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スフィールに到着

 俺達はソノアール村を出て七日、とうとうスフィールに到着した。


「大きいですね」

「そりゃそうよ、この辺りの要所にして世界の中心とすら呼ばれる都、それが城塞都市スフィールさ」


 城塞都市、ファンタジーの定番だ。城郭都市って言うのが正しいんだっけ?

 あーどっちでも良いのか。

 ググった事が有るぐらいに憧れていた街の姿がここにあった。そびえる壁の高さは10メートル以上、厚さも3メートルは有るだろう。

 この厚さは何を警戒しているんだ? 大砲? いや投石器だろうか?


「オイ! キョロキョロすんなよ、おのぼりさん丸出しだぜ」

「仕方ないでしょう! 本当におのぼりさんなのですから」

「言っといて何だが、姫がおのぼりさんって偉い矛盾を感じるな」


 田中に馬鹿にされたのは腹立たしいが、これだけ迫力の壁を見てワクワクしないのは無理だろう。俺は顔を赤くして照れ隠しにまくし立てる。


「それよりも、酷い順番待ちではありませんか! この列では何時まで経っても入ることなど出来ませんよ!」

「あー並んでるのは隊商の奴らさ、馬車も無い俺らはノーチェック、逆に言うと入国審査もガバガバって事」

「帝国の人間も居ると言う事ですね」

「どころか、帝国軍人だろうが金さえ持ってりゃ大歓迎って場所だぜ? ここは」


 そこまでかよ、それこそ『偶然』見つかって、『偶然』殺されましたじゃ洒落に成らないぞ。


「護衛、頼りにして居ますよ」

「良いけどよ、あんまりチョロチョロされちゃー守り切れないぜ」


 うっ、確かにそうなんだろうが、見て回りたい所は多いんだよな、ここは一つアレかな、プリルラ先生お力でご機嫌取っておくかな。


 ……

 …………あーそうか、そう来ますか、良いところを突くね君も! フムフム。


「なっ! 何を弱気な! そこをしっかり守るのがアナタの役目でしょ! しっかりなさい!」


 顔を赤くし上目遣いで睨みながら、スカートの裾を両手でギュッと掴み、ちょっとハスキーなキンキン声で怒鳴り付ける、ツンツンキャラって奴だな、俺が知る田中の好みから考えても間違いない仕事だ、プリルラ先生は半端ない。


「ハァ……そう言うの良いから行こうぜ」

「えっ!?」


 アレッ!? 無効! ノーリアクションですよ? プリルラ先生?

 ため息を漏らしつつ門番の元へとスタスタと歩いて行ってしまう田中へ、今度は本気で睨みながらキンキン声で叫ぶのだった。


「待って! 待ちなさい!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「オ、オイ! コイツが本当に森に棲む者(ザバ)なのか?」


 田舎の農民の兄ちゃんに取り敢えず鎧と槍を渡しました、みたいな感じで強そうには見えない門番が震えながら俺を指差す。

 俺達はソノアール村の村長に書いて貰った手紙を門番に見せた。そこには当然俺の正体が森に棲む者(ザバ)のお姫様だと書いてある。


 隠して都市に入る事は出来るだろうが、そもそも都市に入るのだけが目的では無い。

 俺達はこの街で帝国の非道と、脅威を語って世論を動かさなくてはならないのだ。

 コソコソするのなど論外、逆に後でバレれば痛くも無い腹を探られてしまう。堂々とするしかあるまい、いきなり斬りかかれる事も無いだろう。


「はい、私がエルフの姫、ユマ・ガーシェント・エンディアンです。」


 名乗り()でるや、俺は頭に巻いていたショールを解いた。人間と比べて長い俺の耳が露わになる。


「コレが……森に棲む者(ザバ)


 コレ呼ばわりとはご挨拶だが、まぁこんな程度で怒っていてはこの先どんな目に合うか解った物じゃない。


「私達は森に棲む者(ザバ)改めエルフの代表として、このスフィールの領主、グプロス殿と会談の為に訪れました」

「エ、エルフ? それにグプロス様と?」

「お前じゃ埒が明かねぇ、ここの責任者を呼んで貰いたい」


 話が進まないのを見かねて田中が口を出してくるが、コレは予め決めておいた段取りだ、俺の様な少女が威圧したって何のプレッシャーも無いからな。


「は、ハイ!」


 慌てた門番は村長の手紙を片手に駆け出して行くが、こっちは手持無沙汰となる。


「会えるでしょうか? グプロスに」

「さぁな、いや、会わせて見せるさ。俺だって妖獣殺しって名前は売れている、その俺が護衛してるんだ、ただのフカしとは言わせねぇよ」

「…………それ程の知名度が有るのですか?」

「まぁな、帝国じゃ叙勲を受けて、騎士爵への推薦もあったぐらいだからな」

「凄いでは無いですか、どうして断ったんですか?」


 騎士爵の授与、旅の冒険者にとって最高の栄誉と言って良い。それを断ったと言えば悪い意味でも噂になっているに違いない。


「旅をしたかったからな、褒美を取らせると呼ばれてホイホイ顔を出したんだが、事実上の叙任式だった訳だ、断っちまって随分怒らせちまった」

「……それは、そうですよ」


 旅の為……か、眼鏡もそうだがコイツ本当に俺らを探すために頑張り過ぎだろう、言うべきか? 俺が高橋だと、……でも。

 コイツは、多分。俺が全ての元凶だと知っても、手の平を返したりはしない気がする。

 俺はセレナのブローチを握りしめ考える、結局は俺の問題なのだ。俺に揺るがぬ鋼鉄の意思が有れば、言おうが言うまいが何も変わらない。

 でも揺るぎそうな気がしてならない。楽しく昔を思い出して馬鹿みたいに笑う、それで月夜の下、セレナごと燃えて行く家を呆然と見つめながら、復讐に殉じて生きると誓ったあの日の覚悟がもし溶けてしまったら?

