新しい家族
あれからあっと言う間に二年の月日が流れた。
『ユマ』の記憶と感情の残り香が自然な幼女にしてくれたのか、殆ど不審がられる事もなくエルフのお姫様にしてくれている。
その代わり、『ユマ』としての感情が暴走する事もなく、すっかり俺の中に吸収されてしまった様だ。
とは言え、俺はもう『高橋』じゃない、新しい自我を確立しなくてはいけない。
心の持ちようを変えないとお姫様らしくない粗暴な言葉遣いが顔を出しかねないからだ。
そんな事になって誰が得をするのか? ハーフの俺を馬鹿にしてエルフの優位性を確認して悦に入りたい馬鹿だけだ。
そう考えると、日本語が通じないのがありがたい。ときどき「マジかよ」とか呟いてしまうのも、ただの奇声と思われているだけだ。子供は度々変な声で鳴くから大丈夫。
今の俺は五歳児にして、日本語にしたら笑っちゃうぐらい上品で、可愛らしいであろう言葉遣いで喋っている。
我ながら微妙な気持ちになるが、すらすらと口に出来るのはまるっきり言葉が違うからだ。
「お父様、今日は本当に良いお天気ですわね!」
家族と過ごす朝食の席、挨拶をかわす俺はすっかりエルフのお姫様。
お父様だって! お父様! 自分の口が紡ぎだす言葉が素晴らしい! 五歳児未満だと言うのにこの言葉遣いはもはや天才と恐れられるのでは?
と思ったがどうもエルフは早熟かつ高寿命。なんというチート生物! いやもう世界を征服しちまえよ!
やんわりと訊ねると、エルフはこの大森林を守るのが使命で、野蛮な侵略戦争などしないんだと、ふぅん?
そんな訳で、教育係のおばちゃんは当然の様にこのレベルの言葉遣いを要求してくるし、忙しい王様と話せる朝食の団らんは、お作法の成果をお父様に見て貰う好機となってしまう。
こんな堅苦しい喋りで家族の絆なんて深まるのかよ……と思わないでも無いが、家を空けっ放しだった前世の親父よりはマシって思っときますかね?
「今日は具合は悪くないのか? 無理はするなよ」
「はい! 今日はとっても調子が良いんです!」
優しいお言葉を頂いた俺は、緻密な細工の凝らされた木製のテーブルの上でグッと手を握り元気をアピール。
テーブルだけではない、椅子も建物もその意匠全てが前世では見た事も無い物だ。情報化社会だった前世ではあらゆる文明、文化をテレビ等で見てきたが、そのどれとも根本的に異なる。どうやって加工しているのか、想像もつかない。
当たり前だ、文化が違う以上に作り方が根本的に異なるのだから。
魔法! そう魔法だよ! 剣と魔法のファンタジー! そうだよね、エルフが有って魔法が無い訳無いよねー
既にちょっとした魔法の授業も受けている。王族だけに家庭教師のマンツーマンだ。
ハーフエルフだから、まぁそんなに優秀とは言えないみたいだけど、でもでも魔法制御は褒められてるし。優秀じゃないってのもエルフレベルのお話だと思う、人間から見たら結構やるんじゃないかな?
そんなこんなで、見るもの全てが新鮮な世界で、この二年過ごしてきた。
でも全てが上手くいっている訳じゃない、そう、俺の健康問題だ。
「おねえさまが元気だと、わたしもうれしいです!」
元気に返事をするのは覚醒後まもなく生まれた可愛い可愛い、私の妹にしてもうすぐ二歳になるセレナ、そう二歳。
二歳にしてこの喋り方、それも朝食では「おねえさま」だが普段は「おねえちゃん」と可愛く呼んでくれると言うTPOでの使い分け。
ちょっと人間離れしていると言わざるを得ないだろう、エルフだけど。
これで性格が悪いならともかく、ホントに良い子なのだ、前世の俺には妹も弟も居なかったのもあり、可愛くって仕方がない。
ただし、俺の方が、むしろ妹に心配され可愛がられてる節がある。
