執務室での攻防
体調が悪くて書けないわ、話が進まないわで申し訳ない……
その日は朝から晴れ渡り、スフィール城の手入れされた庭では、色とりどりの小鳥たちが囀り鳴り止む事が無い。
しかし、対照的にスフィール城内部、その最奥とも言える執務室では緊張の糸が張り詰めていた。
グプロス卿とて今日の会談は自分の進退を決めかねない。
執務室の壁の裏には腕自慢の兵士を詰めさせているし、万が一の逃走経路や、段取りの確認に余念がない。
帝国に下り王国を裏切るにしたって、
グプロス卿はシノニムにああ言ったが、拉致した姫を手土産に帝国に下るなど、大々的に公表できる筈も無い。
帰りは裏口から帰ったと言い張れば、多少良くない噂が流れても、それ以上文句を言える者も居ないと言うだけの話。ただ其れだって下手な騒ぎにならなければ。
万が一が起きないように、実行部隊へのハンドサインの確認や、捕獲手順は念入りに話し合う。
「それにしても、妖獣殺しとやり合うとはねぇ」
そう零すのは、ズーラー。シノニムがグプロス卿の右腕とするなら、彼は左腕、それも汚れ仕事専門の左腕だ。
卿が若い時分から彼の片腕として活躍している。歳は五十も過ぎたと言うのに、落ち着きとは無縁の男で、若ぶって無茶もするが結果は出し続けて来た。
グプロス卿がそんな彼に全幅の信頼を寄せているのは、直接的な戦闘能力と言うより、ズーラーが『勝ち方』を知っているからに他ならない。
どんな手を使っても目的を達成する、その彼が全てを知り尽くしたスフィール城。そこでの仕掛けだと言うのに緊張の色を隠さない。
「お前がそこまで言うとは、それほどの相手か?」
「聞こえてくる噂を半分にしたって化け物。ただ緊張してるのは、奴の腕の所為だけじゃありませんよ」
そう言われてもグプロス卿には理解できない。相手は二人、それに片方は年端も行かない少女だ。
「まさか、
「そのまさかですぜ、
真顔で語るズールーだが、当のグプロスは鼻白んだ。
(……真面目に心配して損したわ、こやつはただ相手を大きく言ってボーナスの一つも釣り上げたいだけだわい)
そう判断するのは訳がある、
だが
どっから攫って来たか知らないが、おどろおどろしい伝説とセットで客の前に出し、ギャーだのピーだの鳴き声を出させて客を脅かす。
だが、よく見ればその体つきは細く頼りない、ましてや魔法など使えるのなら檻の中に収まって居る筈が無いのだ。
(
「いやいや、何を考えてるか知りませんが冗談じゃありませんよ。その
「恐らくな」
「それが護衛も少なに人間の街に降りてくる。この時点で腕に覚えが有るって事じゃないですか?」
「……一理あるか」
「最悪を考えて置きましょう、万が一にも取り逃したら大変な事になりますぜ?」
「そうなってしまえば、帝国に下ろうにも随分と此方を低く見られてしまうのは間違いない。さりとて王国に留まることも難しくなるか」
「
スフィール城を訪れた丸腰の客人を拉致しようとして逃げられる、もしくは身柄の確保に成功しても、揉み消せぬ程の騒ぎになってしまえば事実上の失敗だ。
グプロス卿の城とは言え、そこに勤める者や出入りの商人達、その全ての口を封じるなど出来ようはずも無い。
訪れた客の拉致など、戦時中とて褒められた事では無い。ましてそれを手土産に帝国に下るなど、露見すれば今後貴族として生きる事すら難しくなる。
「最悪を想定か……」
グプロス卿は呟き、様々な可能性を想定していく。
しかし現実はその最悪すらも突き抜けて行く、それも大胆に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エルフの姫、ユマ様と護衛の方一名がお見えになりました」
年嵩の執事が落ち着いた声で客人の来訪を告げる。
(いよいよだ)
グプロス卿はじっとりと汗ばんだ両手を拭い、指示を出す。
「ご案内しろ、丁重にな」
「ハッ」
音も無く執事が部屋を出る事暫く、ノックの音と共に客人を連れて来た。
「グプロス様、お客人のユマ姫がお越しです」
「入れ!」
卿は鷹揚に声を出したつもりだが、少々上ずったものになっていた。
(デカい、これほどとは、妖獣殺しその名前伊達では無い!)
