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キチキチプリンセス

 あれから二年が経った。

 歳を重ね、俺はどんどん健康に……と思ったのだが、期待にそぐわず俺の健康値はいまだに15止まり。ただ15もあれば病弱なりに生きていける、と言う感じなので無理はしないように体を慣らして行っている。

 普通に出歩くだけなら止められない程度にはなっているので、俺はここ二年の間に念願の『異世界NAISEIチート』を試みた。


 異世界転生モノで驚くのが井戸へのポンプ取り付け率だ。正直、俺は、何の予備知識も無しに異世界に放り出されて、手押しポンプを作れる気が全くしなかった。

 だと言うのに「異世界に転生したからにはポンプぐらい余裕だよねー」とばかりにぽんぽんとポンプを作る主人公達に、中学生だった俺は焦りに焦った。

 「アレ? 俺ひょっとして頭悪いのかな?」と怖くなった俺は、慌ててwikiを見て作り方を調べたモノである。なるほど単純な構造とは思ったが、実際に作るとなると工作精度も必要そうだし、こんなの図面を引いて伝えられるのかと冷や汗をかいた覚えアリ。


 しかーし、俺には『参照権』がある! 俺の事は歩くWikipediaと呼んでくれ! 前世で一度見たwikiなら詳細に思い出せる!

 今こそ『異世界で内政チートは出来るのか』の答え合わせをするつもりで、鼻息も荒く井戸に乗り込むと、魔法で勢いよく水を汲むエルフの姿が其処にはあった。


 ……なるほど、なるほどー


 フムフムと訳知り顔で頷きながらクルリと踵を返すと……俺は部屋でそっと泣いた。


 よく考えれば……だ、エルフは全員大なり小なり魔法、もしくは魔道具が使えるんだから、キツイ肉体労働の部分はそりゃ魔力を使う。電力で機械化した現代文明と大差がない。汲んだ水だって建物の屋上に貯水してあり、水道管を通って魔力を込めると水が出る仕組みまで有るってんだから恐れ入る。

 畑仕事だって当然魔法だ。魔道具で作られた(うね)がキレイに並び。雑草は山羊(パクー)に食べさせる。

 つまりだ、内政チートの道は閉ざされた……と、そう言う事みたいだ。


 次だ! 他に転生のお約束と言えば? ハイ、そうです! 料理です!!

 食生活の改善は健康になりたい俺の願いとも一致する。


 しかし……だ、小麦が乏しい、肉が無い、卵が無い。

 もうこの時点で料理チートは両腕複雑骨折してる様なもの。この条件で料理チートが可能な日本人なんざ居ねーよ! 居るなら嫁に来てくれ! いや俺が行く!

 俺はタロイモの料理なんてなんも知らない。芋だからって肉無しコロッケでも作るかと説明すれば、パルッコの事ですか? って聞かれた訳で、つまり既に有りましたと、ちなみに美味しいもんじゃなかった。

 コロッケが作れるって事は油は結構有る訳で、石鹸も存在してるし、おまけに高品質だった。つーか現代日本にこれを持って来れれば天然素材の高級石鹸としてチート成り上がり出来る気がする。

 良かったなエルフの民よ、日本に転生すればチート出来るぞ! 俺はもう諦めて良いか?


 いっそ料理チートは諦めるにしても個人的な健康状態の改善には取り組みたい。

 そう! 動物性たんぱく質だ! ヨーグルトだけじゃなく、クリームやバターは有ったのでバターミルク共々、最近は結構出してもらえる事になった。

 後はチーズだ、チーズはこの世界には普通に存在していて、本によると人間の間ではヨーグルト以上に普及している。

 ただエルフの国にはなかったので作ろうぜーって言って作ってもらった。と言うのもエリールと言うイチジクっぽい植物とミルクを混ぜると固まると本に書いてあったので、すっかり廃れてしまったエルフのチーズを文献を頼りに復活させたと言う訳だ。

 味は……まぁ美味いとは言えないかもだが、先ほどのコロッケと一緒に食べたりすると味気無さが大分解消される。後はナッツと一緒に本を読みながら手慰みにポキュポキュと食べている。

 保存もソコソコ効くので旅をする人や、後は酒のつまみとして人気が出てきていると聞いた。ユマ様が療養のために食べていると宣伝しているらしい。それで量産されて安定供給してくれるなら万々歳だ、名前ぐらい幾らでも使ってくれ。

 そういう意味で初めての内政チート成功な訳だが、膨大な読書の賜物であり、1ミリたりとも前世の知識を使った転生チートじゃないのがなんとも……「前世の俺の人生って何だったんだろー」と虚しくて仕方が無い。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、そろそろ俺は次の野望に手を掛けようとしていた。


 肉だ!


