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弓を探して

 翌朝、村で短弓を探したが良い物は無かった。


 魔法を併用せず、弓の力だけで魔獣を狩る事は難しく、猟師は罠を使うのが主流だった。

 魔獣駆除を生業にして、村から村を渡り歩くハンター、いや異世界転生物らしく冒険者と呼ぶか、そう言う存在も村に何人か滞在していたが、使い慣れた自分の得物を他人に譲る馬鹿は居ない。居ても相当吹っかけられたらしい。

 そもそも、魔法を使わない俺の素の力は笑ってしまうぐらいの非力さだ。普通の弓は引けないかも知れない。魔法で肉体を補助してやれば引けるかもしれないが、そんな事をすれば、魔法で矢を加速出来なくなるので意味が無い。


 そういう意味で弓が見つからなかったのは幸いだった。折角見つけて来てくれたのに引くことも出来ませんって、想像するだけで胃が痛くなるぐらいに気まずいだろう。

 王都を出てからと言うもの健康一直線で忘れかけていたが、俺は筋金入りの箱入り姫だったわけで、筋力なんて全く無いのだ。


「いやぁ、ほんとにスミマセンです」


 と謝る村人、誰だっけ? ハイ参照権。そう! ザッカさん。

 役場の人らしく、冒険者や狩人に顔が利くとの事で、弓について聞いて回ってくれたらしいのだ。急な要望に動いて貰った上で、謝らせてしまっている。

 昼前の役場は人も多い、流石に申し訳ないと思うんだ。


「そんな! 謝らないで下さい、急に無理を言った私が悪いのですから」


 俺は心の底から申し訳ないと言った風に、ザッカさんの手を取って目を潤ませる。最近演じ過ぎた所為か、若干臭い感じになってしまったが申し訳ない気持ちは本当だ。


「あ、いえ……そんな」


 途端にザッカさんは挙動不審に陥る。この感じ、誠に勝手ながら断定させて頂くと、童貞だろう。

 真面目一筋の役場勤務で女性と手を繋いだ事すら無いんじゃないだろうか? 前世では非リア充、陰キャの王として鳴らした俺としては、どうしたって親近感が沸くじゃ無いか。


「ザッカさんは精一杯やってくれたと思います。私は戦いは素人ですから、弓なんて有っても気休めにしかなりません、弓はスフィールで手に入れれば良いのです」


 そう言って、更に強く手を握り、精一杯の優しい笑顔で語りかけた。

 すると益々ザッカさんは顔を赤くし俯いてしまい。ポツリポツリと語り出す。


「……わたすとしては、気休めだからこそ、心細い思いをしてるだろう姫に弓を持たすてあげたかったス」


 そう言うと……俯きながらちょっと泣き出してしまってるんじゃないか? コレ。

 いや……勘弁して欲しい。

 ザッカさんは涙に濡れる顔を腕でグッと拭うと、決意を込めた顔で口を開く。


「わ、わたす、今からもう一回、村を回ってきます!」

「や、止めて下さい! 私そんなつもりは無いのです」


 俺は今にも駆け出して行きそうなザッカさんの服の裾を掴んで止めた。ザッカさんは必死だが俺だって必死である。

 ここまでされて弓を引くことも出来なかった時の空気を考えると居た堪れない。それどころか、巨大な弓だと背負って歩くのだって重労働だ。

 ……弓を背負っただけでふらつく姿、容易に想像出来てしまった。その時の空気感は想像したくも無いだろう。


 間の悪い事に、正にその大きな弓を担いだ冒険者が役場に入って来る。


「ラザルードさん!」


 ザッカさんがその冒険者に呼びかける。ラザルードと呼ばれた三十過ぎで顎鬚を蓄えた冒険者は突然呼ばれた事にギョッとして此方を見て、その瞬間に全てを察した様だ。

 喜色満面、自分を呼びかける職員。その職員の裾を引っ張り必死に止める異種族の少女。酷い絵面に違いない。

 チラリとこっちを見たラザルードさんに、俺はブンブンと顔を横に振って答えると、ラザルードさんは呆れた様なニヒルな笑みを返してくれた。


「さっきも言っただろうが! こんなお嬢ちゃんにこの弓が扱えるわきゃあねぇだろ、ちったぁ考えろ!」

「で、ですが……何か、心の支えになればと」


 ……いやいや、心の支えが支えられずに、倒れてしまう。


「い、いえ、私の様な非力な者がその様な立派な弓を持っても使いこなせません、引けもしない弓を持っては、弓が可哀想です」


 何と言うか、既にラザルードさんにこの弓を渡せと交渉した後の様で、本当にザッカさんの暴走っぷりが恐ろしい。

 素人故だろうか? 普通に考えたらこんな弓、女の子が扱える訳ないだろう。

 当のラザルードさんは俺の言葉が気に入ったのか、ニヤリと笑った。


「弓が可哀想か、言うじゃねぇか! 気に入ったぜ? 嬢ちゃんの護衛は決まったのかよ?」


 やっぱり自分の得物を軽く扱う奴は嫌だよな。俺もいっぱしにコントローラーには拘る方だ。ちなみに一番ゲームが上手い木村は純正コントローラーだったよ、二万のコントローラーを買った俺の立つ瀬がないね!


