薄幸の美少女の残滓
【ユマ姫視点】
――記憶が、
――混線する。
私が生まれたのは貧しい村だった。
その上、私は病弱で、誰かの支えが無ければ三日と生きて行けない様な有様だった。
それでも生きて居たいと思った。一日でも長く、一秒でも長く。
そのためにやれる事は何でもやろうと思った。まず人に媚びる事が上手くなった、私は一人では生きられない、人に嫌われては生きて行けないのだ。
それでも、上手くいかない事もある。そんな時、私は泣いた。子供だった私が、病弱だった私が、泣いてお願いしたら、聞いてくれる人は多かった。
私は泣き真似が上手くなった。
それでも、それでも上手くいかない事だってある。
そんな時、私は女性らしさを武器にした。ヨロヨロとしなだれかかり、さり気無く相手の手や背中に触れた、上目遣いで見つめたり顔を赤らめたり。
私は演技が上手くなった。
そこまでやっても上手くいかない事もある。
そんな時、私は嘘をついた。
「昨日から何も食べていないんです」「ここの所、咳が止まらなくて」「あなたに会う為に、今まで生きて来たのだと思います」何度言ったか解らない嘘を重ねた。
そして……私は嘘をつき過ぎたのかも知れない。
だから罰が当たったのだとすれば、世界は余りに意地悪だろう。大人しく死んでおけと言っている様な物だ。
いや実際そうだったのかもしれない、初めから生きられる道など残されていなかったのだと今なら解る。でも、私は生きたかった。
最早好きな様に涙が流せたし、輝く様な笑顔も、寂しげな微笑みも、顔色だって自由に変えられた。
だから私に味方してくれる人は増えて行った。私は色々な人に心配されて、それを頼りに生きて行けるのだと思っていた。
それでも、結局は上手くいかなかった。
初めに死んだのは父だ。父は私の為に無理をして森に狩りに出かけた。大物を仕留めて引き摺る様に帰る途中で、他の獣に襲われて死んだらしい。
次に死んだのは叔父だ。
父亡き後、私を引き取った叔父は、病弱だった私の為に、手を尽くして医者を招き、薬を仕入れて来た。
それがどの程度効果が有ったのか、正直殆ど実感はない。でも大変高価な薬や、有名な先生だったらしく。あっと言う間にお金が無くなった。
お金が無いのに薬は出てくるのを不思議に思っていたが、次に無くなったのは叔父だった。いつの間にやら居なくなり、村の近くの森で首を吊っているのが見つかった。
村長の息子や、有名なお医者さん、流れの旅人や、王都から来た戦士まで。
私を守ってくれると言った人は、櫛の歯が欠ける様にポツリポツリと居なくなっていく。
この前、最後の一人が死んだ。
飢饉だと言うのに、少ない食料を私に渡して無理して働いたのが原因だと。
この頃に至って、私は村の疫病神としての地位を不動の物にしていた。
今年の秋も実りが少なく、頼る者も無い私はこの冬を越えられないだろう。
私は成人をしていない、病弱を理由に先延ばしにしていた成人の儀。でも祠に辿り着く事ぐらいは出来るだろう。
でも帰ることは無い、私はそこで死ぬのだ。子供のまま、優しくない世界を恨んで。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一人の少女の記憶がなだれ込んで来る。頭が痛い! この感覚も三度目となるが慣れそうにない。
頭を抱え突っ伏した俺の背筋にゾクリと悪寒が走る。
その正体について考える前に、地を蹴って横に飛ぶ。背中の弓を庇いながらの無様な横転の最中、自分の髪が一房刈り取られたのが分かった。
最早その正体は明らか、
吹き出る汗、爆ぜる脈拍、荒れる呼吸。
それらを制御しながら膝立ちで体勢を立て直すと、振り向きながら背中の弓を引き抜き構える。我ながら流れるような動き。
しかし、既に
ただ避けたい一心で、ゴロンと横に転がる。今居た場所に鎌がザクリと突き刺さる。
その時、すでに呪文は唱え終わっていた。
「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」
魔法の矢! 当たれ!!
――シュ、バギャギャッ!
金属がひしゃげる様な音が響いた。
魔法の矢は軌道を制御可能とは言え、無理な体勢から苦し紛れに放った矢が当たってくれたのは殆ど偶然。残りは余りに距離が近かったからだ。
放たれた矢はけたたましい音を響かせながら
――グキュゥゥゥゥ
魔獣の甲高い悲鳴にも既に力はない。
「オイ! 無事か!? 姫様よぉ!」
俺が不格好に立ち上がって、最期の足掻きとのたうつ
田中は早速、犬位のサイズが有る
クソッ! 野犬だってそんな数に囲まれれば危ないぞ!?
