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幸運の始まり4

「ごめんなさい……」


 話し終えて波瑠は消え入りそうな声で謝った。


「そっか」


 圭に怒りはなかった。

 話を全部聞いて、むしろ聞いたからこそ波瑠に同情していた。


 圭も両親を亡くして金銭的に苦労した経験がある。

 夜滝や夜滝の両親が支えてくれたりもしたので悪いことに手を染めなかったが悪い考えが頭をよぎることがなかったといえば嘘になってしまう。


「大変だったな」


「……どうして怒らないんですか」


「君の気持ちも分からなくないからさ」


 波瑠を責める気持ちよりもどうにかしてあげたい。

 そう思った。


「とりあえずこれ、足しにしてよ」


 圭は封筒を差し出した。


「これは何ですか?」


「少ないけどお金だよ」


 必要になるかもしれないと思っていくらか下ろしてきた。

 とは言っても助手でしかない圭が自由にできるお金の額は高が知れている。


 誠意を見せることが大事だと思ったのである。


「こんなの……いただけません!」


「俺も両親がいないんだ」


「えっ……?」


「だから君の気持ちは分かるんだ」


 波瑠に昔の自分の姿を重ねる。

 圭には夜滝がいてくれたりしたけれどもこんなことをしているということは波瑠には今頼れる相手がいないのだろうと思った。


「それにおかしいと思う」


「おかしいですか?」


「お父さんの話さ」


 覚醒者がゲートの中で亡くなってしまうことはもはや珍しいことではない。

 そのために会社で補償を定めていたり保険に入っていたりする。


 しかしゲートの中で起こった事故は原因の究明が難しい場合がある。

 原因がわからない以上は払うか払わないかの判断が難しいのだけど覚醒者やゲートという特殊な環境を鑑みて基本的にはそうした補償や保険は支払われるのが普通だ。


 だから覚醒者の入る保険は高額であったりするのだ。

 支払われない場合はゲートの中で明らかな殺人を犯したり、他の覚醒者を脅かすような行為をした時のみである。


 単独行動で他の人を危機にさらしたというのも難しいところだけどそれが他者を害する目的でもない限り支払われるのが普通のはずである。


「お父さんの会社と保険会社でグルになってお金を払わないようにしている可能性があると思う」


 真相は分からないけれどお金を払いたくない波瑠の父親の会社や保険会社が微妙なラインの話を膨らませて補償や保険金の支払いを誤魔化そうとしていると圭は睨んでいた。

 覚醒者がかける保険金は高額なので支払われる金額も大きくなる。


 少し前に保険金を渋った会社と遺族の争いの話がニュースでやっていたなと圭は思い出す。


「でも……どうしたら……」


 戦おうにもその元手になるものもない。


「……俺の方でも知人に相談してみるよ」


「そんな! これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきません」


「いいって。こんな風に話聞いて放っておけるわけないだろ」


 もうすっかり波瑠に同情した圭はこの話をどうしたらいいかを考え始めていた。

 すごい才能がありそうだとかそんな考えは完全に忘れていた。


「俺も出来ることは協力するよ」


「む、村雨さん……」


 ーーーーー


「んで、女の子にお金を渡してきたと?」


「間違ってはいないけど……」


 その言い方ではちょっとした語弊も生まれそう。


「私のお世話ほっぽってどこ行ったのかと思ってたら女子高生とよろしくやってたってわけね」


 波瑠と別れて圭は家に帰ってきた。

 そんなに遅くもならなかったのでご飯は作れそうだと夜滝の部屋に来た。


 買ってきた新品の調理器具たちを持ち込んで料理をしながら夜滝に波瑠のことを相談してみた。

 もちろん波瑠が未覚醒者で、すごい才能がありそうなことは伏せておく。


「ただまあ圭の言う通りズルいニオイがしている話だねぇ……」


 仕事を早退けして女子高生と会っていたことは気に入らないけど圭の考えは間違っていないと夜滝も思う。

 法的なことは専門外であるが覚醒者になったときに初心者講義を受けなきゃならなくて、そこでそうしたことは説明される。


 ほとんどの人が寝ているようなものだけどいざという時に必要な知識について説明されていた。


「どうしたらいいかな?」


「……そんな情けない顔しないでおくれよ」


 何とかするまでは言ってないけど任せとけみたいなこと雰囲気にして別れた。

 でもそれで何とか出来るような能力が圭にあるわけじゃない。


 ワイロ代わりに夜滝の好きなハンバーグを作った圭はすがるような目で夜滝を見つめる。

 頭の上にしゅんと垂れた耳が見えるような気がするお願いフェイスに夜滝はめっぽう弱い。


「うーんイバッチに聞いてみよう。確か法務部の知り合いがいたはずだから」


「本当!? ありがとう夜滝ねぇ!」


「ありがたく思うなら……」


「なに?」


「…………ほっぺたにチューぐらい」


「えっ、なに? 聞こえない」


 急に声のボリュームが小さくなって夜滝の声が聞こえなかった。


「……いや、なんでもない! も、もっとハンバーグ焼くんだ!」


「うん! おかわりはいっぱいあるから」


「くぅ……私の意気地無し」


 ここはチャンスだった。

 しかし恥ずかしさに勝てずに誤魔化してしまった。


 しかしまあ圭が作ってくれた大ぶりなハンバーグは美味しかったのでこれでいいとしようと夜滝は小さくため息をついた。


 ーーーーー


「はじめましてぇ〜水野優佳です」


 そうして井端にも相談してみるとなんとRSIの法務部に勤めている人を紹介してくれることになった。

 ややおっとりとしたタレ目の女性でストレートで司法試験にも通った秀才である水野優佳という女性が夜滝の研究室を訪ねてきた。

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