 どうやら俺の事を気に入ってくれたらしいラザルードさんだが、俺の護衛はもう決まってる。予算的に二人も雇えないため、ザッカさんは慌てた。


「い、いやぁ、それはもう」

「ああ、姫さまの護衛は俺で決まりだ」

 そこに、いつの間にか現れた田中が割り込んだ。


「ほう?」


 田中をギロリと見上げるラザルードさんも170cmは超えているだろう。村の農民と比べると断然背は高い。それでも田中はさらに頭一つ分近く背が高いのだ。


「妖獣殺しか、噂通りの偉丈夫の様だが、腕の方はどうなんだ?」

「間違いねぇよ、妖獣殺しなんて言われちゃ居るが、本当は人間相手の方が得意な位だ、帝国の奴らが襲って来ても何ともねぇよ」

「言ってくれるな、だがたった一人でどうするつもりだ? 相手は何人で来るかも解らないんだろ?」

「何人で来ようと、お姫さん一人逃がすぐらいは何とでもなるぜ」

「言うじゃねぇか」

「言うだけの腕が有るからな」


 そう言ってお互いニヤリと笑い合う。


 正に男と男の会話である。なんとも羨ましい。

 女の子としちゃあ、こんな会話に憧れるのは違うのかもしれないが、何を隠そう前世の俺は冒険者ごっこを一人で敢行してた痛い経歴の持ち主だ。


「嬢ちゃんそんな不安そうな面するなよ、俺達の間じゃこんぐらい普通さ」

「ああ、もしこのおっさんが突っかかって来る様なら俺がぶった斬ってやるからよ」

「俺が斬れるかよ?」

「斬れるさ」


 今度はそう言って再び睨み合う、ぐぬぬ、見せつけてくれる。

 どうやら羨ましさに眉を顰め(ひそめ)、唇を噛み締める俺の表情が『荒っぽい会話に慣れない少女が、その剣呑な雰囲気に戸惑う不安げな顔』に見えたらしい。

 俺は既に悔しいを通り越し、悲しい感じになってきた。


「ちょっと待って下さい! 姫様が怯えていますから!」


 ザッカさんが慌てて二人を止める。俯いて拳を握り締める俺の姿が、ザッカさんに誤解された格好だ。


「わーったよ、邪魔者は去るとしますか。オイ妖獣殺し、嬢ちゃんの事しっかり護れよ」

「言われるまでもねぇ」


 ポリポリと頭を搔きながら気だるげに去って行く、その動作まで男らしいラザルードさんと、それにやり返す田中の一言。

 俺が姫してる間に、冒険者としての踏んで来た場数と歴史を感じる。

 ……あーあ、たまんねぇなオイ。


 そうこうしている内に村を出る時間だ、今日は午前中は弓を探し、昼食を取ったら村を出る予定で、昼食は既に役場に来る前に頂いている。

 スープには待望の干し肉の欠けらがちょっとだけ入っていたが、弓が見つかったらどうしようと不安で不安で、味なんてさっぱり解らなかった。


 役場を出るとニコニコ顔の村長が待っていた。「村を出るまで、お供しますよ」と言う事で田中と三人で村を歩く。


 門に近づくと見送りの村人が何人も集まっていた。


「姫様達者でな」

「帝国の奴らに負けんなよ!」

「ビジャの姫様の噂、期待してるからな!」


 みんなの暖かい声援に涙が出そうになる。特に最後の言葉には、森に棲む者(ザバ)と言う鬼の様な存在じゃ無く、森に住む者(ビジャ)と言う種族だと言う啓蒙活動が実を結んだという手応えを感じる。


