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9話 少女が来る、狼煙を上げて1

 秋の肌寒さが誤魔化せなくなる夜半。央都の西に在る山中に、晶たちの姿は在った。


 揺れる松明が火の粉を散らし、立ち昇る煙が獣除けの呪と共に木立の間を舐めていく。


 山の中腹から麓に向けて、先行して分け入った勢子班が何かの群れを見つけたのだろう。

 山狩りの緊張と興奮が夜気に潜む中、山間から獣除けの鐘が一斉に鳴らされる。


 この日、山狩りの情報を聞きつけた晶たちは、上意を盾に半ば無理矢理、山狩りへと参加していた。


 鐘の音の合間に吹き鳴らされる呼び笛の音に耳を澄まし、晶は後方に控えている阿僧祇(あそうぎ)厳次(げんじ)へと視線を向けた。

 周囲を警戒していた迅や咲も、晶の気配に視線を巡らせる。


開始(長短・)(長短・)多数(長長)です」


「陰陽計からしたらそこまで強くないが、呼び笛が随分と慌てているな。

 ――今日の山狩りは、そこまで奥を刺激しない予定だったはずだが?」


 視線を向けられた央都第2守備隊の隊長である宍戸治武(ししどはるたけ)は、厳次(げんじ)に向けて軽く肩を竦めた。


 厳次(げんじ)たちは仮初にも上意より与った客将たちだが、山狩りに無理矢理参加した相手と肩を並べることに思うものがあるのだろう。

 ここ暫く共に日々を過ごす中で、どうにも軽い扱いが随所で鼻についた。


「山に侵入って四半刻(30分)も経っていないでしょう。

 防人には如何かもしれませんが、勢子の連中では中腹の手前まで行ければ御の字かと」


 確かに。宍戸の指摘通りに厳次(げんじ)も首肯で同意を返した。

 山狩りに予定していた開始時間は、侵入から半刻経ってからの予定であったはずだ。


 予想外に(ケガ)レの群れを見つけて、勢子が浮足立った可能性もある。

 ここまでの浅い位置で開始されたら、徒に山を刺激するだけに終わる可能性も考えられた。


「……阿僧祇(あそうぎ)隊長! 半鐘の音が散らばりました、喰い破られたかもしれません」


「勢子班もそんなに数は侵入していなかったはずよ。

 ――叔父さま、救難の合図を出せた余裕は無いんじゃないかな」


 腕組みをした厳次(げんじ)の眼前で、咲の助言を拾った晶が血相を変えた声を上げる。

 耳に届く半鐘の音が拍子を崩し、不明瞭な木霊が響き始めていた。

 これでは、半鐘に籠められた獣除けの呪が効力を充分に発揮できない。

 詳細は不明のまま、勢子班の隊列が崩れ始めた事実だけは確かなようであった。


「……いかんな。山の麓に伝令を、獣除けの松明を増やして山を封鎖する。

 本陣は結界まで後退。――皆さんも下がってください」


「待ちなさい。勢子班の救援に向かわないのかい?」


 宍戸の指示に、それまで沈黙を守っていた弓削(ゆげ)孤城(こじょう)が声を上げた。

 だが、宍戸に視線を向けることは無い。

 厳しいままに、その視線は夜闇に沈む山の中腹へと向けられていた。