 色々な記憶を吸収し酷く不確かな何かに成り掛けている自分まで、一緒に消えてしまいそうな気がしてならないのだ。


 その他にも他愛のない事を田中と色々と話して待った。特にエルフの国の文化や食べ物についてはスフィールまでの道中でも色々と聞かれたものだが、まだまだ話すことはある。


「そのリュードと言う花はどんな味がするんだ?」

「味は殆ど無いですね、香りは良いのですが……仄かに、そうホンの僅かに蜜の甘みを感じる程度です。野菜と同じと思って頂ければ」

「へぇ、そんなもんばかりで肉は食わねぇのか、魔獣を生で喰らう化け物みたいに言われてるんだぜ」

「……そうですね、私は食べたのですが……この様です」

「あ?」

「この髪と目、元は銀だったのです、中途半端にピンクになってしまって」

「オ、オイ、その髪、元々じゃ無かったのかよ! 随分エキセントリックな色だとは思っていたが」

「染めてる訳では無いのですよ、三日三晩寝込んで、気が付いたらこの色です」

「マジかよ」


 そんな事を話していたらようやっと、責任者らしき人が現れた。年の頃は五十過ぎか? その歳にして鍛え上げられた体に、白いものが混じった髪と髭はしっかりと整えられ、デキる男の雰囲気が有る。もちろん先ほどの農民臭い兄ちゃんとは違ってかなり強そうだ。


「お待たせした様だ、私がここの責任者のヤッガランだ、失礼する」

「おおぅ! 随分待ったぜ」

「それはご迷惑をお掛けした。多忙の為ご勘弁願いたい」

「ご丁寧にどうも、俺はこのお方の護衛をさせて貰っている、田中と言う者だ。妖獣殺しって二つ名の方が知られているがね」

「ほう、あなたがあの!」


 ヤッガランさんの言葉に適当に話を合わせた感は無い、本当に妖獣殺しの話を聞いた事があるのだろう。


「この街でも派手に暴れたと聞いていますよ、ダイスのいかさまをしていたゴロツキをダイスごと斬ったとか」

「殺しちゃいねぇよ、ちょっと鼻に切れ込みを入れただけだ、机は斬っちまったがな」


 碌な知られ方じゃ無かった! 何やってんだよコイツ。

 俺がタナカをギロリと睨むと、何を勘違いしたのかこのタイミングで俺を押し出してくる。


「そんな事より、このお方が森に棲む者(ザバ)改め、エルフのお姫様、ユマ・ガーシェント・エンディアン様だ」

「ほう」

「ご紹介に預かりました、私がユマ・ガーシェント・エンディアンです」


 エンディアン王家の名は、本当は王と王妃ぐらいしか名乗っては行けないのだが、長い名前のがハッタリが効くだろう。王族感有るよな。

 あと、もう森に住む者(ビジャ)は完全に諦めた。エルフで良い。


「これはこれは、ご丁寧に。ところで失礼ですが浅学にて、エルフと言う言葉、初めて聞いたのですが」

森に棲む者(ザバ)等と言うのは、人間の作り出した虚像に過ぎません。我々も貴方達と同じ人間なのです。ですが耳の長さ等、民族的な違いが有るのは疑いようも有りません」

「確かに、そうですな」


 ヤッガランさんは俺の耳や目をジッと見る、珍しいのだろう。


「我らが民は今後エルフと名乗り、森に棲む者(ザバ)等と言う化け物ではない事を訴えていく所存です、そしてビルダール王国と協力体制を築きたい」

「それは大変に壮大なお話ですな、ただの門番である私には過ぎた話です。分かりました、グプロス様のお耳に入る様、私の方で何とかしましょう」

「ありがとうございます」


 思いの外上手く行きそう、少し首を傾げ、左手を胸に、右手でスカートの裾を軽く持ち上げる。貴婦人が感謝を表すポーズとして国では散々習って来た。


「いえいえ、こちらこそお待たせして申し訳ありませんでした」


 ヤッガランさんも両肘を掌で抑えるポーズで頭を下げる、この辺りの所作からやはり只の門番では無いだろう。


「どうです? 私はこれからスフィール城まで行きこの事を伝えるつもりなのですが、宜しければ道すがらこの街をご案内しますよ」

「まぁ、ではお言葉に甘えてお願いしてよろしいでしょうか」

「ええ、早速ですがすぐに出ましょう、遅くなると受付が終わってしまいますから」


 そんなこんなで、ヤッガランさんの案内でスフィールの街へ繰り出す事になったのだった。

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