しかし、こっちにだって余裕はない、残った一匹の成虫がこちらに向かって走り寄る。
こちらの得物は弓、相手の鎌の間合いに合わせて、命懸けで戦うのなんざ一生に一度で十分だ。
「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」
乱れる呼吸を抑えつけ、何とか呪文を唱える。魔法の力で一気に離脱だ。
「わわっ!」
しかし極度の緊張を強いられた体は魔法の制御に失敗した。華麗にステップを踏むハズの一歩が、込め過ぎた魔力で馬鹿みたいに吹っ飛んでいく。
魔力値ばかりか健康値まで大きく削る痛恨のミス。だがそれ以上に危険なのは、ここが狭い洞窟の中と言う事。
俺は空中で反り返る、反転した体は奥壁へと『着地した』。アニメの様なアクロバティックアクションだが、狙ったものでは断じてない。
それでも戸惑う事無く追ってくる
一歩、二歩、三歩で端に、そのまま思い切り踏み切って今度は側壁へ。
「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」
踏み切ると同時に移動の魔法の制御は手放し、次の魔法を唱える、二つの魔法を同時に制御するのは殆ど不可能。今度は肉体の力だけで側壁に着地し、壁を蹴る。
虚空に踊り出た俺は、素早く矢を放つ。
――シュッ、ズッパァァン
前足を高く持ち上げ、迎え撃つ格好だった
――グキャァァァァ
派手な断末魔を上げ魔獣が倒れるのは、俺が久しぶりに地面に着地するのとほぼ同時だった。
これで当座の危機は脱したか? 俺は緊張の糸が切れ、必死で呼吸を整える。
いや? そう言えば田中は大丈夫か? 成虫より小型とは言えあのカマキリ、犬並みのサイズで二十匹は居たハズだ。
魔獣の凶暴さを考えれば、二十匹の猟犬に襲われるようなもの、アサルトライフルを渡されたって勘弁して欲しい所だろう。
「そっちも終わったようだな」
――って、オイオイオイ。
荒い息をつき蹲る俺の前に、既に納刀を済ませた田中が手を差し伸べる。
チラリとその後ろを見れば、バラバラに散乱するカマキリの死体が無数に転がっている。
「ハァ……ハァ……ま、まさかアレを全部?」
「ん? ああ、まだ子供だからかな、お前が戦っていたのより大分柔らかいぜ? スパスパ斬れた」
スパスパですか! 一応コレ魔獣ですよ?
俺は田中の手を取って立ち上がる。うわっ! ゴツイ手だな! 剣ダコと言うのかカチカチに固い。戦いの歴史を感じさせる。コイツは一体どんな冒険をしてきたのだろうか?
田中は田中で、俺のぷにぷにの手を珍しそうに触ってくる。どうせ、なんもやっていない手だと思っているに違いない。
なんだか俺の中で猛烈に納得いかない感情が渦巻いて行く。
「何と言うか、ここまでとは思いませんでした」
「なにがだ?」
ココまでのチート野郎だとは思ってませんでした!!
何だよコレ、ズルくない? いやズルい。
「なんでも有りません、其れより私は助けを求めていませんし、ピンチに陥っても居ませんよ」
「ああ、儀式の事か? こりゃあ俺が村の心配をして、魔獣の子供を駆除しただけ。ただのサービスだ、それに村の連中もこいつを見れば否やも無いだろう」
田中が差し出したのは魔石だった。
魔石、この世界の生き物には魔石が有る。恐らく大気の魔力をろ過する臓器だと思われている。恐らくは間違い無いだろう。
この世界の魔力は毒にも薬にもなるのを、俺は身をもって知っている。
……それにしても、そうか、魔石か。ファンタジーでモンスターがゴールドを落とす矛盾を解決する手法として良く使われるが、エンディアンの王都では殆ど価値が無い物だった。
魔石には魔力が宿るが、魔力なんて大気に幾らでも満ちていたからだ。魔力が溜まる場所に行けば、魔石と同じ様な結晶も手に入る。しかし、人間の間では価値があると聞いた事がある、持って行くのも良いだろう。
「いちいち回収していたのですね」
「まぁな、こんだけ仕留めて、エルフ、いやビジャだっけか? 大人の資格無しってんならお前がやってみろって言ってやるよ」
なるほど、何よりの証拠になるか。
一応、ビー玉は回収したが、そんな物じゃ田中が助けたんだと言われかねない。
これだけの魔石を集めるのは村人にとっては大変だろう。
「では帰りますか」
「おおよ!」
俺達は洞窟を歩く、今度は出口へと。
……いや。
「いい加減手を放して下さい! 馴れ馴れしい!」
「……はぁ、つれないお姫様だこと」
もう勘弁してくれないかなこのチート野郎。