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エルフの王の苦悩

「敵は明日にもグエラ平地に辿り着く模様です」


 王の執務室で物騒な報告をする男、彼はエルフの王国ことエンディアン王国の軍の最高責任者、スーダ将軍その人だ。


「数は?どれほど揃えてきた?」

「約一万程かと」

「ハッ、わざわざ殺される為にそんなに用意したか」

「良い訓練になりますな」

「全くだ」


 一万人もの大軍勢が王都へほど近いグエラ平地に迫っている。普通の国家元首なら泡を吹き、唾を飛ばして檄を飛ばす場面だが、エリプス王はどっかりと椅子に背を預けたまま、口からはため息が漏れるだけだった。


「奴らも懲りないな」

「全くですな、しかしこうも定期的にやってきてくれるのは考えようによっては悪くありませんぞ、なにせ奴らは魔物が少ない時を狙って来てくれますからな、平和が続き兵の士気の低下は懸念材料でした、そろそろ招待状でも書こうと思っていた所です」

「だとしたら筆不精の我々は飛びきりのプレゼントを用意せねば申し訳が立たんぞ?」

「全くですな、腕によりをかけてパーティーの準備を整えております」


 ニヤリと笑う将軍、国王も嘲笑が漏れる。

 余裕、一言で言うとそうだ、エリプス王には一欠けらの危機感すら無かった。


 人間がエルフの王国に攻めてくる、コレは最早、王国の歴史上『恒例行事』と化していた。エルフの王国は魔道具こそ発展しているものの目立った資源も無いし、エルフの森は占領するにあたって人間にとって考えられる限り最低の条件が揃った土地だ。国土は魔獣だらけ、国民はエルフで全員が魔法使い。そして何より人間はこの森で『生きて行けない』。


 それでも何故か人間はエルフの王国に定期的に戦争を挑みにやって来る、奴らはこちらと話会う気も無く使者の一人も寄越さない、そのためその理由が分かったのは二百年前、この国の歴史を考えれば笑ってしまうほど最近だ、こちらを殺しにくる連中の目的すら解らずに戦っていたのだから笑うしか無いだろう。


 奴らの主張はこうだ、「森から魔獣が溢れ出して村や国土を襲う、森に棲んでいるのはエルフ、エルフが人間を襲うために魔獣をけしかけている」


 この相手の主張を聞いたときに、エルフの長老は奴らが冗談を言っているのだと思ったそうだ。

 それはそうだ、エルフが森に住み、森で魔獣を狩っているからこんなもので済んでいるのだ、それをあろうことか、魔獣の元凶がエルフだと。

 もし、もしもだ!魔獣を手懐けて人間を襲わせる方法が有るのだったら、エリプス王はその首を差し出しても全く惜しくないとすら思っていた、それほど侭ならない相手なのだ魔獣と言うのは。

 正気を失った動物が攻撃的な本能のみで活動している様な存在で、比較的大人しい魔獣を利用しないでは無いが、その本能を理解し操るには途方もない歴史の研鑽が有ったし、凶暴で人を襲うような魔獣を手懐けるなど夢のまた夢で有った。

 エルフが死に絶えた後の世界で、どうやって人間が魔獣に対抗するか見てみたい衝動にすら駆られるがそのために種族諸共死んで見せる訳にもいかない。


 そもそも、エルフが魔獣を狩っているなどゼナの様な森で活動する冒険者なら常識だし、知ろうと思えば国家として知る方法など幾らでも有るだろう。

 それをしようとしない時点で、本当にその主張を自分自身で信じているかどうか怪しい物だ、それよりもエルフの中で通説だった、『人間が襲ってくる理由』の方がよっぽどしっくりくるだろう。


「奴らは嫉妬しているんだ、エルフは皆が魔法が使え、賢く、寿命が長く、いつまでも若々しい、自分たちより遥かに優れた生き物がすぐ側に住んでいる事に耐えられないのだ」と。


 だが、エリプス王はもう一歩踏み込んで考えていた。


「奴らは怖いんだ、エルフは皆が魔法が使え、賢く、寿命が長く、いつまでも若々しい、自分たちより遥かに優れた生き物が何時か我々を支配するべく動き出すのだと疑っているんだ」と。


