ヒーローたち
波瑠の父親の会社で波瑠の父親と一緒に働いていた覚醒者たちからも謝罪があった。
上から余計なことを言うなと脅されて犯罪の片棒を担いでしまったと。
力的には覚醒者方が上かもしれないけれどどの人も等級は低くて会社をクビになった時に次が見つかるか不安で従うしかなかった。
立場や権力的には他の人と同じ雇われた側の人であったのだ。
今回は暗殺まで企てる保険会社の男や山﨑の罪が重く見られて、覚醒者たちは正直に何があったのかを話すことを条件にして厳重注意で罪にまでは問われなかった。
波瑠の父親は勝手な単独行動の末に死んだのではない。
覚醒者チームに新人が入って慣らしのつもりでゲートに入っていたのだけど緊張した新人がヘマをやらかしてしまった。
運悪くそのせいでモンスターの群れを呼び寄せてしまい、波瑠の父親はみんなを逃すために犠牲になった。
波瑠の父親は迷惑行為で死んだどころか、英雄であった。
波瑠や波瑠の母親の前で新人覚醒者は泣きながら土下座して謝った。
彼自身もようやく見つけた働き先でクビになるのが怖かった。
しかし抱えた良心の呵責に押しつぶされそうになっていた。
何度も謝罪の言葉を口にする新人覚醒者に波瑠の母親は優しく許しを与えたのであった。
けれど覚醒者チームの直属の上司に当たる山﨑は最後まで自分は悪くないと主張し続けていたらしい。
「それでお金も支払われることになったんです」
保険会社の方は担当の男の行動が完全に寝耳に水な状態だった。
組織ぐるみでの行為ではなく保険会社の男が会社に黙って保険金を不正に自分の懐に入れていたことも分かった。
責任はかなり重たいので正当な保険金に加えてかなり大きな金額の和解金を支払ってどうにか事態を納めることにした。
なので当面の間は生活していけるほどのお金が入ることになった。
父親の汚名をそそぐこともできた。
やはり父親が悪い人ではなかったと聞いて波瑠はとても安心していた。
最もこの件で責任を追及されるべき保険会社の男だけが唯一未だに捕まっていないことは心残りである。
しかし今更波瑠や圭に復讐したところで何にもならない上に追われているのにノコノコ顔を出すとは思えない。
まだ余罪がありそうだと男が担当していた他の事件も調査されることになったので、まだ救われるべき人がいる可能性まで出てきた。
一応の平和は戻ってきたと言ってもよかった。
「あの……お母さんがごめんなさい」
ほとんど腫れも引いて退院した圭は波瑠に会いにきていた。
家だと防犯に不安があるということでホテルに滞在している波瑠は元気そうだった。
波瑠を危険な目に遭わせてしまった。
そのためにちゃんと親御さんには謝らねばならないと思っていたのだけど波瑠の母親は圭のことを大歓迎だった。
波瑠に良く似た若いお母さんでとても人が良さそうに見えた。
少し歳の離れたお姉さんかなと思えるほどには若々しくてちょっとだけドギマギしてしまった。
波瑠が事前に色々言ってくれていたらしくて特別悪印象もなく受け入れてくれた。
むしろ波瑠が迷惑をかけたと謝られたぐらいだった。
波瑠が謝っているのは質問責めにされたことだろうと思う。
今回の事件のこととは無関係なことも聞かれた。
もしかしたらそちらがメインだったのではないかと思うほどだった。
恋人はいるかとかお仕事はとか、波瑠のことをどう思うかとか。
「もう……お母さんが変なこと聞くから……」
いまは波瑠の母親は別の部屋に引っ込んでしまい、波瑠と2人きりである。
波瑠の顔は恥ずかしさからやや赤い。
波瑠の母親の押しのせいで大きめのフカフカソファーに並んで座っている圭と波瑠。
「……波瑠、ごめんな」
「いきなりどうしたの?」
「守りきれなくてさ。
結局危ない目にあわせちゃったし、助けが来なかったら……」
「そんなことない!」
「は、波瑠?」
波瑠が少しふくれたような顔をして圭に詰め寄る。
「圭さんはすごく助けてくれた!
相手はE級だったって聞きました……等級が一つ違えばとても勝てる相手じゃないって。
そんな中で圭さんは私を守るためにあんなにボロボロになって戦って、守ってくれました」
「な、何で泣いて……」
波瑠の目から涙がこぼれだす。
泣き出されて圭は狼狽する。
「分かんない。
でも悔しくて……何もできずにただ守られているだけだった自分が情けなくて」
ぐわっーと感情がごちゃ混ぜになって涙になってしまった。
襲われた時波瑠は怖かった。
とっさに動けなかったしそれが当然で悪いことでもないのは人に言われたし自分でも分かる。
でも悔しいし、自分だって覚醒者の端くれなのだからもっと戦えたのでないかと思う。
そうしたなら忠成だって倒せたかもしれないし圭が入院するほど痛めつけられることもなかったかもしれない。
圭はあんな状況でも、勝てなさそうな相手にも諦めず立ち向かった。
波瑠を逃がそうとして必死に戦い抜いてくれた。
ごめん、なんて謝られるようなことは何一つない。
「波瑠だって勇気を出して戦ってくれたじゃないか」
怖かったろうに、逃げたってよかったのに、波瑠は勇気を持って忠成に立ち向かった。
何もしてないなんてこと決してない。
「うぅ……圭さんは優しすぎます!」
「なんだよ?」
「どうして。
どうして圭さんは……そんなに私に優しくしてくれるの?」
「どうして、か……」
最初はたまたま真実の目で覗き見たところから始まった。
波瑠が圭を騙そうとして、結局ウソが突き通せなくて全てを打ち明けた。
親を亡くしたという境遇も少し圭に似ていたので同情して助けられないかと思い、周りに相談してみたらたまたま水野に繋がった。
そこから色々事件があって真実の目のことを知る数少ない協力者となった波瑠。
「波瑠が……良い子だからかな。
不思議と波瑠のことを助けたいと思ったんだ」
「圭さん……」
ちょっとだけお茶を濁したような答えなことは圭にも分かっている。
もっと直接的な答えを聞きたいのだろうけど圭にも明確な答えはない。
友人としてなのか、妹的な存在としてなのか、あるいは異性としてなのか。
圭としても簡単には口にしてはならないことのようで思わず言葉を濁してしまった。
「ズルい答え……でもいいです。
助けたいって思うほど大事にしてくれるなら……」
濃い時間を過ごしはしたけれど圭と波瑠の付き合いの期間を考えると短い。
焦ることはないと波瑠は思った。
ここでキッパリ断らない以上は希望もある。
「圭さん……」
でもここで押し切れるならと波瑠は考えた。
そのまま少し顔を寄せていく。
「は、波瑠ぅ?」
圭は完全に動揺している。
女性に対するスマートさがないことは分かりきっているのでどう対処してよいのかも分からないみたいである。
「ただいまぁー。
あれ、姉ちゃん、誰か来てるの?」
もう少しで唇が触れ合う。
その時だった。
学校に行っていた波瑠の弟が帰ってきた。
慌てて波瑠はソファーに座り直す。
「お、おかえり!」
「姉ちゃん、顔赤くない?」
「あ、赤くない!
早く手でも洗ってきなさい!」
圭から見ても波瑠は顔が赤くなっている。
首筋まで真っ赤になっていて誤魔化しようもなかった。
ただ圭も顔は赤くなっていた。