破戒騎士団
66話 作戦の練り直し
を改稿して破戒騎士団に関する田中との会話を追加しています。
2019/05/18
二十からの騎馬が遠巻きに俺を取り囲み、徐々にその包囲を縮めていた。
「ローグ隊長! この娘、カワイイじゃないッスか? 何とか無傷で確保出来ないッスかね?」
「いえ、止めておきましょう。衛兵だけでなく四貴族家も動いています、時間が惜しい」
軽口を叩きながらも、動きに油断は見られない。装備も衛兵のモノとはレベルが違う。
――破戒騎士団。
あの、田中が生前アレほど警戒していた連中に間違いない。
目の前に現れたというそれだけで、コイツらの強さが良く解る。
隣領のネルダリアの諜報部はこの日の為に入念な準備を重ねていたと聞いている。
グプロス卿以外の四つの貴族家は裏切り、衛兵達もクーデターに参加した。
城へ兵を手引きするなど簡単だろう。なんせシノニムさんがスフィール城の雑事を取り仕切っていたのだ、城内は諜報員だらけに違いない。
『わざわざ手を出さないでも全部解決する』
シノニムさんがそう思うのも当然だ。
だが、実際にはグプロス卿は悠々と脱出し、城からは混乱の気配だけが伝わってくる。これほどの騒ぎだというのに、衛兵達が追いかけてくる様子も無い。
それの意味するところは一つ。
城内で取り囲まれた状態から、彼らは堂々と真っ正面からグプロス卿を助け出した。
貴族家の戦力と衛兵の数を考えれば、クーデターの参加者は百は下らないハズ。それどころか二百、三百だったとしても驚かない。
対して破戒騎士団はたったの二十と言っていた。
そして目に見える数も二十。つまりは全くの無傷で押し通ったと言う事。
今も小娘一人だと言うのに、包囲に一切の油断が無かった。ゆったりと馬を歩かせながら、徐々に収縮させていく。
俺は早鐘を打つ鼓動を持て余しながらも、ゆっくりとソレを目で追った。コイツらがいつ突撃してくるかも解らない状況。
ローグと呼ばれた隊長騎がゆっくりと足を止める。そうして訪れた静寂、突撃の
「降参します!」
俺は澄ました顔で悪びれも無く言い放った。
手放した槍がカランと石畳に転がると共に、俺はゆっくり両手を挙げる。
虚を突かれた騎士達が顔を見合わせるのが解った。
俺の姿は血に塗れているし、悪鬼のような形相でグプロス卿を刺殺したのも見られている。今更に降伏などと言う話。
それでも俺を無傷で捉えたいと言う欲が、少しでもあったら悩むハズ。なんせ、俺の見た目はただの少女に過ぎないからだ。かといって、俺をバケモノと警戒する理性もある。
どうする? と騎士団の視線が交錯していた。
そうして様子見とばかり、一人の騎士がコチラに踏み出そうするのだが……その前に俺は動いた。
血塗れの顔を上げ、馬上のローグ隊長を真っ直ぐと見つめる。
目が合うと同時。俺はニッコリとよそ行きの笑顔をふりまいた。余りに場違いな、柔らかな表情。
瞬間、騎士達の思考が凍るのが解った。
こうなればコイツらは、もう俺から目を離せない!
高く挙げた俺の両手から、白と緑の珠がコロリと転がる。
「魔法です!」
我に返った隊長が叫ぶが遅い! 風と光、二種類の魔法を含んだスタングレネードが炸裂する。
――ドォォォォォン!
激しい衝撃、爆音、そして閃光!
こんなモノを馬上で食らえばどうなるか?
馬たちは暴れ背中から騎士達を振り落としていく。一瞬でゲイル広場は馬の嘶きと騎士達の怒号、悲鳴が重奏する地獄と化した。
対して俺は瞬間、耳を塞ぎ、目を瞑った。頭を揺さぶられフラつくが、最もダメージが少ないのは間違い無い。
カッと見開いた視界の先。しかし棹立ちになる馬を制御し、一人馬上のままで居られた男が一人。
隊長のローグだった。
恐らくローグは魔法に気付くや声を上げ、同時に目を瞑り、両手で顔を庇ったに違いない。
全くの初見だぞ? コイツは危険だ! 他の誰よりも!
