8話 斯くて現は、幽かに交われば2
――
晶たちと別れた
央都全域も薄皮一枚を隔てて神域と接しているが、更にその中央ともなれば半ば以上は神域へと沈んでいる空間ともいえる。
央都とは、それ自体が巨大な神柱の領域であり、
事実上、神柱によって完全に管理されたこの央都を、天の乱れが襲ったことは皆無である。
「
「――待たせましたね。
こちらも少し立て込んでいたので、予定がずれ込みました」
質の良い畳に座り、鏡のような静けさの
「滅相もなく。
その姓が示す通り藍地に染められた
――胸元で、ただ咲き揺れる藤の家紋。
だが
事実、
不老にして、200に届くという長寿。それは巫である四院よりも、神柱としての性質が強い
だが、その神秘性とは裏腹の穏やかな口調が、
手を振って、人払いを命じる。
暫くも経たず、周囲は湖面に寄せる細波の音しか残らなくなった。
「
――本題に入りましょう。
「嘘を口にできるのは確認しています。
……信じ難くはありますが、事実かと」
「疑ってはいません。
しかし、
嘘が吐ける、何か絡繰り仕掛けが仕込まれているはずですね」
「噓が象である事自体が、
云われてみれば、確かにその通りだ。象とは神柱自身を
嘘を象とするならば、その神柱が口にする総ては嘘でなければならない。
百歩譲って、自在に嘘を吐けるとしよう。
だが、その帳尻を合わせるためには、
――嘘を象とする神柱にとって、真実こそが嘘なのだから。
「
「興味深い。神柱の宣下であれば、
報告で
「是に
仮面の神器を破壊した際に、膨大な瘴気が周囲を汚染したので間違いはありません」
「……他者を演じる権能を持つ、堕ちた神器。その辺りが噓を吐ける絡繰りかしら?
本当の象が判れば、その対処に一歩踏み出せると思うのですが」
思案に暮れる
不意に横たわった沈黙に、
煎茶の香りと共に広がる、香ばしい滋味。
初めての感触に、
「――美味しいでしょう? 炙った餅を茶に混ぜました。
商家のものが相手を
「……普段とは違う香ばしさに、茶が進みますね」
悪戯が成功したと笑う
茶は茶、餅は餅で味わうのが普通だったので、合わせるという思考は意外なほど上位には
簡単な組み合わせだが、思いつき次第で新しい発見もある。
素朴だが鮮烈な味わいは、
「
「五行結界に異常はありませんでしたが、事がそれで終わるとも思えません。
……どうにも、
相手の口振りからして、この百鬼夜行に向けた準備も長い年月をかけてきたことは容易く推し測ることができる。
五つの龍穴を連結させる事で、上限を超えた強度を得る五行結界。
「手を出したという事は、解決の道筋を見つける事が叶ったと判断できるでしょうね。
「近衛の権限を無駄に揺らす
ですので、此方の出し得る
――内訳はこちらに」
八家や個人での最強を余所に譲りつつも、その名声と威光は衰えを見せた事は無い。
差し出された紙を受け取り、
記憶にある名前が幾つか。――だが、その多くは若手が占めている。
「
後は八家。……ですが、若手が多く見られますね」
「私もそうですが、何ごとも経験かと。学院に所属しているので、何かと都合が良いのも理由ですね」
「若手が出張ることを責める
そうである以上、五行結界を維持する要の守護には、直轄している各洲の協力が不可欠になってくる。
幸い、四院のうち三院の直系が揃ってはいるが、贅沢を願うならば八家の神器を
「後の話題でしたが、……理由があって
その際の監視と護衛に、
――間に合うかどうかは、相手次第ですが」
「良しなに」
改めて、紙に列ねられた名前を一巡する。
そうして、その片隅の名前に目を瞬かせた。
只一人、そこには姓が載せられていない
「此方の、晶と云う名前は?」
「
武芸の身としては未だ途上でありますが、
見咎められる可能性は、充分に想定をしていた。
表情を変えることなく、
嘘ではない。だが、細い糸を渡るかのような会話に危うさを嗅ぎ取ったか、
それを真っ向から、怖じる事のない
それに、
互いの視線が絡み合う、僅かな時間。
やがて、先に視線を逸らしたのは
「そうですか。
問題が無いと云うのであるならば、
――但し、護国の役目を相手に願うならば、最低限、華族としての立場を与えるように。
民の献身に応じる姿勢を見せるのは、洲太守としての務めです」
守備隊に平民出身の正規兵はいるが、本来、護国は武家華族の役目であるからだ。
こじつけとはいえ、防人になる以上は華族の立場も与えないと周囲への示しもつかない。
だが、
晶が
晶が立つ足元の、曖昧さ。
それは、一人勝ちの基盤を着々と進めていられる
これは、晶がどの洲で生きていくかを決める、競争だ。
――未だ自覚の薄い晶は、その立ち位置さえも不安定なままなのだから。
「はい。
「あら、用意の良い事。
……もしかして、こう云われるだろうと予想していたの?」
「真逆。
言質を取られないように、
穏やかな見た目をしていたとしても、眼前の女性は
三宮の一角。公正を旨とし、裁定権を一手に束ねる最高権力者の一人。
思案は僅かに。やがて、
「まぁ、良いでしょう。
取り敢えず、そう云う事にしておきます。
四方山話ですが、彼に与える姓は決まっているのでしょうか?」
――通った。
安堵の息を押し殺して、
晶が与るであろう姓も、難航した話題の一つだ。
解決できたのが
だが、つい先日に漸く晶の姓も定まった。
桜色の唇が、嬉し気に綻ぶ。
「はい。絶えた姓の一つを引き上げました。
――名を、」
♢
昏く渦巻く瘴気の底に、冴えない風貌の男が足を下ろした。
並みの
その様子を眺めていた巌の体躯が、降り積もる岩石の欠片を払い除けて男の前に座った。
「……御大将カ」
「如何にも、童子殿。
見た目も随分と変わったというのに、身共であると直ぐに通じた事は嬉しく思うぞ」
理由も知っているだろうに。何処か
「人トシカ見エナイソノ外見ダガ、瘴気ノ味ヲ知ッテイルナラバ相手モ限ラレヨウサ。
……其レガ此度ノ
「然り。
策が巧く運んだのは良いが、本命との時間が足りなくなってしまった故の間に合わせよ。
警戒を掻き立てんのは良いが、如何せん能力が足りなさすぎる」
「他者を演じる権能なれば、演目の上限を超えることは出来ん。
龍穴を喪った神柱の末路とはいえ、
「……瘴気デ権能ヲ間ニ合ワセラレテモ、神域特性ハ行使デキンカ」
――神域特性は、現世に神柱の偉業を再現する唯一の手段だ。
発現する効果は万象様々であるが、相性さえ合えばどんな劣勢であっても覆す事を可能とする。
精霊力の成れの果てである瘴気では、神器を起動する事が精々であろうと、年降りた
だが、
瘴気を注ぎ込んで九法宝典の在り様を
――それに、
神器そのものが偉業の体現である以上、神域特性が喪われたという訳ではない。
「神器が完全に喪われるのは、神柱が滅んだときぞ。
偉業が再現できなくなっただけであるならば、この地で再現をすれば良い」
「ホウ」
今一つ、理解に及べていないのだろう。
気のない
「細工は流々にて仕上げは御覧じろ、童子殿。
何。九法宝典は居眠りだけの利かん坊でな、起こすにはひと手間かかるだけ。
……残り3枚。奴ばらめが勝利を確信した時、身共たちの勝利が確定する」
―――卑、非、卑ィィ。
気掛かりも僅かだけ。
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