大牙猪
夏が過ぎ、秋はあっと言う間に終わった。
春や秋、過ごしやすい季節と言うのはなぜすぐ終わってしまうのだろうか?
秋だってずっと寝ていた訳じゃない、健康値も大幅に上昇し今では平均13ぐらいはキープしている。
普通は25だから俺はその半分ぐらい、つまり? 普通の病弱レベルで済んでいる。ちょっと歩いただけで気絶していた生活は過去の話だ。
で、そうなると生まれは温室、育ちは無菌培養の生活も改められて、子供らしいお芋掘りとか栗拾いとかのイベントに駆り出された。
情操教育って奴だが、正直必要ない。セレナを可愛がったり、母上に甘えたり出来ればまだ良いのだが、お付きの方々しか居ない状態でそんなイベントこなしても何にも面白くない。気絶はしないでも、帰りはだいたい立っていられない程消耗して、おんぶされて帰るのだから尚更だ。
でも、まぁそんなイベントでも、あの弦楽のお稽古よりはマシであろう。
笛か弦楽器が選べる様だったので、小学校の縦笛の悪夢がチラつくからと、弦楽器にしたのだが、まぁ、うん、今後に期待だな!
っていうか前世の俺の苦手意識が足を引っ張っている可能性が高い、ユマちゃんのボディに秘めたる才能に期待して頑張るしかないだろう。
……で、冬である。
「では、構えは結構ですので、そのまま矢を離して下さい」
シュッ――パスッ!
俺の放った矢が木の的に刺さる、当たり前だ、数メートルと離れていないのだから。
今、俺は、真冬の森の中に居る。
豪雪地帯と言う訳ではないので雪は積もっていないし、あまり降る事も無いのだが、霜は降りていて歩くとシャリシャリ言う。もちろん気温は非常に低く、皮のズボン、セーターと胸当て、マフラーに帽子とフル装備だ。
「けっこうです、構えに癖が有りますが良く撃てています」
「ありがとうございます」
そう、弓だ! エルフは魔法、そして弓! その基本をここでもしっかりと押さえてきている!
寒い! 辛い! でも生き死にに関わる問題になるかも知れないからサボれない!
前世でほんの少し、弓道で和弓を触った癖が出てしまっているのかも知れない、とは言え弓の大きさからまるで別物なのだが。
エルフの弓は森林仕様なのかかなり小さい、こんなんで威力が出るのだろうか?
見た目は練習用だからかシンプルだが、それでいて品が有り高級感が有る。実はお高いのかも知れない。
「では次は放った矢を魔法で加速させます、見ていてくださいね……
『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」
――ズパシュッ!!!
先生の撃った矢が木の的を真っ二つに両断する。
な……なるほど、威力は魔法で出すから弓は小さくても良いと、そう言う事ですか。弓の先生は自分の矢の威力に満足げに頷くと、新しい的を指差す。
「ではユマさんもやってみて下さい」
「あ、ハ、ハイ、えーと気を付ける部分は何かありますか?」
「そうですね、怪我をしないように、まずは命中させることより、矢に魔法を乗せる事だけを考えてみましょう。矢と体の間に少しだけスペースを作って、そう、矢羽で怪我をしないように」
「ハイ、解りました!」
確かに普通に矢を放っても、素人だけに矢羽が掠って怪我をしかねない。
それが魔法を併用となると、もうどうなるかも解らない。見た感じ、弓矢と言うよりライフル弾みたいな威力が出ている。
胸当ては一応しているけど「自分の矢で乳首が無くなりましたぁ!」とか、女の子として悲しいじゃん?
グッと弓を引いて、気持ち、体から矢を離す。うーん、ちょっと離しただけで、狙いも力も全然込められなくなるのな。
ココで俺は呪文を唱え、魔力を乗せる。
「『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」
――シュッ、パスッ!
