勝利の宴
お祭り騒ぎは村長の家を飛び出して、村の広場で成人の儀のお披露目会として正式に行われる事となった。
あれだけの群れだ、本当は俺の成人の儀どころじゃない騒ぎだった筈。騒動の原因が両方とも、いや俺の分も合わせて三つも問題が同時に解決してしまった。
そもそも、帝国の奴らが攻めて来なければ、この時期に王都で大々的にお披露目会が行われる筈だった。それを思うと悔しさも滲む。しかし、俺は前に進んでいる。
「ひめさまがデッカイイノシシ倒した話聞かせてー」
「ワシらも聞きたいですわい」
「お前みたいのが大カマキリやっつけたってホントかよ」
「コラ! 何失礼な事言ってるの! スミマセンうちの子が」
しかし、儀式と言っても王都とは違う。格式ばった所はどこにも無く、まさに村のお祭りと言った様子で、田中と俺はさっきから話をせがまれてばかりだ。子供やお爺さん、悪ガキとその母親にまで囲まれてさっきから同じ話を繰り返してる。
まぁそれは田中の方も同じ様な物だろう、そう思ってチラリと様子を窺うとあっちは酒を片手にやんややんやと盛り上がっている。
「そこで姫様の渾身の魔法よ、ありゃあたまげたね、なんせ振り返ったら歩いて来た地面がそっくり無ぇんだ」
「オォォォォォ―――」
なんか田中が適当な事を言っている声が聞こえる。盛り上がるどころか、話を盛ってるみたいだが、放置して良い物だろうか?
「あれこそがエルフの姫の魔法かと度肝を抜かれたね」
「エルフ、それがタナカ殿の生まれた国の森の民の伝説ですか」
「おうとも、大陸の森に住むエルフに助けを求め、エルフの魔法と共に強大な敵に立ち向かう。俺の国の伝説よ」
「ほほぅ、だとするとタナカどのは伝説の体現者ではないですか」
「其れよ! 俺が剣で魔獣を切り裂き、姫様の魔法で止めを刺す、ガキの頃見た冒険譚そのままを体験したぜ」
「オォォォォォォ――」
「エルフの民に乾杯!」
「そうだ! 我らエルフの民に乾杯!」
……え? エルフって言葉、普及してきてない?
俺が考えた奴、
……ま、まぁどっちでも良いけど? 俺はどっちでも構わないんだけどぉ??
それに、魔獣を切り裂いたって? お前は猪のケツに彫刻刀刺してただけだろ!
いや? 違ったか? ま、まぁ止めは刺したし、頑張って走ったからね、良いけどね、良いんだけどね? エルフかぁ……直球で良かったんだなぁ。
俺は何だかんだ動揺を隠しきれず、なんとも落ち着かないままに過ごす羽目になった。
「ひ、姫様、いえ、ユマ!」
「え?」
そんな俺が突然呼び捨てにされたのは、そろそろ日も暮れ宴も終わろうかと言う頃だった。
「コラ、止めなさい!」
「で、でもあなた!」
俺を呼んだのは、たしか村長の息子の嫁、歳頃は母パルメと同じぐらい、流石に田舎っぽいが、それを含めて優しいお母さんと言う雰囲気を醸し出していた。それが思い詰めた顔で話しかけて来たのだ。
慌てて其れを村長の息子が止める格好だが、嫁さんは止まらない。
「姫様は本当に全てを忘れて、私たちの、只の村娘のユマに成る訳には行かないのですか?」
「……失礼とは思いますが、私もコイツと同じ気持ちです、姫様が家族の仇と帝国を恨む気持ちは解ります。ですがそれは12歳、それこそ成人したばかりの少女にはあまりに重過ぎる!」
「私、私は姫様の歳の頃、成人したって言っても形だけ、なんでも周りに頼って生きていました。そ、それが国を出て無能達の国に乗り込むなんて!」
「私たちは子宝に恵まれず、生まれていれば姫様ぐらいの歳だった、どうしても考えてしまうのです、そんな姫様が無能共に傷付けられる所を! それを想像しただけで……」
……そうか、だから俺の事を成人と認めないって村の皆は言ってたんだな。自分達の子供とするために。
……優しいんだな。でもさ、俺はホントは12歳じゃないんだ。
いや体は正真正銘12だよ? でもさ、中身は田中と同い年、戦える年齢なんだよ、いや、ホントはもっと早く戦わなくちゃ行けなかったんだ。
「……申し訳無いのですが」
俺はゆっくりと田中の側へ。
「私にはやるべき事も、戦う力も有るのです! 私は彼と、タナカと旅に出ます!」
「オォォォォ―――」
「うぅぅぅ」
私の宣言を受けてやんやと盛り上がる村人と、泣き崩れる夫婦。
有難いけどさ、やっと始まったんだ、俺の冒険が。遅過ぎて、失敗だらけでみんな死んじまった後だけど。だからこそケリだけは俺が付けないと。
「タナカ、これからもよろしくお願いしま……」
――チッチッチッ
胸に手を当て、軽く頭を下げた俺の頭上で不快な舌打ち。
……え? 今のなんだ? 舌打ち? 感動の場面だろ? まさか有り得ないだろ! ……いや、でも間違い無く田中の仕業。
「田中じゃないぜ」
「え?」
「これからは田中と呼んでもらっちゃ困る」
は? コイツ何言ってるんだ? 敬語で「田中さん」とでも呼べと? 調子に乗るな!
「あなたは何を言っているのです?」
「パパだ!」
「へ?」
「これからはパパと呼びなさい!」
「…………は?」
……意味が、解らないっ!!!!
「俺がお前のパパになる! それで全部解決だ!!」
……何の解決にもならんわ!
たわけっ! たわけ過ぎだボケェ!
「頭が……悪いのですか?」
「いーや何処も悪く無いぜ?」
「…………」
「どうだ? 呼んでみろよパパってさ」
そう言って両手を広げて待ち構えるが、その胸に飛び込むとか有り得ない。
「せいっ!」
「うげっ」
股間にキック一閃。
「馬鹿も休み休みにお願いします」
「つれないねぇ」
渾身の蹴りも虚しく、田中は大して効いていない風で笑っている。会場もバカ受けだがどうにも締まらないではないか。
俺としては、もうちょっとカッコいい冒険譚を紡ぎたい。
切実にそう思った。