんてない!と公言する人とこの世には無駄ものしかない!と公言する人がいて、そのどちらが正しいのかなんてはっきりと決められるものではなかった。

「大丈夫。君が『無駄な人間』なんだとしたら、全人類が無駄な人間だ。生きたって無駄だ。滑稽だろう? ニヒリズムな主張も意外と正しいかもしれない」

「先生はいい人ですね」

秋雨秋は言った。

「なんの?」

「都合の」

「誰にとって?」

「さあ?」

「さあ?ってなんだよ……。僕は疑問形を疑問形で返されるのが大嫌いなんだ。さあ、適当な返答をするんだ今すぐ!」

秋雨秋は羅布羅酢先生を指差した。

「あなたにとって都合が良い人だ! これで気がすみましたか?」

「ありがとう」

なぜか羅布羅酢先生は軽く会釈(えしゃく)をした。

「僕は嬉しいよ。君が素直な生徒で。抽象的な言葉をわかりやすくしてくれた。人は思い込むと異常になる。相手に伝える言葉はなるだけわかりやすい方がいいだろう」

「嫌味も相手にわかりやすいように言った方がいいんです?」

「当たり前だ。そうでもしないとちゃんと相手に嫌味が伝わらないだろ」

「最高傑作な話しね」

揺野唯一(ゆれのゆい)は言った。

「傑作の上をいったか」

「あ。すみません。言い間違えました」

「……どう、言い間違えたんだ」

「最低傑作でした」

「傑作の中でも最低ランク……だと!?」

「あ。言い間違え、まだありました」

「なんだ。言ってみろ」

「最低羅布羅酢先生です」

「……わざとだろ」

「言い間違えです。本当は最低傑作羅布羅酢先生って言いたかった!」

「なんで言い間違える(たび)に名前が長くなる。最低傑作羅布羅酢先生……無駄に長いがカッケぇな」

それを聞いた秋雨秋は怪訝な表情を浮かべてから、

「え。超格好悪いよ」

と言った。

「え。超カリスマ教師?」

「羅布羅酢先生の耳は飾りですね」

「まさかそうだったのか!? 口と耳が飾りだった!?」

「だから静かに永眠していてくださいよね先生?」

「永眠する理由が想像もつかないよ。なぜ僕は永眠しないといけないんだい?」

「意味と羅布羅酢先生なんて嫌いだからです」

「嫌いか……。つまり僕に興味があるんだねありがとう。今度一緒にデートしよう」

(いや)です先生は今すぐに成仏(じょうぶつ)してください」

「僕はすでに死んでいた……だと!?」

「幽霊だったんですよ先生。ほら、厄日今日香(やくびきょうか)ちゃんも見えるでしょう? 幽霊の先生」

「幽霊が見えるよ」

「ほらね今日香ちゃんも先生のこと『幽霊』だって言ってますよ?」

「……質問してもいいか?」

「どうぞどうぞ」

「お前ら共通の『幽霊』の定義ってなんだ?」

「先生」

厄日今日香は羅布羅酢先生に向かって指を差しながら言った。

「どうした」

「人間に定義なんて意味ありません。私が先生のことを幽霊だと思えばそれは幽霊なのです。よって羅布羅酢先生は幽霊で合ってます」

「それはもはや僕に反論の余地が残されていないね。強制的に幽霊呼ばわりとか酷いね」

「みんな! 多数決で決めようぜ!」

勝善炎力(かつよしえんりき)は声をあげた。

「羅布羅酢先生が幽霊だと思う人は手をあげて!」

するとこのクラスの生徒全員が片手を上げた。

「……お前ら」

「ほうら私の言った通りだったでしょ? 羅布羅酢先生は正真正銘(しょうしんしょうめい)の幽霊なんですよ」

秋雨秋は言った。

「透明になれない幽霊とか駄スペック過ぎだろ」

「どういったスペックをご所望(しょもう)で?」

厄日今日香は質問した。

「もちろん透明人間になれるスペックに決まってるだろ! もちろん透明人間になれるスペックに決まってんだろ!」

「なんで二回?」

「無意識だ。すまない。透明人間になって女風呂に居座ることとか考えたらなんだか熱くなって二回言ってしまっていた」

「ただの変態じゃねえか!」

悪抜去檻(あくぬきさおり)は少し怒りながらツッコミをした。

「男だったらだいたい思うことだ。お前もそうだろ? 油揚水太郎?」

「え!? えぇと……う、うーん」

「ほら油揚くんだって『うん』て言ってるぞ? もしこの世の男性が『うん』みたいな返事をしたらこの世の男性全員が変態性欲にならないのか? 君が言った『変態じゃねえか!』という指摘はつまり男性全員に当てはまるということになるな」

「違う。そういう意味で言ったんじゃなくてこういう授業中の場で如何(いかが)わしい発言をしたから……」

悪抜去檻は羅布羅酢先生に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で言った。そんな中、羅布羅酢先生と油揚水太郎は語り合っていた。

「油揚くん。君とは良き風呂友(ふろとも)になれそうだ。どうだろう今度一緒に温泉に行かないかい?」

「……えと。犯罪者になりたくないのでお断りさせてもらってもいいですか?」

「大丈夫。あそこは混浴だ」

「……混浴に女性客が入るとは思えないのですが」

「それなら問題ない。僕の知人の女性を百人くらい呼んでくるから」

「嘘じゃあないんですか?」

「嘘じゃないよ。この過疎化した町でもとびっきりの熟女を呼んでくるなんてわけないさ」

「先生!」

「なんだ言ってみろ」

「……行きたくありませんその温泉」

「おいどうしたんだ急に。僕ら風呂友だろ? 一人はさみしいんだよ一緒にいこうよねえ」

羅布羅酢先生は駄々をこね始めた。

「羅布羅酢先生は変態なんじゃなくて。単に変なのよ」

莎莎薇蘄皿(ささらぎさら)は言った。

「なんだよ皿ちゃん。僕は変じゃない変態なんだ。そこのところ間違えないでほしいな!」

羅布羅酢先生は訂正した。

「その通りですよ! 先生は変態教師であり変態紳士なのです! もやはそれ以外の呼び方は許されない! この(わたくし)が許さない!」

「お、おう……金切金縁(かなきりかなえ)か。急に声を上げたからびっくりした」

「先生!」

「な、なんだ?」

(わたくし)のことは金の切れ目が縁の切れ目と呼んでください!」

「いや、無駄に長いしなあ」

「さっきのところ言い直してください! お願いします!」

「お、おう……金の切れ目が縁の切れ目か。急に声を上げたからびっくりした」

「完璧です! グッド!」

金切金縁は立てた親指を羅布羅酢先生に向けながらウインクした。

「や、やっぱりやめよう。この呼び方なんか色々と酷い気がするんだ。というか、なぜこの呼び方を推奨してきた? 明らかに時間の無駄と誤解を生む無駄が発生しているんだが」

「世の中金がすべてだからとても良い名前だと思いますよ。自画自賛ですが」

「……それは自画自賛なのか。というか世の中金がすべてと言ったな! 違うぞ!」

「何が違うんですか!? 人は金のためにしか動かない。それがこの世の価値というやつなんです! お金の支配によって社会は動いている! それのどこが違うって言うんですか!?」

「違う。人を動かすもの、それは……」

ごくり、と唾を飲み込んだ金切金縁を羅布羅酢先生は指さした。

「『愛』だ」

「え」

真っ直ぐに生徒の顔を見据えた。

「愛には価値がある。愛は人を変える。愛が社会を支配している。夫婦愛があるから君達が生まれた。だから愛こそが世界のすべてだ」

これまでの巫山戯(ふざけ)た口調は消え、聞く者に有無を言わせない美声になっていた。

「これはもしや真正面モード?」

「羅布羅酢やりおる」

「どうせいつもの茶番劇が始まるだけだって」

そんなヒソヒソ話しが生徒達の間に広がる。

金切金縁は「違う。違う。そんなんで解決した気になっていい気になってるだけだ」とつぶやいていた。その声にはやりきれない憎悪の念が感じられる。

「羅布羅酢先生!」

金切金縁は声を上げた。

「なんだ。言ってみろ」

「愛なんて全部でたらめなんだってことを証明します! これを見て下さい! これを!」

と言いながら、制服の(そで)を思いっきり(まく)り上げた。白い腕を前方に突きつける。否、それは完全な白ではない。手首には赤いミミズのような線がいくつも浮かび上がっていた。

「……それは」

リストカットの傷痕(きずあと)だった。

「これは私が唯一(ゆいいつ)感じられる愛です。身体を傷つけることによって私は私の存在を許すことができる。これは……愛ですか? だって愛が全てなんでしょう?」

「自己愛だ」

「なんだあ。私ったら勘違いしてました。この世は愛だらけですね! 愛があるから私は私を許そうと頑張って手首を傷つけているんですね!」

「自分を許す自尊心が必要みたいだな。なんだか大変みたいだな。どうだろう。授業が終わったらなにか相談にのるよ?」

「同情するなら愛を下さい」

「金じゃないの? 金の切れ目が縁の切れ目さん」

「私を愛してくれれば一億円は払わなくていいですよ?」

「うん。君は僕の家計を火の車にする気満々なんだね。同情するくらいなら愛をあげよう。だれが金をやるか!」

「まだ金のほうが簡単かもしれませんよ」

「え」

「愛なんて受け手の感性に頼るしかないんですよ。だから、自己の愛しか感じたことの無い私が先生に愛をもらったとしてもそれを『愛』だと認識できません」

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」

「しょうがないですねえ! その通り! 私は生きていたってしょうがない人間なんです」

「そんなこと言ったってしょうがなくないよ大丈夫だよしょうがなくないよ問題ないよ」

「先生どうしちゃったんですか? もしかして同情してくれるんですか? やめて下さいよほんとに。同情するくらいなら愛を下さい!」

「金の切れ目は縁の切れ目さん……」

「なんですか? そんな弱気な声を出しちゃて。羅布羅酢先生らしくないですよ?」

「ごめん。撤回する。僕は君を愛せない。それに世界は愛に溢れていないくすんだものだった。僕は間違っていた。だから君は君を愛さないでくれ。君の愛の定義は酷く歪んでいる。そんな愛なんて本当じゃない。だから君は君を愛さなくていい。傷つけなくていい。それが君にとって『正しい』はずだから」

「……先生」

「金の切れ目は縁の切れ目さん……わかってくれたか? なら僕は……」

「一億円払って下さい!」

(ことわ)る!」

愛の無い世界。愛の有る世界。

どちらが正しくてどちらが悪いのか。

そんなもの全知全能の神であればわかる。

もしくはわかった振りができる。

そんなあやふやな正義を振りかざす。

今日も誰かは思い込み。

自分で勝手に、自分勝手に救われる。

「はいはい! ちゅーもーく!」

赤楽味愉解(あからみゆかい)は椅子から立ち上がり、ピシッと片手を天井に向けて上げた。

「そこ! 席に座りなさい。今はお勉強の時間です」

「そんなこと言わないで下さいよ羅布羅酢先生〜。僕様の自由を少しは尊重して黙っていて下さい」

「だれがお前の自由を黙認するか!」

「まあまあ〜。そうやって怒ったような顔をしないでださいよ。せっかくのカリスマ教師が台無しですよー」

「え。超カリスマ教師?」

「え。超は付けませんでしたけど?」

「そんなことはない! 超をつけただろ?」

「どうでもいい具体的なことに(こだわ)り過ぎですよ〜。具体的なことに拘り過ぎる人は精神病になりますよ先生?」

「どうでも良くない。僕は超カリスマ教師だ!」

「自信が過剰でいいですね〜。その自信が(いつわ)りじゃあないことを(いの)ります」

「あ、あらがとう!」

羅布羅酢先生は噛んだことに気づいていなかった。

「ご冥福を」

「え」

「え?」

「今、ご冥福をって。え?」

「そう言いましたが? だって先生は死んだ幽霊ですよ。そして幽霊が消えたら死後の暗黒の世界に向かいます。その世界での幸福を祈ります、という意味で言ったのですが伝わらなかったみたいですね」

それを聞いた羅布羅酢先生はショックを受けた。

「え。まじかよ僕は本当に幽霊なのかよ。聞いてねえよまじで。なんだよ暗黒世界ってどう想像しても幸福になれそうな場所じゃねえよ。お先真っ暗じゃねえか女風呂覗けねえし」

「先生……心の声がこちらにも聞こえてますよ……いや、そんなことより!」

赤楽味愉解は本題に入る。クラスの生徒全員を見渡し堂々とした態度で、

「みなさん質問があります! みなさんは今から百年後の未来を想像できますか? その場にはあなたはいません。あなたは百年後の未来の地球の平和のためになにかやろうと思いますか? 僕様はみなさんのことが知りたい! 今の(せい)を次の世代のための役に立てたいという気持ちはありますか?」