 エリプス王の考えは、大枠で的中していた。大枠でと言うのは『恐れている』と言うのを人間がとてもじゃないが認められないからで、どんな理屈をつけようがそれが本質だと言うのは疑いようも無い事実。


 無駄な心配を。


 と思わずにいられない、何せエルフもまた森の外では『生きて行けない』のだから。

 エルフは魔力が濃いこの森でしか生きられない、そして人間もまた魔力が濃いこの森で生きては行けない。

 魔獣だってそうだ、餌を求めて、天敵を恐れて森を出ても、結局長くは生きられない。そんな存在を、魔力が薄い地で生き抜いている人間が怯えて暮らしていると言うのだから滑稽だと言わざるを得ない。

 外を目指して死んで行ったエルフと違い、魔獣溢れる深い森で暮らして初めてここでは生きられないと気が付くのだから寿命の短い人間に気付けと言うのはハードルが高いのかもしれない、いや、それでも何百年同じ事を繰り返している?いい加減気が付いて欲しい物だ。


 この恒例行事も歴史を紐解けば、初めの内は森の外郭で追い払う事に専念して、エルフにも多くの被害を出してきた、しかし人間の弱点に気が付いてからは相手を魔力が濃い森の奥まで引き込んで、人間が戦い易い平原まで用意してやり、そこで一網打尽にする方法に切り替えた。

 今回の作戦だって人間一万にエルフは精々千人、ちょっとした軍事演習に過ぎない規模だ。と言ってもエルフの純粋な兵士は二千程、その半分も出すのだから人間には精々頑張ってもらおう。

 体調不良で碌に武器も持てない人間に平地で全力の魔法をひたすらぶつける戦争だ、歴史上エルフ側が百人死んだことなど一度も無い。


 消して交わらない、交わる事が許されない種族だと何時気が付くのだろう、私の様に美しいエルフの娘と恋でもすれば、あちらの権力者も気が付くのだろうか?そんな考えがエリプス王の脳裏を過る。

 ゼナはこの森でも剣を持って戦える、ある種の超越者だったのは間違いない、この森に自生する薬草を採取する人間に稀にそう言う者が現れる、そんな彼女とてこの森で生きると言う選択肢は取れなかった、人間の体にこの森の魔力が良かろうはずがないのだ。


 思うのは愛するゼナとの間に生まれた我が子ユマ姫の事だ、彼女は病弱だった、それはそうだ、ハーフエルフの彼女にとってこの土地の魔力は強過ぎた。


 それでもエリプス王は愛娘を魔力の薄い森の外郭、それこそハーフエルフが多く住む村に移住させようとは思わなかった。もしもそれを行ってしまえば彼女とは一生離れ離れになってしまう、王宮で育たなければ王族として認められないと言うしきたり。

 ただそれだけならまだ陰から見守る事も出来ただろう、だが幼少期を魔力の低い地で過ごしてしまえばその地に順応してしまう、さながら高地で生きる民が酸素が少ない環境に順応するように、ハーフエルフの彼女が魔力に順応する僅かな可能性すら失ってしまう、パルメがゼナに自分が育てると約束したと言うのも大きいが、エリプス王自身もまた愛娘と共に過ごしたかった。


 本来は成人の儀を果たした発表の際に婚約者の発表も行うのが王族として生まれた娘の通例だ。

 それが婿探しすらしていないのだからエリプス王の娘への執着は異常とも言えた、なにせ病弱な娘を見て「これならゼナの様にふらりと外へ飛び立ってしまう事も無い」と安心すらしていたのだ。

 無論娘を愛していない訳では無い、気を失い何日も目が覚めない時など眠れぬ夜も何度も有った。それでも、それでも彼は娘を手元に置きたがったのだ。

 私は親失格だな、娘の健康以上にゼナに振られた自らの心を癒そうとして居るのだから。

 そう自嘲する王だが、予感が有った、日に日に愛したゼナに似てくる娘が、何時か、いや遠くない未来にこの手の中から飛び立ってしまうと。

 結果的に王の予感は当たった、しかしその予感は最悪の形で牙を剥いたのだ。

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