「……当然でしょう。練兵如き(・・)のために正規兵を可惜(あたら)、危険に晒すなど。――守備隊の長を与る者の判断としては愚断の極み」


「危険如何を問う前に、判断が早過ぎると云っている。

 策には熟し時があるのは知っているだろう? 過熟も不味いが、青果は毒だよ」


「拙速は用兵の基礎でしょう。早過ぎたならば、時機を待てば良いだけ。

 ……勢子班ならば、朝まで山の麓で彼らを待つ予定です」


 高天原(たかまがはら)最強。流石に、その看板の重みには思うものがあるのか、宍戸の口調に敬意が混じる。

 だが、その意思が揺らぐことはなく、即座に言を断じて見せた。


 宍戸の指示に周囲が撤収の動きを見せる。

 ――自身もその後に続こうと、踵を返した宍戸の背に厳次(げんじ)の声が飛んだ。


「俺たちが珠門洲(しゅもんしゅう)から独自の判断を赦されている事は知っているな。

 今から、少しばかり山に侵入ろうと思う。

 ……問題ないな?」


「御随意に。

 私の判断に従わなかった旨、報告には明記させて貰いますが」


 所属は違えど、同格のものに怪事(ケチ)を付けられて気分を害したのか、引き止める事なく宍戸は完全に背を向ける。

 後に残ったのは、第2守備隊に預けられた晶たち5人だけであった。


「結構。

 ――晶、一寸(ちっと)ばかり山で散歩だ。逸れた練兵を拾いに行くぞ」


「はい」


 ――気分が悪かったのは、厳次(げんじ)も同様である。

 だが、若手三人の迷いない応えを受けて、厳次(げんじ)は山に続く道へと一歩を踏み出した。




 山間に在る雑木の間を縫うようにして、晶たちは斜面を駆け上がっていた。

 それなりの急斜であったが、現神降(あらがみお)ろしを行使している晶たちにとっては平地と然程は変わりない。

 巡るように前から後ろへと流れ過ぎて行く木立を脇に、晶はその向こうへと耳を澄ませた。


 逃げ(まど)う人と、幾つもの巨きな気配。

 闇の向こうから漂う瘴気が濃くなるにつれ、空気に血腥いものが混じるようになっている事に気付く。


「……厳次(げんじ)。先刻の宍戸だが」


「皆まで云うな、弓削(ゆげ)どの。

 ――晶。焦りが脚速(あし)に出ているぞ。下手な怪我をしたくなければ、精神を乱すな」


「……押忍」


 厳次(げんじ)の指摘を自覚していた晶は、疾走りながら短くそう返した。

 思考(あたま)では理解している。だが抑えきれない焦りが、口の端から漏れて散った。


 精霊力の制御は、精神の自律に直結している。

 畢竟、精霊技(せいれいぎ)の巧拙は、如何に自身を制御するかに掛かってくるのだ。


 当然、焦躁や迷走している精神状態で、充全な精霊技(せいれいぎ)の行使など及ぶべくもない。

 ――それは理解しているのだ。


 脳裏に、過日の後悔が過ぎる。

 急き立たされて踊る槍の穂先。安吉の死に顔。青い焔。


 忘れようとして忘れ得ない、晶だけの責任。


―――()()()、 、()、 、 !


