スフィール城
スフィール城は一言で言うと派手だった。
「前線から近い都市だと言うのに、随分と華美なお城ですね」
「ええ、まぁ最近では戦争も有りませんし、グプロス様も派手好きなお方ですからね」
ヤッガランさんも困った様に頭を搔くしか無い様だ。
おとぎ話のお城の様な漆喰の白壁に、凝った意匠のバルコニーまで有る。
「またご立派なお庭だこと、何人の庭師を雇ってるんだか」
それに加えて田中も呆れるのは、城の前に大きな庭が有る事だ。壁に囲まれた城塞都市、当然土地は貴重となってくる。近隣の村とは違い三階建て、四階建ての建物も珍しく無い。
そんな中では、庭を持つだけで途轍もない贅沢。だと言うのにスフィール城前の庭は広大だった。
そんな田中の嫌味は無視して、ヤッガランさんは見張りの門兵に声を掛けに行く。
「お二人はここで待って居て下さい、私が話を付けてきますから」
不用意に城に近づかない様、釘を刺されてしまった格好だが、この対応は正しいだろう。
エルフの少女と黒尽くめの大男の取り合わせ、かなりの異様と言って良い。実際、何もしていないのに街でも悪目立ちしていた。そんな二人を近づけて門兵を刺激する必要は無いだろう。
「どう思う?」
その隙に田中が聞いてくるのは領主への印象だろう。
「まともな領主とは思えませんね、派手好きで金遣いの荒い、主張の激しい人物に思えます」
「だな、それは街の評判とも外れちゃいねぇ、でもよ、コレが案外街での評価は悪くねぇんだ」
「……どうしてですか?」
「軍事よりも経済優先。門のノーチェックぶりも見ただろ? 関税は掛けるがそれだって高くは無い、帝国側の前線近くの都市とはえらい違いだな」
「それは……私としては有難くない話ですね」
そんな領主では、帝国との戦争には興味が無いどころか、なるべく波風を立てたく無い筈だ。俺は波風どころか嵐を起こし、全てを巻き込みたいのだから。
「だが、逆に考えれば一波乱起こすには最適の街でもある」
「そう言う考え方もありますか……」
当初の予定通り帝国を挑発したり、噂をばら撒くには最適と言う事か? ただ不確定要素があればある程、それがまとめて襲って来るからなぁ……
「話が付きました、一緒に来てください」
「わかりました」
そうこうしている内にヤッガランさんが帰って来た。同時にキィーと高い音が鳴るので見てみれば、大きな門が門兵により開かれて行く所だった。
俺は頭に掛かったショールを剥ぎ取ると、大きな耳を見せびらかす様にしながらヤッガランさんの後ろを歩く。
当然、突き刺さる様な視線を門兵から感じる。だがここは見せつけるぐらいが丁度いい。
スフィールの領主グプロスの居城に、
通された庭の豪華さは外から見る以上。刈り込まれた植木に、美しい花々。タイル敷き整然とした道を俺達は進む。
「申し訳有りませんが、グプロス様は多忙なお方、本日会えると言う事は無いと思います」
ヤッガランさんに言われるまでも無く、会わせてと言ってすぐ会える様な領主など、余程の暇でアホな者だけだろう。
「解っています、ですが何日も待たされる様では意味が有りません。事は一刻を争う事態だとお伝えください」
「そうですね、私からも進言させて頂くつもりです」
実際は暇でも、貴族として舐められない様に何日か待たせるのは良くある事。領主ともなればその間に、密かに相手の身辺調査を行う事も珍しく無いと言う。
俺もエルフの姫と言う立場を考えれば今回、自ら訪れる必要は無かった。下手をすれば舐められかねないからである。
だがエルフの俺が領主と会談に来た。その事実が重要なのだ。
そういう意味では手が掛かりそうな城も悪く無い。この城で働く全ての人の口に戸は立てられ無いだろう。
勿論、より早く会える様に担当者にアピールするつもりだし、何日待たされそうな空気を感じたら面談を断って次の街へ行く事も考える。