入って来たのはタナカ、今日も黒尽くめの姿に変わらぬ長身。それだけでも見る物を圧倒する威圧感だが、今日はその目つきにも隙が無い。
その巨体の陰から、ピンク色の髪の少女が現れて優雅にお辞儀をひとつ。
「お会いできて光栄です、私はエルフの姫、ユマ・ガーシェント・エンディアン、以後お見知りおきを」
「……………………」
しかし、その優雅な挨拶にグプロス卿は答える事が出来なかった。
「ゴホン! グプロス様、ご返事を!」
執事が咳払いと共に主を嗜める。
「……あ、ああ」
まるで上の空、その少女の姿を一目見た時からグプロス卿の頭の中は真っ白になり、準備した様々な段取りすら掻き消えてしまう程。
(な、何と言う! 何と言う可憐さ! ……思わず言葉を忘れた、 こんなにも美しい物なのか、本当のザバと言う物は!)
幻想の世界からやって来たかの様な現実感を伴わない可憐な少女。
その美しさにグプロス卿は瞬時に虜になった、大きな瞳もピンクの髪も長い耳も、妖精を描いた絵本から飛び出した物に感じられた。
(
グプロス卿の脳裏に見世物小屋の化け物がチラつく、あれはあれで特別汚くしてあるとしてもこの少女は例外、自然とそう思えた。
(欲しい、何としても)
卿は何もこの様な幼い少女が趣味と言う訳では無い、女性としてはシノニムの様な美人の方が好み。それでもある種の芸術作品の様に、その存在に魅入られた。
「わざわざ遠くから良くお越し頂きました、私はグプロス・ソンテールこの城の主にして、この一帯を治めさせて頂いております」
卿は慇懃に挨拶を済ませ、二人をソファーへと案内する。
「さて早速ですが、私の様な一介の領主の城に、ザバの姫君がお越しになるとは。訳を伺ってもよろしいでしょうか?」
暴食を繰り返し大きく成り過ぎたお腹を持て余しながら、自身もソファーに体を沈めながら尋ねる。
彼は
「その前に、我々はザバなどと言うモンスターではありません」
「ほう、では何と呼べば?」
「エルフ、今後は我らの事をそう呼んでいただけると」
コレも卿は知っていた、酒場で彼らが「我らはエルフ」と喧伝していたからだ。
「ではエルフの姫君よ、あなた方は一体我ら人間に何を求めるか?」
「我らが求めるのは同盟、共に帝国と戦うための同盟関係です」
「ふむ」
コレもまた想定の範囲内。
それから姫の口から語られたるエルフの王国崩壊とそこからの脱出劇は相当に泣かせるお話だった。ただグプロス卿とて一城の主、この程度で流される訳は無い。
「なるほど、噂で帝国がザバの王国に攻め入ったと言う話は聞いていましたが、その様な事になっているとは」
驚いて見せるが、グプロス卿は当の帝国の情報部から直接情報を得ている。
「ええ、エルフの技術を手に入れた帝国の次の目標はこのビルダール王国になるでしょう、その際真っ先に新兵器の餌食になるのはこのスフィールに違い有りません」
「ふむ、しかしザバ、いえエルフの国を落としたとあれば数年は地盤を固めるのに時間が掛かるのでは?」
「いえ、恐らく帝国はエルフの国を治める事に失敗します」
「ほぅ」
流石にここまで突っ込んだことは帝国の情報部は教えてくれない、グプロス卿は少女に話の先を促した。
「そもそも帝国に大森林を統治するつもりがあるかどうか、魔獣蔓延る魔境。人間が住める土地とは思えません」
「では帝国は何の為にエルフの王国に攻め込んだとお考えで?」
グプロス卿も建前は聞いている。
だが、それが本心とは思えない。皇帝の権力が強い帝国なだけに気まぐれである可能性が無いでは無いが、そこに何の利益も無いとは考え辛い。