「「ひいぃぃいいいっ」」


 人間の女に似た、それでも人間では有り得ない瘴気に狂う嬌声と、恐怖に(まど)い死鳴く叫び。

 夜気に混じって、瘴気と血臭が晶の鼻腔を衝いた


 晶の願いに精霊力が応え、力強く踏み締めるその足元で残炎が舞い散る。

 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――、


「――先行します!」


 厳次(げんじ)に向けて残せた声はそれだけ。

 渦巻く精霊力が残炎を地面に刻み、晶は厳次(げんじ)たちよりも一歩、先んじた。


「あ、おい待て!」

 指示を越えて一層に加速する晶の姿が、厳次(げんじ)の制止も空しく立ち塞がる木立の向こう側へと消えていく。

 晶の身体は、精霊との親和性が異常なまでに高い。それ故に、行使する精霊技(せいれいぎ)は、過剰なまでの効力を晶に赦すのだ。

 それは判っていた。危ぶんでいたのも事実。

「くそ、あの馬鹿がっ」


 だが、過日の記憶を引き摺っていたためか、接敵以前に隊列を乱すほどの暴走をするとは想定もしていなかった。


「叔父さま。私が晶くんを補佐するわ」


「お嬢! ――済まん、(たの)む」


 厳次(げんじ)指示(こえ)に肯いを返し、残炎が咲の足元で木の葉と舞う。

 その現実だけを場に残し、残炎の軌跡と共に咲の体躯は木立の向こうへと消えた。


「数と叫声からして、相手は絡新婦(ジョロウグモ)かな。小粒だが、群れると無視はできない。

 ――迅。晶くんたちに付いてあげていなさい」


「押忍」


 承諾の声が返り、厳次(げんじ)たちを残して迅も闇へと消える。


厳次(げんじ)。私たちは散らばった方が良いだろう。

 晶くんよりも、今は周囲の心配をした方が良い」


「……そうだな」


 弓削(ゆげ)孤城(こじょう)からの正論に、苦さが残るだけの口調で厳次(げんじ)が応諾を返した。

 疾走る勢いを殺さず、互いのそれぞれ瘴気の濃い方向へと足を向ける。


 ――そう、晶だけが問題ではない。

 周囲から届く瘴気に塗れた嬌声は、未だ宴も(たけなわ)と響き合っているのだから。




 大きく隆起した斜面を飛び越えて、晶は急激に下る斜面を滑るように駆け降りた。

 猛然と落ち葉が舞い散る気配に、夜闇で蠢く化生が躯ごと顔を向けてくる。

 八肢を小刻みに動かして赫く澱む凶眼(マガツメ)の主は、1丈(3.4メートル)にも及ぶ巨大な蟲の群れであった。


 蜘蛛の体躯に、能面じみた女の顔。

 山野の奥で巣を張る蜘蛛の化生。絡新婦(ジョロウグモ)が、血液に塗れた口蓋を開いて晶を威嚇する。


 ―――()()()()()、 、 。


「た、助けっっ!!」


 その足元で、肢に太腿を貫かれた練兵の姿が視界に飛び込んだ。


 一層に密度を増す瘴気が晶の鼻腔を衝き、肺腑(はい)で針の痛みに変わった。

 咳き込もうとする痛苦を無理矢理に呑み下し、晶は精霊器を振り被る。

 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、初伝――。


燕牙(えんが)ぁっっ!」


 ―――怖ッ……。


 怒号が灼熱の斬撃と共に放たれ、間合いの外から絡新婦(ジョロウグモ)を上下に腑分けした。


 瘴気の腐毒が飛沫と撒き散らされ、空気を更に腐食する。

 最低の加護しか持ち得ない平民では、大きな傷に中てられるとそれだけで死にかねない濃度。


 判断は一瞬。晶の振るう刃は、練兵に刺さる肢を根元から断ち切った。

 崩れる蜘蛛の体躯から練兵を引き剝がし、土煙を蹴立てて距離を取る。


「た、助かり……」「気を抜くな、来るぞっ!!」


 ――未だ此処(ここ)は、悪意に満ちた巣の只中。

 縋る練兵を敢えて無視して、精霊力を練り上げる。


 丹田から昇る熱塊を、全て統御し精霊器へと。

 灼熱に猛る刃を振り翳し、跳びかかってくる蜘蛛の影へと振り下ろした。

 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、初伝――。


鳩衝(きゅうしょう)!」


 舞い踊る爆炎と衝撃が群がる蜘蛛を吹き散らし、晶を中心に刹那の凪を築く。


 ――足りない、焼き尽くせ!

