早速の襲撃
「むにゃうにゃ……もぅ、来るのが早いよぅ」
我ながら可愛い感じの寝言が漏れた。80点は付けて良い。
「んな事言ってる場合じゃねーな」
一瞬で我に返る、侵入者だ。明確に敵意を持って近づいている者が居る。
俺が使ったのは、敵意を持って近づく者を判別し、その存在を知らせる魔法。
そう聞くと便利過ぎるし如何にもファンタジーだが、案外使い物にならない。
頑張って理屈を説明すると、まず前提として「死ね!」等と害意を持って強く相手を意識した際に、無意識に発せられた魔力が微力ながら相手を傷つけ様とする……らしい。
その魔力に抵抗するべく健康値が極々微妙に減少する、その辺りを利用して敵意を判別する……らしい。
ちょっとファンタジー過ぎて余り得意な魔法ではない、ないのだが今回は上手く行った模様。ちょっと嫌な感じが頭にガンガンと響いて来る。
今生では一度寝るとちょっとやそっとじゃ全然起きない。だから朝起きたら見知らぬ天井で牢の中って想像をしてしまい、寝れない事も度々あった。それだけにこの魔法で起きられた事実は嬉しい。
この魔法、得意じゃないのもあるが相当にセンシティブ。色んな人の様々な意識が飛び交う昼間に使おう物ならガンガンと引っかかってまるで意味が無い。
つまり閾値が重要なのだが、今回は想像以上の反応が出ている。コイツは間違い無いだろう。
コンコンコン
壁を三回ノック、隣の部屋の田中にもコレで異常が伝わっただろうか?
コンコンコン
いや、扉の方をノックして来た、既に起きていた様だ。流石と言った所。
「姫様、俺だ」
「侵入者ですね」
「ああ……解ってたか」
解らいでか、むしろ魔法も無しで解る方が凄い。
「入って、隠れていて下さい」
女性の部屋に男を上げるなぞ褒められた事では無いだろうが、こっちは命が懸かってる。だが問題なのは隠れる場所も無いぐらい殺風景な宿だと言う事。
箪笥は有るが巨体の田中が収まる様なサイズでは無い。
「なんか、間男みたいだな」
で、ベッドの下に隠れて貰った結果がこのセリフだ。誰がお前としっぽりするかと言う話。だったら侵入者とよろしくやった方がマシ。
「では、お客様にはアナタ、とでも呼びかけましょうか?」
「んな事より、無理はするな」
自分だけボケて他人には厳しいのかよ! 本当に腹立たしい。
心の中で愚痴っていると、木窓に嵌められた閂がコトンと落ちた。どうやったのか隙間から外した様だ、流石犯罪組織と言った所か?
流石に緊張に息を飲み、木窓を睨みながら浅く息を吐き出した。
バンッ! と一息に窓が開けられると、ガッ! と勢いよく男が身を乗り出した。
と、同時に田中に組み伏せられた。何が面白いのか、何故だか笑えて来るのが不思議だ。
しかし、ベッドの下の居たハズなのに田中の動きは素早い。俺も魔法を準備していたが無駄になった。
「ムグー! ぐ、テメェ! ぐげぇ」
なんか必死に抵抗してる、見苦しいね。でも素人ってのはあり得ない。その出で立ちはピッチリした黒の上下にマスクまで。堂に入ったその道のプロだ。
これでただの物盗りは無いだろう、確実に俺を狙って来たのだ。
「殺しましょうか」
「おいおい、物騒だな」
「しかし領主がアレではまともな取り調べが行われるかも怪しい物でしょう?」
正直なとこ、ウルトラCで変な難癖付けられたら困ってしまう。
「いやいや、お前が望んでた状況じゃねーか、卑劣な帝国が暗殺者を差し向けて来た、そうしちまえば良いんだろ?」
「それは、そうなのですが……」
これ、タイミング的にどう考えても帝国じゃなくてグプロス卿の手の者だろ? 完全フリーな人攫いならともかく、バックに領主が居ると最悪、逆にこっちが悪者にされたり、護送中に不運にも逃げられたって事にされてしまう。
面子を潰されたって、裏社会の人間から執拗に狙われる。そんな可能性も考えると二の足を踏んでしまう。
「取り敢えず、ヤッガランとか言う門番を頼もうぜ、アイツすら信じられないならこの街からとっととズラかるべきだ」
「確かに一理ありますね、では着替えます」
実は田中と違って俺はまだパジャマ姿(肌着)、このまま外に出るのはマズかろう。
……いや、下手に着替えない方が良いかな?