と言った。その声に愉快さなど微塵(みじん)も感じられなかった。

その声に応じるものはいなかった。それが彼にとっては予想外だった。

「……唐突(とうとつ)にごめんなさい。では失礼します」

赤楽味愉解は返事がないことに残念な表情を浮かべ、席に座る。その時の頬は少し赤らんでいた。

「自由について語ろう」

唐突に羅布羅酢先生がしゃべり出した。

「まず最初に生きている時点で不自由だ。人は生きてから死ぬまでしか自由なことができないということが、そもそも不自由だからだ。人は自分の思い通りに行動したいという自由意思がある。しかし、その自由意思が他の人を不自由にさせているのが現実だ。(ちな)みに自由なことが『良いこと』だと考えている人がいるが、そう断言する人間は自由をわかっていない可能性が高い。自由とは一人の人間が『思い通りになった』と感じれることだ。つまり『思い通りになれない』という不自由がないと自由は(おとず)れないという真実が必ずある。我々人間は人生は不自由だが不自由だからこそ自由があるのだということを忘れないように気をつけたいものであるな」

「「(急に饒舌(じょうぜつ)になった!?)」」

羅布羅酢先生は「ふう」と息をついた後、

「どうしたお前ら? キョトンとした顔をして。まるで蛇に睨まれた蛙みたいな顔をしているぞ」

「キョトンとしていて蛇に睨まれた蛙みたいな顔ってどんな表情なんですか?」

吸人急兵(きゅうりきゅうへい)は疑問を(たず)ねた。

「君ならどんな表情だと想像する?」

「そもそも想像できません」

「それが答えだ」

「先生はいったい何がしたいんですか? 馬鹿なんですか? 今ここで死ぬんですか?」

吸人急兵は消しゴムのカスを机上で丸めながら質問した。

「なぜ僕が馬鹿だと疑問に思ったんだい? 興味があるから先生に教えてほしいな。そして僕は今ここで死なない」

吸人急兵は消しゴムのカスを羅布羅酢先生の顔面に向けて投げた。当たった部位はおでこだった。ダメージ1を与えた。

「え。先生は死んでるんですよ」

「君の発言は矛盾してる!?」

「いえ。矛盾していません。羅布羅酢先生のHPは1しかないカスです。なので勇者吸人急兵は消しカスをおでこにくらわせたことにより、カスは死にました。消しカスなだけに」

「全然上手くないから! そして君はまず先生のことをカス呼ばわりしたことを謝れ!」

「吸人急兵は悪くない! 悪いのはこの教室の環境だ!」

「抽象的なことを言って誤魔化すんじゃない。素直に急兵くんが悪いと認めなさい」

「これが吸人急兵の素直な気持ちです。僕は悪くない!」

「『話にならない』」

「話をしましょうよ。話にならなくたっていいんです。お互いが気持ちよければそれで」

「話しにならない人と話しをすると僕は気持ち悪いんだよ。だから話しかけてこないでくれお願いだ」

「やだやだやだやだもっと羅布羅酢先生としゃべりたい見下げたい、です」

「見下げたい…だと。もはや僕はこの手を使うしかなさそうだ」

先生は真っ白の殺人チョークを一本つまみ、思いっきり吸人急兵に向けて投げた。その円柱はおでこのセンターを貫いた。

羅布羅酢先生は白い粉がついた手のひらをはたく。

「今のは僕が『悪い』ことを、した」

この教室に二人の屍ができたことを羅布羅酢先生以外は気づいていなかった。

「先生? どうかしたんですか死んだ魚みたいな顔をしちゃって」

偽崎信太郎は言った。

「なにを言ってるんだ僕は死んだ幽霊なんだろ?」

偽崎信太郎は異形な笑みを浮かべた。

「アハハ! 死んだ魚みたいな顔ってのは比喩ですよ比喩! 大丈夫です心配しないでください。先生はちゃんと幽霊になっていますよ」

「よかった」

羅布羅布先生は安堵(あんど)した。

「それにしてもお前ら幽霊見ても怖くないのか? それってかなり図太い神経をしていないか?」

「幽霊の定義を教えましょう」

偽崎信太郎は言った。

「なんだ? 教えてくれ」

「幽霊であると断定できる唯一の条件。それは……」

「……」

ゴクリと(つば)を飲み込んだ。

「羅布羅酢先生であることです」

「なん……だと!?」

羅布羅酢先生は目を大きく開けて仰天したような表情をした。

「ようやくわかっていただきましたか。そう。つまりこの世に幽霊は一人しかいない。それがあなただったのですよ!」

「なん……だと!?」

羅布羅酢先生は目を大きく開けて仰天したような表情をしたままだった。

「アハハ! 滑稽(こっけい)ですねえ。自分だけが幽霊だと気づいていなかったんですから」

「人の不幸を笑うな! 僕一人だけが幽霊だなんてさみしいじゃないか!」

「さみしいのは悪いことじゃありません。だから先生は一人で勝手に成仏(じょうぶつ)してくださいね」

なぜだか羅布羅酢先生は偽崎信太郎を指さしながら、

「わかった! だが(ことわ)る!」

と言った。

「……承諾してすぐに断るなんて酷いじゃないですか。この人でなしめ」

「人でなし…か。たしかにそうだな。だって僕は幽霊なのだから!」

そんな雑談の中。教室の時計は授業開始から十分(じゅっぷん)経過していた。この室内の空間だけ、どこか架空の世界にいるかのような違和感があった。それに気づいている生徒が一人だけいた。机上にうつ伏せになり寝た振りをしている生徒。尻山さざえだった。

「おいそこ! 寝るな! 死ぬぞ!」

羅布羅酢先生は尻山さざえを指さした。

「むにゃむにゃ。むにゃむにゃむにゃ」

「擬声語で寝言を言うな。そんなわかりやすい狸寝入り初めて見た!」

「むにゃむにゃ。むにゃむにゃむにゃ」

「……この、起きやがってください! この野郎!」

羅布羅酢先生は黒板の下に置いてあった白いチョークを握り、思いっきりさざえに向けて投げた。それは脳天を直撃して、貫通した。再び屍が出来上がった。

「し、しまった! 力が強すぎた!」

羅布羅酢先生は生徒を起き上がらせることに失敗した。

「先生?」

舞奈好愛(まいなすあい)は不思議そうな顔で先生を見つめた。

羅布羅酢先生は教卓の上にある花瓶を手に取る。花瓶にはコスモスが入れられている。

「いやあ。なんでもない。僕は悪くない。もしくは悪い。悪くない。悪い。悪くない。悪い。悪くない。悪い。悪くない。悪い。悪くない。悪い。悪くない。悪い。悪くない。悪い。悪くない」

「なに急に花占いなんかしてるんですか!? 花びらを(むし)られてコスモスが可哀想です」

「悪い。ん!? 悪くない! ヨッシャ! 僕は悪くないぞ!」

羅布羅酢先生は歓喜した。だが、羅布羅酢先生は明らかに悪かった。チョーク殺人はどう考えても常識的に倫理的に悪い。それを都合の良いように正当化したのは凄く良くなかった。悪かった。

「先生は何か悪い事をしたんですか?」

「僕は悪い事をしてないよ。だって花占いがそう言ったんだから。いや、花が言ったわけじゃないけど」

「要するに先生はなにか後ろめたいことをやってしまった、ということですね。急に花びらを千切るものだからびっくりしてしまいました。つまりそういうことなんですね」

「僕は悪い事をしてないよん」

巫山戯(ふざけ)ないでください! 後ろめたいことをそういった態度で無かったことにするなんて許せません! もっと後ろめたい気持ちになって(ひざまず)いて下さい! この私に土下座をして下さい! でないと許しませんよ!」

「僕は後ろめたい気持ちににならないと土下座させられるの!? しかもなぜか君に!?」

「後ろめたい気持ちにならない鈍感な人間は『悪』です。そんな人間を撲滅させたい。これがこの私の夢なんです」

「何気にスケールの大きな、わりと荒唐無稽な夢でびっくりした! 君はそんな夢を平気で公言できちゃう人なの!? 僕の中二心くすぐるよ!?」

「フ」と舞奈好愛は鼻で笑う。それから凛としていて自信に満ちた仕草でこう言った。

「これぐらいの度胸が無いと世界平和なんて実現できませんよ」

ちらと羅布羅酢先生を見つめる。

「……ほ、()れた」

惚れたらしかった。

「で?」

羅布羅酢先生はその場にしゃがみ込む。そして床におでこをつけながら、

「後ろめたい気持ちにならなくて、本当にごめんなさいぃ!!」

大声で謝った。舞奈好愛はその様子を椅子に座りながら足を組んで見下げていた。見下していた。まるで殺虫剤を浴びて苦しむゴキブリを見つめているかのような強者の目だった。

「これでよろしいでしょうか?」

羅布羅酢先生は土下座のまま顔を前方に向けた。前方には舞奈好愛がいた。にこやかな笑みだった。

「だれが顔を上げていいって言った?」

「だれも言っておりません!」

先生は再びおでこを床につけた。

そんな中でも時計の針は少しずつ動いている。しかし時間はまだ授業開始から十三分程しか経過していなかった。つまらない授業は時間が経過するのが遅いというが、それにしても時間が経過するのが遅過ぎる。ついに凹山凹(へこやまぺこ)は痺れを切らした。

「先生! 具合が悪いので早退してもいいっすか!?」

先生は床におでこをつけているので、頭頂部と会話しているような錯覚に(おちい)りそうになる。

「いいよ。だが許さん」

頭頂部は言った。

「どっちっすか!?」

「いいよ」

「ヨッシャ! じゃあ行ってき」

「だが許さん!」

「だからどっち!?」

「いいよ」

「……」

この時に凹山凹は先生のことを心底うざったいと思った。

「不自由かい?」

「はあ。まあ」

「よかったね。思い通りにならないことが無い人生に価値は無いからね」

「……」

「黙らないでよ。黙ってちゃ何もわからないよ。しゃべってもわからないかもしれないけどね」

「帰ります。じゃあ」

凹山凹は椅子から立ち上がる。廊下の方へと歩いていった。

「はいそこぉ! 勝手に帰るな!」

羅布羅酢先生は凹山を指さした。

「先生はさっき『いいよ』って言ってたじゃないですか! もう知りません! こんなクソつまらない授業なんて受けてられません! 帰ります!」

彼が歩いて出入り口に近づく頃。羅布羅酢先生の手にはチョークが握られていた。その純白の円柱が赤い血に染められるのに、時間はかからなかった。羅布羅酢先生はチョークを投げてから、刹那(せつな)と呼ぶに相応(ふさわ)しい瞬間的な速さで凹山凹の後頭部は凹まないで貫通した。

屍と化した彼が倒れたという異変に生徒全員が気づいていなかった。

「ふう。これだからお前ってやつはお前なんだ。僕の授業から逃げ出す生徒を生かしておくわけがないじゃないか」

(ひざまず)き頭頂部を見せながら羅布羅酢先生は言う。

「さて、本題に入ろう! 君たち生徒はあとどれくらい生きられるかな?」

「どれだけ生きられるかって? そりゃああと七十年くらいじゃないでしょうか。ああこれが今日の授業の本題だったんですね。本当に授業らしいことをしないんですね」

彼岸野咲(ひがんのさき)は言った。

「授業らしいこと? なんだそれは? 抽象的過ぎて僕のイメージに理解が追いつかないよぉ」

(ひざまず)く土下座の状態を維持したままの羅布羅酢先生は気弱そうな小さい声音だ。

「ああわからないんですか。教えてあげますよ具体的に。つまりテストにでる内容を教材を使って学ぶということが授業らしいです」

「具体的過ぎてつまらない! 授業っていうのはなぁ! そんな枠にはまるようなつまらないものじゃないんだよ!」

声を張り上げた羅布羅酢先生は彼岸野咲を指さした。土下座のままなので視線だけ彼女の方を向いていた。彼女には先生の頭頂部と会話をしているような錯覚に陥る可能性が高い。

「ああ抽象的なことを言っても具体的なことを言ってもだめなんですね」

「だめじゃない。ただ君がつまらないだけだ」

「ああ私がつまらない人間だから先生もつまらないんですね」

「その通りだね。僕もつまらない人間だけどね」

「ふふ、お互い様」

「本当つまらない人生だぜ。こんなのをあと七十年間も感じながら生きていかないといけないんだぜ。しょうもないぜ」

「だぜ、とか急に語尾を変えるのやめて下さいね。キモいです」

「僕はキモくないぜ」

「ああキモカワユイでしたか」

「それだ! 僕はキモカワユイんだ!」

羅布羅酢先生は少し楽しそうだった。

「ああわかりました。それであと七十年しか生きられない私達に何が言いたいんですか? あと五年しか生きられないカワイソウな羅布羅酢先生?」

「無意味に僕の五年後に死亡フラグを立てないでくれるか? そして僕はカワイソウなんかじゃない! キモカワユイんだ!」

「ああわかりましたよキモカワユイ羅羅羅羅先生」

「わかってもらえたみたいで嬉しい。君はなんてものわかりの良い生徒なんだ。そうだよ。僕はキモカワユイ羅羅羅羅先生だよってなんでやねん!とかツッコミを入れる気はないからね」

