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作戦の練り直し

【ユマ姫視点】


「不味いですね」


 スフィール城を抜け出した俺達は、綺麗な庭を足早に突っ切って行く。

 あの対応は正しかったのか? 失敗の予感に思わず爪を噛んだ。

 一方で田中は清々したとばかり、気楽な調子で笑っている。


「喧嘩売っちまったな、でも良いんじゃねぇか? スッキリしたぜ」

「嫌われてしまったと、そう考えていますか?」

「違うのか?」

「恐らく逆、『好かれ過ぎた』」

「アレで、か?」

「アレで、です」


 相手が中年親父と言う事で、プリルラ先生の知識を頼りに、大胆に動いた部分もある。だが先生のオーダーは素のままに狂気を前面に押し出して立ち回って良いと言う物。

 狂気など意味が解らないが、素で良いと言うのでやりたい放題にやった訳だが。やり過ぎた感はちょっとある。


「あれで好きになるならグプロスはドМだな」

「なら良いのですが、ドSかも知れません」

「は?」

「小生意気な女の子を泣かせ、屈服させるのが趣味の男と言う事です。そう言う人間に心当たりは有りませんか?」


 大なり小なり男ならそう言う気持ちも有るだろう事は、高橋敬一だった俺が良く知っている。だが、それが行き過ぎた人間は危険だ。プリルラ先生もそう言う相手に不用意に媚びを売るのは厳禁と言っている。

 田中にしたってそう言う面は有るのだろう、頭をボリボリと搔くと、気まずそうに俺を見る。


「……それお前の事か?」


 は? いや、今そう言う話じゃ無かったよね? 男の性癖の話してたよね? いや女性でもそう言う性癖は有るか? で、俺、そんな事してる?


「何故、私の話になるのです? 私が異性に意地悪を繰り返していますか?」

「あー、そうじゃねぇけどよ」


 そうじゃないなら何なんだよ! ホントに意味が解らねーなコイツ。

 ぶん殴りたい、助走をつけて思い切りぶん殴りたい!。


「あ、姫様が所々俺に冷たいのってそう言うのじゃ無いよな? その……困るぜ?」

「頭にウジでも湧いているのですか?」


 殺してーよマジ。どうすんだよコイツ。


「とにかく! 気を許すのは危険な相手です」

「じゃあ何か? とっとと街を出るべきか?」

「其れも有りますが気になる点も多かったですね」

「へぇ?」


 森に棲む者(ザバ)が怪物と恐れられている以上、兵を隠しているのはむしろ想定の範囲内。だがアレだけ恥を晒し、俺に魅入られて。馬車の一つも用意してくれないと言うのは違和感がある。


 俺達は足早に庭を抜け、門を潜り屋敷の外へ、ここまで何のアクションも無し。帰り際にチャンバラ騒ぎを起こさないで済むのはありがたいが、益々狙いが解らない。

 何事も無く敷地を出ると、変わらぬ街並みの様子にホッと一息。


 貴族が多い西側の通りにはオシャレなカフェだって存在している、急いで駆け込み作戦会議と洒落込んだ。

 テラス席に腰かけた俺は、ショールも付けず道行く人々に長い耳を堂々曝け出す。


「だいぶ目立って居るな」

「人知れず消されるよりはマシと判断しました」

「物騒だな、そこまであり得るか?」

「私に執着を見せた、でも協力してはくれない。だったらどうするつもりか」

「攫いに来るか?」

「最悪、殺しに来るかも知れません」

「チッ、面倒だな、それこそとっとと街を離れるべきじゃねーか?」


 焦った様な田中の態度。チート野郎の癖に、しみったれた事を言うじゃないか。

 俺は意地悪な笑みを浮かべ、ティースプーンを突きつけると、目の前でプラプラと揺らした。


「あら? アナタが守ってくれるのでは?」

「はぁー」


 解ってネーなとばかりのため息。コイツ、俺を苛立たせる天才か?


