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敵中模索

【田中視点】


薄暗い地下室を出た後、馬車に乗せられ、恐らくは裏口からグプロス卿の城に連行された俺は、再び薄暗い地下室に押し込められた。


「待遇の改善を要求したいね」


 同じ地下室でも待遇は天と地の差だ。

 手枷だけでなく足枷まで嵌められ、手枷はフックで吊り上げられている。

 手枷を嵌められた両手に全体重が掛かると痛く、かと言って必死に地に足をつこうとするも、つま先しか届かず其れもまた痛い。

 そして俺を連行して来た騎士も、念の為と部屋の中に陣取ったまま。

 いかにも『さぁ尋問しますよ』と言う形で笑ってしまう。


 ……いや、これが如何にも尋問の型だと言うのは帝国での話。悪ぶった奴らから『尋問されても口を割らなかった自慢』を武勇伝として何度も聞いたもんだ。

 しかし王国ではどうか? 長らく帝国を拠点にしていたので断言は出来ないが、たまたま同じって事が有り得るか?


 そんな事を考えられる位余裕が有るのは、鍛えられた俺の足の親指のお陰だ。足の親指は踏み込みや急停止の肝、剣術や剣道に限らずあらゆる武道で重要度は高い。

 どんな悪党だってたちまち音を上げる仕打ちと言うが、不自然なつま先立ちに、俺の体は十分に耐えていた。

 軽口を叩く俺に、俺を吊るした下男が怒鳴って来る。


「黙ってろ、ある御仁がお前の話を聞きたがっている。口はその時に回せ」

「へぇ、プロポーズの言葉でも考えておくぜ」

「馬鹿が! やせ我慢しやがって!」


 この手の尋問で余裕を見せるのは悪手、軽口を叩きながらもダラダラと汗を流す俺は、必死にやせ我慢している様にしか見えないだろう。

 これもある種の武道の技、心理的に自分を追い詰め体を臨戦態勢に持って行く。

 体温が上がり、汗が流れ、アドレナリンが湧き出し、痛みにも強くなる。

 マジで死ぬような拷問なんぞ考えたく無いが最悪も考えなくちゃならない。僅かな隙も見逃せない。


「オイ! タナカとか言う護衛はココか!」


 しかし殆ど待たされる事も無く、目当ての人物が地下室に姿を現す。グプロス卿だ。


「グプロス様? なぜこの様な場所に?」


 しかし破戒騎士団の二人や、部屋を管理していた下男にとっては予期しない人物だった様で、その登場に驚きの声が上がる。


「ホッホ、なぁに卿もその男に聞きたい事が有ると言ってな」


 そう言いながら現れたのは老人。しかしその眼差しは全ての人間を虫の様に見下す、底冷えのする物。

 このジジイが帝国の人間、間違いない!


「いや、しかし尋問は我らに任せてくれると……」

「しかしじゃない! コイツを連れて来たのは誰だ? 俺の騎士だろうが!」


 抗議する下男に怒鳴るグプロス、だがその姿は髪の毛が跳ねて、顔色も悪い。明らかに追い詰められていた。


「ホホッ、なぁにグプロス様の聞きたい事は先にお聞きください、ただ無理はなさらぬ様お願いしますよ?」

「かたじけない、オイ! タナカ! ユマは! ユマ姫はどうした? どこへやった?」


 グプロス卿の言葉から重要な事が幾つか、この老人はやはり帝国の人間。卿とは言え無下に出来ない存在と言う事、そして下男と老人が帝国側、騎士が卿の戦力と言う事だ。

 俺は慎重に、言葉を選んで返答を返す。


「はぁ? こっちが聞きてぇよ! 霧の中で別れ離れ。俺は体良く囮に使われて、アイツ一人で逃げやがったんだよ」

「誠か?」

「ぐっ!」


 グプロス卿の問いに、何故か思わず笑いそうになる。

 笑っちゃいけない時に笑いたくなる謎現象有るよな?