 微妙なチーズを齧っているとますます肉が恋しくなってしまった。

 俺は肉に思いの丈をぶつけるために、エルフの狩猟小屋で決意を固めている。狩猟小屋と言っても王都の拡張に伴い、町から近すぎて最早キャンプ場扱いされている場所だ。

 お付きの人は居ない、わがままを言って一人で来た。どこかで見張って居る可能性は有るが、もういい、今日俺は肉を食う。


 魔獣は食べられないと言う理不尽。確かに異世界モノでそう言うルールの作品も見たことが有ったが、どうせなら顔が豚なだけで人型のオークでも美味しく頂ける異世界に転生したかった物である。

 正直、今ならオーク肉でも倫理とか糞食らえでかぶりつける自信が有る。何なら前世でオーク呼ばわりされていた田辺君のお腹にだってかぶりつける! ……やっぱり可哀想だから止めてやるか。


 今日の狙いはブーブー鳥、ドードーみたいな名前だが普通に飛ぶ鳥だ、この森では珍しく魔獣ではなく動物だと言われている。


 となれば狩るしかあるまい。


 弓を片手に狩猟小屋を出る、他の荷物は小屋に置いてきた、勢い良く駆け出す先は湖、小さくて水質も悪いため泳ぐには向かないが、魚や鳥は多くいるのだ。

 ちなみに魚だが食べるエルフも居る、食べた事は有るが、川魚特有の臭みが有るうえ淡白で肉を食いたい欲望を抑えられるものじゃなかった。その上、水質的な問題か食うと腹を壊したりする事が多いと聞くので普通は食べないし、そもそも川辺は魔獣だって来るのでそんな冒険は出来ない。

 俺は前々から川辺の木に止まるブーブー鳥を狩ってやろうと当たりを付けてきた。祈るように狙いの場所に走ると、果たしてブーブー鳥は何羽か木に止まっていた。


 フゥーフゥー

 ブーブー


 小さい土手の影に滑り込み、深呼吸で息を整える。俺の呼吸音が名前の由来となった特徴的な鳴き声と重なる。ブーブー鳥で間違いない。

 土手に片膝を立てて身を乗り出し、そのまま構える。普通に考えたら遠い。でも俺には魔法が有る。


「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

 ――シュ、ズパッッッシュゥゥパァァァン!


 当たった? 当たったよ! マジか! 一発で当たるとは!


 落下した仲間を見捨てて、ギャーギャーと逃げ出すブーブー達。俺は慌てて木の下に駆け込んで死体を回収。

 ここが意外と危ない所で、横取りしようと魔獣が駆け込んでくる恐れがある訳だ。俺は呼吸を殺して走る。


 ハァッ! ハァッ!


 獲物を手に駆け込んだ狩猟小屋。俺は未だに興奮が冷めやらない。

 荒い呼吸を必死で整える。お稽古でも思ってたけど俺の弓の腕、なかなか捨てたもんじゃない。弦楽のお稽古も思ったよりモノになってそうだし、歯を食いしばって生きていれば意外と行けるもんだ。

 ってか弓よりもいっそ弦楽のが良いかもな。俺の体力じゃどうやっても荒事には向かない。これからどんな不幸があるか解らない以上、いっそ弓の腕を磨くより、可哀想だねと同情される生き方を研究した方がいいかも知れない。

 今の俺はお姫様だから生活には困って居ないが、不幸体質である事を勘案すれば、最悪、国を追い出されるぐらいの可能性は考えた方が良さそうだ。

 強くなるより強い奴らに守って貰った方が生存率が高いと信じての転生だった事を考えると、人間相手に流しのギタープリンセスとしての余生を狙うのが正しいのかもしれない。


「実はおばさん、昔はエルフの国のプリンセスだったのよぅ……」


 なーんて客に言いながら不幸話で食っていくみたいなのどうだろう? 神様が厳選したんであろう俺の複雑な生まれのおかげで、演目には困らずに済みそうだ。

 そんなどうでも良い事を考えてるとスッカリ息も整った。まず羽を毟る。これがかなりの重労働で、すぐに手が痛くなる。

 足で羽を踏みつけて両手で引っ張ったりと色々と試したが、結局、生える向きを見て、丁寧に抜いた方が早かった。

 ……折れた羽が残ると、取るのが滅茶苦茶大変なんだもん。


 羽の処理が終わると血抜きと内臓の処理だ。頭を落として血抜き。前世の鳥の丸焼きの記憶や、本で見た知識をもとに腹を掻っ捌いてそこから内臓を取り出す。これも大変だがやり遂げた。

