キチキチプリンセス4
【ユマ姫視点】
一言で言うと、巨大な鳥である。
巨大なカマキリが居るんだから、巨大な鳥だって当然居る。
そんなモノが、空を覆い尽くすほどに飛来したらどうなるか?
「皆さん! 家に隠れて! 今すぐ」
メチャクチャヤベーって事だ。
思い通りに行かない事だらけの人生だが、常に最悪が来ると仮定すれば、その予想は全て当たった。
本当は即座に家に隠れるべきだったのだが、どうしたってドヤ顔を披露したいと言う、危険な承認欲求を抑える事が出来なかった。
エルフは魔獣を間引いて大量発生が起こらぬようにしているが、それでも人里離れた僻地となれば防ぎようが無い時もある。
そんな僻地に、無数の
地球でも、イナゴが大量発生したと思ったら、どこからともなく鳥の大群が現れてイナゴを食い尽くしていった……なんて話を聞いたことがあるが、近い事が起こっていたのではないだろうか?
そんな大量の巨大な鳥たちが、普段はどうやってエネルギーを賄っているのか? 想像に過ぎないが、魔力が濃い場所に留まり、大気中の魔力を糧にしているのではないだろうか?
魔獣の体は巨大だが、ソレを賄うだけの餌が広大な大森林とは言え早々転がっているとは思えない。
思えばエルフだって、体格の割にかなりの小食であった。
そこへもってきて帝国が大森林のど真ん中、魔力を阻害する霧をブン撒いた。
するとどうなるか? 俺達が倒した
いや、翼を持つ鳥であれば、はぐれ個体も何も無い。屁をこいた奴から逃げる様に、気軽に霧の範囲から一斉に逃げ出すのは想像に難くない。
だとすれば何処へ逃げるか? 一番怪しいのは魔力が多い場所だが、大森林の奥程に魔力に溢れた場所など中々無い。
だったら他に行く場所は?
餌が豊富に有る所だろう!
そしてその餌がココには無数に有る。
奴らは必ず現れる。厄介事を招く事に関しちゃ俺の『偶然』は本当に頼りになるのだ、毒を以て毒を制す! これしか無い! そう思っていた。
――ドードードードー
聞こえてくるのは
このドードー鳴いてるのは確かドーガーと言う
そんなのが大量に空から飛来する様は悪夢でしかない。
空に蓋をするように、羽毛布団がのし掛かってくるような圧迫感と違和感。
空気すらジットリと重く感じ、遠近感が壊れ、自分が小さくなったような錯覚を覚える。
よく見れば俺が昔ムシャムシャ美味しく頂いたドードー鳥にそっくりだ。
こんなモン、よく見りゃ完全に魔獣じゃネーか! こんなの喰うヤツはどうかしてる!
問題は今度は俺が喰われる番ってこった。
「窓も! 全部閉めて! 補強してください!」
一緒くたになって、丈夫そうな一軒家に滑り込んだのはラザルードさんと、サンドラさん、エルフの男が二人と、そして田中だ。
田中の奴、護衛として職務に忠実で感心しちゃうね。その活躍ぶりもちょっと頭のネジを疑うレベルだ、適当に剣を持ってぐるりと回ったと思ったら、周りの幼体がバラバラと斬れて行くのは最早笑うしか無いだろう。
挙句、成体の
まぁ本人は必死だったのかも知れんが、人間の範疇のギリギリ外に居るんじゃ無いか?
何にせよ、全ての予想は当たった、後は事態がどう収まるかだ。俺達が
心の中で上手い事言った気になっていた俺に、食って掛かるのはラザルードさんだ。
「何だあの鳥どもの大群は!」
「
「あんな大群見た事ねぇぞ!」
「あれだけ餌が有るのですから、大森林中の
「こうなる事まで解ってたってのか?」
「一つ、餌となる
「てめぇ! 正気か? 俺達まで食われちまうぞ!」
――あーぐだぐだうっさいなぁ、俺は笑顔でラザルードのおっさんに近づくと、トンッとその胸に人差し指を突き付ける。
「虫に食われるか、鳥に食われるか。それだけの違いでしょう?」
ニヤリと我ながら凶悪な笑顔で睨み返してやると、ラザルードさんは滑稽な程仰け反った。
「……狂ってやがる」
「
「何が言いたい」
「
とは言え俺もそこまで事が上手く運ぶとは思っていない。だがそんな時でも楽しそうな男が一人。
田中だ。
「だったら鳥共に、俺たちゃ簡単に食えねぇぞって教えてやりゃー良い訳か?」
「はい、その通りです」
田中の言葉に、俺は頷く。流石物分かりが良くて助かるね。お前が食われて、どうぞ!
「で? 何かやる事はあんのかよ?」
ラザルードさんもなんだかんだ肝が据わっている、やるべき事を探し始めた。
……いや、真っ先に慌てたふりをして質問を重ね、周囲に状況を把握させる。そんな道化を演じる事で場を収めたとしたら、流石は熟練の冒険者と言った所か?
「特にやる事は有りません、家の中で休息、ただし警戒は怠らない様に」
「どういうこ……」
――ズガァアン
ラザルードさんの言葉は家を揺らす轟音に遮られ、悲鳴と怒号が巻き起こる。
「何が起こった!」
誰かが叫ぶも答える声は無い、いや、唯一田中だけがその正体を見切っていた。
「居るな」
天井を見上げ呟く、そうか、屋根に
「どうするよ? 姫様?」
「皆さん! 柱の側に! 家が崩れるかも知れません!」
「だな、ほらコッチに来い!」
田中が恐慌に陥ったエルフ二人の襟を引き摺り、内壁まで引っ張った。思わず柱と言ったがこの家は壁で支える構造、それ故内壁の辺りが最も丈夫と思われた。
――ゴォンガァァン、グギャードードーキィィィ
家の中央で肩を寄せ合った俺達だが、外からは物騒な音が繰り返されている。家を叩く音、
休めなど言ったが、これで休める奴はそれこそネジが飛んでいる。
「クソッ何時までこうしてりゃ良い?」
「スース――」
愚痴るラザルードさんに皮肉の一つも返そうと見返せば、穏やかな寝息を立てる田中が視界に映った。
……居たぁ! 飛んでる奴居たぁ!
「チッ、コイツも大概イカレてやがる」
「……それは間違い無いでしょう、人間にはこれほどの戦士が居るのですね」
「んな訳ねぇだろ、こんなのは例外だ! 例外! 人間なのかも疑わしいね」
……だよな。神も大概はっちゃけ過ぎだろうよ。
大半の村人は、不安を隠さず十二の俺に縋り付く有様なのだから。
「姫さまよぉ、おらたちはココで化け物に食われて死ぬんだか?」
「……サンドラさん、それは私にも解りません。後はこの家が保つ事を祈りましょう」
おいちゃんも不安になっている。今やる事は気配を消して家の中でジッとする事だけだ。
それ程長い時間を待たず、辺りは静かになる。しかしその静寂は事態の解決を意味して居なかった。