 だって、誠か? とか言われてもよ! 誠じゃないが、霧の中で別れたのも本当だしな、頑張って口を割らずに耐える健気な男として、たっぷり拷問を受ける趣味は俺には無い。

 裏切られた口が軽い男として、何もかも洗いざらい喋った風で良いだろう。

 実際問題、喋っちゃいけない事なんて何一つ聞いていない訳だしな。

 精々がエルフの魔法の脅威か? いや、それだって帝国は既に知り尽くしてるだろうし聞きたい事では無いだろう。


「誠も糞もねーだろ! 現に俺だけ捕まって助けにも来ねーじゃねーかよ」

「ふむ」


 平静を装いながらもグプロス卿は目に見えて肩を落とす。コイツこの期に及んでアイツをどうにかしようと思ってやがるのか? ホームラン級の馬鹿だな。

 呆れる俺だが、老人の方もそこに食いついて来る。


「お待ちを、タナカと言ったか? 囮に使われたと言ったがユマ姫は敵の位置が解ってたと言う事か?」

「さぁな? 二手に分かれましょうからの、あなたはコッチ、わたしはアッチ。で、見事に俺の方に敵の本隊が居て、十人以上は殺ったか? で、足を踏み外し崖から落っこちた所を取っ捕まった訳よ」

「……なるほど」


 適度に嘘を撒いて置く、これで俺がアイツを恨んでるって思ってくれればやりやすくなる。


「で? 俺が何の罪に問われてる訳だよ? おりゃあ何も悪いことしてねぇだろ?」

「何だと?」


 グプロス卿が食って掛かるが、事実俺の行動は法的に問題は無いはずだ。


「俺は確かに帝国の使節団とチャンバラしたさ、でもよ、アイツらはこの王国領でユマ姫に弓を引いたんだぜ? ユマ姫はそこのグプロス様と同盟の協議中の立派な客人だ。俺は会談の時に一緒に居たから内容だって知ってるぜ? 違うのかよグプロス様よぉ!」

「そうだ、だが何か行き違いが有ったようでな。それに魔獣の襲撃が起こった」


 魔獣、確かにアレは誰にとってもイレギュラーで有ったのだろう、グプロス卿は自分でも半信半疑の様子ながらこちらに問いかけて来る。


「なぁタナカよ、もしかして森に棲む者(ザバ)が魔獣を操ると言うのは本当なのか?」


 真面目な顔でとんでもないトンマな質問をしてきやがった。

 流石にこいつは予期しなかった質問だ! 森に棲む者(ザバ)の物語では森に棲む者(ザバ)こそが魔獣を操り、人間にけしかけてると言う話が少なくない。

 だが、アイツとの世間話の中でも森に棲む者(ザバ)、いやエルフが魔獣にどれだけ苦しめられているか嫌という程聞いた物だ、何よりハーフエルフの村での惨状、全くもってあり得無いだろう。

 が、帝国側にしてみれば『百人からの兵士で姫を捕獲しようとした途端に魔獣が現れた』そんな様に映るか?


「知らねぇよ、だとしたらコッチも魔獣に齧られそうになったんだ、ますます姫様には文句を言ってやりたいね、それに森に棲む者(ザバ)の戦力は帝国の人間のが知ってるだろうよ! いっそ帝国に問い合わせりゃどうなんだ?」


 俺がそう言うと、グプロス卿は思わず隣の老人を見やる。目線が素直! 育ちが良くて羨ましい事。その様子に老人は面白く無さそうにするが一瞬の事、ニコニコと話し掛けて来る。


「いえ、実は私は帝国の人間ですがね……」

「ギデムッド老!?」


 いきなり立場を明かした老人にグプロス卿は慌てるが、自分の目線で老人の正体を明かして置きながら、驚いて丁寧に名前まで教えてくれるのだから、もう馬鹿としか言いようが無い。

 ……いやこっちとしては無駄な事は話さないで欲しいんだよな、殺されちゃうじゃねーかよ。

 老人も嫌気が差したのか卿を手で遮り話を続ける。


「で、上からは姫を捕らえて来いと、その執着はかなりの物でして。私の様な下っ端に詳細は知らされていないのですが、もし魔獣を操れるとすればそれも合点が行くと思いましてね」