 足も切り落として、頭の肉や内臓と混ぜ、よく刻んで叩いてミンチにする。

 実はこのミンチも主役の一つ。このミンチに油をたっぷり引いたフライパンで炒める、キャンプ場化した狩猟小屋は窯や鍋は充実していた。フライパンや塩、油は持ち込みである。

 二十分ほどで色が変わり茶色くなったところで、王宮の台所からパクってきた蜂蜜を投入。貴重品なので普通に怒られそうで怖い。

 ぐちゃぐちゃと混ぜ合わせながら更に過熱、もう真っ黒と形容しても良い危険な色合いだが匂いは良い感じ、しっかりメイラード反応が起きている。

 そこにたっぷり塩を足して味見をしてみると・・・おおっ!『けっこう醤油』している、ケッコーマンと名付けよう!

 この醤油作成こそ、隠しミッションだったと言って良いだろう。俺に取って醤油の無い生活もまた耐え難い物だったのだ。

 しっかし、この醤油コスト凄いよな? タンパク質は豆、糖分は玉ねぎみたいに熱すると甘くなる野菜で代用出来ないもんかな? 今回は一緒に食っちゃうけど残りカスみたいな黒っぽいミンチも出来るし。

 肝心の鶏肉本体は、鍋を被せて鍋の上から炭やら薪で過熱する、蒸し焼きに成ったらいいなーぐらいの気持ちだ。三十分ほどで開けてみたらちょっと危険な気がしたので追加で二十分。

 一回開けちゃったのもあって、蒸し焼きって感じじゃ無くなったけど皮もパリパリで結果オーライでは無かろうか? 解体にも使ったナイフをキッチリ洗って切り分けて、ケッコーマンさんを振りかけてさぁ実食。


「おおおおぉぉぉぉ」


 美味ーい、うまいぞー、これが肉だ! 醤油だ! 焼き鳥だー!

 ナイフで切る、頬張る、噛み締める、美味い。それの繰り返し、時折内臓の取り漏れが有ったのはご愛敬か? 大きいと思った丸焼きが見る見る小さくなる。


「ケプッ」


 結局一人で殆ど食いきってしまった、いやー満腹満腹、余は満足じゃ。

 満腹のお腹をさすりながら考える、こりゃー成人の儀もいけるんじゃないかと。

 成人の儀、それは生誕の儀をこなした子供が次にこなすべき試練だ。ってか生誕の儀は試練でもなんでもないので実質、成人の儀が最初の試練だ。

 成人の儀で初めて大人として認められる。エルフの中では生誕の儀前は生まれてない扱いで、生誕の儀の後から成人の儀までが子供、成人の儀以降が大人と言う訳だ。

 その内容は簡単に言うとお使いだ。エルフの祠って言う聖地の一種まで行って帰ってくるだけ。

 問題は昔は祠と町が近かったのだが、都が遷移した際に祠が遠くなってしまったと言うのだ。迷惑な事だがそのお陰で八歳で行うと言う年齢制限が緩和され、十二歳までに行えば良いと変わったのは有難い。

 近所の商店街へのお使いが隣の県まで自転車で冒険に変わった感じだろうか?

 いや、エルフは育ちが早いと聞く、それで十二歳って事は話以上に危険な道のりと考えた方が良さそうだ。ってか二年前みたいに巨大猪に発見された瞬間に詰む。

 何か必殺技が欲しいな、レーザーとか? いや逃げる為に兄様がやってる木の間を飛ぶように移動する魔法が良いんじゃないか? 教えて貰おうか、今なら何でも出来る気がする。


 しかしこのままでは眠ってしまうなと立ち上がろうとした時だ、急に眩暈がした。


 え? と思った次の瞬間、のどの奥、胸に近い所に激痛が走った。景色が歪む、立ち上がった筈が横になっていた、倒れたのだと理解するのにも時間が掛かった。


「あ゛ぐぅ」


 声も出ない、のどが痛い、歪む世界がゆっくりと暗くなっていく…………





 どれぐらいだろう、長い間、のどが、頭が、目が、お腹が痛いと、壮絶にのたうちまわった気がする。

 真っ暗な闇の中で痛みと苦しみだけが何度も襲ってきた。

 このまま死ぬのか? 俺は鳥を食って食あたりで死ぬのか? そんな間抜けな死に方で良いのかよ? 何のために覚悟をしてこの世界で一人の女の子の命を乗っ取ってまで生きて来たんだよ。クソッ、クソッ。


 ……痛い、痛てぇ、くるし、つらい。


 暗闇の中誰かの声が聞こえた、誰だよ? 誰が俺を殺すんだ? 誰が俺に嫌がらせみたいな不幸を持って来やがるんだ?