「ああわかりましたよキモカワユイ酢酢酢酢先生」

「そうだよ。わかってるじゃないか。僕はキモカワユイ酢酢酢酢先生だよってなんでやねん!とかツッコミ入れるわけないだろうが」

「もうやめましょう。これ以上先生の不毛な姿を見るのは正直……きつい」

「全部、君が悪い」

羅布羅酢先生は彼岸野咲を指さした。

「私は悪くない。悪いのはこの環境です」

「抽象的なことを言わないでくれ。環境ってなんだよ」

「ああどうせ具体的なことを言っても納得しないくせに。環境っていうのはこの教室を取り巻く具体的な何かってことです」

「意味がわからない。環境ってなんだ」

「そんなこともわからないんですか。先生は全てを知りつくした人間じゃないじゃないですか」

「違う。僕は全知全能の神様だよ」

「ああ違います違います。神様じゃなくて先生は幽霊なんですよ? もう忘れてしまったのですか?」

羅布羅酢先生は「あ」と思い出した。

「そうだった。僕は幽霊だった」

「まったくこれだから羅布羅酢先生は〜。忘れちゃダメですよ。自分が幽霊だってことは」

「うむ。気をつけるよ。ありがとう。ところで君たちの言う『幽霊』って、もうほとんど人間じゃないのかな? だって実態がハッキリし過ぎているじゃないか。君たちの授業を受け持っている先生なんて人間的な役職を得ているし」

「ああ先生は誤解をしてらっしゃるんですよ。先生がイメージしてる幽霊は『ほわんほわん』としたわけのわからないものでしょう? もちろんイメージというのは常に抽象的だから『ほわんほわん』としてしまうのは仕方ないことですね。でも抽象的だと人によって『認識のズレ』が(しょう)じるんです。だから先生は幽霊を誤解しています」

羅布羅酢先生は「うーん」と(うな)った。

「なるほど。僕のイメージしている幽霊と君たち生徒のイメージしている幽霊が違うということか」

「ああはい。というか、私達生徒が認識している幽霊とは具体的なのもなんです」

「それは……なんだ?」

羅布羅酢先生は(つば)を飲み込んだ

「さっきも言ったでしょう? それは羅布羅酢先生です」

羅布羅酢先生を指さした。幽霊呼ばわりした。

「なん……だと!?」

「ああそれさっきも言いましたよね? 巫山戯(ふざけ)て驚いた振りをしているんですか? 巫山戯けないで下さい。驚いた振りをしないで下さい」

「巫山戯てはいない。記憶力が無いわけではない。ただ、記憶する気が無いだけだ」

「屁理屈を……」

「事実だ。僕は記憶をする気がないんだ。僕は記憶を自分の都合の良いように変えることができる。経験は変えることはできないが具体的で役に立たない記憶ならつくることは容易(たやす)い」

「ああそうですか。でも残念でしたね。あなたの話しになんて誰も耳を傾けてないんです。あなたはそうやって一人で勝手に自分自身の(おこな)いを正当化して、全てわかったような振りをする。なんにもわかってないくせに」

「なにを言っているんだ。僕がなんにもわかってないわけがないなんてあり得ない。だって僕はなにかはわかっているからね。そう言う君こそなにもわかってないんじゃないのかい? 一+一も出来ないんじゃないのかい?」

「ああもうなにがなんだかわからない。先生と話していると頭がこんがらがります。もういいじゃないですか。羅布羅酢先生はなんにもわからないってことにして下さい!」

「そんなことはない! 僕は一+五もわかる! イチゴだ!」

「はあ……『話しにならない』」

彼岸野咲は悲嘆(ひたん)のため息をついた後、教室に立てかけてある時計の指針の位置を確認した。

「あっ」

「どうしたんだい? 僕の授業が楽し過ぎて『あっ』と言う間に時間が経っていてびっくりしたのかい?」

「……『あっ』と言う間に時間が過ぎない。全然過ぎてないですよ。あの時計、壊れてるんじゃないですか?」

彼岸野咲は黒板の上の時計を指さした。

立ち上がった羅布羅酢先生は後ろを振り向き斜め上を見上げた。

「なん……だブフゥ!!!!」

羅布羅酢先生のわき腹にミドルキックが直撃した。轟音が教室内に響き渡る。羅布羅布先生は黒板へ吹き飛ばされる。黒板は二つに割れ、白壁に大きな(くぼ)みと亀裂(きれつ)ができた。

「誰が立ち上がっていいって言ったんだ!? ああん? 誰に許可得たんだよなあなあ羅布羅酢先生よぉ!!」

その声の(ぬし)は舞奈好愛だった。どうやら羅布羅酢先生が土下座のポーズを()いたことに腹を立てたらしい。

「こ……これが(まれ)に見る理不尽暴力」

腹を(おさ)えて、痛そうにしている。

「これこそがジャスティス!!」

舞奈好愛は片足の体重を先生の腹部に乗せながら、片腕をまっすぐ左斜め上前方に突き出す。初代仮面ライダーのポーズを決めていた。

「「ぉおお!!」」

教室内がどよめいた。怪人(せんせい)の耳には拍手の音が聞こえている。

「ぉ……お前ら……それが先生に対する」

「だ〜か〜ら〜、先生は幽霊なんだって! もう忘れちゃったんですか?」

「もし本当にそうだとしてみんなの幽霊に対する扱い酷過ぎだろ……」

「そんなことより! あの時計の針がおかしいんです! 早くなんとかして下さい羅布羅酢先生!」

彼岸野咲は言った。

「こんな重傷の幽霊になにお願いしてるの? なんなの? 僕をいじめたいの?」

羅布羅酢先生は仰向けになりながら、お腹を蹴られている。

「はい!」

元気な返事だった。

「いじめは良くないよ! やめようね今すぐ! ほら、生徒達も傍観(ぼうかん)してないで助けてよ!」

返事は皆無だった。生徒達は席についたまま各々(おのおの)が好きなことをしていた。その中でも消しカスを丸めて遊んでいる生徒が過半数を()める。

「お……お前ら……」

「うしろめたいなあ。うしろめたい。うしろめたい。羅布羅酢生徒にこんな酷いことをしてしまって本当にうしろめたいなあ」

舞奈好愛は踏みつけたままの状態で言った。

「……なにを」

「私は嫌いだ。うしろめたいことを感じないでのうのうと生きているやつが! うしろめたい。うしろめたい。うしろめたい。うしろめたい。うしろめたい。本当にうしろめたい。鈍感なやつが得をしてるのを見ると反吐(へど)が出る。だから嫌いなんだ!」

「……(ゆが)んでる」

「歪んでいるのは、私じゃない」

「大丈夫! 歪んでるのは世界だ。だからその足をどけてくれないかい?」

舞奈好愛は羅布羅酢先生の腹から足をどけた。それから、

「もういいです。授業を続けてください」

と言ってから自分の机の席に戻った。羅布羅酢先生は腹に手をそえて痛そうにしながら、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

口からは血が吹き出していた。

「では……数学の授業を……再開する。その前に、この教室の時計の異変について話さなくてはならないだろう。なぜこんなにも時間が経つのが遅いのか」

「なぜですか? おかしいですよね。まだ授業開始から十五分しか経ってないなんて」

彼岸野咲は言った。

「それはね。僕の授業がとてつもなくつまらないからだよ」

「ああやっと自分で認めましたね」

「カワイソウな僕」

「先生はカワイソウなんかじゃありません! キモカワイイだけです、いえカワイイは余計でした、キモイだけです! キモイだけです!」

「……わざと二回言われた」

「ああなんだ。時間が過ぎるのが遅いのは先生の授業がつまらないからなんですね。納得。納得。面白いですね。人生ってのは案外平等でつまらない人生な人ほど長生きできる」

「楽しい人生ほど早く死ねる、か。いや、それって悲惨だろ。どちらにしたって不幸じゃないか。楽しい人生は短くて辛い人生ほど長いなんて」

「悲惨で滑稽ですね」

「君たちは長生きするためにつまらない人生を自分で『選んで』いるのかもしれないね。僕の授業をつまらないのも『わざと』なんだろ?」

「あはは。そんなわけないじゃないですか。つまらないものは、つまらないですよ先生の授業は」

「えっと、絶望してもいいかい?」

「ああそうしたいならご勝手に?」

「そこは『やめて下さい! 希望を持って下さい! 人生はそんなに捨てたもんじゃないですよ!』って言うところだろ?」

「そうなんですか?」

「そうじゃないの?」

「ああ違いますよ! やめて下さい! 私をあなたの都合の良いように束縛しないで下さい! 相手の身になって思いやって下さいよ! それが優しさってやつなんじゃないんですか?」

「……どうやら僕と君の『優しさ』の定義のイメージが違うようだ。人それぞれ違って当たり前なのだけれど」

「羅布羅酢先生は優しいですよね」

彼岸野咲はにっこりと笑みを浮かべた。

「やめてくれ。僕にプレッシャーを与えるな。僕は優しくないよ。僕は優しくない」

「羅布羅布先生って優しい」

「そんな優しい声で言うな。褒められているようだけど、なんだか嘘っぽいんだよ。僕は君のことが信じられない。そのほほ笑みも全部、偽物なんじゃないかって疑心暗鬼に(おちい)るよ」

「ああそんなことはありません! わかってもらえないんだったら何回だって言います! 羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい羅布羅酢先生は優しい」

「おい! やめろ!」

「羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい羅布羅酢先生はすごく優しい」

羅布羅酢先生はすごく恐ろしくなった。

「うわぁぁぁぁ!!僕が悪かった! だから!! もうやめてくれ!! お願いだぁぁ!!!!」

耳を(ふさ)いだ彼の絶叫(ぜっきょう)が教室内を振動させた。

「ああどうしちゃったんですか先生? 急に耳を塞いで叫び声をあげるものだからびっくりしちゃいました」

「なにを言ってるんだ。君のせいだろ!」

羅布羅酢先生は彼岸野咲を指さした。

「あんなに『羅布羅酢先生優しい』を連呼してるのに拒否反応を示すなんて羅布羅酢先生は優しくないんですか?」

「人に対して素直な人が人に優しいと思うから人に対して素直な僕は人間である君に優しいはずだよ」

「え」

「聞こえなかったのかい? それならもう一度言おう。人に対して素直な人が優しいと思うから人に対して素直な僕は人間である君に優しいはずだよ」

「え。よく、聞き取れませんでした。もう一度言って下さい」

「仕方ないなあ。もう一度だけだぞ? 人に対して素直な人が優しいと思うから人に対して素直な僕は人間である君に優しいはずだよ」

「ああ速過ぎて聞き取れません! 先生が悪いんです。極悪非道です! 鬼畜です! もう一度言って下さい!」

「そこまで悪者扱いを受けるとは思わなかった。仕方ない。もう一度だけだぞ! 人に対して素直な人が優しいと思うから人に対して素直な僕は人間である君に優しいはずだよ」

羅布羅酢先生はゆっくりとはっきりとした口調で言った。

「ああもう! 聞き取れませんでしたよ!」

「おかしいおかしい! 今ので聞き取れてないっておかしいよ!?」

「ごめんなさい。どうやら鼻くそが耳の中に入って()まってしまったみたいなんですよ」

「どうやったら鼻くそが耳の中に入るんだ」

「あああれ勝手に移動するんですよ。足が生えたみたいにいつの間にか耳の中に入っては私を困らせようって魂胆(こんたん)なんでしょうけど」

「なにその鼻くそが生物みたいな言い方!? 女の子がそんなことを言ってはいけません。鼻くそは生きていません。勝手に耳の中に入って悪さしません。誤魔化すんじゃない。素直になりなさい。本当は君が鼻くそをほじった指を耳の中に入れただけなんだって!」

「先生……そんなことを言うなんてレディに失礼ですよ」

「君、それは確信犯じゃないのか? もう彼岸野咲のあだ名は『耳に鼻くそ』でいいね」

「ああごめんなさい。耳に鼻くそが入ってるのは嘘です。だから『耳に鼻くそ』というあだ名だけは勘弁してください。この後の私の将来に汚名をかけないでください」

「嘘か。よかった。もしそれが本当だったら僕が膝枕(ひざまくら)をして君の耳に詰まった鼻くそを耳かきで掘り出す結末が待っていたからね」

羅布羅酢先生は安心した。

「羅布羅酢先生」

水音笑子(みねしょうこ)は挙手をした。

「なんだ。言ってみろ」

「今日は雨が酷いですね豪雨です」

「そうか? どこからどう見ても晴天だろ?」

「いえ、雨女なんですわたし」

「いやいや、今日は晴天だけど?」

「わたしの場合の雨女は意味が特殊(とくしゅ)なんです」

「さっぱり、わけがわからない」

「どういうところが特殊かというと、わたしの頭上にだけ雨が降ってくるんです」

「ほう、そうか……て、え?」

「だから、わたしの頭上にだけ雨が降ってくるんですよ。特殊体質でしょ?」

「……それはもう超常現象に近いよ。なんだよ一人の人間にだけ集中豪雨って。それを雨女って呼んじゃうと、雨女な人すごくカワイソウな人じゃないか」

「そうなんですよ。わたしカワイソウなんです。でも毎日傘をさして登校しているので全身ずぶ濡れになることはありません。それにわたし、雨、好きなんです。だから、こんな体質でよかったなあって神様に感謝しているんですよ」

「きみのその天使のような笑みを見れただけで僕は人生で初めて教師をやってよかったと思えたよ。ありがとう」

「……先生」

「水音さん。確認のためにちょっと教室のベランダに出てくれないかな?」

羅布羅酢先生はベランダの方を指差した。

「え? あ、はい。いいですよ」

にこにこと返事をしてベランダに向かった。

ベランダに出た直後、彼女の頭上から滝のように大量の水が彼女をずぶ濡れにした。彼女は少し息をするのが苦しそうな表情を浮かべた。しかし、なんとか我慢して作り笑いを浮かべ始める。

「あごめん! もうやめていいから! 教室内に戻ってきて! 僕が悪かった!」

制服のカッターシャツが濡れて色々とまずいことになっている水音笑子が教室内に戻ってきた。すかさず仲の良い友人らがタオルを持って駆け寄る。友人らが一言。

「笑子が風邪ひいたらどうすんだよ。あの先生。まじありえん」

「ほんとね。大丈夫? 一緒に予備の制服を貸してもらいに保健室に行こうね」

仲間に慕われる様子を羅布羅酢先生は見ていた。水音笑子とその友人らは保健室へ行った。

それからすぐに保健室から帰ってきた。

授業開始から十五分が経過した。

「おま、早着替え過ぎだろ。一分で帰ってきやがった」

羅布羅酢先生は非常に驚いた。

「えへへ。わたしの唯一の取り柄なんです」

「もっといい取り柄があるよ! 素敵な笑顔とか素敵な笑顔とか素敵な笑顔とか」

「えへへ」と水音笑子はにっこりとほほ笑んだ。

「はぁ〜。癒し」

羅布羅酢先生はへなへなと顔が(ゆる)みボーッとなにもない場所を見つめている。

「おい。なに勝手に癒されてるんだよ」

「そ、その声は!?」

舞奈好愛だった。席から立ちあがる。前のめりになり机を手のひらで叩く。バン!!