少女に何らかの心当たりが有ると言うのなら何としても知りたい所だった。
「それこそ帝国にお尋ね下さい、我々の知り得る所では無いのです」
「なるほど、機会が有れば聞いてみたいものですな」
その帝国に尋ねても教えてくれない訳だが、グプロス卿とてそれを言う訳にも行かなかった。
「彼らがもし、なにかお宝が有るのではと期待して攻め込んだとするならば、それ程の価値が有る物は見つけられなかったでしょう。更に言えば我らは大森林でしか生きられないのですから、奴隷としても価値が無い」
「どういう事です?」
これは卿にとって完全に知らぬ事、
エルフは魔力の薄い地では生きられない、逆に人間は魔力が濃い大森林ではまともに活動出来ない。
要するにそう言う事らしい。
卿の脳裏にはまたもや見世物小屋の怪物が掠める、確かにガリガリに痩せていて不健康に見えたがあれは劣悪な環境に依る物だけでは無かったか。
少女の嘘の可能性もある、が同盟を組もうと言う相手に、そんな嘘を言う必要が有るとは思えない。
だとしたら確認しなくてはならない事が一つ。
「だとしたら姫は相当無理をしてこのスフィールに滞在して居られる?」
「いえ、私は人間とエルフのハーフなのです、人間の領域でも問題なく活動できます」
「まさか、エルフの王妃が人間なのですか?」
「いいえ、私は流れの女性冒険者との間に出来た妾腹の娘です。ですがエルフの全権を委託されてここにいます、そこは安心して下さい」
(む? 全権を委託と言うからには、立場が上位の他の王族の生き残りが居ると言う事か? 唯一の生き残りが単身街へ来るよりは筋が通っているが、帝国の話と食い違う……かと言って奴らが嘘をつく理由が解らん)
いろいろな情報を目まぐるしく整理するが、グプロス卿にはどうしたって結論が出なかった。
卿が悪い訳では無い、卿の目の前に座る可憐な少女は復讐に狂って居るのだ。
狂人の考えなど見通す事など出来はしない。
「では同盟と言っても戦場を共にすることすら出来ないでは無いですか」
「ですが、技術的な協力関係を築く事は可能。帝国がエルフから手に入れた魔道具で王国領を蹂躙する事を防ぐ事は可能でしょう」
「おとぎ話の様な一面を火の海にする様な魔法が有ると言うのですか」
「使い方次第でしょうが、その様な攻撃以上に恐ろしい物が幾らでも有ると言う事を、身をもって知る事になるでしょう」
「例えば?」
「一晩で城壁が出来上がり、高速で破城槌や投石器が移動しこちらの拠点を砕いて来る。そんな戦術すら取れる、それだけの技術があるのです」
(魔導車か、奴らの話とも一致する。確かに戦場が変わるだけのインパクトが有るだろう)
しかし、だとすれば卿には聞かなくてはならない事がある。
「ですが、それ程の力が有っても帝国に負けた、なぜです?」
グプロス卿が解らなかったのはそこだ、帝国もそこまで親切に教えてはくれなかった。
「霧です」
「霧?」
「魔力を無効化する兵器が帝国にはあるのです、その霧の元では魔道具も魔法も使えません」
(秘密兵器を使ったとは聞いていた、だがそれ程の兵器だったとは! いや? だとすれば)
「だとすれば、エルフの助力が有っても帝国に勝つことは難しいのでは?」
「霧の元では帝国自身も魔道具を使えないと思われます、魔力無しの土俵に引きずり込んで初めて五分の戦いに持ち込める。そう言う勝負になるかと思われます」
(ふむ、確かにそうだが。その場合、魔道具を使うか使わないかの選択は帝国に有ると言う事だ。どうしても分の悪い勝負にならざるを得ない。そう考えるとやはり帝国に下る方が賢い選択か?)