『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』
槍を拾い、魔法を唱える。ズーラーを殺った時と一緒、移動の魔法で駆け抜けて、勢いのままに串刺しにする!
溢れる魔力値をつぎ込み、踏み込む。
瞬間、未知の加速が景色を後方へ押し流し、槍の穂先がローグ隊長へと吸い込まれていく。
――ギィィィィン
金属がこすれる音。まさか? 防がれた? あの速度を!
「なっ!?」
「ふふ、甘いですよ」
俺が呆然と見上げる先、馬上のローグは笑っていた。
俺は、動けない! 逸らされた穂先は深々と馬の腹へとめり込んでいたからだ。
――シュン!
立っていた場所を剣閃が通過する。音だけで伝わる鋭さだった。
だが俺は既に槍から手を放し、ゴロリと石畳を転がって馬の腹下を潜り抜けていた。
殆ど反射の行動、それでも紙一重の回避となった。
だけど、これで包囲から抜け出した!
駆けだして馬の下から脱出すると同時、悲痛な馬の嘶きと、背後で大質量が立ち上がる気配を感じた。ようやく腹を貫かれた痛みに気が付いたとばかり、馬が暴れ出したに違いない。
さしものローグもこれで落馬は免れないだろう……
だが、首筋にチリリと痛みが走る。
『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』
焦燥に焼かれ、魔法で再びの加速! 殆ど同時にギィンと金属音が響いた。
慌てて振り返る先、俺が居た場所に蹲るローグが居た。
暴れる馬の勢いに任せ、三メートル以上の距離を飛び込んで来た。どこまでも人間離れした技術と判断。
しかし、馬も無くては俺の速度に追いつくことは不可能だった。追撃の様子も無い。
ひとまず安全圏まで逃げた俺は、ローグの戦闘力に死んだ親友を思い出し歯噛みする。
アイツ! 人間離れしてる! 田中みたいに!
そう思うと、胸を締め付けられる思いだった。アイツは別にチート主人公じゃ無かったんだ、探せば同じレベルの強さの人間だって居る程度。
アイツ自身がそう言ってたじゃ無いか、なのに俺はそれを内心では信じず、アイツに頼り切って、そして殺してしまった。
――アイツらは田中が恐れる程に強い。本当に。
歯噛みする思いだが、気持ちを切り替えた。確かに敵は強い、だからその分殺し甲斐がある。そうだろ?
思いがけない幸運から、目の前に転がって来たグプロス卿をこの手で突き殺した。だがアッサリ過ぎて消化不良も甚だしかった。
グプロス卿が逃げるほどに蜂起が進行しているなら、もう一つの仇、帝国情報部とか言う奴らが居残っている望みは殆ど無いだろう。
じゃあ、もう残ってるのはコイツらの始末ぐらいだ。
――殺したい。
浅く息を吐き、呼吸を整える。
相手は騎士、その高い実力も確認済み。まして直接の仇では無いぞ、と自分に言い聞かせる。
――それでも殺したい。
やっぱりね、冷静になったって殺したい。
胸の奥から黒い靄の様な殺意が沸き上がり、吐き出された吐息さえ黒く幻視する程に膨れ上がっていた。
そしてそれを止める様に、首筋をチクチクと刺すような痛みが続いた。
運命の警告だ、運命に逆らい寿命を削る様な行いを咎めているのだ。
なるほど、殺意に飲まれ殺し殺されの舞台に上がったら。死なない筈の運命を持っていたとしても、何かの拍子に死ぬ公算は高くなる。
まして俺には死を呼ぶ『偶然』がある。なるほど確かに、なるべく憎まず、誰も殺さず。石の様に生きた方が長生きできる事だろう。
でもな、そんな風に生きたって、喜ぶのは神だけだ。十六歳を超えて生き、『偶然』に立ち向かう。そんな目標は既に無い。
踊ってやるよ『偶然』と、舞台の上でなるべく多くの死をばら撒いて散ってやる。
だったらやる事は一つ、武器だ! 相手の剣技に付き合わず、間合い外から魔法を載せて殺せる武器、弓が要る!
今回は武器屋での買い物なんて必要ない、俺は手っ取り早く北門の詰め所に忍び込んだ。