「さぁな? 知らねーよ、でもよ、だったら森に棲む者(ザバ)の国を襲った時に魔獣の群れに襲われてなきゃおかしいんじゃねーか?」

「あの霧は魔獣除けにもなりますから、その技が使えなかった可能性も有りますかと」

「ふぅん、悪ぃけど知らねーな、マジにそうだとしても、ただの護衛の俺には教えてくれないだろ」

「旅をしていて魔獣の襲撃を心配していないとか、何か通常の旅と異なる部分が有りませんでしたか?」

「そー言や、警戒していなかったな。でもよ、姫様はああ見えて鋭い、街中で寝込みを襲われたって、賊が窓を破る前に既に気付いて居たんだぜ?」

「ふむ、それは魔法ですかな? なにか道具を使っていましたか?」

「魔法の様な事を言っていたな、嘘だとしても魔道具と見分けは付かねぇよ」

「でしょうな」


 老人との話は早い、グプロス卿はお互いに邪魔だった。

 ……いや、ひょっとしてホントに邪魔しに来てるのか? まぁ良い。


「そんな不確かな可能性で姫様は追っかけ回されてるのかよ」

「いやはやお恥ずかしい、何分上が秘密主義で困っていますよ」

「俺の雇い主の姫様も秘密主義でよ、最後には見捨てられちまったぜ?」

「肝に銘じておきます」


 老人とは淡々と話が進む、尋問慣れしてると言うかスルスルと話させる間の取り方に慣れを感じる。

 こっちとしてもスルスルと話したいのだからコレで良い。

 が、グプロス卿が邪魔しに来る。


「そんな事より、聞く事が有るのでは無いですか」

「おおぉ、そうでしたな」


 聞きたい事? 話せる事なんざ、端から無いぞ?

 敢えて言うなら姫様自身の戦力ってのはネタと言えるが、所詮個人の戦力など戦争の前ではどうでも良い話でしかない。

 しかし、グプロス卿の質問は今度も又、俺の予想も付かない物だった。


「オイ、タナカ! お前は奇妙な馬車を見なかったか?」

「奇妙な?」

「ああ、車輪が無い馬車だ」

「は?」


 質問の意味が全く解らない、そろそろ手も足も少しづつ痛くなってきたので勘弁して欲しい。

 そこにギデムッド老からフォローが入る。


「いえ、車輪が無いと言うのは可能性の話でして、馬が無い馬車と言うのを見た事は有りませんか?」


 いや、あー見た事有るぞ? ただし前世でな。自動車って言うんだ。

 が、エルフにも自動車が有るのか? 聞いて無いが其れが秘密なのか?

 解らねーが適当にフカしておくか?


「ああ、見た事有るぜ? スゲェよな馬もねぇのに車輪が回るんだ。車体は鉄の塊、重そうなのにス~ッと動くんだぜ? 揺れも殆ど無ぇんだ、操作はこう……ああ、コイツを外しちゃくれないか?」


 まるで見て来た様に語りながら俺は手枷を降ろす様に訴える。


「降ろしてやれ」


 老人が命じると下男はレバーを回す。滑車がガラガラと鳴って俺は地面へと降ろされた。


「オイ、外してくれよ」

「フックだけだ、枷を外すかは話を聞いてからだ」


 いつの間にか老人は好々爺然とした態度を捨て去り、冷然と先を促す。

 これが話の核心なのか? だとしたら見当違いも甚だしい、だが絶好のチャンスだ。


「わ、解ったよ、でもよ目立つからってあんまり乗せて貰って無いんだ、話せる事は多くないぜ?」

「構わない、知ってる事を全て話して欲しい」

「あ、ああ、扉は車体の横、左右に有ってよ、操作は丸いハンドルを回すんだ。門や跳ね橋を巻き上げるハンドルとは違うぜ? こう持ってよコレで右に、こっちに捻れば左に曲がる訳よ」


 俺は自動車を知らない未開人に自動車とは何かを教える体で、身振り手振りで話を紡ぐ。

 手枷足枷も縛りみたいなもんで、ジェスチャーゲームみたいで結構面白い。

 皆真剣に聞き入っているが、相手が知りたい事とは無関係の、全くのゴミ情報ってのが堪らなく面白い。


「加速減速はどうすんのかって思うだろ? よく見たらよ足元にペダルが有るのよ。ペダルって解るか? ヴァンスって楽器には足で音を制御するパーツが有るんだけどよ。それとそっくりなのよ。ヴァンスじゃ音を伸ばすのに右ペダル、音を弱めるのに左ペダルを踏むんだけどよそれと全く同じ。右ペダルで加速、左で減速って訳だ」


 などなど、面白おかしく話していたら様子がおかしい。


 老人と下男はアイコンタクトを繰り返し、グプロス卿はご満悦だ。

 そして、馬鹿話に似合わない真面目腐った顔で下男が頷き答える。


「一部異なる部分が有りますが、こちらの得た情報とも大部分で一致します。間違いないでしょう」

「やはり実在したか」

「戦争が変わりますな」


 ――は?