それに加えて助力するはずの人間側が、魔道具を渡されて戦って来いと言われるのではグプロス卿には話があべこべにしか思えなかった。
「しかし、同盟と言いながら魔道具の提供だけでは我々の被害のみが大きい、違いますか?」
「勿論、我々も帝国と戦います、我々には魔道具だけでなくエルフのみが使える魔法の力もありますから」
この姫の言葉はグプロス卿にとって渡りに船。
「それですよ、
「グプロス様は、魔法の力がご覧になりたいと?」
少女はソファーに座ったまま。
だがその笑顔から、瞳から、卿は目が離せない。ある種の凄みを卿はその少女から感じ、強烈に魅入られた。
(何と言う存在感、何と言う美しさ。情報によれば高々十二の少女、それがどんな悪女よりも危険な笑顔でこちらを値踏みしている)
卿は知る由も無い、その凄みの正体が、復讐を望む、純粋な狂気などとは夢にも思わない。
だが卿として、ココで引く訳には行かない、どんなに恐ろしくとも見せてくれると言うなら見るしか選択肢は無いのだ。
「それは勿論、見せて頂けると言うなら願っても無い。狭い庭ですが少々派手な事をしても問題にはなりません、オイ! 客人を「良いのですか?」」
卿の言葉は遮られた。他ならぬ少女の言葉によって。
「この部屋の外で良いのですか? せっかく用意した方々が無駄になるのでは?」
「何を言っているのです?」
「壁の裏に四人、机の下に一人。ひょっとして屋根裏にも居るのですか?」
「ッ!!」
バレていた、グプロス卿の仕掛けの全て。壁の裏の兵士は勿論、奥の執務机に忍ばせたズーラーまで。
「いやはや、何の事ですかな?」
グプロス卿は認める訳には行かない、彼女の護衛からは剣を預かって置いて、自分は武装した兵士を控えさせている。
当然褒められた事では無いのだ。
「あら、私の勘違いでしょうか?」
「旅でお疲れなのでは無いですか? 良かったら今晩泊まって行って頂けると、エルフの姫を泊めたとなれば、スフィール城にも箔が付きます」
「そうですか? しかしこのお城、どうにも薄暗くて。お化けが出そうではありませんか、私怖くて怖くて」
「薄暗い……でしょうか?」
グプロス卿が首を傾げるのも当然、スフィール城は前線の城らしからぬ豪華さで、至る所に明かりの魔道具が置かれ、夜でも昼間の様に明るい城と評判なのだ。
――パァン
乾いた音だ、それと同時に全ての魔道具の光が消えた。
「ええ、薄暗いと思いませんか?」
急に暗くなった部屋、それでも少女の笑顔だけが幻視出来る程の軽やかな声。
グプロス卿が知る由も無いが、少女がやったのは魔力そのものを飛ばし、魔道具をオーバーヒートさせただけ。
丁度、質の悪い魔導ランプに純度の高い魔石を入れた時と同じ事をしたのだ。
「えっ……ええ、しょ、少々暗いかも知れませんな」
卿は必死に冷静を装いながら、周りにはハンドサインで大人しくする様に指示するが、この暗さではとてもじゃ無いが伝わらない。
現に慌てたようにゴソゴソと壁の裏から兵士が這い出て来る、そしてそれを見越したように、少女が次の行動に出た。
「でしょう? お節介かも知れませんが少々明るくさせて頂きますね」
そう言うと、何やら呪文を唱える少女。それを止めるべく兵士が殺到する。
――ガアァン
金属が叩かれる音、それと同時に薄暗くなった執務室に明かりが戻る。
いや、戻った所では無い。まるで中天に太陽が有る時の真夏の平原の様な明るさ。突然の日差しに、グプロス卿はとても目が開けられない。
(何が! 何が起こった? 爆発した? これが
ゆっくりと目が慣れて行くとその光景に目を見張った。
天井付近に張り付いた大きな明かり、それがさながら太陽の様に部屋中を照らし出している。
(これが、魔法?)
