<< 前へ次へ >>  更新
38/306

成人の儀へと

【田中視点】

「納得いきません!」


 姫さんが朝起きての第一声がこれだ、それも無理はない。


「私がまだ成人していないとはどういう事です? こうして王家の秘宝さえ下賜されています」

「しかし、お披露目の式は挙げておらん、公的には成人していないのと一緒じゃ!」

「全てを忘れて、我々と暮らしてはくれませんか?」

「姫様には平和に生きて貰いてぇ」


 エルフ達は口々に言うがコイツは納得しないだろう。


「だったら今からこの村で成人の儀をすれば良いのですね?」

「え? いや、それは」


 まぁ、そういう話になってしまうよな。見た所姫様の魔法はここらのエルフとは桁が違う、話を聞くに村の近くの洞窟の祭壇に行って帰るだけらしいから、あっさりクリアー出来てしまうだろう。


「良いだろう、やらせてみれば良い」


 そこに、ヨボヨボのおじいちゃんが口を挟んだ。


「長老、何を言っているのです?」

「今、あの洞窟には大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が巣くっておる。今年、成人出来た者は居らんありさまじゃ、出来るものならやって欲しいものじゃな」

「長老! それでは本末転倒では無いですか! 我々は姫に幸せに、安全に過ごして欲しいと言うのに、そのために姫を危険な目に合わせるなど」

「多少魔力がある程度で、自分が強くなったつもりのはねっ返りにはお灸が必要なんじゃよ、いま口先で言いくるめた所で、自分の力で王都を奪還する等言い出しかねん」

「いや、しかし!」

「村長! 良いのですか?」

「……うーむ」


 なにやら長老と言われる、ヨボヨボの爺さんの言葉でホントにその洞窟とやらに行く事になりそうだった。


「言っとくが俺は護衛だ、危ない所に行くと言うならついて行かざるを得ないんだが?」


 こっちは仕事だし、姫様が試練で死にましたなんて許される訳も無い。


「勿論じゃ、お前さんは姫様が危ない目にあった時、助けてやって欲しい」

「それじゃあ試練にならないんだろ?」

「そりゃそうじゃよ、お前さんの手を借りた時点で儀式は失敗。それでええじゃろ? お主はスフィールへの護衛代をそのまま受け取り、村へはワシらから依頼のキャンセルと護衛代を満額返す。貧しい村じゃがお主の護衛代程度は捻出できる」