最初に普通に撃った時と、さほど変わらない威力に思える。当然的は割れず、普通に刺さっただけだ。
「はい、ちゃんと矢には魔力の補助が乗っていましたよ! 今後は矢への恐怖心を減らして、狙いを付けて、力を込めて弓を引き、魔力の込め方で威力を調整していきましょう」
先生曰く、ひとまずコレで良いらしい。確かにあんな構えで一応でも飛んだんだから魔法の恩恵は有ったのだろう。
風の祝福ってのがざっくりしていて、これで矢が強くなる理屈が解らんが。
あー、でも「放つ矢を風で祝福しろ」って言われたら普通に考えれば加速するかな? 変に言葉で説明すると魔法って奴は効率が悪くなる傾向が有る。直感的であるに越したことは無い。
細かい理屈は別にあるのだろうが、試行錯誤された上での呪文だろうし、後はもう本当に練習するしかなさそうだ。
――シュッッ、パスッ!
――ズシュッ、バスッ!
二発撃ったが……うん、困った。
先生はどんどんどうぞ、と言う態度でこっちを見てるが、実はもう右腕が限界だ。
「せ、先生構えをもう一度確認したいのですが」
「わかりました」
そういうと先生は後ろから手取り足取り構えを教えてくれる。流石にたった四発で「腕が限界です」とは言い出せなかった。
なんか弓の先生ツンとしてて怖いんだもん。
そうして誤魔化したお陰で、なんとかもう一回ぐらい引けるかな? ぐらいに腕のプルプルが収まった、その時だ。
「なるほど、ちょっとコツが掴めたかもしれませ……」
チリリと首筋に痛みが走る。
なんだ? と見回せば遙か遠く、木々の隙間からコチラを見ている獣が居た!
「……先生アレは?」
慌てて俺が指差す先、あれは巨大な猪だろうか?
「
「でも、もう見つかっているのでは?」
「
そうなのか? いや、確かに縮尺がおかしい!
一見して普通のイノシシかと思ったが……周囲の木々が小さく見える。
え? まさか? ひょっとして軽トラぐらいのサイズが有るんじゃないか? あんなのが迫ってきたらどうにもならないぞ?
迫ってきたら……嫌な予感がするが気のせいだろうか? しかし大事な事は伝えておこう、もちろん声は抑え目に。
「先生、隠れはしますが、わたくし運の悪さには自信が有ります。逃げる準備をしておいて下さい」
「え? ええ、わかりました」
言ってる意味が解らないだろうが、こっちも気の利いたことを言う余裕も無い。
こういう場合それっぽい事を言うよりも「直感です!」ぐらいの勢いで押し切った方が信じて貰える、多分……
俺はもう、覗き込まずに木々に隠れる。先生が様子を見ててくれるだろう。それより探すべきは隠れる場所だ。
「なっ!! こっちに来ます!」
「あの大きさでは木々が邪魔となるはずです!」
先生が叫ぶや否やのタイミングで、俺はもう立ち上がって、木々の密度が濃い場所に走り出していた。
「
え? 嘘でしょ?
そうは言っても先生、木って簡単に倒れるもんじゃないぜ? たとえ戦車だって木々をなぎ倒して前進なんて、そうそう出来るもんじゃない。
――バキッ! バサバサッ! バキッ!!
後ろから凄い音がするんですけど……
そーっと後ろを振り向くと、大きな木は器用に避けて、小さい木はなぎ倒しこっちに迫る巨大な猪。
いや、アレは軽トラじゃない! 4トントラックサイズ有るわアレ!
しかも戦車とは違って体を捩じったり捻ったりで、しなやかに動くもんだから、あの巨体ながら狭い隙間も抜けてくる。
うぅ……逃げられそうにない。それに、植生が濃い所ってのは人間だって歩き辛い。
「ユマさん、ここは安全ではありません、立ち止まらないで! 走ってください!」
「ハァーハァー、すいません、もうこれ以上は歩けません!」
今ので10倍界王拳なんだぜ? 気絶してないのが、控えめに言って奇跡なんだぜ?
「クッ! 迎え撃ちます! ユマさんはなるべく遠くへ!」
すまん、ホントすまん。でも、何が正解だったのかなんて解んないよ。
そりゃ木が少ない所に逃げれば距離は稼げた。でも、それじゃ相手からこっちが丸見え。
偶然にあのイノシシが俺に興味を失う可能性に賭ける気にはならない。
あーもう勘弁して欲しい! 涙目になりながら必死に足を動かすも、ツタが絡まり、思うように進まない。
――バリバリ! バキバキバキバキッッ!!
