風の始まり1
長い夢を見た気がした。
そこには死んだはずの母と父がいて笑って手を伸ばしてくれる。
圭は自分も小さい手を伸ばして両親の手を取って歩き始める。
自分の小さい歩幅に合わせてゆっくりと一緒に歩いてくれる。
ただそれだけで胸いっぱいに幸せが広がった。
「…………ここは?」
見慣れない天井。
少し硬めで自分の家のものとは違うベッド。
窓の外から青空が見える。
「……圭?」
声がして首を動かすと夜滝がいた。
ベッドに突っ伏したような体勢で眠たそうにヨダレを拭っている。
「夜滝ねぇ」
「圭!
よかった!
お前というやつは……」
「ありがとう、夜滝ねぇ」
「む……な、なんだい?」
圭は体を起き上がらせる。
寝ていたせいかちょっとくらっとしたけど体に大きく異常はない。
「夜滝ねぇが持たせてくれた毒棒君のおかげで助かったよ」
毒棒君がなかったら抵抗することもできずにやられていた。
どうしてこんな状況になるかは分かっていないけれどともかく助かったのは確かなことである。
時間を稼ぐのに毒棒君の働きは大きい。
「むむむ……」
ムニョムニョと複雑そうな顔をする夜滝。
怒ろうとしていたのにありがとうなどとまっすぐ言われては怒るに怒れなくなってしまった。
「ともかく無事でよかったよ。
圭が運ばれたと聞いた時には頭が真っ白になったよ」
病み上がりの人に怒りをぶつけてもしょうがない。
夜滝は深くため息をつくと圭が無事であったことを喜ぶことにした。
「何があったの?」
圭は左腕に視線を落とした。
骨が見えるほどにズタズタにされていたのに傷ひとつない。
手を握ったり開いたりしても痛みもなく快調すぎるぐらいである。
圭の記憶は途中でブラックアウトしていた。
なんなら最後に覚えているのは波瑠がモンスターに毒棒君を突き刺してモンスターが波瑠の方を向いた。
どうにか行かせないようにと手を伸ばしたところぐらいまでが覚えているところだった。
「私はあまり知らないよ。
圭が病院に運ばれたって聞いて飛んできたんだ」
「そうなんだ……」
「むしろこっちが聞きたいぐらいさ!
モンスターに襲われたと聞いたぞ!」
「俺だって襲われたくて襲われたんじゃないよ」
「今ニュースではその話で持ちきりだ。
ブレイキングゲートだって?」
「うん。
ほんと目の前にいきなり現れて、どうしようもなかったんだ」
前兆もなくゲートは見えるぐらい近くに現れた。
あれじゃあ逃げ惑うしかできない。
出てきたモンスターも足が速いタイプであったし運が悪かったとしか言いようがない。
「そういえば弥生さんと水野さんは……」
「村雨さん!」
2人は無事なのか。
それを確認することもできずに気絶してしまった。
モンスターすらどうなったのか分からないのだ。
圭が助かったのだから無事だと思うけどと不安が胸をざわつかせていたが波瑠が病室に飛び込んできた。
話し声が聞こえてきて圭が目を覚ましたことにいち早く気がついた。
「弥生さ……」
「よかった……よかったよぅ!」
波瑠もケガもなく元気そうだった。
勢いよく走り出した波瑠は圭に抱きついた。
ボロボロと涙を流して強く抱きしめられて圭は困惑した。
「村雨さんが死んじゃったらどうしようって……
無事に目を覚ましてよかったです!」
圭は波瑠に良くしてくれた。
ここまで協力してくれて囮になってモンスターを引きつけて逃してくれようとまでしてくれた。
圭に大事があったら一生後悔することになる。
「ひぃ……波瑠ちゃん、足速いね……」
「水野さん、ご無事でしたか」
遅れて水野も病室に駆けつけた。
「あー、えー、ご無事で何よりですぅ」
なんかとりあえず元気そうな圭と圭に抱きついて泣いている波瑠、そしてそんな2人を怖い目をして見ている夜滝。
ちょっとこの中には入れない。
水野は空気を読んでソーッと病室から離れる。
しょうがないので圭も波瑠の背中をさすってあげて落ち着かせようと試みる。
よかったと繰り返していた波瑠だけど水野が圭のために何本か飲み物を買ってくる間には落ち着いた。
「ごめんなさい……」
「いや、いいって」
顔を真っ赤にしてうつむいている波瑠はようやく自分がしたことに気がついた。
「とりあえず何があったか聞いてもいい?」
「ええと何を聞きたいんですか?」
「ちょっと記憶が曖昧でね」
圭は波瑠が毒棒君をモンスターに刺したところぐらいまでを覚えていることを話した。
波瑠はそれを受けてモンスターがいきなり倒れたことや覚醒者たちが到着して助けてくれたこと、ヒーラーの人が圭を治してくれたことを話した。
その後ゲートから出てきたモンスターは倒されてゲートそのものも大きなギルドのレイドチームによって素早く攻略されて消滅した。
一方で圭は病院に運ばれて2日ほど意識不明であった。
都心部で起きたブレイキングゲートのことでニュースは持ちきりだった。
いきなりの出来事に死傷者も多く死ななかった圭は幸運だった。
「ともあれ、駅の方に行かなくてよかったねぇ」
「そうなの?」
「溢れ出したモンスターの多くが駅の方に向かったみたいでね。
酷いものだったみたいだよ」
ニュースの映像を思い出して夜滝は顔をしかめた。