 思わず声が漏れそうになったのを必死に堪える。

 え? 有るの? 自動車有るの? マジで?


 老人とグプロス卿が感じ入った様子で頷くがそれどころじゃ無い、え? 高橋さん? 自動車作ったの? 凄くない?


 ……いや、まだ十二年だぞ、あり得ない、アイツは工業系に詳しい訳じゃなかったしな。

 だったら、元々エルフには自動車が有った? ある種の完成した形だし、それをアイツが改良したって可能性なら有るか?

 でもよ? だったらアイツが乗って来たって言うピラークって飼いならした恐鳥(リコイ)に曳かせる馬車の話は何だ?

 自動車が便利な事は知ってるハズのアイツが、エルフの馬車が如何に揺れないとか早いとかしか話して無かった。

 それだけなら、自動車の事をぼかして言ってるのかとも思うが、大牙猪(ザルギルゴール)にピラークが喰われたとかリアリティ有る嘘を付く理由が解らねぇ。


「な、なんだよ初めっから知ってたのかよ。お二人とも人が悪いぜ」


 俺は間抜け顔を晒した自分を誤魔化す為に、適当に話を合わせる事にした。

 しかしそんな俺をギデムッド老は薄ら笑う。


「知っていたのではない、簡単な予想だよ。我々が森に棲む者(ザバ)の都を落としてからまだ二月と経って居ない、馬車で真っ直ぐスフィールに向かえばギリギリ間に合う日程だが、これではレジスタンスの結成どころか森に棲む者(ザバ)の生き残りと話し合う時間も無い。自然、我々には未知の乗り物が有ると言う事になる」


 へへっ、笑えるぅ! どや顔で語るギデムッド老の馬鹿な事よ。いや馬鹿なのはあの姫様だ、アイツは家族が殺されるや否や、真っ直ぐ人間界に来たのだ。

 そんなの予想が付くハズも無い。

 だが俺には解る、俺だけには理由が解るぜ。


 お前、自分の『偶然』にエルフを巻き込まない為にコッチに来たんだろ? 全く良い根性してるぜ。

 加えて俺とアイツの足の速さが並じゃ無いのも予想外だろう、普通の馬車の旅程とは比べ物にならない早さだった。

 しかし良かった、結局ただの予想、いや妄想か。だとしても何か知ってる風だし、何を話すべきか解らねぇ。

 どうする? いや、もう勢いで突っ切るしかないだろう。


「おい、あんたらあの馬車、いや馬も無いから自動車か? あれが欲しいんだったら案内出来るぜ、早いとこコイツを外してくれよ」


 俺は大仰に手枷を掲げておどけて見せる。が、俺に浴びされれたのはギデムッド老人の無慈悲な一言だった。


「それには及ばんよ、車の場所は調査済みだ、ゼス村に有るんだろ? 違うかね?」

「なっ?」


 嘘をつこうとした矢先、その内容を言い当てられて正直ビックリした。一瞬エスパーかと思ったが、だったら嘘にも気が付くハズ。


 ……そういや、門番には馬車を修理で置いて来たゼス村へ行くって嘘を言って出たんだったな。


「図星の様だな、しかも故障していると言うのは本当らしい。ゼスリード平原に現れなかったのがその証拠だ? 違うかね?」


 ――全然違う! 違うけどっ! それで良いや!


