俺にだって守れるんだ4
大きく毒棒君を振ったけれどモンスターは軽々とかわして圭に向かって飛び上がった。
これはかわせないと圭は思った。
噛まれたらどれぐらい痛いかなと迫り来る牙を見ながら考えた。
「だ、ダメです!」
飛びかかったモンスターに石がぶつかって圭の寸前で失速した。
「や、弥生さん!」
振り向くと振りかぶった後の体勢の波瑠がいた。
逃げたはずなのにどうしてと圭は驚く。
横には水野もいた。
「なんで……」
「村雨さん、前!」
「ヴッ!?」
モンスターが圭に体当たりして壁に叩きつけられる。
「2人とも、逃げるんだ!」
痛みで視界がチラつくけれどモンスターの追撃に備えて倒れないように踏ん張った。
しかしモンスターが見ているのは圭じゃない。
ふらつく圭を無視してモンスターは波瑠と水野に向かって走り出す。
「きゃ……きゃあ!」
まだ波瑠と水野は距離があって判断する時間が少しあった。
波瑠に飛びついたモンスターを何とか回避した。
「う……や、やめろ!」
まだ壁に打ち付けた背中が痛いけれど痛みが治まっているのを悠長に待っていられない。
圭は走り出して壁際に追い詰められた波瑠の方を振り向いたモンスターに飛びかかった。
首に手を回して逃さないようにして圭とモンスターは地面を転がる。
「うぅ……くっ!」
「村雨さん!」
大の大人が本気でホールドしているのにそれでもモンスターを押さえられない。
圭に掴まれたまま立ち上がったモンスターは壁に向かって走り圭を叩きつける。
その衝撃で毒棒君が圭の手から滑り落ちる。
「ぐわああっ!」
壁にもたれるように座り込んだ圭の前に冷たい目をしたモンスターが立ちはだかった。
何をされるのか理解して腕でガードした直後、モンスターが圭に噛み付いた。
容易く圭の腕に牙が突き刺さり、めり込んでいく。
圭は激痛に情けなく叫び声をあげる。
「弥生さん!」
どうにかしなきゃこのまま圭はやられる。
水野も波瑠も血を見て真っ青になっていたが覚悟を決めたように波瑠が走り出した。
圭が落とした毒棒君を拾い上げる。
「やああああっ!」
そしてそのままモンスターに突き刺した。
「あ……あははっ」
モンスターの動きが止まった。
ゆっくりと波瑠の方を振り向く。
刺した後どうするか。
そんなこと当然に考えていない。
牙から圭の血を滴らせてモンスターは波瑠の方に歩き始めようとした。
後ろに下がろうとして足をもつれさせて波瑠が尻もちをつく。
「に、逃げ……」
もうこんな風になったら助からない。
痛みは痛みを通り越して熱さのように感じられて、また耳鳴りがしているような気がした。
圭は手を伸ばしてモンスターに刺さった毒棒君を掴んだ。
「逃げるんだ……」
圭は持てる魔力全てを毒棒君に流し込んだ。
『類い稀なる幸運の効果が発動しました』
「な、なに?」
急にモンスターの動きが止まった。
苦しみだし、目が赤く充血する。
奇妙な苦しみの声をあげて口の端から泡を吹き出してモンスターが倒れてしまった。
冷たく波瑠を見下ろしていたのに白目をむいている。
「し、死んでる……?」
波瑠は恐怖で震える足で立ちあがろうとしたけど上手く力が入らなくて立ち上がれない。
「弥生さん、大丈夫ですか!」
水野が駆け寄って体を支えてくれてようやく立ち上がれた。
「わ、私より……村雨さんが!」
ハッと水野が圭を見た。
毒棒君を掴んだまま多少引きずられてグッタリとしていて動かない。
出血の量は思ったよりもひどく、悲惨さに目を背けたくなる。
水野に支えられながら波瑠は圭の様子を確かめに向かう。
「む……村雨さん…………」
まだ生きているなら処置しなければならない。
でももし死んでいたなら。
怖くて確認できない。
「弥生さん、私が」
ここまで水野はただ立ち尽くしているだけで何もできなかった。
まだ学生の波瑠に重荷を背負わせてはいけない。
水野は圭の横に膝をつくと震える手を伸ばして圭の首に手を当てる。
脈を確かめようというのだ。
「水野……さん?」
波瑠はもう泣きそうな顔になっていた。
水野は指先に神経を集中させる。
「生きてる……!」
「ほ、本当ですか!」
わずかに指先に脈があることを感じた。
「ええと……」
しかし脈はかなり弱くて今にも止まってしまいそう。
水野は上着を脱いでモンスターに噛まれた圭の腕の根元を縛り付ける。
ほんの少しでも止血になればと思った。
「早く助けを呼ばなきゃ……!」
「一般人発見!」
近くで爆発音が聞こえた。
そして路地に武装した覚醒者が入ってきた。
「複数の怪我人、モンスター……は倒れている!」
無線機のようなもので連絡を入れながら素早く状況を把握する。
波瑠や水野は怪我人ではないのだけどパッと見て完全に無事なのかも分からない以上はそう報告する。
「こ、この人を助けてください!」
「……これは。
重傷者が1人いる!
緊急だ!
ヒーラーを寄越してくれ!」
圭の状態を見て覚醒者が顔をしかめた。
左腕はボロボロになっていて出血が多くて虫の息になっている。
「怪我人はどちらですか!」
杖を持った茶髪の女性がすごい速さで走ってきた。
「早乙女マリナ……」
水野も知っているその人は有名なA級覚醒者であった。
「なんてこと……治療を開始します!」
「村雨さん……」
波瑠にも水野にも出来ることはない。
祈るように波瑠はマリナの治療を見ていることしか出来なかった。