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神話級の幸運3

 夜滝が冷蔵庫から白い箱を取り出して、棚の皿を選ぶ。

 箱を開けるとケーキが並んでいる。


 ベーシックなイチゴのショートケーキだ。

 

「紅茶でいいかい?」


「どうせコーヒーなんてないんでしょ?」


「なんなら部屋から持ってくればいいではないか」


「そんな面倒なことしてられませんよ」


 夜滝は昔から紅茶党である。

 コーヒーの匂いは好きだと言ってコーヒーの香りがするお菓子を紅茶共に食べてたりするけどコーヒーそのものはほとんど飲まない。


 逆に井端はコーヒー党であったが夜滝が紅茶しか飲まないことを知っているのでコーヒーが出てくることは期待しない。

 別に紅茶が飲めないのでもない。


 夜滝が淹れた紅茶は美味しいと思うので文句はなかった。

 葉っぱから紅茶を淹れていく夜滝を待つ。


「騒がしくて自己紹介がまだでしたね」


「そういえばそうですね」


「私は井端優里よ。


 平塚……夜滝とは親しいみたいね」


「村雨圭と言います。


 夜滝……さんとは仲がいいんですか?」


 散々夜滝ねぇと呼んでいたので今更感はあるけれどとりあえず人前では夜滝さんと呼ぶことになっていたのでさんを付けて呼ぶ。

 自分でも夜滝さんだなんて呼んてみると違和感がある。


「大学の時のともだ……知り合いよ」


「なんで今友達から知り合いに格下げしたのかい?」


「あなたと友達だなんてオソレオオイわ」


「棒読み感が強いねぇ」


「夜滝ね……さん友達いたんだ」


「圭も大概ひどいねぇ」


 ひどいとは言いながらもカラカラと笑う夜滝は友達がいないと思われていることもさほど気にしていない。


「イバッチは大学の時の同じ学部でね、課題をやる時にペアになってから友達なんだ」


「へぇ」


「だからイバッチの前ではいつも通り夜滝ねぇって呼んでくれてもいいんだぞ。


 むしろそう呼びなさい」


「分かったよ」


 夜滝ねぇと呼ぶの恥ずかしいと思っていたけどなんだか夜滝さんと呼ぶ方が逆に恥ずかしいぐらいに思える。


「あぁ〜あれか。


 彼が噂の……」


「イバッチ!」


「はははっ、良いかい村雨さん、夜滝はね……」


「イバッチーーーー!」


「ぎゃー!」


 夜滝が井端に飛びかかる。

 イスが倒れて2人して床に倒れ込み、夜滝が井端の口を手で塞ぐ。


「な、な、何でもないんだよ、圭!」


「う、うん……」


 何でもないこともなさそうだけど下手に突いて藪蛇になっても怖いので触れないでおく。


「夜滝の弱点見つけたりー!」


「怒るぞ、イバッチ!」


「覚醒者が本気になっちゃダメでしょー!」


 こんな感じの夜滝を見るのは初めてなので新鮮だと思っていた圭は井端の言葉に驚いた。


「夜滝ねぇ、覚醒者なの?」


「おや……言ってなかったかい?」


「そうだね、高校くらいまではそうじゃなかったはず……」


「夜滝は大学の時に覚醒したんだよ」


 大学になると良いところに行ってしまったので帰ってきた時ぐらいしか知らない。

 しかもその間に圭も大きくなってお世話になることも減っていたし色々あって夜滝のことを聞く機会も少なかった。


「そんなに高ランクでもないしフィールドワークは苦手でねぇ。


 覚醒者であるだけというようなものだよ」


 覚醒者になっても研究者であろうとする人は少ない。

 そのために覚醒者でありながら優秀な研究者でもある夜滝の需要は高かった。


 それに夜滝はそんなに外に出るのが好きじゃない。

 必要ならフィールドワークもやるがしなくていいならしない人である。


 覚醒者としてお金を稼ぐことにも大きな興味もなかった。

 研究費が潤沢に出るなら研究したい気持ちの方が強かったのだ。


 圭も思う。

 ゲートの中で戦う夜滝の姿はちょっと想像できない。


「とりあえずお茶にしよう。


 せっかく淹れたのに冷めてしまっては美味しくないからね」


 改めてティータイムにすることにした。


「一応夜滝の事務的なことは私が押し付け……任されていますので」


 一瞬本音が出てきた気がするが井端はそのまま話を進める


「形式的なものですがいくつか質問させてもらいます、モグ」


 口調は真面目だがケーキは食べる。


「覚醒者のランクは?」


「G級です」


「Gですね」


 手元のタブレットに情報を入力していく。

 G級は覚醒者の等級としては最低のものになる。


 一般人に毛が生えたようなもので覚醒者としては強くなく、一般人としては強いみたいな中途半端すぎるポジションにいる。

 人数を見た時に最上級のA級から等級が下がるにつれて人数が多くなるのだけどF級からG級になるとまた途端に人数は少なくなる。


 使えないG級は意外と人の少ないレアな等級ではあったりもする。

 多くの人がG級だと聞くとバカにしたような顔をする。


 覚醒者が暴力なんかを振るうと即逮捕になるので怒ることもできないがだからといって見返せるほどの能力もない。

 だけど井端は特にG級だからとバカにしたような様子もなくて安心する。


 むしろケーキに夢中だ。

 その後も年齢や犯罪歴の有無、学歴などを細かなプロフィールを質問された。


「先日の塔内ゲート事件の関係者ですか……」


 井端はタブレットをいじって圭に関する情報を見つけた。


「何か問題があるのかい?」


「んー、多分問題にはならないと思いますけど……どうですか」


 井端はぴっと指を一本立てた。

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