「そこまで知ってんのか、でもオイ、頼むぜ! 俺も連れて行ってくれよ。ここんとこずっと地下で気が狂いそうなんだ。俺もあの姫様に騙されてたんだよ、ギャフンと言わせてやりてえ、協力させてくれよ」

「いや、不要だな。不確定要素を連れ歩く気になれんよ」

「でもよ、俺が行かないと森に棲む者(ザバ)の連中は馬車を破壊して逃げるかも知れねえぞ? 俺と行った方が絶対に上手く行くぜ?」

「お前が森に棲む者(ザバ)と合流するや寝返るリスクと比べれば大したことではない」

「そんな! そりゃねぇだろぉが、同じ人間じゃねぇか」

「私は人間を一番信用していないのでね」


 なるほどね、恐らくは帝国の情報部、らしい物言いで参っちまうぜ。

 俺は標的をグプロス卿に切り替える。


「グプロス様も何か言って下さいよ、無辜(むこ)の民が虐げられてるんですよ?」

「ふん、森に棲む者(ザバ)に味方しおって、何が無辜の民だ」


 正直、このままじゃバッサリ殺される可能性も高い。馬車への道案内で助かるかと思ったがそうは問屋が卸さないらしい。


「ですがね……あ、そう言えばブローチ! ブローチはどうなった? アレの使い方を知るのも俺だけでしょう?」


 俺は必死にブローチの話題を振る、助かりたいのもそうだが、あの騎士辺りがコッソリがめて、バラバラにして売っちまったら堪らねぇ。


「ブローチと言うのはコレかね?」


 そう言ってブローチを取り出したのはギデムッドと呼ばれた老人の方だった。

 マズイ! 帝国はこのブローチを活用できる可能性が有る、なるべくならグプロス卿に確保して欲しかった。さらに言えば帝国の研究所とか持ち込まれたら奪還が難しくなる。


「オイ! グプロス様よぉ? 良いのかこのブローチはスゲェ品だぞ? みすみす帝国に渡しちまって良いのかよ?」

「ふん、ブローチ一つで首が繋がるのなら安い物だ」


 グプロス卿の吐き捨てる様な台詞は、それだけ今の状況のヤバさを物語っていた。


「魔道具のブローチも魔道車もお渡ししましょう、くれぐれも派兵の件お願いしますぞ」

「ふふっ、その件はココでは無く、二人っきりでお話ししましょう」


 グプロスがギデムッドに派兵を求め、ギデムッドはそれに言葉を濁す。

 つまり王国はグプロスの動きに気付き、その地位を取り上げに掛かっている。


「しかし、事は一刻を争うのです!」

「では早速話し合いましょう、何時もの談話室で良いですかな?」

「よろしくお願いする」


 そう言って二人はさっさと部屋から出て行ってしまう。

 残されたのは俺だけじゃない、二人の騎士は困り顔で話し合う。


「全く、折角連れて来たのに労いの言葉も無しかよ」

「あのオッサンに労って貰ってもね」

「違いないですが、どうします? これ?」


 顎で俺を指し示すが、俺だってどうしたら良いか聞きてぇよ。いっそ逃がしちゃくれねぇかな。


「また吊るしときましょう」


 しかし無情にも静観していた下男(恐らくはそう見せかけた帝国側の人間)が騎士二人に声を掛ける、だが俺だって吊られたまま放置なんてされちゃ流石に参っちまう、手は二度と使い物にならなくなる可能性も高い。

 俺は慌てて抗議する。


「オイ? 嘘だろ? 殺す気かよ?」

「足は着く様にしますから、それで今晩の所は十分でしょう」


 下男はそう言うが、だからって楽なもんじゃない。藁も無く体だって冷え切っちまう。


「それで良いか、一晩経てば大人しくなるだろ」

「そうですね、その位で丁度良さそうです」


 騎士二人はもうどうでも良さそうだ。クソッ! 他人事だと思いやがって。

 そうして騎士二人と下男はさっさと引き上げてしまう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 で、吊るされた俺だけが真っ暗な地下室に残された訳だ。


「クソッ、マズったか? どう言えば良かった? いや、どう言っても駄目だったか……」


 ユマ姫に裏切られた体で寝返った様に見せたかったが、奴らだってプロだ、バレバレだった可能性は高い。


「こんな形で終わっちまうのかよ……」


 それから暗い部屋で何時間も吊るされ、柄にもなく弱気になっちまった、その時だ。


「失礼」


 ランプの明かりと共に、部屋に滑り込んだ一人の男。その顔には見覚えが有った。


「あんたは……」

「ええ、以前、会談の際お部屋まで案内させて頂いた執事でございます」


 そう、スフィール城へ来た際、二度ともこの執事に案内して貰った。だが何故コイツがこのタイミングでここに来た? 俺を普通の檻に移動させに来たというなら大歓迎だが……


「あなた様を助けに参りました」

「本気か?」


 訳が解らん、何故執事が?


