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炭焼き爺さんの憂鬱

ファーモス爺さんはその日、生業(なりわい)にしている炭焼きの仕事のため、旧パラセル村の片隅の炭焼き小屋でその夜を過ごしていた。


 今年で百と十歳を数えるファーモス爺にとって、パラセル村と旧パラセル村の行き来は楽な物では決してない、現に娘夫婦には炭焼きなんて止めろと幾度となく言われている。

 ただ炭焼きは爺にとって大切な家業、父も祖父もずっと炭焼きで生活してきた、そりゃ最近の火窯の魔道具は便利で安全、火力の調整も簡単だ。


 炭なんて旅人や行商人、鍛冶屋などの特殊な職業の人間にしか需要が無い、それにしたって、最近は小型な物や高火力な物も出てきて益々炭の需要は無くなると言われている。


 それでもファーモス爺は炭焼きを続けている、炭が燃える様はエルフの魂を揺さぶるのだ、この伝統を絶やしては行けないと訴えるのだ。


 後はファーモス爺の個人的な復讐と抵抗だ、魔道具に、魔力と言う存在に、それらに頼りきりの生き方に、ファーモスは疑問と抵抗を感じていた。

 思い出溢れる旧パラセル村、追い立てられる様に移住せねばならなかったのは何が原因か?ファーモス爺とて生まれる前だが、長い歴史と伝統有るエルフの王都を追われたのは何が原因か?


 魔力では無いか!


 年々増して行く魔力、魔力に高い親和性を持つエルフにして長時間(さら)されるには耐えられない程になっていった。

 そして溢れる強力な魔獣、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)なんぞ伝説の中の生き物だと思われた物が普通に現れ始めおった。


 だれにも敵わない様な化け物を討伐して行く王の偉業はそりゃあ素晴らしい、でも、そんな化け物が出てくる程の魔力こそが問題では無いか。

 ファーモス爺はそんな風に村でも一人気を吐くが、村人は困り顔で笑うのみ。相手は天災の様な物だ、どうしようも無いでは無いか。


 どうしようも無い事にプリプリと怒るファーモス爺は厄介者の偏屈爺さんで通っていた。

 そもそも炭焼きを家業とする者は先祖代々偏屈が多かった、炭焼きは煙も匂いも出る、村から遠く離れた山の上での仕事が常なのだ。


 そういう意味で、井戸水や魔獣除けの設備と言った最低限のライフラインが整う旧パラセル村を最も活用しているファーモス爺が、一番魔力避けの移住に納得が行ってないのだから難儀な話で有る。


 そう、ファーモス爺は今日も元気に誰も居ない旧パラセル村で、炭を焼いていた。もしもの話になるが昼頃にユマたちが村に辿り着いて居れば、村外れでモクモクと煙を出す炭焼き小屋を見つける事が出来たであろう。


 しかし、夕方には片づけを始めたファーモス爺は、日が沈む前に床に就いた。

 そして、真夜中に一人目が覚める。なにか予感めいた胸騒ぎ、空気に混じる煙の気配、感じ取るや否や飛び出した、まさかこの歳になって火の不始末かと暖炉や炭置き場を見回すも異常無し、となるとエルフの国では少ないのだが、盗賊か何かが廃墟となったパラセル村で火を使い、不始末で出火した可能性が頭をもたげる。


 まだ賊が居るとするならば、齢百を超えるファーモスに出来る事などない、しかしそうでないなら延焼を食い止める手は幾つかある。

 逸る気持ちで最近動きがめっきり鈍くなった足を動かし村へと急ぐと、元村長の家の煙突からモクモクと大量の煙が出ていた。

 なるほどこの辺りで最も立派な建物だ、迷い込んでまず目を付けるのがここに成るだろう。しかし、ファーモス爺はこれで盗賊と言う線は無いかと思った。


 一番目立つ家で、モクモクと五月蠅いぐらいに火を焚いているのだ、隠れようと言う気が微塵も無い。

 となれば子供の火遊びかと、村長宅へ入り込む。一階の暖炉にこそ何も無かったが、人の入り込んだ形跡が有る。ならば二階かと踏み込んで寝室の扉を開けると呆れるぐらいの熱気と煙が溢れ出してきた。


「全くふざけおって!」


 愚痴が零れるのも仕方が無いだろう、木屑だらけの家で暖炉を使ったらこうなると言う見本の様な事態。暖炉から漏れ出た炎が木屑を伝って部屋中に蔓延しているのだ、しかしファーモスの不機嫌な表情も炎に撒かれた部屋の中心で眠る、二人の少女を見るまでだった。


「な、なんじゃと?」


 それは余りに幻想的な光景。

 炎の中で照らし出される、手と手を取り合って静かに眠る赤と青の妖精二人。


 大慌てで火を掻き分けて二人に駆け寄るも反応が無い、一人はドレス姿の青の妖精、もう一人は典型的な猟師姿の赤の妖精、二人は全く異なる格好をしていても受ける印象、顔立ちから共に育ちの良さを感じさせ、やんごとなき生まれの二人だと、炭焼き爺さんにして察せられる程だった。


 このままにしておける訳がない、赤髪の少女の肩を揺するも反応が無い、続けて青髪の少女の頬を叩くがその時におおよその事情が解る気がした。


 ……死んでいる。


 青髪の少女は既に冷たくなっており、赤髪の少女はその手を取ってしがみ付く様に眠っている。


「心中か……」


 二人の間に何が有ったのか無かったのか、一介の爺さんには解り様も無いと思ったが、見てしまったからには助けたい、これが分別の付く大人だったら勝手にしろと見捨てたかもしれないが、まだ孫よりも小さい幼子の様な少女だ。


 少女の手に有る、見るからに高級そうな冠とブローチを頭と胸に付けるといよいよ炎が危険なまでに回り始めた。

 爺の手では二人を担ぎ出すのは無理だ、まだ息のある赤髪の少女を背負うと炎を避けながら慎重に部屋を出る。

 部屋を出る際にゆっくりと振り向くと炎に囲まれ、ドレス姿で一人眠る青髪の少女に危険なまでの芸術性、神話の様な何かを感じてしまう。


「セ、セレナ?セレナ―」

「駄目じゃ!行ってはならん」


 目を覚ました赤髪の少女が背中で暴れるが、事態は一刻を争う。


「離して!セレナが、セレナが」

「無駄じゃ、もう死んでおる」

「そんな、そんな……」


 呆然と呟く少女、恐らく解っていたのだろう、でも受け止められないのだ。ファーモス爺とて息子に先立たれた時はそうだった。

 しかしこんな少女には重すぎる現実だ、だが今は残った命を優先するべき時。

 いつ以来かの勢いで駆け出し、階段を下りて家の扉を蹴破った。


 見上げれば轟々と燃え盛る屋敷の二階と、煌々と輝く大きな満月、背中では(せき)を切ったかの様に泣きじゃくる少女。


「セレナぁ……セレナーーーーー」


 ファーモス爺さん、(よわい)百と十にして、真夜中に一人、途方に暮れるのであった。

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