それもそのはず、未だに俺は病弱で二日に一度は寝込んでる有様、二年と言っても体感じゃ一年経ったかな? ぐらいなんだから笑えない。
しかもこの妹、全方位で優秀で有る。知能もそうだが、本当にトンでもないのは魔法の方だったりする。五歳の私はもうとっくに追い抜かれたし、大人のエルフすら上回りかねないのだから恐れ入る。
彼女の魔法を見て、え? 今のこの子がやったの? と二度見する召使いの面々を俺は何度もこの目で見てきた。
「ユマは体が弱いんだから無理をしちゃいけないよ? もしも何かやりたい事が有るなら兄さんに相談してくれるかな?」
そう言って話しかけてくれるのは、今年で十五歳になる私のステフ兄さん。
兄さんは金髪碧眼の超絶イケメンエルフだ。前世だったら確実に爆発の呪いを口ずさんで居たに違いないが、今は当然だが全く気にならない。
彼が居るから私には王位継承権なんてかすりもしないのは有難い。なにせ複雑なこの身の上、こんな奴に王位継承権が有って良いのか、とか揉められると死亡コース一直線。そうでなくても滅茶苦茶優しいお兄ちゃんなのである。
「そうよ、ユマ。あなたは一人で居るとすぐに無茶をするんだから」
母親のパルメが優しく微笑む。ああ、お母様は今日も綺麗だ。
金髪でふわふわしたハーフアップの豪華な髪型がさらりと流れ、おっとりとした翡翠の瞳が目を惹く。
「自分の出来る事、やるべき事を常に考えながら行動するんだぞ」
そしてこれが親父。エルフの国の王様、エリプス・ガーシェント・エンディアンその人である。
エルフだからなのか髭の一本も生えてないし、寿命も長いからか皺も殆ど無い。加えて儀式用に髪を長くしているから、長身でガッチリしているのに、少し女性的な印象だ。王だというのに、威厳よりも、美しさが先に来てしまう。
だからなのか、敢えて難しい顔をしている事が多い。なーんか魔法剣士っぽい感じ?
以上、五人家族で朝の団らんだ。
その複雑な家族の成り立ちみたいなのは後でたっぷり説明するとして、今一番、声を大にして訴えたいのは朝食の献立。そっちの顔ぶれだ。
その一、なんか芋っぽい奴。
この国の主食だ。タロイモみたいなのかな? すり潰されている。これはまぁ良いとしよう。
その二、なんかの球根。
ゆでた後一口サイズにカットされている、少し甘くて美味しい。
その三、葉っぱ。
苦みが有るがすり潰した芋と一緒に食べると程よい味のアクセント。
その四、花。
そう花である、黄色くてきれいな花で、飾りかな? と除けたら「好き嫌いは止めなさい!」と怒られた理不尽の塊だ。
そういえば前世の刺身についてたタンポポも食べられるんだっけ? あ、参照したらアレは菊の花だとさ、今まで完全にタンポポだと思ってた。いや、忘れてた。
参照はこんな感じで本人がすっかり忘れてる豆知識も取り出せる。今食べている花と似たような見た目の花が無いかと参照すれば、カラーと水仙の中間ぐらいの形だろうか?
美味いか? と問われれば香りは良いけど味は無いよね、と言った所。
その五、無し。
そう、終了である、計四品。
朝食なんだから四品ってのはまぁ良いけど、余裕の野菜オンリー。仮にも王族の飯がコレか! と言う思いだ。
エルフは菜食主義、なるほどどうしてテンプレ設定を忠実に守り抜いてる感じ、ファックだね。
こちとら純正エルフじゃないところに持ってきて、病弱不健康児なんだから動物性たんぱく質の補給は急務だ。というかさっきのメニューのどこに植物性たんぱく質要素が有ったのかも解らない。死ぬでしょコレ。
まぁ季節によって豆、キノコ、ナッツ……あとはそう、なんかの根っこ! 木の皮! こんな物も食卓に上がるんで、意外とバランスは整ってるのかもしれない、エルフにとってはな!!