華やかな庭を抜けた先には、目にうるさい程の彫金や彫刻が施された扉が待ち受けていた。極めつけに、その扉を専用のボーイさんが恭しく開けてくれるのには驚いた。
門の時から思っていたが本当に戦闘を考慮していない。
前線の城なのだから門は巻き上げ式の鉄格子、扉は鉄で補強した分厚い物で、庭なんぞ練兵場で有るべきだ。
実際、以前はそうであったものを表面上取り繕って、変えてしまった様な不格好さがある。
そして城の中はもっと凄かった。
「……華美な内装ですね」
思わずそう漏らしてしまう程、赤い絨毯はフカフカで、昼間だと言うのに豪華な燭台には贅沢にも火が灯っている。いや、火どころか魔道具か? だとしたら魔力が薄いこの土地の事、魔石を相当量使用している筈だ。
「下手に動くと壊しちまいそうで怖いな」
窮屈そうに言う田中に俺も同感だ、これ見よがしに花瓶や壷が飾ってあると、どうしても不安になる。
「私もどうにも慣れそうにありません」
そう言って恐縮しているのはヤッガランさん。確かに彼はどう見ても実務担当、街の防衛の責任者と言った風で、こんな場所は彼の守備範囲外だろう。
そんな訳で、城に入ってからは執事のお爺さんが案内してくれている。
「ここでお待ちください」
そのお爺さんが案内してくれたのは、入り口からそう遠くない部屋だった。その部屋の中も当然豪華で我々三人はどうにも落ち着かない。
いや、お前は王族だろうが、なんで内装程度でビビってるのかと突っ込まれそうだが、王族は別に何を壊しても問題無かったからね。
微妙な立場の中、違う文明にぶっこまれたら緊張するのも仕方が無いだろう。
「…………」
で、皆で無言である。
なんとも客を待たせるのに向かない空間だと言わざるを得ない。……いや、これは逆に威圧しているのか?
そんなこんなで居心地の悪い思いをしていたが、そう待つ事も無く目当ての人物はやって来た。
「お待たせしました、私はグプロス卿の補佐をさせて頂いているシノニムと申す者です、以後お見知りおきを」
そう言って入って来たのは銀髪。違うな、プラチナブロンドのショートヘアの女性だった。その容姿は端的に言って非常に美しい。整った顔立ちにエメラルドの瞳、薄い唇に知的な笑顔が浮かんでいる。
スタイルも見事で、正に出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。そんな抜群のスタイルは女性向けのドレス姿では無く、男性の様なジャケット、シャツ、パンツ姿に包まれていた。
男装の麗人と言うべきか? いやそんな派手な主張する様子はない。気取った飾りも派手な刺繍も無く。唯一の女性らしさと言えば可愛らしいリボンタイぐらい、それすら細めの下襟と相まって控えめな印象を受けた。
「シノニムさん! 良かった、実はグプロス様に彼女の事を伝えて欲しいのです」
驚いたのはヤッガランさんの反応だ、こんな美人、どう考えたって顔採用。補佐だか何だか知らないが、話が遠い奴が出て来ちまったかと思ったのだが。
「ええ、お話は伺いました。彼女が
「はい、遠く
「そんな約束は出来かねますが、火急の用件ですし、善処したいと思います」
和やかに話す二人にはしっかりした信頼関係が感じられる。
ヤッガランさんは五十過ぎのおじさんだ。対してこの美人さんは精々三十前だろう、それが対等に話をしているのだから驚かされる。
呆気に取られていた俺は慌ててソファーから立ち上がる。
「ご紹介に預かりました、私がエルフの王国、エンディアンの姫。ユマ・ガーシェント・エンディアンです」
胸に手を当て優雅に挨拶、ここからいつも通りのお涙頂戴の独演会なのだが……
コレは一筋縄で行く相手じゃないぞと気持ちを改めるのだった。