「いったい誰の許可を得て自分を『安心』させてるんだ。ああん!? お前みたいにうしろめたいことをいとも簡単に忘れてへなへなしてるやつを見るとイラつくんだよ。腹が立つんだよ。いつもいつも自分の都合の良いように正当化してわかった振りをしやがって……これだから、うしろめたく感じないやつが嫌いなんだ」

「突然、怒鳴られた、怖い、タスケテ」

羅布羅酢先生は棒読みで言った。

誰も助けにはいかなかった。

「私は! 生きていることがうしろめたい! 他人に迷惑をかけているかもしれないことがうしろめたい! こうして授業を受けていることがうしろめたい! この学校を受験して落とされた人のことを思うとうしろめたい! 食事中だってうしろめたい! 食べ物に感謝なんて出来ない! 人間の食物にされたやつらのことを思うとうしろめたい! 感謝をするのはいいことか!? 人間のために殺されるやつらがテーブルに並んでるのを見て、どうして感謝なんてできる!? 私には理解できない。私は鈍感になった人間が『嫌い』だ! なあなあに感謝してうしろめたいことを忘れてしまうやつが嫌いなんだ! あー! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「やめろ! うるさい! きみは保健室へ行ってなさい!」

「「さようなら」」

生徒達は立ち上がった。

「違う! お前達には言ってない。仕方ないこれは指を差すしか」

羅布羅酢先生は舞奈好愛を指差しながら「静かにしなさい!」と言った。その行為が彼女に油に火を付けるだけだということを知らずに。

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい! そうやって自分にとって都合の悪い私みたいな存在を(けむ)たがって静かにさせようとする! 自分達がどれだけうしろめたいことをしてきたのかを忘れて、のうのうとのうのうとのうのうとへらへらしやがって! そんな奴が(にく)い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! うしろめたいことがあるのにうしろめたく思わない奴が! 許せない! 嫌い!」

「わかったわかった。僕がうしろめたく感じないのがいけないんだね。もう自分がどんなうしろめたいことをしたのか忘れたけど」

羅布羅酢先生は言った。

「わかってない! それにお前だけじゃないんだ!」

舞奈好愛は羅布羅酢先生を指差した。そのあと席に座っている油揚水太郎を指差した。

「え」

油揚水太郎はなんのことだかわからないといった様子で、作り笑いを浮かべた。

「君のことだよ僕の風呂友、油揚くん。舞奈好愛さんがなにか言いたそうにしているよ。仲間になりたがっているよ。魔物のエサをあげてないのに」

「え。いや、どう見ても仲間になりたそう、ではない表情なのですが。眉間(みけん)にしわを寄せて睨みつけるような鋭い眼球がこちらを見ていて、今にも襲いかかってきそうなんですが……」

「大丈夫。それは彼女なりの求愛のサインだから」

「はいわかってます。大丈夫じゃないことはわかってますから黙っていて下さい羅布羅酢先生」

「そんなぁ。酷いよぉ。それが風呂友に対する正しい接し方なの?」

油揚水太郎はシカトした。

「油揚くんだけじゃない! お前だって!」

と言いながら、舞奈好愛は林希林を指差した。

「え、私?」

「お前だけじゃない! お前だってそうなんだ!」

シュレッティ猫姫を指差した。

「ワタシニホンゴワカリマセン」

「さっき日本語流暢にしゃべってたよね。なにいきなり外国人みたいなことにしてるの。君の両親は日本人だよね。僕はそんなツッコミどころ満載の猫姫さんが大好きだよ」

「……先生。そんなにちやほやしたら私、私が私じゅなくなってしまう!」

「どうなっちゃうの!?」

「ヤンデレになって先生を飼育しちゃう」

「シュレッティさ〜ん!!??」

羅布羅酢先生は調子に乗った。

「猫姫さんだけじゃない! お前だって!」

舞奈好愛は秋雨秋を指差した。

「お前だって!」

偽崎信太郎を指差した。

「お前だって!」

上野下上野内を指差した。

「お前だって!」

彼岸野咲を指差した。

「お前だって!」

赤楽味愉解を指差した。

「お前だって!」

「もうそのへんにしとけよ」

丸円塁(まるまるるい)は彼女の肩に手を置いた。

「触るな! 気持ち悪い! お前もあいつらと一緒なんだろ!? そんな風に正義ぶって、勝手に自分のおこないを正当化していい気になって!」

その手を払いのけた。

「違う! 俺は自分が正しいなんて思っちゃいない! 世の中には腹が煮え返るような酷いことがある。許せない、と感じることはあると思う。だからって愛が憎しみを背負うことはないよ。だって生きている限り『しないといけない』ことなんてありはしないんだから。うしろめたく感じる義務はないんだよ」

「う、うるさい、言ってる意味がわかんないよ」

「わからないんだったらわかるまで何度だって言うさ! 俺が伝えたいことは人類に『しないといけないことはない』ということなんだ! この世にはびこる悪を背負いこみ過ぎてしまう君にそのことを伝えたかった! それだけだ」

「丸円塁くんの言葉に全僕が泣いた」

羅布羅酢先生は調子に乗った。

舞奈好愛は苛立(いらだ)っていた。

「お前らはそうやって、そうやっていい人ぶって……」

舞奈好愛はこらえきれない思いを全部吐き出したかった。人と人がどれだけ分かり合えないかを分かっていても、それでも話さなければ相手に分かり合えないことすら分からないままで終わってしまう。とち狂った奴だと思われてもいい。彼女は信じた正義を貫くために精一杯息を吸う。『みんな』によく聞こえる大きな声を出すために。

「普通な人間なんて存在しない、お前らみたいなやつが普通だって言うんだったら、そんな異常な奴らは私が(みずか)ら『撲滅』してやる! 嫌いだ! 自分が普通だと思い込んでる異常な奴が! 嫌い! うしろめたくおもわない奴が嫌いだ! お前らと違って私はいつだって! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

会話にならなかった。話しにならなかった。彼女は教室内での空気を読まないで『うしろめたい』を連呼している。クラスは彼女以外が静かにしていた。だからうしろめたいと感じない人間を悪とする彼女の正当性が間違っていると主張する人間はいなかった。彼女はただ一方的に感情的になった。『みんな』をうしろめたくさせたい一心でとち狂った。

「静かにしなさい!」

羅布羅酢先生は舞奈好愛を指差した。

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい。ふふ。へえー。『静かにしなさい!』なんてそんなこと言える立場なんですかあ? 先生? 先生はこの授業でどれだけうしろめたいことをしているのか分かっていてそんなことを言っているんですかあ? 実は知っているんですよ。先生がその手に持っている白いチョークでなにをしてきたか」

「……僕はこのチョークで悪いことを」

「してきたんですよ! 分かってないでしょ! 自分勝手にのうのうと! 目をそらして! うしろめたい気持ちを忘れて! 反省しないで! 別に先生だけが悪いわけじゃないんですよ」

「え。そうなの?」

羅布羅酢先生は油揚水太郎の顔をちらと見た。

「勘弁してください。チョークに関する件は知りません。羅布羅酢先生だけが悪いです。僕は関係無い」

「お前らだって! 悪い!!!!」

舞奈好愛は教室内の生徒全員を次から次へと指差した。「お前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってえお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってえお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってえお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だってお前だって!」

「……そんなこと言われたっても」

油揚水太郎はつぶやいた。そのつぶやきを聞いた羅布羅酢先生は「そうだよね〜。そんなこと言われたって警察沙汰にならなければ問題ないよね」と言った。

巫山戯(ふざけ)るな! 警察沙汰にならなければいい!? そんなやつばかりだから自動車で制限時速を守らないで事故を起こすんだ! 周りがやってるから自分もいいだろうって! 周りなんか関係ねえ! 『悪い』もんは悪いんだよ! このクラスでももちろん『いじめ』はある! もちろん『いじめ』は悪い! だけどそれがイジメだと分かっていて『止めさせない』奴も悪いだろうが! お前らは分かってるんだろ!? このクラスでだれが『いじめ』られているか! だれに『いじめ』られているか! 分かっていてのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

彼女は怒り狂っていた。その中に『さみしさ』をブレンドさせながら。これは発言したというより発狂したというほうが『正しい』。

「具体的なことを言ってくれないとなにを言っているのかよくわからない。……どう考えても僕は悪くないんだけど」

油揚水太郎は言った。

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい。ふふ。空桜圖湖という名前に聞き覚えは?」

「は?」

空桜圖湖(あざくらずるこ)よ。知らないの? 知らないでのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうと学生生活を送ってきたわけ?」

「そこまで、言われる? 知らないだけで」

「このクソアマが」

舞奈好愛は油揚水太郎を指差した。

「僕がたとえクソでも……女ではないよ。男だよ」

舞奈好愛は言い直すことにした。

「ふん。この超草食系男子魔法使い予備軍が」

「……僕は魔法使いにはならない」

「お前が草食系男子だなんてそんなことはどうでもいい! 私は! ただお前らのような正しいと思われるものにすがって! その正しさの中にどれだけ後ろ(ぐら)いマイナスがあるかを忘れて! プラスだと勝手に解釈して! のうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうと疑いもしないで後ろめたく感じないでのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうとのうのうと生きてるのを見ると私は! すごく! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたく思わない鈍感な奴が嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ」

文字にするとゲシュタルト崩壊を引き起こしかねないほど舞奈好愛は同じ単語を言い続ける。これは意見ではない。ただの一個人の感情。怒りにまかせて人々を支配、もしくは理解を得ようとすること自体が『間違っている』。反発もしくは、関わりたくないがためにその場しのぎで同調するくらいが関の山。分かり合えるはずがない。

だって心はこんなにも個人的なんだから。

彼女の孤独な主張は孤立で終わる。

羅布羅酢先生はそんな彼女の様子をじっと見ていた。今日の授業の内容は『あと百年後にはみんないなくなっている件』についてだったのを思い出す。忘れっぽい羅布羅酢先生にしては良い記憶力だ。

本題から脱線している。このままでは不味(まず)い。今から超カリスマ教師の名に恥じないウルトラスーパーデラックス授業にしなければならない、と彼は意思を固めた。

「やあやあ。舞奈好愛殿。どうかいたしましたか? 悩みがあるならなんでも聞いて進ぜよう。我輩にできることならなんでもするぞよ」

「嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだこんな私がうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい誰だあんた」

「キモカワイイ羅布羅酢先生だよ〜☆ 今日は〜愛ちゃんのために〜お悩み相談会を開いちゃいま〜す☆ てへぺろ☆」

羅布羅酢先生は舌を出して調子に乗った。

「キモイから宇宙の(ちり)となって消えろ」

ウインクしたまま先生は舞奈好愛の頭突きをくらった。その直後ベランダ側の窓硝子(まどがらす)がこなごなに割れたのは羅布羅酢先生が吹っ飛ばされたからだった。窓硝子を突っ切った頭からは致死量の血液が流れ出ていた。

「う、ぐぅ」

羅布羅酢先生は痛そうな(うめ)き声をあげた。それから「良い子は真似をしないでね」とつぶやき、立ち上がる。

「だが悪い子にはお仕置きが必要ね☆」

クレイジー過ぎる先生だった。ベランダから教室内に戻る。右手には白い円柱。チョークが握られていた。互いが睨み合い、緊迫の教室となった。

これより、生死を分かつ戦いが始まろうとしていた。数学の授業はまだ十七分しか経過していない。『どんだけつまらない授業なんだ!』という声がどこからともなく聞こえてきそうな感じだった。正確にはこのクラスの生徒の軒竿竹紙(のきざおたけし)くんが言っていた。「どれだけ茶番劇を見せれば気が済むんだ! なのにまだ十七分しか経って無いとか、どんだけつまらない授業なんだあああ!!!」と一人で絶叫していた。