物凄い音がした。慌てて振り返ると巨大イノシシが木々をなぎ倒し、間近にまで迫っている。
デカい! とても同じ生き物とはとても思えない! なんだよアレ。あれが『魔獣』なのか?
『魔獣』それは図鑑上では『獣』とは明確に区別される。
魔力を纏い、魔力を求め、通常の生物では考えられない力やサイズを実現している、そんな生物の総称だ。
――バリッバリバリバリッ!! ドォォォーーーン!
再び、木が裂ける音。間を置かず、ズシンと一際大きい音と、振動!
とびきりの巨木がへし折られ、間近に倒れて来たのだ! 地を伝う衝撃が、土埃と折れた枝を巻き上げる。
折れた木の幹と枝に逃げ道を塞がれ、動きがさらに制限される。悪い事に先生は太い幹で挟んだ向こう側。
――ブオオオォォォオォオオォ!!
鳴き声だ、巨大な猪の巨大な遠吠えが……マズい! コイツ! 倒れた木に乗って! 倒れた木を橋にして! 不安定な地面を無視して、一息にコチラまで……来る!
――ズパッシャアァァァ!
――ブモオオオオォォォォォ!
空気を切り裂き矢が刺さる! 凄まじい威力だ、イノシシの血が舞い、木の幹からずり落ちた。
コレは先生の矢だ! 何事かと猪は足を止める。でも、ダメだ、どうせ、駄目なんだろ?
「こっちだ! こっちへ来い!!」
先生の叫ぶ声が聞こえる。魔力を込めた声だ、俺は息を殺している、それでも来るんだろ?
――ブルルルゥゥブゥゥ
猪は声を上げる。また木に足を掛けて幹に乗って……来る!
俺はこの時点で息を殺すのを止め、逆に思い切り吸い込んだ。
――ズパッシュゥゥ!
再び先生の矢が飛ぶ。でも、今度は猪は足も止めない。一発耐える気で何故か俺へと向かってくる!
「『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて我が
俺は腕を広げて、その中に周辺の酸素を集める。即ち、腕の中以外の酸素濃度は下がった事だろう。
最初に思ったのだ。酸素を集められるって事は相手を容易に窒息させられるのではないかと。
でも出来なかった。魔法にはパーソナルスペースがあって、他人のパーソナルスペースに魔法を発現させる事は難しい。
だから相手に直接影響を与える魔法は、相手の同意が有るか、魔力に圧倒的な力が無いと発動しない。
――ブブブゥゥゥゥ???
ただ、相手がこちらのパーソナルスペースに向かってくるなら話は別だ! 踏み込んできた猪が橋の上でふらついた。
そう、俺のパーソナルスペース内の酸素の大半は腕の中に集めた。
酸素が少ない俺のパーソナルスペースに興奮状態で走り込んだ
今思えば、妹のガスバーナーの魔法で俺が気絶したのは酸素不足が影響していたかもしれない。今となっては解らないが。
――ズパッシュ!
先生の矢が外れる。急に猪が足を止めるとは思って無かったのだろう、間が悪い。
ブォォォブオオオォォォォ!
そして屋外だ。すぐに空気なんぞ混じり合う。
そもそも空気中の酸素をキッチリ全部集められる程の精度は初めから無い。しょせんは一瞬の足止めにしかならない。
その一瞬で俺は十分な距離を取れた。
「『我、望む、放たれる矢に炎の祝福を』」
――シュボッ! ――バァァン!
放った矢は燃えながら飛んでいき、最後には爆発するように燃えた。木の枝や葉っぱ、腐ったばかりの土が舞い上がった空気、そこは俺が酸素を纏めた場所だ。
燃え盛る矢が着弾すれば、燃え移る物など幾らでもある。
――ブォ!!ブオォォォ!
猪が仰け反る。炎に照らされた恐るべき巨体が森の中に浮かび上がる
――間近で見るその姿は、現実感が吹き飛ぶ程に大きい。イノシシの形をした悪魔と言われた方が納得が行く。
巨大な生物はただそれだけで恐ろしいのだ。俺は根源的な恐怖に縮み上がった。
――ズバッン!