「はい、今の私は隣領ネルダリアの工作員でございますゆえ」

「なんだと?」

「聞けばネルダリアはここ数年、国防を疎かにするグプロス卿の調査を重ねていたそうで、この度、遂に決定的な証拠を手に入れたとの事」

「ちょっと待てよ、話が見えねぇ、何を言っている?」

「ユマ姫様のお話です」

「……そうかよ、そう言う事か」


 あの霧の中、うじゃうじゃと感じた気配、少なく見積もって十人は居るかと思ったが、人攫いだけじゃ数が合わねぇなとは思っていた。

 隣の領主さまもアイツを狙っていた訳だ。


「アイツは無事なんだな?」

「勿論です、ネルダリア領主オーズド様の邸宅で貴人として扱われている事でしょう」


 ある種の捕虜? いや、証人か。

 グプロス卿の裏切りの証拠となれば、王都まで召喚される事は確定、重ねて当初の予定以上にセンセーショナルに話題をさらうに違いない。

 だとすればネルダリア領主も下手な扱いは出来まい、アイツの事はひとまず大丈夫と考えて良さそうだ。


「それにしても執事が工作員たぁ驚いたな、グプロスの奴の行動は、全てネルダリアに筒抜けだった訳かよ」

「いいえ、裏切ったのはごく最近。元来スフィールでは帝国との裏取引など常套手段。ですがユマ姫様と出会ったグプロス様は、とうとうスフィールそのものを帝国に明け渡す事を決めてしまいました、余りの事に悩んでいた所、シノニム様から勧誘されましてな」

「そういやシノニムも居ないらしいな、アイツもスパイだった訳だ」

「アイツもというより、あの方がスパイで私は単に謀反ですよ、代々スフィール城に勤めていましたが、それも王国の為。それがスフィールごと帝国に売り渡す様では勤める事など出来ません」

「なるほどな」


 勤め人にも矜持が有るか、グプロス卿には解らんだろうが、勝馬に乗るだけが人生じゃ無い。

 執事の男はレバーを操作し鎖を降ろす、だが肝心の枷の鍵は持っていないらしく、後は力業と相成った。


「オイ、ここを引っ掛けてそっちを思い切り踏んでくれ」

「大丈夫ですか? 手首が外れてしまうのでは?」

「構わねぇからやれ!」


 バールの様な物を隙間に引っ掛け、執事の爺さんには思いっきり体重を掛けてもらう。

 バリバリと音を立て枷がひしゃげ、やっと両手が自由になった。


「こうなりゃ自分でやる、貸しな」


 バールもどきを受け取ると足枷もバリバリと引っぺがす。その様子に執事の爺さんは目を丸くする。


「凄まじい力ですな」

「そうでもねぇよ、結局自力じゃ脱出も出来なかった」

「この枷です、自力で敗れたら人間では無いでしょう」


 そう慰めてくれるが、俺が目指したいのは人外(そこ)だ、漫画のキャラみたいに強くなりたかった。


 そして爺さんは用意周到で俺用の服や装備を用意してくれていた。

 それまで真っ裸で、今だってズボン一丁、それだって丈足らずのすってんてんだ。

 黒尽くめじゃ無いのが惜しいが俺にしちゃサイズが合ってるだけで僥倖、贅沢は言えない。


「このサイズの服が有るとはね、流石はスフィール城ってトコかね」

「ええ、貴族の護衛などは体格の良さで選ぶことも多うございますので」


 俺は早速着替えに袖を通し、剣を()く。


「剣まで悪いな、業物とは言え無いが十分過ぎる」

「気に入って頂けた様で、では脱出しましょう、こちらです」


 そう言って部屋を出る執事の爺さん、どうやらご丁寧に裏口まで俺を案内してくれる様子だが、俺にはやらなきゃいけない事が有る。

 廊下には人の気配を感じないが、最近三人も気配が無い人間を見ちまったから信用が出来ない。俺は小声で前を歩く執事の爺さんに話し掛ける。


「いや、待ってくれ、俺は取り返さなくちゃいけない物が有る」

「それは? 今で無くてはなりませんか?」

「ああ、悪いが俺はギデムッドって爺さんからブローチを取り返さないとならない」

「ギデムッド老は既に城を出ましたよ」

「なに?」


 地下だから解らないが、まだ夜明け前とかだろ? そんな時間に城を出たのか?