その絶叫がかすむほどの激戦を両者は繰り広げている。先制攻撃をしたのは羅布羅酢先生だった。右手に持ったチョークを殺人的速さで投げる。その軌道はまっすぐに舞奈好愛のおでこに向かっている。常人の反射神経ではよけられない速さなのだが、彼女は眉一つ動かさずに落ち着いている。投げた弾丸のような白い円柱が彼女の目前に(せま)り、そこで、止まった。

「ふん」

舞奈好愛の手が前方に上げられていた、指はピースサインのような形をしている。その人差し指と中指の間に粉々に砕けた白い粉が挟まっていた。

「……ま、まさか。俺の殺人チョークをその二本指だけで」

「お前の力はそんなものか。そうか。なら次は私の番だ」

ありがちな台詞(せりふ)だった。

舞奈好愛は胸元のポケットから輪ゴムを取り出した。人指し指の爪に輪ゴムをひっかける。輪ゴムを親指の裏を通し小指で押さえつける。指鉄砲の完成だ。あとは小指を離せば輪ゴムは発射される。

「これが私の二十%の力! ごーむガーン!」

ごーむガーン! は発射された。運良く羅布羅酢先生はごーむガーン! を避けた。標的を(はず)した輪ゴムは窓硝子を突っ切り、一つの山を吹き飛ばし消滅させた。

「……」

背後の光景を見た羅布羅酢先生はなにを指摘したらいいのかわからずに、呆然としていた。少し考えて思ったことがあった。

「(山が吹き飛んだ!?)」

「なにを驚いているんだ。正義の味方が山を消すくらい、安易だろ?」

「そんなの常識だろ? みたいに言うな。こんな安易に山を消し去るお前が正義の味方なわけないだろ。悪の味方だよ」

「あーうしろめたいうしろめたい。うしろめたいことすらなーなーにして忘れてきた先生にそんなことを言われるなんてねえ。そんなくだらないことで場を濁してうしろめたいことをうしろめたく思わないでのうのうと、生きてやがる! ふ、巫山戯(ふざけ)んな! うしろめたいが正義だ! お前なんか、うしろめたいことをうしろめたく感じない最悪だ。巫山戯んな! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

罵声(ばせい)が教室を張りつめさせる。先ほどからずっと『うしろめたい』を連呼している。この圧倒的敗北感の中で羅布羅酢先生はなす(すべ)が無かった。チョーク投げを防がれてはなす術が無かった。

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいさあ私にひれ伏すがいい! 愚民共よ! そして自らの(あやま)ちをうしろめたく思うがいい! それこそが正義だ! うしろめたく感じない悪は私の手で撲滅してやる!」

「「なん……だと」」

クラスの中の全員がその場でひれ伏し土下座をした。舞奈好愛がクラスの頂点に立った。

「「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」」

まるで生徒達の大合唱。総勢三十六人。『うしろめたい』の連呼がこの教室内を中心に響きわたる。

「いったい君は……なにがしたいんだ?」

羅布羅酢先生は舞奈好愛を指差した。畏怖の念を抱き、弱々しく丸まった人差し指。指を差すことすらおこがましさを覚える絶対的な力を前に彼の挙動は不信になった。

「なにもしたくない。ただ……」

「なにを言っているんだ! さっき君はやる気を出して僕を『ごーむガーン!』で殺そうとしただろ?」

「殺す気は無かった。ただ……」

「『ただ…』なんだ。抽象的にわかりやすく言いなさい! 具体的なことは役に立たないからね!」

舞奈好愛は考えた。自分はなぜこんな騒動を起こしたのか。考える。考える。考える。『抽象的に言いなさい』なんて大人らしくないことを言う先生だと彼女は思う。

そしてじっくり考えた思いを口に出した。

「……心細かった。正しくありたかった」

これが舞奈好愛の答えだ。

「そうか。それが君の答えか」

羅布羅酢先生は挙動を正し、姿勢を正し、教卓のある場所まで歩く。その間も生徒達は『うしろめたい』を連呼していた。羅布羅酢先生は舞奈好愛の蹴りにより半分に割られた黒板や壁の無残な痕跡(こんせき)をちらと二度見したあと、(つば)を飲みこんだ。

「……これは、誰も悪くない。だけど、誰も正しくない。僕が君たちに本当の正しさを教えよう! これからが数学の授業の本番だ!」

「羅布羅酢先生? そんなことしても無駄ですよ。このクラスはもう私の支配下! 『うしろめたい』しか言わない授業以外は認めない! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

舞奈好愛とそれ以外の生徒達が『うしろめたい』を連呼している。先生以外の声が重複し大合唱のような音量が教室周辺に響き渡る。たとえこれが大合唱だとしても歌詞が悲惨すぎだが。

「やめろぉ!」

教卓を叩く。バン!

羅布羅酢先生は一喝(いっかつ)、もしくは一蹴(いっしゅう)した。どちらかというと『うしろめたい』の連呼に対する拒絶反応の方が強かったので一蹴だ。

「お前ら、それで、いいのかよ!? うしろめたいうしろめたいって。今が青春なんだぞ!? 今は今しか(おとず)れないんだぞ!? うしろめたい気持ちで日々を過ごすぐらいなら、楽しい未来のあることを想像しようぜ!? お前らは自分が明日死ぬかもしれないことを考えたことがないのか? まだいいまだいいって先延ばしにして、今やれなきゃいつやるんだよ! 今だよ! うしろめたいなんて感じてる暇があれば、昨日より一歩前進してみろよ! 成長してみろよ! 一レベから二レベに。二レベから三レベに。三レベから四レベに! お前が前進できてると感じれたらそれが全てだ!」

白熱していた。燃えていた。生徒達に目が炎のマークになっているという幻覚が見えるほどに羅布羅酢先生は、たぎっていた。でも、あまり意味が無かった。

「そんなこと言ったって、うしろめたいものはうしろめたいんだよ。うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

舞奈好愛は言った。

「「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」」

生徒達も言った。

「……お前ら」

「やっぱり正義は勝つ運命にある! これでうしろめたいが正義だということが証明された! あははははは」

舞奈好愛は盛大に笑い出した。

「僕は反対だ!」

羅布羅酢先生は舞奈好愛を指差した。

「はあ?」

「『うしろめたいが正義』だなんて僕は反対だ! そもそも正義なんて存在しない! 悪を裁くものが存在するだけだ! 正義なんて存在しちゃいけないんだよ! 正義は悪になりえる! 悪だと気づかない正義がこの世にとって一番の極悪だ。君は! そのことに気づいているのかい?」

「そんなことどうでもいいじゃないですか」

「どうでもいくない。どうでもいくない問題なんだよ! 君が正義だと信じたものは何者かにとっての極悪非道かもしれない! 犠牲が出るのが正義なんだから仕方ないって!? そんな正義は不完全だ! 君は悪いことをしようとしている! 早く気づいてほしい。目を覚ませ」

「く……あはははは。だから『うしろめたいが正義』はそこらへんの役に立たない正義と比べないでくださいよ。私のは『犠牲を最小限に(おさ)える正義』なんですから。信じたって誰も(むく)われない。みんなが平等に不幸になる正義なんですよ。素敵でしょ? うしろめたく感じる人間が絶対的な正義だなんて……あはははははははぜひ先生もご一緒に言いましょう? 私達はいつだってうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「……(くる)ってる」

羅布羅酢先生は思わずつぶやいた。この時、羅布羅酢先生は気づいた。彼女が言う『うしろめたいが正義』とは『解決』ではない、ということに。世界にはもちろんさまざまな問題があれけれど(具体的にどんな問題があるかは言及しないけれど)、それを『うしろめたいこと』だと『解釈(かいしゃく)』するだけではなにも解決できない。うしろめたいからといってなにもしないのは間違っている。一緒になって『解決』の糸口をみつけよう。それが先生として生徒にできる精いっぱいの道しるべになるだろう。

解釈はあまりいらない。

解決が必要だ。

「聞いてくれるかみんな」

羅布羅酢先生は右手を上げた。それによって生徒達による「うしろめたい」の連呼がぴたりと止んだ。

「あのな僕は優しい嘘なんてものがあるなんて信じちゃいないんだ。お前らは優しい嘘が存在すると感じているのか? そもそも『優しい』と『嘘』なんてめちゃくちゃ抽象的でどこからどこまでが優しくてどこからどこまでが嘘なのか判然としなさ過ぎる問題がはらんでるだろ? 一人の人間が具体的に範囲を決めちゃうと、それはその人間だけにしか『役に立たない』個人的な優しさや嘘になる。人類は共存しているんだ。それじゃあ不味(まず)いだろう。なら抽象的なイメージでいい。答えてくれ。

お前らは本心で自分が『うしろめたいことをした』と感じているのか?」

「意味がよくわかりません。なにが言いたいんですか?」

絶望打尽太(ぜつぼうだじんた)はいった。

「すまない。意味が伝わらない言い方だった。簡潔に言おう。『うしろめたいを連呼している生徒の中にうしろめたく感じていない奴はいないのか?』」

「そりゃあいるでしょうよ。因みに自分なんかがそうです」

絶望打尽太は自分を指差した。その直後、舞奈好愛が「お前か! 許さない! うしろめたく感じない人間は最悪だ! 撲滅してやる!!!!」と大声で叫びながら、彼の(ふところ)まで突っ込んだ。

「……お前か。名乗り出るなんて勇気あるな」

羅布羅酢先生は可哀想な人をみるようなハの字の眉毛をしながらつぶやいた。

「う……自分に優しい嘘を……つけば、よかった、グハァァァ!!」

腹に舞奈好愛の拳百連撃をくらった。彼の口から出る血飛沫(しちぶき)が彼女の顔を赤く染める。舞奈好愛は微笑(びしょう)を浮かべながら血をぺろりと舌で舐める。彼は動かなくなった。

「これが正義よ」

「……そう、なのか」

羅布羅酢先生は心配そうに絶望打尽太を見つめている。

「こいつ以外で『うしろめたい』を連呼しておきながら、うしろめたく感じないやつはいないか? もしそんな奴がいたら私の手で撲滅してやる!!!!」

「お前ら、どうなんだ?」

生徒達は首をぶんぶんと横にふった。その様子を見て安心した舞奈好愛は自分の席に戻る。

「僕は勘違いをしていた。優しい嘘は存在した。自分自身に優しい嘘なら確実に存在することが先ほど絶望打尽太くんのおかげで証明されたからだ。ありがとう。尽太くん。君の死は無駄にしないよ」

羅布羅酢先生はうしろめたそうに床に視線を向けていた。

「あ! うしろめたそうにしてる先生は大好きっ!!」

舞奈好愛は先生ににっこりとほほ笑んだ。

「僕に対する態度が急変する君にはびっくりだよ。結婚してくれないか?」

「喜んで」

「やった!」

羅布羅酢先生はうしろめたい気持ちを忘れた。

「あ。先生うしろめたそうにしてない。やっぱり嫌い。うしろめたく感じない奴は嫌い。羅布羅酢先生は嫌い嫌い嫌い嫌いかあ嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」

「急変して嫌われた」

低い声音で同じことを連呼する舞奈好愛。

「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」

「そんな感情では論理的に倫理的になにも伝わらないよ。暴力でも伝わらない。違う伝え方を試したらどうなんだ? 舞奈好愛さん?」

「論理的と倫理的とか的ってなんなの!? 抽象的なことを言わないで! どうせわからない。わからないよ。私のことなんか! どうせみんなは私のことなんか何にもわからない!!」

「そんなこと言われてもどんなに頑張っても感情という目に見えないイメージは人に伝わらないよなあ、と羅布羅酢先生は思うよ。だからこそ、正しく伝えるべきだ! 感情を! 手順通りに! そうすれば世間の摩擦は避けられる。世間が君のことを何もわからないわけではないことがわかる! もちろんわかってもらったところで君の気が済むかどうかは別だが。それでも考えるんだ! どうしたら君の気持ちが相手に伝わるかを!」

羅布羅酢先生は言った。

所詮(しょせん)考えたって無駄じゃないですか。皆、百年後には死んでるし。そんなの考えたって無駄。考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄」

「いやいやいやいや、ちょっと待て! 結果的に考えたって無駄なことはあるかもしれないが、『考える』という行為自体は無駄じゃないだろ! 『無駄』なことをそんな確信をもって言えるなんて! も、もしや! 君はセカイの真理に気付いた尋常ではない人間なの!?」

「考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄」

「だめだこりゃ。『話しにならない』。話しにならない人と会話をするとつまらないよ。会話が成立しないんだからあたりまえか。ああ、そういえば今日もあの子は学校を休んでるね」

羅布羅酢先生は話題を切り替えた。

「考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄考えたって無駄。休んでる? 今更なにを言っているんだ! あいつが休むようになったのはお前らが悪いんだ! なのにのうのうとのうのうとのうのうとうしろめたくすら感じないで生きてやがる! あー! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいううしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいく感じない奴が嫌いだ!」