「良いか? 何も俺はこの世界で最強の人間って訳じゃない」

「そうなのですか?」


 それは驚きだ、てっきりチートを貰ってブイブイ言わせてるモノかと思っていた。


「ああ、特にスフィールが誇る破戒騎士団って奴らはヤベーって評判だ。奴ら日常的に魔獣を狩りまくってるし、五倍の規模を誇る騎士団相手に完勝してみせたって話もある」

「それは……驚きました、てっきりグプロス卿は軍事に興味が無い方かと」


 俺は驚きに目を見張る。だって、城をあんな派手に改造してしまうヤツが、そんな精強な騎士団を持っているとは思わないだろう。


「それが、チゲーんだよ。グプロス卿と言うより今の騎士団長ローグがイカレてるんだ」

「イカレてる?」

「ああ、騎士団とは名ばかり、貴族の坊ちゃんのエクササイズに成り果てていたスフィールの騎士団に現れた異端児。噂によればな、弱いヤツは騎士団に不要と決闘を繰り返し、他の団員を追い出して今の地位に就いたと聞くぜ?」

「……余りに荒唐無稽な話に聞こえます。騎士爵持ちの人間をそう簡単に追い出せるのですか?」


 俺は人差し指を顎に添え、可愛く小首を傾げてみせる。

 渾身の可愛いポーズだと言うのに、あろう事か田中はソレを無視!


「そこに絡むのがグプロスよ。ヤツは金食い虫の騎士団を縮小したかった。ローグのバックに付いたのさ」

「じゃあ騎士団は人員が減って弱体化するばかりでは……」

「そうだな、実際に以前は騎士が百、一人の騎士に従者が十人は付くから千人規模の大騎士団だったんだが、今はたったの二十人」

「にじゅう? 全く戦力にならないではないですか!」


 やっぱりグプロスって馬鹿だろ? そんな数では戦争にならない。


「だけどよ、千人分の給料はその二十人で山分けだって言うぜ?」

「は?」


 それじゃ、グプロス卿の人件費削減目標は達成されないでは無いか。


「それでも、人間が減れば固定費が浮く、無駄な設備が不要になる」

「それで、グプロス卿は納得しているのですか?」

「もちろんだ、二十って数は傭兵団に近い。才能のある戦士が全員に目を配れる最大人数。魔獣を狩るのに一番効率が良い人数でもあるわけだ。他の騎士団も魔獣を狩るが、奴らの戦果は他を圧倒している」

「つまり、スフィールの騎士団は軍事行動よりも魔獣退治が専門だと?」

「そうだな、でも別に人間相手が弱い訳じゃ無いぜ? むしろ強い。なんせ莫大なサラリー目当てに志願するヤツは後を絶たない」

「志願……ですか?」

「そうだ、他の騎士団と違い、ローグ隊長に実力が認められたら入団可能だ、血筋なんて関係無い。騎士団ってよりも最強の傭兵団って思った方が近いぜ」

「厄介ですね……」


 そんな奴らに街中で絡まれたら終わりだ。


「俺だって、刀があれば負けるつもりはさらさらねぇんだけどよ……」


 そういって不安げにさする田中の腰の剣は刀ではない。それどころか研ぎに出していて普段の剣ですらない。

 良く考えれば、田中が不安に思うのも当然だ。

 ま、まぁ? 流石に急に襲っては来ないだろう。きっと、多分。

 いちいちそんな可能性を考慮していてはコレから何も出来なくなってしまう。

 しかし不穏な名前は気になる。


「それでは、破戒騎士団と言う名前はなんです?」

「俗称さ、正式名称なんて誰も知らねーよ。金遣いが荒いからな、街ではやりたい放題って訳だ」

「…………」


 本当にメチャクチャな奴らじゃ無いか。大丈夫なのか? この都市。


「そうは言っても今は居ねぇみたいだけどな、魔獣退治に遠征中だとよ」

「では、なんでそんな話をしたんです!?」


 俺は怒りのあまり腰を浮かせて詰め寄るが「だから、長居は禁物だってーの」と言われてしまっては言い返す言葉も無い。

 だからと言って、このままスフィールを去るのも面白く無い。気になる事が多過ぎるのだ。


「そもそも、女性を屈服させたいのなら全面的に協力し「グプロス様がいなければ私、駄目なんです」と言わせれば良いのです。それが返答を先延ばし、態度も実に素っ気ない。事実上断られたも同じでしょう」