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 セレナ、妹か。セレナだったら良い、騙されたって裏切られたって構わない。

 セレナの所に行こう、セレナが死のうって言うのなら死んだって良いんだ、セレナの所に行こう。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「セレナ?」


 目の前に泣いてる妹が居た。


「お、お姉ちゃ! お姉ちゃん!」


 セレナが抱き付いてくる、重い、二年でセレナも大きくなった。俺は何日寝ていたのだろう、自分の腕が痩せこけて見える。


「お姉ちゃん四日も目を覚まさなかったんだよ、苦しそうにずっとうなされてて」


 四日か、流石にそれだけ一切の意識も無く寝込むのは、最長記録かも知れない。

 今までは仮死状態かと言うぐらいに静かに眠って三日と言うのが多かったから、うなされての四日は珍しい。酷い消耗をこの身に感じる。


「あの、お姉ちゃん、だ、大丈夫?」


 心配するセレナに大丈夫と答えようと思ったとき、ふと鏡が目に入った。

 ベットの上に誰かいる、誰だ? と思ったがベッドの上に居るんだからそれは『俺』に決まっているのだ。ただ、俺は俺が俺だと認識できなかった。

 セレナは俺が鏡をみて固まったのに気が付いた様だ、鏡と俺を見比べて笑って見せた。


「大丈夫だから、セレナはお姉ちゃんの髪の色が変わっても気にしないから」


 そう、鏡の中の俺は、髪の色が、妖精と例えられた銀髪から輝く様なピンク色に変わっていた。ピンクシルバーとでも言うか、アニメでも中々居ないような派手な色合いと言えよう。

 よく見ると目まで、いや右目だけ銀からピンクに染まっている。虹彩異色症(ヘテロクロミア)、これまた中二病的な因果を背負っちまったな。これ治るのかな? 治んない気がするな……

 話を聞くと、狩猟小屋で気絶してるのが見つかってお屋敷に引っ張って来られたと、どうもやっぱり監視してる人が居たらしく、なかなか出てこないから踏み込んだら気絶してましたと。

 発見したのは御側付きとして長いピラリスだったので、初めはいつもの事と思ったらしいのだが、珍しく俺がうなされている、……で傍には鳥の残骸が有るんだから。


「こいつ食ったな」


 とバレて、毒にでも当たったかと思い慌ててお部屋に連れて来たらしい。

 後で調べると、ブーブー鳥も魔獣の一種とする説が有り、だとするとこの髪と瞳の色の変化は魔獣の肉に依る『変化』の一種なのかもしれない。


 角が生えたりしなくて良かったと思えばいいのだろうか?


 もちろんこの件で俺は家族総出で猛烈に怒られ。二度と獣肉を狩って食べないと約束させられてしまった。当然であろう。

 一方で、心配していた髪と瞳の色だが。


「ゼナが赤髪だったのだからその血が出てきたのではないか? ゼナの子が銀髪な事の方が不思議だったのだが、途中で色が変わるとすれば納得だ」


 と父様に言われて、俺も深く考えすぎていたなと、えらく納得した。異世界なんだし、成長と共に髪色が変わる民族とか居ても不思議じゃ無い。


 参照権で見る母は見事な赤髪だ。そう考えると、金髪の父との間にピンクゴールド? ピンクシルバー? 似たようなもんだな。そんな色の娘が生まれるのは納得感がある、遺伝子的にはどうか知らね、異世界バンザイ!


 しかし、本当に驚くべきは鏡で測った数値の変化だった。


 健康値:6

 魔力値:126


 四日もうなされたのだから健康値6は解る。問題なのは魔力値の伸びだ。

 この歳の伸びとしては異常なレベルで、既に一般的な魔力の平均ぐらいに到達した。これは変異? の影響なのだろうか? 結局これも解らず仕舞いとなるのだった。

醤油の検証とかやってないので……

これタレじゃないか?

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