「はい。わかりました。で? 不登校の空桜圖湖(あざくらずるこ)は君のなんなのかな?」

「大切な友達だった」

「君に友達がいたなんて……」

「だれに対しても優しいいい奴だった。でも社会には弱かった。この教室のクラス。小さな小さな社会によってあいつは(つぶ)れちまったんだ。それを、なんで、なんとも思わねえんだ! うしろめたく思わねえんだ! 私は! いつだって! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいつぶうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「また、はじまった……。どうしたらこの『うしろめたい』ループ地獄から脱却できるんだよ。どうしたらギャルゲーみたいに舞奈好愛を落とすルートが発生するんだ」

暴力と感情論では勝てそうにないない相手を前に羅布羅酢先生は困惑した。

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「この調子でいくと、もはやエンディングが見えない……だと。バッドエンドすらない鬼畜。さあ、好きなだけしゃべるがいい!! もう僕は疲れてしまった!! 僕を肉なり焼くなりお(さわ)りするなり好きにすべばいいだろ?」

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたく感じない羅布羅酢先生が憎い! 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

「うしろめたいが許さないに発展した! これはギャルゲーでいうとなんなの!? 強固な愛の(あか)しなの!?」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

「つまり、そういうことか……いける!」と握りこぶしをつくりながら羅布羅酢先生は決心を固めた。彼女の席に向かった後ゆっくりと大きく息を吸った。お辞儀をしながら左手を前に出す。

「始めて合った時から好きでした。結婚してください」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

舞奈好愛は机上で頭を抱えていた。羅布羅酢先生のことが眼中にない感じだった。

「え。許さない? 『許さない』って『いいよ!』って意味だったよね!?」

「そんなわけがないでしょ! 馬鹿なんですかあなたは!?」

嘉芽羽鷺(かめうさき)がいった。

「僕は馬鹿なのか?」

羅布羅酢先生は疑問視した。

「問題はそこじゃない!」

「問題はそこじゃないの!?」

羅布羅酢先生は仰天(ぎょうてん)した。

「馬鹿だからわからないんですね。カワイソウに」

「僕はなにがわからなくて馬鹿なの!?」

羅布羅酢先生はくどかった。

「人の気持ちがわからないから」

「人の気持ちがわかる人なんているの!?」

羅布羅酢先生はくどかった。

「だ〜か〜ら〜思いやりが無いから馬鹿なんです!」

「思いやりってなんなんだ。もしかして相手にとって都合の良いことをすることかい?」

「『話しになりません』ね」

「僕はこんなにも君と話しがしたいのに話しならないなんて……。悲しい。泣く」

「泣いたらいいじゃないですか。泣けばすっきりしますよ」

「嫌だ。泣きたくない。すっきりして考えることを放棄するのだけはしたくないんだ」

「あ、ああそう」

「そうなんだ。ここでみんなに質問なんだけど、みんなはいつもどんなことを『考えている』の?」

「唐突にどうしたんですか? 馬鹿なんですか?」

「なんで、僕が馬鹿だとわかったんだい?」

「さあ」

「わからないで馬鹿と言ったのかい?」

「その場のノリで」

「なるほど。調子に乗ったんだね」

「はあ!? 先生の方が調子に乗ってるじゃないですか! 自分のことを棚に上げてなにを言ってるんですか!」

「言い方がまずかった。言い直そう。嘉芽羽鷺さん調子がいいね!」

「なんか、ムカつく」

「ええ〜、じゃあなんて言えばよかったんだよ」

「まず黙れ」

「それが教師に対する正しい接し方なの!?」

「黙らないなら口を(ふさ)ぎますよ。いいんですか?」

立ち上がり、教卓の方に歩きだす。

「いいよ。だが(ことわ)る!」

嘉芽羽鷺は羅布羅酢先生の口を口で塞いだ。

「ん」

「なひをひているんだ」

「なにって口を塞いだんですよ。有言実行です。先生がいいよって言ったから」

「ふん。そんな接吻(せっぷん)イベントで男が喜ぶとでも思ったか。ぬるい。ぬるいわ!」

羅布羅酢先生は紅潮(こうちょう)していた。

「先生? 真っ()ですよ? 熱でもあるんじゃないですか?」

嘉芽羽鷺は優しくおでこに手を当てた。

「ほわ〜」

「熱はないみたいです。……大丈夫ですか? 昇天しそうな顔をしていますよ。力が抜けきったゆるんだ顔をしちゃって。いったい何があったっていうんですか!?」

「い、いいんだ。ほら。生徒達が見ているじゃないか。先生をからかうのはやめてくれ」

「生徒達? 見てませんよ。みんな消しゴムのカスを丸めるのに夢中ですから」

みんな懸命に丸めていた。

「この教室の状況。もはや僕の存在が無駄ではないか。いいよもう。どうせ僕は消しカスに劣る授業しかできないクズなんだ。いいよもう」

教卓に肘をつき頭を抱えた。

「大丈夫ですよ〜。落胆しないで下さい。先生には私がついてますから〜。よしよし」

嘉芽羽鷺はその頭を抱きしめた。

「な、なにを」

「あ。そういえば今日はノーブラでした」

「ほわ〜」

「え。羅布羅酢先生!? 紅潮してます!」

「な、なにを言っている、るんだ。僕は校長じゃない」

「そっちじゃなくて! ほんと大丈夫ですか。いったいどうしちゃったんですか先生? 今にも天国に逝きそうな幽霊の顔をしていますよ? 心配だからもうちょっとギュッと抱きしめてもいいですか?」

「いいよ。そして断らない」

安らかな顔をした羅布羅酢先生だった。

「ほわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「ちょっと静かにしなさいよ!」と舞奈好愛は言った。

「静かにしないと私の声が聞こえないじゃないですか! 私の正義の叫びが聞こえないじゃないですか! うしろめたく感じない奴が嫌い! セカイはうしろめたいことで(あふ)れている! それなのにお前らは! 巫山戯やがって! 私はこんなにもうしろめたいのに! あー! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

羅布羅酢先生は正気に戻った。

「わ!? なんだこの状況!! だ、誰か、僕を助けてくれ!! なんでこんなことになってしまったんだ!! 僕に悪気はない!! 僕は悪くない!! だ、誰かっ」

嘉芽羽鷺の抱きしめる手を振り払う。

「大丈夫ですよ先生? 心配なんてする必要はありません。不安事があるなら私の胸元に飛び込んでいいんですよ? そうすれば全部忘れられます。さあ!」

両手を広げる。羅布羅酢先生はごくりと唾を一飲みした。ぱつんぱつんに張っている彼女のブレザーの胸部を二度見した。

「い、いいの?」

「いいんです」

胸に飛び込んだ。

「ほわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「よしよし」

羅布羅酢先生の頭を撫でた。

「ほわ〜〜〜ん」

「よし。(すき)ができた。今だよ愛ちゃん」

舞奈好愛は人差し指に輪ゴムを引っ掛ける。

「ありがとう。これで奴を殺れる。ごーむガーン!」

ごーむガーン! が羅布羅酢先生に目がけて発射された。常人では反射できない殺人的スピード。羅布羅酢先生の命が尽きると思われたその刹那。カ! という何かが割れる音がした。いつの間にか(あた)りに白い粉が飛散している。

「な、投げたチョークで輪ゴムを(ふせ)いだ……だと!?」

「フ。あの程度のお色気(いろけ)に屈すると思ったか。ぬるい。ぬるいぞ。そろそろ僕も本気を出すべきかな」

ネクタイを(ゆる)めて床に落とす。すると重量感のある鈍い音がした。

「……そのネクタイにどれだけの重量が」

「五百キロだ」

「嘘だ」

「本当かどうか、ためしてみるか?」

羅布羅酢先生は白いチョークをフェンシングみたいな持ち方で相手に向けた。

「やってやるわよ。私も本気をだす。……ふぅ。……百%解放!!」

舞奈好愛の全身を白銀のオーラが覆う。

「そ、その身体は」

「見えるか? その道を極めた者にしか見えないこのエネルギー波を視認するとは、さすがだな。お前の実力、認めてやろう。……全力でいく!」

両者がにらみ合う中、先手を繰り出したのは舞奈好愛だっだ。オーラの量を足に集中させ、床を蹴った。ひとっ飛び。弾丸が発射されたかのような目にも留まらぬ速さで羅布羅酢先生に向かって突き進む。

「く」

「無駄だお前では反応できない」

彼女は敵を撲滅すべく右手を握り、前方に突き出していた。まるでマントを着たヒーローが飛行をしているかのような図だ。それを攻撃手段として繰り出そうとしている彼女の頭の中は『正義』に満ち溢れていた。敵を滅ぼさんとする硬い決意がにじみ出る一撃。それが彼の顔面すれすれに触れようとしていた刹那。

「イナバウアー!」

ブリッジにより間一髪(かんいっぱつ)で避けることに成功する。

「なん……だと」

彼女は黒板に衝突した。黒板は跡形もなく粉々に砕け散った。もはや板の原型をなしていない。

「次は僕の番だ」

ブリッジからのバク転をした。奇想天外な動きで相手を惑わす。人間業(にんげんわざ)とは思えない身のこなしで体勢を立て直す。その動作をしながら周辺に無数に散らばるチョークを指と指の間に挟む。

「くらえ!」

計八本のチョークが彼女を串刺しにしようと迫る。そんな殺人的速さで彼女を貫通させようとするチョークがいとも簡単に粉々になり粉が飛散した。床に落ちたのは計八個の輪ゴム。舞奈好愛が撃ち放ったものだ。

「く。またごーむガーン! にやられた」

「ふん。お前の力量は把握した。私が本気をだしたらアリンコみたいなものだな!」

彼女の指には輪ゴムが引っ掛けられている。その人差し指は羅布羅酢先生に向けられている。絶体絶命の羅布羅酢先生だった。

「く。これまでか」

「最後に正義が勝つ! そう! うしろめたいが正義が勝つのだ! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいはははは、では朽ち果てろ!」

ゴム鉄砲が発射された。輪ゴムが羅布羅酢先生の顔面に迫る。だがしかし、

「イナバウアー!」

避けた。ブリッジで避けた。

「な、なんだそのブリッジは!? 回避性能が神の域に達しているぞ!?」

「当たり前じゃないか。だって、僕は、全知全能の神なんだから」

羅酢羅酢先生はブリッジから直立に戻る。

「も、もう一度だ! くらえ!」

ゴム鉄砲を放った。顔面に迫る輪ゴム。

「レインボーブリッジ!」

ブリッジをして避けた。輪ゴムは学校の白壁を突き破り、県有数の大きさをほこる山を消した。

「く、くそう! いったいなんなんだそれはぁぁ!?」

「まいったか。僕にはお前の輪ゴムは当たらない。さあ観念して」

「まいるものか。それなら次は肉弾戦で」

「不意をつかれなければ、問題ない」

舞奈好愛は全身のオーラの量を増やした。そのオーラを足に集中させる。床をけった。凄まじい速さだった。瞬間移動のように羅布羅酢先生の目前に(あらわ)れ、(こぶし)をふるった

彼は反射的な危機感により両腕を前面に交差させた。拳は腕により防がれたが、羅布羅酢先生の身体は宙に浮き学校の廊下側に吹き飛ばされた。廊下と教室を分け(へだ)てる壁は、彼の身体が砲弾代わりとなって粉砕した。悲鳴が廊下側から聞こえる。教室からは聞こえないが。

「お前ら……少しは先生のことを心配……しろ」

「「なんで『幽霊』の心配をしなくちゃいけないんです?」」

生徒達は一致団結していた。

「……本当にお前らってやつは」

「目を逸らす間があるのか。どうやら死ぬ気らしいな」

すでに目前には舞奈好愛がいて、殺意の暴力を開始している。彼女の上段蹴りが彼の首筋を狙う。

「イナバウアー!」

華麗に攻撃を避けた。しかし、一発避けただけだ。次の攻撃に(そな)ることが難しいブリッジという体勢は諸刃(もろは)(つるぎ)といえた。防御動作に移る暇もなく彼の股間(こかん)に彼女の拳百連撃が百%当たった。そう。百連撃が百%。

「う、うぐぅ!?」

子犬のような甲高(かんだか)い声が出た。だが、精巣は無事だった。ただ、男性器に凄まじい激痛が走っただけだ。羅布羅酢先生は下半身を大事そうにおさえる。

「良い子はこんな事しちゃだめ……だ」

羅布羅酢先生は力無く床に倒れこんだ。目が白目を向いている。羅布羅酢先生は気を失った。あまりの痛さに。

舞奈好愛は勝者の安堵(あんど)の笑みを浮かべた。

「私が本気を出せばこんなものよ」

教室内からは生徒達の歓声が聞こえる。

一分程経過し、目を覚ます。場所は教室。生徒達の目につきにくい後ろのスペースの床に仰向(あおむ)けの状態で放置プレイされていた。(まぶた)をゆっくりとあける。羅布羅酢先生は「ここは、どこだ」と言いながら起き上がった。

「あー先生起きちゃったんですかー? まだ一分しか経ってないのにー」

一番後ろの席に座っていた嘉芽羽鷺(かめうさき)は言った。近づく。

「もう少し眠っていてくださいね」と言ったあと嘉芽羽鷺は口に睡眠薬の粉をふくんだ。唾液と粉が混ざり合う。「はい。あーん」と言いながら強引に羅布羅酢先生の口を()ける。彼女の鼻息が先生にぶつかる。口と口もぶつかる。口移しで睡眠薬を飲ませた。羅布羅酢先生は「教室が……乱世」とつぶやいたあと再び眠りについた。

(さら)に一分後、目が覚めた。

「ここは、どこだ」

相変わらずの教室だった。起き上がる。教卓には舞奈好愛が演説をしていた。意気揚々と。

「改ざんをするのが人間だ。偽装するのが人間だ。そんな(あやま)ち正当化するのが人間だ。許せないだろう。そんな人間が。実はお前らだってそうなんだ! 忘れては思い出して、忘れては思い出して、忘れては思い出して忘れては思い出して、忘れるなよ! ずっと忘れるな! この感情を! うしろめたい気持ちを! これこそが正義なんだ! 偽者のヒーローにはなりまくないだろ!? 本当のヒーローになりたいなら今から言う言葉を反復しろ。いいな!? 声に出すんだぞ! リピートアフターミー!