「まぁ俺はそれでも良いけどよ、姫様が普通にその成人の儀とやらをやり切ったらどうなる? 俺は余計な仕事が増えるだけなんだが?」

「そうじゃな、護衛代がワシらが払う分と合わせて倍に増えるとすれば、文句は無いじゃろ?」

「長老!?」


 護衛代が倍は美味しいが、この話は他のエルフ達にとっても寝耳に水だった様だ。


「それでは姫様の安全どころか、この無能に金を渡すだけでは無いですか」

「安心せい、今あの洞窟には大岩蟷螂(ザルディネフェロ)が少なくても十は巣くっておる」

「じ、十も!」

「姫様の儀式成功はありえん、あの男、仕事への責任感は本物と見た。姫様の安全も問題ないじゃろう」

「いや、しかし」

「上手い事大岩蟷螂(ザルディネフェロ)をあの男が減らしてくれたらしめたもの、無能なぞいっそ死んでくれても構わんからの」


 なにやらコソコソと話してくれているが神様謹製のこの体は耳だって良い、丸聞こえだ。

 いや、俺だけじゃない、どういう訳か姫様にも聞こえている様だ、コイツニヤニヤしていやがる。


「オイ、あの爺さんはああ言ってるが、村長もそれで良いんだな?」

「ハァ……まぁ、良いだろう。護衛代は何とか準備する」


 村長の方は姫様の実力に何となく気が付いてる節があるな、だが好都合。準備を整え明日にでも出発しよう。……そう思っていたんだが。


「決まりですね。我々、森に住む者(ビジャ)には時間が無いのです、すぐにでも出発します!」


 姫様の言葉に部屋は静まり返った、気の毒な者を見る目で姫を見ている。


「姫様、その森に住む者(ビジャ)と言うのはどうも……」


 若いエルフが姫様に耳打ちする、どうもこのビジャって名前、姫様が種族名にしようとしているだけで、どうにもニュアンスが違うとかで不評の様だ。

 あんなに堂々と言っていたのに、何と言うか、……恥ずかしそうだ。


「じゃ、じゃあどんな名前が良いと言うのです! 我々は同盟を持ちかける側なのですよ? 相手を無能などと言っていては話が纏まりません!」

「ですが、我々こそが人間ですし……」

「相手も人間です! そうやって見下していられる状況では無いのです! 森に棲む者(ザバ)と魔獣と同列に扱われている現状を、変えねばならないのです!」

「いやしかし、意味が違ってしまいますし違和感があります、いっそ新しい名前の方が良いのでは?」

「そこまでですか……」



 顔を赤らめ、声を荒げる様は何とも可愛いが、どうにも無理筋の様だ。周りのエルフもどうにも困っている。ここは俺が動くしか無いな。


「……エルフってのはどうかな?」

「エル……ふ?」


 周りのエルフはポカンと、姫様だけは苦虫を口一杯に頬張った様な顔をした。


「俺の生まれ故郷では、森に住む妖精の様に、魔法に優れた種族の伝説があってな、森に棲む者(ザバ)の話を聞いた時からおっかないってよりも会ってみたいって思いが有ったんだ」


「そんな伝説が?」

「聞いたことが有りませんな」

「遥か遠くの国なのでは? 背も顔立ちもこの辺りの者とは思えませんし」

「失礼ながらどこの出身ですか?」


 うーん、まぁそうなるか、どうしたもんかね、こんな事で嘘を付くのも憚られる。


「遥か遠くの国なので、ご存じ無いと思いますがね。遥か遠くの小さい島国で、日本と言う所ですよ」

「島! 人が住む島が有ったのか」

「それでは我らが知らないのも無理はない」

「遠地であるが故、我らの話が良いように伝わったのかもしれんな」


 感嘆の声を上げるのが忍びないが、まぁ嘘は言ってないぞ?

 見れば姫様だけは頭を抱えている、こりゃあ嘘をついてると思われてるな。


「取りあえず、その話は良いでしょう!? 私は成人の儀に向かいます。弓ぐらいは用意してくれるのでしょうね?」

「普通は親が送る物なのじゃがな、まぁ好きな物を持っていくがよい」


 そうして姫様の弓選びが始まった、まともな弓もあったのだが重すぎるとか、弦を引けないとかで話にならない。


「これで良いでしょう」


 そうして選んだ弓は、正直おもちゃにしか見えないシロモノだった、この辺りで周りからは姫様の儀式成功を疑う様な目が無くなった。

 代わりに俺への「絶対姫様を危険な目にあわせるんじゃないぞ!」と言うプレッシャーを滅茶苦茶感じる訳だが。


「ではすぐに出ましょう、タナカもいいですね?」


 姫様はそう言うが、周りからは大ブーイングだ。


「今からですか? 無謀です! 山道を六キロは歩くんですよ?」

「初めて行くんなら往復で五時間は見た方がええ」

「もう午後です、帰るころには真っ暗になりますよ」


「問題ありません、すぐに帰ります」


 しかし姫様はそれらの声を完全に無視した。

 周りからはため息と、嘲笑の様な物まで混じり出す、世間知らずのお姫様だと思っている様だがどうだ?


「では行って参ります」


 元気一杯、自信満々の姫に引っ張られるように、俺は村を後にした。

時間と距離の単位も翻訳していると考えてください。


一日を十個に分けて考える世界観なので、五時間ではなく二マスなのですが解りにくいですし。

<< 前へ次へ >>目次  更新