そこに三度、先生の矢が刺さる。イノシシと俺との間には炎が有る。
ココに来て、やっと猪は先生の方を見た。こっちから一瞬でも意識が外れた瞬間、ホッとしてしまった事が悔しい。
何も終わってはいないのだ。先生を危険にさらしてホッとしている自分が恥ずかしい、でも、こんなのどうするんだよ。先生の矢は異常な威力で猪の巨体に矢羽の部分までズップリと食い込んでいた、それでも、それでも全く止まる気配がない。
あの巨体にとっては針で刺された様な物なのだ、痛い事は痛いが諦めて動きを止める様な怪我じゃない。むしろ怒りで痛みを忘れている。先生がやられたら俺の番だ、どうする? どうするよ?
焦りで思考が纏まらない、何か魔法を? でも、それでまた、こっちに来たら? 怖い! でも!
恐怖にパニックになりかけた、その時だ。
――ジュプ!
今までの爆音轟く戦いから考えると、驚くほど控えめな音がした。
――ズバン!
猪の頭に人が落ちてきた。
そう認識出来た時には猪の首は半場千切れかけていた。
無論、それで生きてる訳は無い。不死身にも思えた
「ス、ステフ兄さん」
思わず呆然と呟いた。
そう、ステフ兄さんだ! ステフ兄さんが猪に落ちてきた!
で、落ちてきた勢いのまま、双剣を首に突っ込んだと思ったらそのまま振り抜いて――ズバン! とまぁ、あっさりと首を切断したワケだ。
――ナニコレ? 強過ぎません?
「すまない、
そう言う事かー! 弓の練習してる所にあんなのが襲ってくるっておかしいもんな、自分の不運っぷりにため息しかない。
「危ない所でしたが怪我も有りませんでした、助けていただき有難う御座います、お兄様!」
「! ユマか?」
あ、今気が付いたの?
「ハイ! お兄様、こんなにもお強いんですね、凄いですわ!」
いやーイケメンで強い。つまりズルい、凄くカッコいい。
前世の俺の部分は「こうなりたかったぞ!」と嫉妬する。
今世のユマちゃんの部分はお兄ちゃんに抱き付きたい。
上手く行かないモンだね。どちらにしてもお兄さまに心配して貰えるのは悪い気はしない。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「大丈夫です、かすり傷も有りません!」
「……良かった」
ステフ兄様は俺をギュッと抱きしめる。もうね、俺の乙女な部分がキュンキュンしてしまうから怖い。『高橋敬一』が溶けていく。
「兄様!」
思わず俺も抱きしめちゃうね。
「ステフ様、私も助かりましたわ」
「セーラか、お前が付いて居ながらなんだ!」
「申し開きも出来ません!」
うーん、セーラさんかーいや、女性だったんだね。
参照権があるとさ、名前とか呼ぶ必要になった時に記憶から引っ張ってくれば良いやって、全然覚えなくなっちゃうんだよね。そして、お兄ちゃん怒ると怖いね、フォローしてあげないと。
「お兄様、私が迂闊な場所に逃げ込んでしまっただけですわ」
「そもそも、見つかる前に隠れる事は出来なかったのか?」
「お詫びする言葉も有りません。何せ……発見自体が私よりユマ様の方が先であらせられたのですから……」
「なんだと!」
益々お兄ちゃんはご機嫌斜めだ。
いつもニコニコのお兄ちゃんが怒ってると、俺が怒られてる訳でも無いのに苦しくなるのが不思議だ。
「で、でもあのぐらいの場所で、こんなお豆みたいなのを見つけただけですから」
「ココから、あそこに居るのを見つけたのか? それですぐ隠れたのか? それならこちらに来ることは無いと思うのだが……」
「スミマセン、姫様はすぐに隠れたのですが、私が様子を窺っていたのです、それが見つかってしまって」
もはやセーラさんはツンとした雰囲気も吹き飛び、膝をついて祈るように謝っている。
十中八九俺の運の悪さが原因だと思うのでなんともやるせない感じ。
「お兄様……」
もう目で許したげて、と訴えるしか無い。
結局、今後もセーラさんは弓の教師を続けられる事になった、妹のおねだりが効いた格好だろうか?