 そう思考の奥底で傲慢に叫ぶ(本能)を抑えると、僅かに取り戻した冷静さが後背の練兵に意識を向けた。


 押し寄せる絡新婦(ジョロウグモ)を一瞥し、鳩衝(きゅうしょう)を更に重ねる。

 膨れ上がる衝撃に迫る蜘蛛が宙を舞い、得られた間隙に晶は土界符を引き抜いた。


 重ねた鳩衝(きゅうしょう)で蜘蛛の接近を弾きながら、左の指で剣指を象る。

 呪符を励起するべく剣指を振り下ろし――、


 霊糸を斬ることの無いまま虚を空振った指先に、晶は瞠目をした。

 その明白(あからさま)な隙は見逃される事無く、女面の蜘蛛が跳ね飛ぶ。


 晶に回避を赦さない距離で、能面じみた女の口蓋が上下に開いた。

 ――瘴毒に塗れた乱杭歯が粘質の糸を曳き、鬼哭啾啾と晶へ迫る。


 避けられない。


「――晶くん!」

 案じる少女の声と共に、(すみれ)色の精霊光が舞い踊った。

 奇鳳院流(くほういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――。


余熱烏(ほとぼりがらす)!」


 絡新婦(ジョロウグモ)の腹部に、薙刀の切っ先が吸い込まれる。


 炎は噴き出ず、衝撃すらなく。ただ、薙刀が埋もれた先から、純粋な熱圏が周囲を包んだ。

 炎と衝撃は弾けたとしても、純粋な浄化の熱を防御する術は殆ど無い。


 何よりも回避不能の特性に振り切った精霊技(せいれいぎ)に晒され、晶へと迫っていた絡新婦(ジョロウグモ)が総て消し飛んだ。

 一時の安堵に、咲の口元から呼気が漏れた。


「吹ぅぅううっ」


「助かりました、お嬢さま」


 咲の精霊技(せいれいぎ)を目の当たりに、冷静さを取り戻した晶が感謝を口にする。

 頷いた咲は、晶の足元に落ちた呪符を見咎めて(まなじり)を歪めた。


「頭は冷えた? ――精霊技(せいれいぎ)を行使しながら、呪符を励起させようとしたのね」


「失敗するとは……」


 何が起きたのかは分かっている。


 剣指を象る。慣れているはずの所作の先から、精霊力が霧散したのだ。

 敢えて例えるなら、左右の手で別の作業をして、利き腕ではない方が失敗したかのような感覚。


 剣指は精霊力を空間に記述するための、陰陽術の基礎である。

 その体系は精霊技(せいれいぎ)と根元から別たれており、呪符を励起するだけであっても精霊技(せいれいぎ)と同時に行使するためには技術を要する。


 通常の防人であれば五段に到達した際に呪符の同時励起を学ぶが、急造の訓練しか通していない晶に知識は無かった。

 当然、出たとこ勝負で及べる技術ではない。


 如何な神無(かんな)御坐(みくら)であっても、加護の遠いこの地で加護に任せただけの無茶は不可能であった。


「気を付けて。――ここは珠門洲(しゅもんしゅう)じゃないの、晶くんの無茶を赦してくれるあか(・・)さまはいないのよ」


「そう、……そうですね」


 勢いに任せて前に出たのは晶である。

 反論できる余地もなく、厳しい口調の咲を前に晶は悄然と項垂れた。


「――よう。夫婦喧嘩は終わったかよ、お二人さん」


 少し云い過ぎたかと、晶の様子に咲が舌鋒の矛先を納める。

 その背後で、呆れた口調の迅が声を掛けた。


「ふっ!? 違います、晶くんは――!!」


「ああ、教導だろ? 判っているがよ、傍から見りゃ言い訳にもなりゃしねぇぞ」


 暑い熱い。夏も過ぎ去ったというのに、業とらしく胸元を手団扇で扇いで見せる。

 迅の仕草に肩を怒らせるが、その後背を一瞥し咲は向ける不満を下ろした。


 向かってきていたであろう無数の絡新婦(ジョロウグモ)が、何時の間にか切り刻まれて散らばっている。

 個々としては弱い化生であるが、短時間でこれだけの頭数(かず)を鏖殺できるというのは並大抵の技量ではない。


 雨月颯馬(そうま)久我(くが)諒太の台頭で一歩を譲ったとしても、奈切迅(なきりじん)の技量に疑う余地は無かった。


「で。

 ――そいつ、勢子班の生き残りか? 他の奴らは」