 そんな俺の疑問に執事の爺さんは答えてくれた。


「我々にも予想外でしたが、一刻も早く兵を揃えるとか言っていました。しかし実際は我々の計画に気付かれた可能性が有ります」

「計画?」

「ええ、衛兵達に声を掛け、蜂起を促しました。北門以外の衛兵達は賛同してくれています」

「クーデターか、そんな中、俺を助けてくれたのか」

「こんな時だからこそ、あなたにも加わって欲しかったのですが、ギデムッドを追ってくれるなら願っても有りません」


 なるほど、帝国情報部とグプロス卿、一網打尽の計画がのっけから崩れてしまったらしいのだ。

 しかしギデムッドは馬車で逃げたとの事、常識で考えれば足で追いつくのは至難だ。ならばと執事の爺さんは俺を馬房へと案内してくれた。


「こちらです」


 するりするりと扉を抜けて、あっと言う間に外、そして馬房の中だ。流石に長年執事をやってるだけは有る、この城を知り尽くしている動きだった。


「駿馬ばかりですが、あなたのサイズだと乗れるのはこれ位ですね」


 そう言って指し示す馬は確かに大きく、俺でも乗れそうだ。

 が、俺は正直乗馬テクにはそれ程自信が無い。


「いっそ走っても良いんだがよ」

「ご冗談を! 国境までに追いつくつもりなら時間が有りません、早くしましょう」


 国境? 確かにそう思うのが普通だが、今回はそうじゃない。


「いーや、奴が向かったのは国境じゃ無いな」

「なんですと?」

「ゼス村さ」

「ゼス村? あんな田舎に何が有るのです?」

「何もないさ、だが何か有ると思って向かう筈だ」

「はぁ……」


 禅問答みたいだよな、ま、説明し様も無いんだから仕方が無い。奴は夢追い人よってな。

 そんな俺の目に、一際立派な馬車が映る。


「アレは?」

「アレはグプロス卿の馬車でございます、それが?」

「ちょっと弄って行くか」

「な、何を?」


 俺は立てかけられていたのこぎりを手に、立派な馬車に細工する。物の数分で完了したが外見には一切影響はない。

 執事の爺さんは理解不能らしく、呆然とそれを見ていた。


「これは?」

「車軸の一番脆い所よ、上手くすりゃ往来のど真ん中で車輪が外れて立ち往生って訳だ」

「はぁ……」


 納得してない様だが、破戒騎士団の実力は本物だった、それが一緒になって犯罪にも手を染めているとすれば、正面からの説得には応じないだろう。

 結局あと一歩で取り逃がす、そんな可能性が少なくない様に見えるのだ。


「じゃあ、行くぜ、北門で良いのか?」

「いえ、北門は衛兵が足りず閉めきっています、行くなら東門ですね。厳戒態勢で門は閉じられていますが外へ出る分には問題ないでしょう、現に夜の間街を出る商人は少なくありませんので」

「そうか、何から何まですまねぇな」


 俺は礼を言うや一息に馬に飛び乗った。

 馬は苦手だが、この馬は俺の重さに愚図る事無くトコトコと歩を進める。大人しそうで安心し、俺は一気に馬を走らせた。


「ご武運を!」


 執事の爺さんが俺の背中に静かに礼をする、感極まった声で、どうやら爺さんは俺が死ぬ気だと思っている。

 そりゃ、一人で帝国の馬車を襲うなんざ正気じゃない。

 でもよ、この前みたいにブッガーやマルムークみたいな凄腕さえ居なけりゃよ、十人以上の山賊を一人で退治した事だって有るんだぜ?

 やれるさ、アイツとの約束、守らねぇとな。


 ゆっくりと日が昇り始めたスフィールの大通りを、決意を胸に俺は真っ直ぐに駆け抜けた。

魔道車は元から有るが、魔力が魔獣を呼んでしまうので、魔獣が跋扈する大森林では使い勝手が悪いため、数が少なくメジャーでは有りません。

その為、伝説の乗り物扱いを受けています。

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