私はいつも、うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「同じ言葉を繰り返すだけで理路整然としていない。なんなんだあれは? やはりあいつは狂っているが……なにがしたいのかあいつ自身もわかってないんじゃないのか? わかってないならなんであんなことをする? わからない」

羅布羅酢先生はつぶやいた。その声に嘉芽羽鷺が気付いた。

「あ。羅布羅酢先生もう起きたんですか? まだ二分しか経ってないというのに」

「寝付きが浅い方なんだよ」

「……そういう問題なんでしょうか」

「で。お前らはいったいなにがしたいんだ? それにあの子。教卓でなにしてるの? 演説ではなくて単に発狂してるだけでしょう? あんなんでどうやってクラスをまとめるの? 絶対にまとまらないよね? うしろめたい連呼するだけじゃ絶対まとまらないよね?」

彼女はゆっくりと(うなず)いた。

「そのはずなんですけど。例外はあるみたいです。だから絶対ではないんですね」

「え」と反応した羅布羅酢先生。その突如(とつじょ)元気の良い連呼が教室をうめつくした。

「「私はいつも、うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」」

生徒達も舞奈好愛に続いて連呼していた。

「まとまった……だと。お前ら、もうあいつの言いなりじゃねえか」

羅布羅酢先生はクラスの異様な光景にショックを受けた。

「いい感じよみんな。なかなか様になってきたじゃない。これから私はみんなを本当の正義の味方にするために、人類愛と(むち)で調教していくからよろしくね! あはははは! ごめんね。中毒性の強い白い粉を加工した(あめ)は無いんだ。え。白い粉は何かっ? やだなあ。砂糖に決まってるじゃん。砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖砂糖。砂糖が私は嫌い」

冷笑っぽい顔を浮かべる。

「あいつもぶれないな。いつもあんな調子で僕の授業を台無しにしてくる」

「『調子に乗った』ってやつですね」

「え。何を言っているの? 調子に乗ったなんて一言(ひとこと)も言ってないよ? 君は本当に調子がいいんだね」

「むっかー!! その言い方!!」

嘉芽羽鷺は怒った。

「僕は感じたことを表現しただけだよ? もしかして君は調子が悪いの?」

「怒りました! こんなに腹が立つのは先生のその口がいけないんだ! (ふさ)いでやる! 塞いでやる〜!!」

「ちょ……と、塞ぎ方間違ってる!? 塞ぎ方間違えてるから!」

嘉芽羽鷺は口で口を塞いだ。すぐさま顔を(そむ)けた羅布羅酢先生は抵抗するように両手で押し出そうとする。しかし、彼女も必死にへばりつこうとして離れない。

「その口が悪いんだ! 今すぐに塞がないと! 世界が終わる! その悪い口を」

「やめっ、世界は終わらないし、なぜ口を口で塞ぐ必要があ」

二人はつばぜり合いの(すえ)に、転んだ。床に鈍い振動が響く。それを感知した生徒達は後ろを振り向く。

二人はつばぜり合いの末にに、キスをした。羅布羅酢先生が(おお)いかぶさる格好で倒れ込んでいる。まるで押し倒したかのような図だ。

生徒達は唖然(あぜん)とした様子でその光景を見ている。

「「せ、せ、先生が、公衆の面前で不純な行為をしている!?」」

一斉(いっせい)に騒ぎになった。生徒達は手持ちのスマートフォンでスクープ写真を撮っている。これは羞恥プレイとは言わない。赤っ恥だ。

「……おまえら」

羅布羅酢先生は身体を起こす。すると仰向(あおむ)けになっていた彼女の顔が見えた。

「……ぐすっん」

「泣いてる?」

目元を赤らめている。

「「羅布羅酢先生が女子生徒を押し倒して唇を奪い泣かした!?」」

「ご、誤解だ! みんな聞いてくれ!」

彼女の涙が溢れでた。

「う、う〜ぇ〜ん」

泣き声が教室を支配する。それを聞いた生徒達は誤解したままで騒ぎになった。「先生が泣かした!」「これは大事件だ!」「羅布羅酢先生……信じてたのに」「じ、自分はもう、あなたのことを先生だなんて呼びませんからぁぁ!!」「鷺ちゃんカワイソウ」「ふざけんなよ羅布羅酢」「またあいつか」「なにあれコワイ」「羅布羅酢先生に裏の顔があったなんて」「信じらんない」

か弱い者は守られる運命にあった。

「お願いだ! みんな! 聞いてくれるよな! これは誤解なんだ! 転んだ拍子(ひょうし)に。あっ油揚くん! 君は風呂友(ふろとも)だろ! 僕は無実なんだ! (かば)ってくれないか!?」

油揚水太郎は先生と目を合わせない。聞こえていない振りをした。

「な、なんてやつだ。僕とお前の友情はそんなものだったのかよお! 昔はそんなじゃなかっただろお!? 昔の、昔の正義感あるお前はどこにいったんだあ!」

「うるさい!」

舞奈好愛は教卓を叩く。教室内は静かになった。

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。静かにしろ! うしろめたいしか口に出すな! 私の命令が聞けないのか! うしろめたいだ! うしろめたく思え! うしろめたいが正義だ! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「もうやめてくれ! 君は異常だ!」

羅布羅酢先生は舞奈好愛を指差しながら言った。

「うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい。お前達の方が異常だ! お前らに比べたら私は正常だ! 巫山戯(ふざけ)やがって! お前らが日々、どれだけうしろめたいことをしてきたか忘れて、のうのうと! 生きてやがる! お前らみたいな奴をみると! 私は! 凄く! うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい、もう嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああえああえあああああ」

「大丈夫」

「はあ? なにが?」

「大丈夫だ。君にお思いつめる責任はない。うしろめたいことをうしろめたいままにしていたらきっと君が(こわ)れてしまう。だからもう、これ以上はいいよ。自分を許してやってくれないか?」

羅布羅酢先生は言った。

「この、不完全な人間が許せない。私は、私を許せない。なんで私はこんな人間なの!? いつもいつも他人に迷惑かける! 私は生きてちゃいけない人間なの!? わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない」

「そんなの、誰にもわからないよ。全知全能の僕でさえ、わからない。でも大丈夫。大丈夫だから。神様はマイナスの時に助けてくれるものなんだ。君は絶対に助かる!」

羅布羅酢先生は少しずつ舞奈好愛に歩み寄る。

「そ、そんなこと言ったって信じられない! 神様!? そんな空想の産物いるわけないじゃない! 私はね! 神様の教えにすがって生きてやがるやつが嫌いなの! なんであんな判然としない『答え』を信じられるの!? 信じるものは救われるかもしれないけど、それは『本人が救われた気になる』だけなんじゃないの!? 腹が立つのよ! そうやってうしろめたいことをなし崩しにせずに改善しないでのうのうと忘れていく不完全な人間が! 許せないの! だから私は今日もうしろめたい!うしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい私は生きたってなんの役に立たない無駄な人間なんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああもうやだもうやだもうやだうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい死にたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたいうしろめたい」

「大丈夫。完全な人間なんていない! 不完全だからこそ人は人を支え合える。愛することができる。もちろん、憎しみ、悲しみのせいで不毛(ふもう)(あらそ)いごとはあるかもしれないけど、それでも、喜びはその反動でやってくるものなんだ。苦あれば楽ありというやつだよ。もしかしたら世界に『無駄なものなんてわからない』のかもしれない。地球はいずれ太陽に飲み込まれて消滅する運命かもしれない。エネルギーの無駄なんて考えは『無駄』なのかもしれない。人類がなにかを作ること自体が地球にとって『優しくない』のかもしれない。(ちまた)にあふれる『地球に優しい』というキャッチコピーで売り出している製品は、製造の過程で『地球に優しくない』ことをしているかもしれない。『もしかしたら人類がいること自体が地球にとっての『無駄』かもしれない。こればかりはわからないんだ。全知全能の僕だって、わからないことでいっぱいなんだ。だけど」

羅布羅酢先生は教卓のすぐ横にいた。

「近寄るな」

「僕はね。『無駄を判然とさせることが完全な真理』なんだと思う。僕はね。君がこうして授業を受けに来てくれているだけで嬉しい! 君は無駄じゃない。ちゃんと役にたっているんだよ! ありがとう」

羅布羅酢先生は彼女を抱きしめた。「う」と言いながら舞奈好愛はじっとしている。

「「先生がセクハラ!?」」

それを見た生徒達は手持ちのスマートフォンで百十番に通報していた。

「うるさい! そんな理屈はどうでもいい! 私の怒りはもう(おさ)まらないの!」

羅布羅酢先生から離れようとする。しかし、羅布羅酢は粘り強く彼女の腰をホールドしていたために身動きがとれなかった。ただの変態だ。

「僕は、君に幸せになってほしいんだ! だから君を自由にさせたい!」

「どの口が言ってるの? 腰に手をまわしてるこのど変態紳士が! 自由にさせてよ! さあ!」

「君は自由についてあまりわかっていない。自由になるには『不自由な感覚』がなければ成立しない。人間は自分から進んで不自由になろうとするものだ」

「だ、だからって人の嫌がる事をしていいわけないだろ!」

「その通り! だが、僕は君を離さない! 超カリスマ変態紳士の名にかけて!」

ただの変態だった。

「警察呼ぶわよ」

「もう、呼ばれてるよ。僕のカワイイ生徒達に。誰か僕を助けてくれぇ!」

返事は無かった。

「ふん」

舞奈好愛の(ほお)がゆるむ。

「ふん?」

「聞き返すな馬鹿」

「なぜ僕が馬鹿だとわかったんだい?」

「答える必要はありませんよー。ふ、あははははは。バーカバーカ! 先生は本当に馬鹿なんですね。あはは面白ーい」

「言葉の暴力?」

「違います。ただ見下してるだけです。上から目線です。弱いものを見下げると心地いいですね。ふふふ。あはははは」

「元気になったみたいでよかった。じゃあ、これで一件落着だね」

羅布羅酢先生は両手を彼女から離した。舞奈好愛はニッと笑う。そして、

「勝手に解決した気になってんじゃねーよ!」

と怒声をあげた。羅布羅酢先生のワイシャツの首元を(つか)み引き寄せる。そして、(くちびる)()わした。

羅布羅酢先生は事態がすぐに理解できなかった。生徒達は唖然(あぜん)としている。

「……他人の心というものがわからない。な、なんでラブコメみたいになってるんだ」

羅布羅酢先生は恥ずかしそうに言った。舞奈好愛は自分の席に戻って行った。

授業が終わるまでの時間はあと十五分。時計の秒針が地道に回っている。

「さてだいぶ脱線(だっせん)したがもう一度言う。今日の授業の要点は『あと百年後にはみんないなくなってる』だ。ここテストに出すから! 一+五=『』の『』の(らん)に『現時点の人類における絶対的な真実である。高校生の君はあと百年も生きられない』を記入するんだぞ! わかったな!」

「「はーい」」「わかりません」

「よし! いい返事だ! って誰だ『わかりません』て言ったやつはー!? 他の生徒達はわかってるのにわかってないのはお前だけだぞー!」

「わざわざみんなの前で(さら)すような真似をしないでくださいよ。そんなことをすると孤独を感じるじゃないですか」

偽崎信太郎は手を上げた。

「君か! 他の人はわかってるのに一人だけわかってないのは君か! 偽崎くんか!」

「アハハハそろそろブチ切れていいですか? いいんですね?」

「君を孤立させて孤独にさせてしまった。ごめん。僕は変態紳士失格だ」

「いや〜孤立って言葉を聞くとなんだか寒気(さむけ)がしますね〜なんでだろ〜な。あ。因みにボクは孤独が『悪い』なんてひと言も言ってませんからね。勝手に誤解しないように」