寝込みを襲われたと言うのに、完全装備のキリッとした出で立ちで現れるのも違和感が有る。パジャマ姿で
そんな風にスカートを手に悩んでいると、田中がこちらを怪訝そうに見て来る。
「なんだ? 俺らが居る前で着替えるのが恥ずかしいなら、俺の部屋使っていいぞ?」
「いえ、変に着替えると寝込みを襲われた感が無いと思いまして、あ!」
「あ?」
「タナカ、マントを! あなたの黒いマントを貸してください」
「? 良いけどよ?」
と言う訳で、ひと騒動始めるか。
「キャーーーー!!」
「どうした? オイってめぇ何してやがる!! 物盗りだ! 物盗りが出たぞ!」
俺は渾身の悲鳴、田中には大声で叫んでもらう。
「なんだって?」
「どうしたんだい?」
宿の客や女将さんが騒ぎ出す。
「泥棒です! 私の部屋に泥棒が! 私、怖くて怖くて」
俺は駆け出し、縋り付く。
「本当かい?」
「ええ、なんとか護衛が取り押さえてくれました」
「怪我は? 大丈夫かい?」
「……ええ、ですが、ひょっとしたら泥棒では無く、私を狙った殺し屋なのかも知れません」
女将さんや、お婆ちゃんが心配そうに声を掛けてくれるが。俺は着の身着のまま、ぶかぶかなマントに包まれ悄然としている。(と言う体で行く)
「憲兵に突き出してやる! 覚悟しやがれ!」
そう言って男の首根っこ掴んだまま、宿まで飛び出した田中。夜中だと言うのに、下手人を引きずりながら大声でまくし立てる。
「物盗りが出たぞー! 人攫いかも知れねぇ! 他にも居るかも解らねぇ! 気を付けろー!」
すると寝静まっていた街は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
往来に面した窓が次々に開けられランプ片手にこちらを覗き込んでくる、慌てて通りに飛び出してくる住民だって少なくない。
「宿屋で物盗りだって?」
「何時ものコソ泥かい?」
「いーや、どうやら狙われたのは最近話題のザバの姫君らしい」
「ザバの姫君のお宝を狙うとは豪気な泥棒だねぇ」
「それがどうやら犯人は帝国に雇われた暗殺者らしいぜ」
「ひぇーおっかねぇ」
暗殺者かもしれないと言ったら、良い感じで広まっている。
特に女将さんが凄い、それはもうダッシュして方々に必死に噂を流している。おばちゃんの噂を流す力、スゲーな。そのパワフルな動きを田中と二人で呆然と見守る。
「女将さんには悪い事したな、盗みが入ると宿屋の評判は落ちるからなぁ」
あ、そっか。泥棒に狙われる宿屋って嫌だもんな。それが帝国が差し向けた凄腕の暗殺者って話にすれば、そいつは仕方ないってなって評判も落ちないと。そりゃ必死になる訳だ。
当の犯人はマスクをひん剥いて、猿ぐつわをかまし、後ろ手に縛ってさらし者にした上で、ケツを蹴とばして夜のパレードの先頭を飾って頂く事にする。
普通なら城近くの詰め所に行くべき所だが、ヤッガランさんを頼みに北門の詰め所まで派手に行進だ。
「『我、望む、この手より放たれたる光珠達よ』」
もう魔法で明かりも追加しちゃう。夜中だと言うのに昼間の様に強烈な明かりが大通りを照らし出すと、ゴミを漁っていた野良犬が慌てて路地裏に逃げ込んで行く。
「オイ! やり過ぎじゃねぇか?」
「そ、そうでしょうか?」
襲われた事を派手にアピールしようと思ったが、確かに魔法など使っては「やはりザバは化け物か」と言われてしまい、却って立場を悪くしかねない。
街では何をしたらどう思われるかを考えて行動しないとダメだ、色々面倒でストレスが溜まる。
そうこうしている内、北門まで辿り着く、スフィールに来た時以来だが夜の城門は寒々しく恐ろしかった。
「着いたな、ヤッガランを呼んで貰うか」
「深夜ですし、恐らく居ないでしょうね」
偉い人っぽいし夜勤はしないんじゃないかな? 知らんけど。
「オイ、何の騒ぎだ!」
そうこうする内に衛兵さんの方から声が掛かった。ここまで騒げば当たり前と言えば当たり前。それを見て田中はパレードの先頭を蹴っ飛ばす。
「こいつが姫様の部屋に入り込みやがった、この街の警備はどうなってやがる」
男は後ろ手に縛られている。そのケツをああも蹴り飛ばされれば、バランスを保てるはずもない、固い石畳の上に強制ヘッドスライディング。後は審判にアウトを貰えばゲームセットだ。
「物盗りか? 協力感謝する」
「違ぇな、お忍びでやって来た
「!? なんだと? 解った! 詰所で詳しく話を聞かせてくれ」
「何度も同じ事を話したくはねぇ、ヤッガランは居るか?」
「ヤッガラン隊長か? 隊長は日勤だ、今は居ない!」
「解った、牢にぶち込んでおいてくれ、事情は奴に話す」
「何だと!?」
「解んねぇのか! こいつはちゃちな物盗りなんかじゃねぇ! 帝国の工作員なんだよ! 下っ端じゃ話にならねぇ」
そこまで言い切って良いのかよ? 良いのか? 良いかも知れない。とにかく今日はここまでだ、明日の事は明日考えよう。
「下っ端だと? 俺達が話を聞き取って、隊長に要件を上げるのがルールだ、隊長と話したければまず俺に話をしろ!」
当然、下っ端呼ばわりされた衛兵はキレ気味だが、もうどうでも良いから早くして欲しい。
正直アレだ、お
いやいや先程からテンションがおかしい。脳が考える事を拒否している。
駄目だ、普通に体力的に事情聴取など耐えられそうも無い。
「ごめんなさい、私まだ怖くて、ちゃんとお話し出来るかどうか……」
「……そうか、仕方ないな、解った、明日来てくれ」
しおらしくお願いすればアッサリ通った、美少女の破壊力たるや素晴らしいね。
「ありがとうございます、それでは明日よろしくお願いします」
「あ、ああ……大丈夫か、寝込みを襲われたなら無理も無いが、顔色が悪いな」
違った、眠過ぎてヤバいみたいだ、震えが止まらん、足元もフラフラしている。
そんな俺の様子に田中は目を見張ると、屈み込んで小声で話し掛けて来た。
「スゲェ演技だな、本当に調子が悪くて震えてる様にしか見えないぜ?」
「いえ? 調子が悪いのですが?」
「え?」
「眠いです」
「お、おう」
「寝ます、オヤスミ」
「おい、どういうこった? オイ!」
田中の背中によじ登ると、俺は意識を手放した。