あと、今夜は猪鍋だ! と言うぐらいの気持ちで死体をどうするか聞いたら血を抜いて解体し、毛皮などは取るけど、肉は食わないとよ。
「人間はエルフと違って肉を好むと聞きますが、それでも魔獣の肉は食べません、死ぬか病に掛かり、体が魔物の様に変異すると言われています」
セーラさんが教えてくれる、そうか、よく本の物語でエルフや人間が変身するシーンが登場するので、そういう作品が流行ってるのかと思えば、本当に変異する世界なのか……
エルフは魔法と弓が得意な森の民、つまり狩人じゃん、どうして肉食わないんだよ! と思ったら食えないのが正解とは恐れ入ったね。ちくせう。
「姫様に人間の血が流れている以上、肉食に興味がおありになるのは解りますが、この森には魔獣ではない動物は殆どおりません、誤って魔獣の肉を食べる事の無いように」
あ、はい……
くそー健康になったのに肉は遠のいたよ。
戦いの後、燻ぶっていた火も消えて、巨大な猪をそのままに俺達は帰路に就く。
片づけにはお兄様に遅れてきた狩猟の専門家が取り掛かっていた。一人であんなの狩りに出ていた訳無いから、当たり前だがお付きの人が居た訳だ。それにしても「もったいないなぁ」と後ろ髪引かれる思いで捨てられる肉を振り返ったのを覚えている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回の件を後日ベッドで振り返った際、転生後初めて俺の『偶然』が俺を直接殺しに来たんだと思い至った。
直接じゃないのはアレだ、生誕の儀。良く考えたら普通の幼女だったら詰みの場面。だけど神が五歳やそこらで死ぬ運命の少女に、俺を転生させたとは思えない。
父様曰く、元々は朗読でも良いと纏まっていた所が、あれよあれよと話が流れ、俺が儀劇を演じる事に変わっていたと言うのだ。
――前世でも覚えがある。
アイスキャンディーを頬張る女の子のイラストを見た時、普段ならエロいと感じる所がアイスを食いたいと夜中に突然思い立つ。
で、夜のコンビニまで走る途中に、工事中で開きっぱなしのマンホールに落ちかけた訳だ。
今回の
そして一見して脅威であろう先生を無視して無力な俺を襲う。
何者かに思考を誘導された? いや違う、そこに一切の意思を感じない。
何より神ですら気が付かない程の、上位存在の仕業としては、
一つ一つ取って見れば有り得ない事では無い。そして根拠も理由もないのだからそれは偶然だ。しかしその『偶然』こそが俺の敵なのだ。
そして同時に気が付いた、
ホラー映画の山小屋でも、パニック映画の沈没する船の中でも良い。もし幼い病弱な女の子が出てきたら「あ、コイツ生き残るな」と俺は思う。
だって
俺が良く読んでいた異世界モノの小説では、主人公が可愛い幼女をバンバン救って行くし、殺しても死なない位に主人公は俺TUEEEしていた。
でも、これがホラーならどうだ? 俺の『偶然』は呪いの様な物だ、俺の人生、ジャンルは異世界転生物と見せかけてホラーなのかも知れない。
ホラーだったら勇気も有って機転も利く主人公だって、下手すれば死んでしまう。それこそラストシーンで幼気な少女を救ってとかだ。
ああ、今になって神が語っていた事の本当の意味が解り始める。
強さでは助からない、因果律やら周りの運命を巻き込んだ末に生き残れる可能性に縋るだけ。
今回だって兄様がいなければセーラ先生は死んでいたかも知れない、次は兄様だってピンチに成るかも知れない。
俺は今の家族をホラー映画の出演者にはしたくない、だったら俺はここを出なくてはならない。
だけど! 人並み以下の力しかない俺が、家族の元を離れどうやって生きるのか?
あっと言う間に死んでしまうだろう。
それでは巻き込まれた田中も木村も、全てを奪ってしまったユマちゃんだって無駄死にだ。
でも、でも! セレナは! セレナだけは守りたい。俺に初めて出来た妹なのだ。俺は可愛い妹が死ぬ所だけは見たくない。
……ああ、そうだ、もし俺の『偶然』にセレナを巻き込みそうになったら。その時は俺が先に死ねば良い。
俺の頼りない魔法でも、か弱い俺ぐらいは殺せるだろう。
そう思う事で、やっと俺はうなされずに眠れるようになるのだった。