「お、俺は囮になって。

 他の班員は、沢伝いに下山を……」


「悪くない判断だ。……20点だな」


 悪くないと評した割に、返る点数が随分と辛い。

 目を瞬かせた晶に向けて、迅は軽く肩を竦めた。


手前(テメ)ェが自己犠牲に酔ってんのが最悪だ。

 ――生き残る算段もつけられないなら、練兵でも三流だろ」


 精進しろ。そう云わんばかりに練兵の頭を叩いて、迅は夜闇に蠢く化生へと視線を戻した。

 精霊技(せいれいぎ)に叩かれて堪えたのか、女面の蜘蛛が遠巻きから晶たちを覗き込む。


「攻めてきませんね」


「大方、向こうに罠を張っているんだろ。

 守りに厄介なのが、絡新婦(ジョロウグモ)の特性だ」


 軽い口調の応えに、咲は肯いを返した。

 絡新婦(ジョロウグモ)は巣を張る化生だ。警戒も無く巣を踏み貫けば、抜け出すのに苦労をする。


 攻めあぐねて、暫し。

 ふと翳った月光に迅が視線を上へと向けると、夜闇を貫いて何かが晶たちの方へと落ちてきた。


「何だ?」


 ――丸い大きな、球のようなもの。


 窺える大きさに反して軽いのか、迫るその勢いは何処か緩慢である。

 双眸を眇めた迅の視線を追った晶が、それを目にして血相を変えた。


「巣玉だ!」


「「!!」」


 晶から上がる警告に、咲と迅が散開する。

 その間を射抜くように、軽い音と共に粘糸で編まれた球が落ちた。


 ―――()()()()()、 、()ッッツ!!


 粘糸がばらけると同時に、潜んでいた女面の仔蜘蛛が大小無数に産声を上げる。

 確かにこの化生の強靭(つよ)さは、格としても下から数えた方が早い。


 だがその反面、数が尋常ではないのだ。

 その上、食餌(エサ)さえあれば瞬く間に殖える厄介さ。


 嘗ては、山脈一つを巣にした前例も存在するという、文字通り数という暴力の権化。

 女面の人喰い蜘蛛、それが絡新婦(ジョロウグモ)と呼ばれる化生であった。


「もうっ! ()りが無いわ」


「ですが一匹でも逃せば、元の木阿弥です!」


 晶の振るう刃から炎が迸り、咲の生む衝撃と交差する。

 その度に蜘蛛の身体が夜闇を舞って、焼き祓われた。


「――殲滅しろってか? 無茶を云うな、後輩」


 火行に圧し潰されることを避けて、距離を開けた迅が遠間の絡新婦(ジョロウグモ)を処理しながらそうぼやく。

 夜闇の向こうへ視線を遣ると、炎と暴風が精霊光と共に散る光景が映った。


 どうやら阿僧祇(あそうぎ)厳次(げんじ)弓削(ゆげ)孤城(こじょう)も、殲滅の方針を固めたのだろう。

 散開して、虱潰しに巣を焼く算段らしい。


「仕方ねぇ。

 ――おい、練兵。この辺りに仲間がいないのは確かだな」


「…………はい」


 怪我の苦痛からへたり込んでいた練兵が、遠くなる意識の中、辛うじて肯いを返した。

 その返事に、迅が晶たちよりも一歩先に進み出る。


「よし。

 ――輪堂(りんどう)と後輩は下がれ、俺がこの一帯を処理する」


「は?」「奈切(なきり)先輩?」


 呆然と問い返す晶たちに、緩やかな微風と踊る精霊光が応えた。

 八家に迫る莫大な精霊力に、地から天へと旋風が生まれる。


「……前に出るなよ。何しろ、俺の技量じゃ制御できないんだ」


 そう呟いて、迅は太刀(精霊器)を天へと。


 剛風と共に、紫電が刀身に這い回る。

 否、その一帯に潜む化生総てに、紫電が絡みついた。


 逃れ得ぬ死を前にして、刹那の静寂。

 陣楼院流(じんろういんりゅう)精霊技(せいれいぎ)、中伝――。


疾雷(しつらい)


 空を割る轟音と閃光が、天と地を繋げる。

 衝撃が晶たちの視界に映る総てを打ち据えて、容赦なく薙ぎ払った。


 永遠にも思えた数秒の蹂躙は呆気なく過ぎ去り、静寂に目が慣れた頃。

 晶たちの視界に残っていたのは、焼けて息の絶えた化生の死骸のみであった。



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