 俺がそんな風に感無量の面持ちで居ると一人の村人が進み出て来た、サンドラのおいちゃんである。


「ユマ姫様ぁ」

「サンドラさん、お世話になりました」

「そんですが、お節介かも知れませんが、もう少しお世話させちゃ下さいませんか?」

「どういう事です?」


 何だろう? サプライズプレゼントだろうか?


「俺ぁ、まだその男を信用しきれねぇ、姫様と二人っきり何か間違いがあっちゃ事だ、俺も隣村まででいいんけ、付いて行きたいでよ」


 サンドラのおいちゃんは興奮すると訛りが強く出るのでどうにも聞き取り辛い。


「えっと、まさか付いて来るのですか?」

「マズいっけ?」

「いえ……そんな、ご迷惑じゃ」


 聞けば畑仕事は今集まっている俺の応援団がしばらく変わってくれるとかで、隣町までは同行出来るらしい。

 だから心配なのは畑やテイラーさんの生活じゃない、おいちゃんの命だ。


「危険……ですよ?」

「それを言うなら姫様の二人旅のが危険だぁ」

「それは……そうですが」


 俺の『偶然』は真っ先にこのサンドラのおいちゃんを殺しそうな気がしてならない。その時テイラーさんに申し訳出来ないだろう。

 俺は人間を皆殺しにしたいぐらいに思っていたが、俺に優しくしてくれる人を優先して殺したい訳じゃ無いのだ。


「良いからよ、そろそろ出ようぜ」


 田中は容赦なく急かしてくる。


「んだ、そんだが大きな荷物持ってバテなきゃ良いがな」


 そう田中は俺が大牙猪(ザルギルゴール)に潰されたピラーク馬車から回収した荷物を丸々担いでくれている。

 おかげで今の俺は手ぶらで有るが、ちょっと大きな村で荷馬ぐらいは仕入れたい物だ。

 この世界にも馬は居る、正確には馬にしか見えない生物だろうが、違いと言えばちょっと耳が長い程度だから馬で良いだろう。

 荷馬は乗用馬より安いが其れでも値は張る。ただ買った後スフィールで売れば良いのだからそれ程の負担は無いだろう。

 ただ、当の田中があんまり必要としていない様で。


「この程度でバテる訳ねぇだろ? おめぇとは鍛え方が違ぇよ」

「その減らず口が、何時まで続くっぺな」


 と、おいちゃんとやり合っている。


「どうかお元気でー」


 厄介者が同時に居なくなったと、清々した顔で送り出す村長の髭を、今度こそ思い切り引っ張りたい衝動に駆られながら、俺はソノアール村を旅立った。

健康値:体力値とも呼称され、高い程に健康で、生命力が有るとされている。

エルフの平均は25前後、人間で30前後。


高い程に、怪我や病気の治りが早い他、疲れも取れやすい。

魔法を抵抗(レジスト)する力が有る。


その性質を利用して体に微量の魔力を流し、その減衰率で測定している。


魔法を浴びて一時的に減少した健康値はバッドステータスの様な物で一定時間で回復する。


体質的に魔力に弱い人間が、魔力の濃い大森林に踏み入れると健康値で抵抗(レジスト)しようとするため、健康値が劇的に減少する。


対して、エルフは生命活動自体を魔力に頼る部分が大きく、魔力が低い森の外では健康値が減少する。

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