「へぇ、そんなしおらしい事、言うつもり有るのかよ?」

「それこそ、全面的に協力し資金も提供してくれるなら幾らでも言いますよ」

「うへぇ……怖いねぇ」


 揶揄(からか)われてしまったが、しな垂れ掛かって媚びを売るなど何の抵抗も無い。

 正直な所、俺はあのオッサンと寝たって構わない。そりゃ一生あの脂ぎったオッサンの下に組み敷かれてペットの様に過ごすなんて普通は御免だろう。


 だけど、俺は十六までに死ぬ。


 俺の一生は後四年有るか無いかなのだ。その程度で帝国が滅んでくれるなら、こんなに安らかな死は無いだろう。


 だが、プリルラ先生も言っているが其れは最後の手段。この世界の貞操観念は地球の爛れたソレよりも厳格だし、何より同情を集め命を繋ぐのに『処女性』と言うのは武器になるらしい。


 脂ぎった親父に無理矢理犯されたなら兎も角、女性を武器に売春したり、イケメンとパコパコやったりすると、どうしても『女』らしさが滲んで、同性からの同情票は確実に取り逃す事に成るらしい。


 かく言うプリルラ先生もイケメンの戦士と事に及んでから周りから受けが悪くなり、その頼りのイケメンが死んでからどうにも行き詰まって、最後には自殺に追い込まれたと。


「話を戻しましょう、私に頭を下げさせるのに下卑た要求の一つもせず、事実上ハッキリと協力を断った。つまりグプロス卿は我らに協力できない理由がある」

「どういうこった? まさか帝国に寝返ったか?」

「そこまでは解りません、順当な理由としてはエルフに協力する事で帝国を刺激したくないと言うのも考えられるのですが……」

「ですが?」

「その程度であれ程までに動揺するかと思いまして、実は内密に帝国に私を売る算段、いえ約束まで取り付けてしまって居る可能性も有るでしょう」

「だとすれば、冗談抜きに、あそこで攫う気だったとしてもおかしく無かったか?」

「かも知れません」


 帝国はエルフを誰彼構わずサクサク殺していた、お宝でも見つけて凱旋する気だったが、目当ての物が見つからず、統治も出来ないとなって。今更王族を血眼で探してる可能性も考慮すべきだ。

 誘拐なんて外聞が悪いことはしないだろうと思っていたが、帝国とがっつり通じてるなら話は変わってくる。


「だとしたら、たった五人とは俺を舐め過ぎだな、頼みの破戒騎士団も出してこないとは」

「普通なら十分でしょう、こちらは武装解除され、相手は完全装備、抵抗しようとも思わないのが普通では」

「俺は刃を止めるわ、姫様の魔法はスゲェわで諦めたか」

「考え過ぎかも知れませんが……」


 単に魔法を警戒していただけの可能性も十分ある。森に棲む者(ザバ)の姫なんて言う、俺の存在がイレギュラー過ぎて、どんな可能性だってあり得てしまう。

 もっと短慮に、思ったより俺が可愛いから襲って来た。そんな可能性だって考慮しなくてはならない。実際グプロス卿はそんな目をしていた。


「何にせよ、これからは貴族を回って馬車を回して貰える様に交渉すべきでしょう」

「領主にまず話を通した、義理は果たしたって奴だな」

「ええ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ドサ回りの対象を酒場から貴族のパーティーに変更すべく、例の高級魔道具店にやって来た。