「孤独はさみしいよ〜? 孤独はさみしいよ〜? 孤独はさみしいよ〜? 孤独はさみしいよ〜? 孤独はさみしいよ〜?」

「でも『悪』ではない、でしょ?」

「その通り! 孤独は悪くない! 悪いのは環境だ!」

「環境……なのか?」

「冗談なんだけど?」

この時、偽崎信太郎は孤独を感じた。そして、(いきどお)りを感じた。しかし、高ぶった感情はすぐ鎮静化(ちんせいか)された。孤独とは感情の波を引き起こす(みなもと)だ。感情の波は(おも)に対人関係によって可変に上下する。嬉しい。辛い。嬉しい。辛い。嬉しい。辛い。嬉しい。辛い。そんな安易(あんい)な言葉で感情の波を表現するのは端的(たんてき)、いや、極端ではあったが、他に表現のしようが無かった。

孤独の『感じ』を表現するのは、難しい。

「ふーん。そうなん」

「そうなんだよ。冗談なんだ。ごめんよ。僕はまた嘘をついてしまった」

「アハハ『冗談』は、嘘では、ないでしょう?」

「そうなの?」

「え。そうじゃないんですか?」

「さあ?」

「疑問形で返してこないでもらえますか?」

「なんでだい?」

羅布羅酢先生は首をかしげた。ここで会話が終了した。疑問形に疑問形で答えたので、話しがかみ合わないまま終結した。数秒間、沈黙が続いて、羅布羅酢先生は思い出したように言った。

「あ、いつの間にが本題から脱線していた。さっきの『偽崎くんだけわからない問題』に関してはね、うーん。わからないのはしかたないね。わからない生徒のために時間を(つい)やして他の生徒を巻き込むわけにはいかないし、次の期末テストの数学は偽崎信太郎くんだけゼロ点ということでいいかな?」

これは生徒達の方を向いて言った。しかし、誰も返事が無かった。

「おいおい、そこは声を合わせて、いいとも〜だち! だろ!?」

生徒達からの反応がうすい。

「羅布羅酢先生どれだけ生徒に嫌われているんですか。なんだか先生がカワイソウになってきました」

「そうなんだ。僕はカワイイだろ?」

会話になっていなかった。

「カワイソウって言ったんですけど?」

「え。カワイイって聞こえたけど?」

「『話しにならん』」

「僕はこんなに話しがしたいのに!?」

羅布羅酢先生は悲しんだ。しかし、すぐに忘れた。感情の波だ。

「あ、そういえば今日は一人でプリキュアやる日だ。録画し忘れたから早く帰らないといけないな」

(ひと)り言で話をそらすな。話しをそらすな。それに今日は日曜日じゅない! なんか先生がプリキュアの格好をするみたいな語感があったんですが!? 違いますよね!? 違いますよね!?」

「プリキュア♪ プリキュア♪」

「……この人、プリキュアのことちゃんとわかっているのだろうか? ……なんだよ一人でプリキュアって。ただそれが言いたかっただけなんじゃないのか?」

「な、なぜ、わかった!?」

羅布羅酢先生は動揺(どうよう)した。偽崎信太郎はため息をついた。

「羅布羅酢先生とまともな会話をしようとしたボクが馬鹿でした。わかりました。もう先生とは口を聞きません」

「なんで偽崎くんが馬鹿になるの? 興味があるから教えてほしいな。それに、いったい何が『わかった』の? 本当はあまりわかってないんじゃないの?」

「アハハ、そうやった論理的思考で人をからかうのがお好きなんですか? 嘘がつけない人は好かれないですよ。人は嘘がつけるから会話のボキャブラリーが豊富なんですよ。もしかして先生は友達がいないんじゃないですか? 友達がいないのは『さみしい』でしょう?」

「①の疑問の返答は『そういった、とはどういったものか判然としないので好きかどうかは答えられない』。②の疑問の返答は『僕は友達が一人だけいる。風呂友達の油揚水太郎(あぶらあげみずたろう)くんだ』。③の疑問の返答は『一般的な価値基準はわからないが、僕自身は友達がいた時と友達がいない時では、一日に感じるさみしさはあまり変わらない。因みにフェイスブックにログインするとさみしくなることが多い』だ」

「……友達がいてもさみしいんですか?」

「まあ、それはその人の生きてきた環境によるだろう。孤独は危機感に似ている。人といると危機を感じてさみしいと感じる人もいれば、人といると安心を感じてさみしくないと感じる人もいる。僕はその『人はみんな違う』という事に理解を示さない人は文字通り『さみしい人』だと思う」

「ふ、ふーん。で?」

「で?」

「聞き返さないで下さいよ。で、なんなんですか? 先生はどうしたいんですか? もしかして、自分だけが言いたいことを言って『おしまい』ですか? それって『人に優しい』んですか? もっといっぱい嘘をつきましょうよ。でないと、会話が円滑(えんかつ)になりませんよ? 会話を楽しみましょうよ。なんのために生きているんですか? 人生を楽しむためでしょう? なのに先生はさっきから『嘘らしくない』真理を突き詰めるようなことばっかりです。そんなことしたって無駄じゃないですか? 現代の常識は『完全な真理は存在しない。価値観は人それぞれ』の意見の人が多いんじゃないんですか? なのに先生は嘘をつかない。それは無駄かもしれないのに」

「僕は思い込むと人は異常になる思う。価値観は人それぞれなのは認める。だが、『完全な真理は存在しない』は認めない。なぜ、わざわざはっきりはせるのか理解できないからだ。はっきり思い込んでいくうちに人は異常になる」

「アハハハ、面白いですね。『思い込む人は異常になる』だなんて。たとえそれが人間の本質だとしても、真理じゃない。だから、人間は不完全なんですよね。真理が不完全だから人は(あやま)ちを(おか)す」

「真理が不完全なのはその真理が具体的過ぎるからだ、とも言える。完全な真理とはもしかすると、とてつもなく抽象的なものかのかもしれない。たとえばデカルトの」

「『(われ)思う、(ゆえ)に我あり』ですね。世界の全てを(うたが)っても最後に残る『思う』私自身は『ある』ということ。あれは真理に近い。完全な真理ではないですが」

「え」

羅布羅酢先生は意見の違いに少し(おどろ)いた。

「『え』ってなんですか? もしかして先生も思い込んでいるんじゃないんですか? 『思う』自分が『ある』ことが真理だと」

「いやいやいや、思う自分はある。それは自分が一番知っていることだろ。なにを今さら」

「実はボクはコンピュータにプログラムされて作られた人間なのです、というのが真実だとしたらどうやって『思う』ことを定義するのでしょう? その思いすらプログラムされたものかもしれません」

「そんなこと言ったら、もう定義の意味すら信じられなくなるじゃないか」

「そうです。これがこの世の全てを『(うたが)う』ということなんですよ」

「なんだか君は懐疑論者(かいぎろんしゃ)になりそうだな」

「疑い深いのはボクは誰の味方でもないし、誰にも味方になってほしくないからです。みんなとは違う」

「それは……孤独じゃないのかい?」

羅布羅酢先生は少しだけ心配になった。

「完成された人間になるには『嘘』も『さみしさ』も受け入れなければいけないんです。……羅布羅酢先生に質問があります。良い嘘も悪い嘘も本人が『嘘』だと自覚している場合と、自覚していない場合があります。なぜ自覚ができない場合があるのでしょうか?」

「それは、嘘だと判断する基準が人それぞれ違うからだろ?」

偽崎信太郎は毅然(きぜん)としている。予想通りの返答だったのだろう。

「その通り。完成された完全な人間とは基準の範囲を明確に(さだ)めるということなんです。価値観を不変にし、完成させること」

「だが、それは具体的すぎる。完全な人間とはいえない。そもそも人間の脳が機械よりすぐれているのは物事を抽象化(イメージ)で整理し無駄なものを(はぶ)くことができるからだ。価値観を具体的にしてしまったらそれは機械と変わらない。人間の意味がなくなる」

「無駄ってなんなんでしょう? 人間にとって役に立たないことが無駄なんですか?」

「うーん。そういう認識で合っているはずだよ。でもまあ無駄と決め付けたものが必ずしも絶対的な無駄とはいえない場合もあるからね。待っているうちに役に立つことがあるかもしれない。それは人間自身も同じだね。役に立たない人間も環境が変化していくうちに有能な人材となりえるかもしれない。それまでに死んでは『もったいない』のだろう。捨ててしまうと二度と帰ってこれない命なのだからね」

持論(じろん)どーも」

「偽崎くん。君は無駄かい?」

「アハハハくだらない。人生に無駄なことなんてないんですよ?」

「そういう思想を『絶対的』って言うんだよね」

「じゃあ『相対的』なやつは?」

「人生に無駄なことはある」

「うわ滑稽(こっけい)ですねー。『ある』が『ない』に入れ替わっただけで相対的思想っぽくなるなんて」

「『人生に無駄なことはない』と『人生に無駄なことはある』は相反(あいはん)する意見だ。両者の主張は分かり合えない」

「持論どーも。なんか(さと)りを開いてそうなのは『人生に無駄なことはない』な気がするんですよね。『人生に無駄なことはある』は世間的(せけんてき)に当たり前な気が……」

「それが君の人生観なんだね」

「先生は『人生に無駄なことはない』と『人生に無駄なことはある』どっちがイイですか?」

「僕はその選択肢の中にイイと思えるのはないな」

「え。それはなんですか? も、もしかして……」

「『人生は無駄だ』」

「こいつ……言い切りやがったぁ」

「こいつとはなんだ。超カリスマ変態紳士と呼びなさい!」

羅布羅酢先生は偽崎信太郎を指差した。

「人生が無駄ならなんで羅布羅酢先生は生きているんですか?」

「わからない。不思議だ。なぜ僕は人間として生きているのだ。別に僕が生まれない未来もあったかもしれないのに、だ」

「アハハハ羅布羅酢先生は全知全能じゃないじゃないですか。自分の生きている意味すらわからないなんて。安心してください。それは皆が同じです。皆、わからないまま、少しだけ他者に嘘をつきながら、思い通りの人生になるように頑張って日々を生きているんです」

「安心はしないよ。不思議をそんな簡単に解釈して、忘れたくないんだ。もっと考えないといけない。僕は無駄だから、無駄にならないようにしないといけない。誰かの役に立つ人間でありたいんだ」

「アハハハ頑張ってください」

「僕は頑張らない。皆みたいに頑張りたくない。結果だけをだしたい。だって僕は人の役に立ちたいだけなんだから」

「羅布羅酢先生は頑張らないでください。頑張らないで無駄な人間にならないように人の役に立ってくださいね」

「ま、そんなこと他人に言われるまでもないけどね」

この時、偽崎信太郎は孤独を感じた。他者により感情の波が()さぶられる。けして表情には出さない。声にも出さない。だが彼の心中は腹が()えたぎるような怒りが支配していた。テレビアニメのようなわかりやすい『怒り』ではない。これはけして他者が見た目では見ることのない孤独感による、個人的な感情だ。誰にも理解されない。そんな日常的な人間らしい自然なものだった。

「無駄のない最適な選択をするには、どうしたらいいのでしょう?」

「無駄について人に相談する時は、無駄の認識を(さだ)める必要がある。人によって無駄のイメージは違うから当然だよね。まず『期間』と『目的』。この二つから定めていこう」

「あ、あの期間とか目的とか、そういうのまったくない人はどうすれば?」

「なかったら議論が成立しないだけだ! 行動とは(つね)に具体的でないといけない! 人と人とのイメージの違いを統一させるために『目的』と『期間』が必要なんだ。それがわかってないで『無駄と言ったら無駄なんだ』と他人に無駄を強要させる人がいる。そんな手前勝手な常識、クソくらえだ!」

教卓をバン! と叩いた。

「先生、あまり興奮なさらないでください。品位が下がりますよ?」

「す、すまない」

羅布羅酢先生は気持ちを落ち着かせた。感情の波だ。

「あ、それを使えば」と偽崎信太郎はなにかを思いついたように言った。

「ん。どうしたんだ? 言ってみなさい」

「いや〜『期間』と『目的』を定めれば人間自身の『無駄』も判然とするんじゃないか? と思いまして〜。例えば、ボクが今から『ボクは無駄でしょうか?』と羅布羅酢先生に質問したとします。そしたら先生は前述(ぜんじゅつ)した通り無駄の『期間』と『目的』について言及するはずです」

「そうだな。まず『期間』だ。人間が無駄ではない『期間』とは『いつからいつまで』を()すものなのかを質問してきた本人に言及するだろう」

「アハハハ、聞かれた本人も困りますよね。でももう少し具体的にしなければならない。だから本人は無駄の答えを出すために考えます。そして考えてひねり出した『期間』が例えば『自分が生きている間』なのだとしたら?」

「君が死ぬまではまだ無駄かどうかはわからない、となるだろう。それは物であっても同じだ。未来のことは推測でしかわかりえない。まあ『目的』がはっきりしていれば推測もしやすいのだが」

「目的ですか。人生に目的なんてあるのでしょうか?」

「人間に絶対的な目的はないかもしれない。だが、無駄の認識を共有するには目的がなければならない。でないとなんのために無駄を(はぶ)くのかがわからなくなってしまうからな」

「仕事だったら、お金を稼ぐことが目的になりますね」

「仕事ってのは金儲(かねもう)けをするところなんだから、その通りだ。お金を稼ぐための無駄を期間を決めてはっきりさせる。そのための議論が必要になる」

「まずなんの無駄を決めるのでしょう?」

「時間の無駄」

「スタンダードですね」

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