キチキチプリンセス3
【田中視点】
「ヒッ来るな来るなぁ」
松明で必死に
「よっ! セッ、ホッ!」
対して絶好調なのは、サンドラとか言う俺にピッチフォークを突き付けた農民だ。鍬の扱いはお手の物、冒険者のラザルードよりよっぽど手際が良いんじゃねぇか?
「全くよぉ、耕すのは仕事じゃねぇんだがなぁ!」
当のラザルードは先程からひたすらに愚痴っている、冒険者としての体力は本物できっちり仕事をこなしてはいる。ただ得意の弓が使えないのが不満そうでは有ったが。
人間以外、エルフだって奮闘している。
「ハァハァ、そらっ! そらっ!」
枝切バサミで幼体を切り刻んでいるのは村長の息子だ、体が軽い
「「「やるぞ! うおぉぉぉぉ」」」
他にも俺らを襲撃したエルフの六人組もスコップを手に奮闘している。スコップもまた有効な攻撃方法だ。
それにしたってキリが無い、そして村の主力が全員ここに集まってるって事は? 魔獣に押し込まれてるってこった。
柵に放った木は延焼こそしなかったが、燃え尽きた後はスグにまた進行が始まった。もう柵は無いし策も無い。
「おい、おめぇのお客さんだぞ」
「わーってるよ!」
時折襲って来る
「オラぁ!」
気合一発、
驚いたことに
それだけ素晴らしい皮だけに、こんな加工をしちまったのが何とも惜しいが……
「おっと!」
考え事をしてたら避けるのが一瞬遅れ、俺の前髪を
こいつらは馬鹿みたいには攻めてこない。ジッと機会を窺ってやがる。そこで相手の間合いに敢えて踏み込み、攻撃を誘ってからのカウンターで仕留める。後の先って奴だな。
「キェェェェ」
猿叫を上げて放った一撃で
「ハァハァ、いつまで続けりゃ良いんだか」
俺が倒した
……いや。
――バシュ
遠くで
姫様はどの位、倒してる? 矢にも限りが有るだろうが、十は越えているだろう、成人の儀の祠では、手が痛い等と言っていたが案外、頑張っている。
いや案外も何も、姫様は何時も頑張り過ぎている、大人としては不甲斐なくて涙が出るね。
「じり貧だな」
「……そうだな」
「クソッ、こんなとこで虫の餌かよ!」
ラザルードがこんな泣き言を言うとは思わなかった、いや、状況はその位悪い。どうする? どうやって打開する?
「オイ、嬢ちゃんは何する気だ?」
「……ん?」
姫様は、村の端っこに有るログハウスの上で何やら……いや、斬りやがった。
確かに言っていた、風の魔法で直径30センチぐらいの木を切れると。
切り裂いたのはログハウスの棟木、そして恐らく柱だ、その証拠に巨大なログハウスの屋根がガラガラと崩れて行く。
「マジかよ」
思わず漏れたのは誰のつぶやきか。屋根が無くなり、取り残された壁だけの寒々しい光景。
そこに駄目押しと姫様が蹴とばすと、その壁すらも崩れて行く。
バラバラになった丸太達は道路に溢れ出し、
俺はその光景に開いた口が塞がらなかった。
「まさか……ここまで読んでたってのか?」
碌な作りじゃないログハウスとは言え、ここまで崩れるのは不自然。この展開まで読み切った上で、あらかじめ切って置いたに違いない。
一体アイツは何手先まで読んでいる? そもそも何も無かったらどうするつもりだったのか? 尋ねた所で答えは無いだろう。
「あの姫様、かんっぜんにイカレてやがる!」
ラザルードが叫ぶが、誰しも思いは同じ、紙一重の向こう側に全開で突っ込んでいやがる。
ましてや……そうかよ!
「あの嬢ちゃんは俺らを蒸し焼きにする気か!」
そう、姫様は再び火矢を放ちやがった! 無論、崩れ落ちたログハウスの残骸にだ! そこにも油が塗ってあったのかよく燃える事!
しかも、村の中を飛び回り端から家をぶっ壊しては火を放つ。みんなでこの村を守りましょうなどと、どの口で
しかし効果は劇的だった。あれ程湧き出る様に襲い掛かって来た
「よぉし押し返すぞ!」
「ゲホッゲホッ! 馬鹿な事言ってんじゃねぇ! このままじゃみんな焼け死んじまう!」
「よく見ろ、延焼しない様に巧みに崩れてない家とは距離を空けている」
「だからってこうも煙くちゃ戦いどころじゃねぇ」
そうか、特別制の俺の体は兎も角、普通はこの煙はキツイ、虫どもが逃げたのもこれが原因か。
だが、マズい、だとしたら煙が引けばまた
皆その事に気が付いていた。それだけに追い払った喜びよりも不安が大きい、奴等はまた来ると。
そんな俺たちの前に、放火を繰り返した本人が颯爽と舞い降りた。
「被害は!」
「ゴホッ、喘息患者が一名だ!」
「無事なようですね、何よりです」
ラザルードの軽口も悪びれず受け流す、だが魔力を使い過ぎたのか顔色は悪い。
「村ぁぶっ壊してどーするつもりだ!」
「死ぬよりはマシでしょう」
文句を言う村人へもドライに返す、
いつも通りの姫様だったが、ココからが『らしく』なかった。
「皆さん、後は我らの神が天から舞い降りるのを祈るだけです」
最悪の予想を見事当てて見せる姫様だったが、それでも神頼みだけはしなかった。村人全てを犠牲にしてでも神にだけは祈らないと思っていたんだが。
俺は神を信じている、恐らくこの中の誰よりもだ! なんせ会って会話もしている。だがアイツはこんな時に頼って良いようなタマじゃねぇ!
「オイオイここへ来て神頼みかよ!」
俺は、十二の少女にみっともなく罵声を浴びせるのを止められなかった。
普通に考えたらこんな少女が最後に神に頼る。泣かせる話で文句を言う筋合いでは無いが、俺は裏切られた様な気持ちが抑えれなかったのだ。
「いけませんか? 神は平等です、誰の元へも訪れる。祈りの一つでその確率が上がると言うなら安い物です」
「チッ、どの神に祈ったってご利益はねぇと思うがな」
「我らが祈る神は、女神セイリンでも、ましてや森の妖精でも有りません」
では何に? そう呟く誰かの声は、他の誰かの悲鳴にかき消された。
急に日差しに影が差し、辺りが暗くなったのだ。まだ日の入りには早い時間。皆、一斉に空を見上げた。
……何かが空を埋め尽くしている?
「時が来ました」
滔々と、良く通る声で姫様が語る、まるで神話の一節の様に。
姫様は天を指差し、語る。
「あれこそが我らが神、
輝く様な姫の笑顔に、またしてもその場の全員が飲まれていた。