 ここの主人ならば貴族とも顔が利くに違いない。


「なるほど、実はあなた方の話は貴族様の間でも話題になっておりまして」

「そうですか、恐ろしい化け物の様に言われているのでしょう?」

「いえいえ、とんでもない、とてもお美しい姫だと、ええ、私としてもお世辞抜きでその通りだと言わせて頂いております」

「まぁ、私なんかが美しいだなんて! 困ったわ、逆の意味でお会いするのが怖くなってしまいました」

「それは失礼、あいにく嘘がつけないものでして。それにしても会うのが怖いと言う事は?」

「はい、実は領主のグプロス様に馬車を回して貰おうと思ったのですが遠回しに断られてしまって……頼れる人を探しているのです」

「それでしたら、姫君に会いたいという方に話を通して置きますよ」

「まぁ! でしたら我々はスーニカの宿屋に泊まっているのでご連絡して頂ければ助かります」

「お安い御用です」


 とまぁ、寒々しい会話をして終了だ。


 魔道具屋は話題の俺達を紹介出来て顔の広さをアピールできるし、俺らは貴族を紹介して貰ってウィンウィン。

 魔道具屋的に、魔石の買取の追加も期待しているだろう。


 だが貴族の約束など何日か掛かるのが通例。

 となれば今まで通り酒場でのドサ回りも並行して行こう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そうして訪れた酒場は押すな押すなの大盛況だ。


「応援してるぜ! 姫様よぉ!」


 赤ら顔のオッサンに気安く声を掛けられる。帝国の人間も少なくないスフィールで、声高に帝国打倒を訴える。当然気まずそうに酒場から出て行く者も少なくない、恐らく帝国の人間だろう。

 営業妨害と思うだろうが、事前に酒場のマスターに許可は取っている。実際去る者より来る者が遥かに多いのだから収支はプラスだ。


 ゴミゴミしていても、突然襲われるような事は無い。探るような貴族の使いはそこそこ来るが興味本位が透けて見える。深刻な案件では無さそうだ。


 急ぐ旅だが、慌てて王都に向かっても、帝国との戦争などそうそう決断してくれる筈も無い。それが前線で上手い事対立を煽って、それが暴発。開戦ムードなど漂ってくれたら小難しい理屈や利益をチラつかせるよりよっぽど楽で良い。


 そんな希望を胸に、数日はこのスフィールでの滞在を決意する。

 確かに危険だ、領主のグプロスは何を考えているのかも解らないし、既に裏から帝国の手が回されている可能性も高い。

 だが、それだって望んでいた事。酒場も貴族のパーティーも夜が本番、これからは夜更かしして昼に起きる生活になりそうだと覚悟を決める。


 酒場の人々すら、まばらとなる深夜までドサ回りをこなした後。田中と二人、宿へと帰った。


 街の宿屋と言えども余り深夜の帰宅は歓迎されない。連泊している俺らは問題無いが、チェックインは出来ない時間のためロビーは薄暗く、人の気配も無い。

 カウンターの横をすり抜けると、音を立てない様にゆっくりと階段を上る。

 自室のある二階で田中と別れ、各々の部屋に滑り込むと、倒れ込むようにベッドに沈んだ。


 どっと疲れが出た。あっと言う間にウトウトしてくる。だが今日からは命の危険も桁違いに高い、無防備に寝てしまっては俺の『偶然』も相まって碌な事にはならないだろう。


「うー、めんどくさいが仕方ない」


 そう言えば今日は、領主様と会談とあってそれなりに良いドレスを着ていたのだった。皺になるからパジャマ替わりの肌着に着替え、水筒の水で軽く顔を拭うと再びベッドに。


「って、また忘れてたな」


 肝心の魔法を忘れていた。ただこの魔法がまともに役に立った事は、今まで一度も無いので正直信用出来ないのだが……


「まぁ無いよりマシか」


 一応、結界を張るや否や、俺の意識は微睡みの中に溶けて行った。

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