呆然と思うグプロス卿だが、それ以上に頭を抱えたくなるのが部屋の惨状だ。
壁裏に隠した兵士は残らず出て来てしまっているし、ズーラーなど少女へと振り下ろした剣を護衛の田中の小手に阻まれた瞬間のままに固まっている。
そんな状況にも拘らず、当の少女は身じろぎ一つ無くソファーで微笑んでいるのだ。
「良かったですわ、明るくなって。こんなに先客がいらしていたと言うのに私ったら気が付かず長話をしてしまって」
「…………」
この期に及んで、少女は天真爛漫に笑って見せる。本当にボケてるのかと疑ってしまう程無邪気な笑み。
(危険だ、危険過ぎる。しかし、だが何故だ? なぜこの少女から目が離せない)
本当は心胆寒からしめる状況だ、それにも関わらず、この少女が起こした奇跡を陶然と眺める自分が居る。その事にグプロス卿はショックを隠せない。
「余り長らく卿を独占しては申し訳ないですわね、グプロス様、私達は王都を目指して旅をしているのです。エルフとビルダール王国の同盟、賛成して頂けるならすぐにでも馬車を用意して頂けますか?」
「……いや、それは」
「何か問題が?」
「数日、数日待って欲しい。国の存亡に関わる事、即答は出来ない」
「……そうですか、ですが我々もその数日を争う身です、こうしている間にも大勢のエルフが帝国の凶刃の犠牲になっているに違いないのですから」
「いや、しかし」
グプロス卿の中で帝国へ下る事は既定路線だったのだ、それがこの様な脅しに屈してザバと協力するなど有り得ない。脂汗にまみれた顔で必死に思考を張り巡らせる。
(いや? 王都に送ると出発し、そのまま帝国に売ってしまえば?)
(いやいや、大々的に王都を目指し出発するパレードこそ姫は望んでいるのだ、その上でいつの間にやら帝国の捕虜になっていましたと言った所で、私の評判は地に落ちる)
「では我々は東通りの宿スーニカに数日は泊まっています、その間に心が決まったのならご連絡下さい、これ以上長居するのは申し訳ないですわ」
少女はそう言って、呆然とした兵士達を一瞥する。ズーラーなどは気まずげに剣を仕舞っている。
(糞が! 暴れてくれればいっそ腹も決まるがこちらを見逃そうと動かれては迷いも出る)
そこに挑発するように田中が姫をたしなめる。
「そうですな、我々と違いこの方々は帯剣を許されてここに居るのですから、余程高い身分の方々とお見受けする、姫様と言えど失礼は行けません」
「あら! 本当にそうですわね、その様な高貴なお方をお待たせしては行けませんわね、それではグプロス卿、御機嫌よう」
そう言い残して二人はさっさと部屋を出てしまう、ハッとした執事は慌てて二人を追うがグプロス卿はその失態を指摘する気にもならず、頭を抱えてソファーに沈み込むしか出来ない。
ズーラーはぼやきながら、執務室の窓越しにグプロス卿自慢の庭を悠々と突っ切って帰って行く二人の後ろ姿を見送る。
「完全にしてやられましたなぁ」
「欲しいなあの娘。なんとしても」
「へぇ? まさか惚れましたか?」
「惚れたな、美しいのもそうだがあの綺麗な顔を泣かせてやりたいと本気で思うよ」
「確かに、手玉に取られましたからなぁ」
「嬲った上で剥製にして飾って置きたい程だ」
「うへぇ……」
そう語るグプロス卿の顔、ズーラーは知っていた。そう言う時は子飼いの者に攫わせたりもするのだが、今回は特に酷い。まるで正気を失ってるかに見え、ため息も漏れると言う物。
「人攫いと言えば奴隷狩りの連中が居ただろう、やらせてみろ」
「御屋形様よぉ、流石に街の娘っ子と同じようには行きませんぜ」
「試すだけだ、報酬は弾む、今までの十倍出すと伝えろ」
グプロス卿の苛立ち混じりの声は、いかにも冷静さを失っていた。