で、そんなハーフエルフな俺の強い味方がパクーミルク、パクーってのはヤギみたいな不思議生物、と言うかこれヤギだろ。生命力が強く雑草駆除に大活躍でミルクも取れる。
じゃあこの唯一の動物性たんぱく質がエルフの中で押すな押すなの大人気かと言うと、もっぱら子供や病人の飲み物という認識で大人のエルフは見向きもしないってんだから、やっぱエルフの体の構造は人間とは違うと考えたほうが良さそうだ。
そんなこんなで朝食をもっしゃもっしゃと芋虫気分で食べ終わり、待望の洋ナシみたいなデザート、あ、五品目有りましたね、を美味しく頂きながら今日の雑談タイムだ。
「ユマよ、ちゃんと健康値は測っているのか?」
「はい、お父様、今日は5でしたわ」
「5か……やはり少ないな」
健康値! そう、この世界は健康値と魔力値と言う概念が存在する。不健康な私のお部屋に備え付けられた大きな鏡。
はじめはこれを見て痩せ過ぎて居ないか目で見て判断しろよ、ってことかと思っていたら、お手々を当てて念じれば、あら不思議。
健康値と魔力値がハッキリポンと数字で御開帳。
「なにこれ! 魔法みたい!」
って叫んだら「魔法ですよ?」と不思議そうにメイドさんに首を傾げられる始末で大恥かいた。
こういうのがある世界なんだ! と、ステータスオープン! とか夜中に叫んでみたのもいい思い出。凄い仕組みだと思ったものの、実はそうでもないようだ。むしろこんな大きな鏡の方が貴重で、その鏡に結果を映し出すところが滅茶苦茶凄いと力説されてしまった。
その仕組みだが、別に世界のシステムにアクセスして個人情報を
考えてみればアレだってなんか魔法みたいなもんだ、台の上に乗っただけで「はい、脂肪分30%、一見痩せてますけど筋肉ゼロの脂肪の塊ですねー」と言われても、仕組みを知らなければ狐につままれた様な気分になるだろう。
で、この健康値計は魔力の通り辛さで健康度をチェックしているらしいので、ホントに体脂肪計の魔力版と言えるだろう。
そこで私の健康値5! これでも今日は絶好調で、普段は4とか3とかが普通だ。ちなみに普通は20より多いぐらいだから、どんだけ不健康か解るというもの。
数字的にここでも体脂肪率が参考になるんじゃないかな? 体脂肪率が3%の子供。いやー死ぬんじゃないかな? 知らんけど。
そんな訳で皆に心配されるのは仕方がない、ギブミーお肉!
「お前ももうすぐ五歳、生誕の儀の準備を始めなければならないのではないか?」
「あなた、ユマは体が弱いんですから、あんな儀式しなくても……」
「そう言う訳にはいかんだろう? 長老たちも納得せんだろう」
「……そう、ですわね」
生誕の儀、これは五歳で行われる第二の誕生日の扱いで、五歳を過ぎて初めて一人の人間として扱って貰えるとの事。自分の両親の馴れ初めを朗読したり、劇にして、お父さんお母さん生んでくれてありがとうとお礼を言う。
両親にとっても罰ゲームなんじゃないかと思えてしまうのは現代人の感覚か?
これが現代だとテニスサークルで知り合って、お父さんが飲み会で潰れたお母さんをホテルに連れ込んで、ねっとり介抱してくれたから僕が生まれました。ありがとう! とかになるのか? 悪夢だな。
だからかは知らないが大分形骸化しつつある儀式らしい。とは言え王族である我らは無視する訳にも行かず、そして、まぁアレだ、私の生まれが心配されてるのだろう。
流石に朗読の一つも出来ないぐらいに頭が悪いと思われているとは考えたくない。
「だいじょーぶだよ! セレナのおねえちゃんならできます!」
セレナの励ましが眩しい。でもセレナとお姉ちゃんは血が半分しか繋がって無いとは口が裂けても言え無い感じが辛い。
「ユマ、お兄ちゃんだったらなんでも協力するよ、もし劇をやるんだったらかわいい妹の相手役は他人には任せられないからね」
こちらは事情を知ってるお兄ちゃんの優しいお言葉。
「ダメよ、ユマには私とパパの馴れ初めを朗読してもらうんですから」
「おまえ……それは……」
ノリノリのお母様に困惑する父。それはそうだ、俺の実の母親はパルメではない。
それでも実子扱いしてくれるのが嬉しい反面、俺の本当の母親を無かった事にされてもやっぱり複雑なので、いかんともしがたい。
ここは一つ、母の優しさだけを受け取って励みにしよう。
「大丈夫ですわ、お母様。わたくし頑張ります、頑張りたいのです!」
取り敢えずやる気をアピール。劇は体力が心配だが、朗読ならソラで朗々と歌い上げたって良い。
お父様と実の母親とのエピソードは複雑だが、俺には何の障害にもならないだろう。なんせ中身は一五歳、棒読みなんて醜態は晒さないし、記憶に関しちゃ参照権万歳だ。
だが、俺の元気は空振りみたい。余計に心配されてしまう。
「お前は無理をせず、今日の午前中は休んで午後の授業に集中しなさい」
「はい……」
ぐぐぐ、不健康が憎い、ちょっと動くだけで息切れする体が憎い。
「だいじょーぶ! おねえさまのことはわたしが見ます!」
そして妹の優しさが何より痛い、ちなみに午後の魔法の授業は妹と一緒だ、むしろ置いて行かれてる状況で、姉の威厳大崩壊である。
「ありがとう、セレナ」
俺の笑顔は引き攣っていないだろうか? それだけが心配だ。