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いざ別荘へ

 暑い! あちゅいぃ、あちゅぅう……


 人間と違ってエルフは熱で溶ける、なるほどなるほどー! 人間に似ていてもやはり他種族。こんな特性があるとはついぞ知らなんだ。


「おねえちゃん? だいじょぶ? お水! お水のむ?」


 妹様は今日も元気だ、溶ける様子など全くない。妹のセレナは純粋なエルフ、一方俺はハーフエルフ、つまり熱で溶けるのは種族特性ではない。俺の固有技能だと言えよう、ヴァンパイアは霧に変身する、俺は液体に溶ける。溶鉱炉に落とさん限り俺は死なんぞ!


「おかーさーん! おねえちゃんが暑さで死んじゃいそうなのーお水! お水のんでくれないのー」


 やばい、ふざけてたら妹様が錯乱しておられる、生きてるぞ、ギリギリの所で生きてるぞ!

 どのぐらいギリギリかと言うと家族の前なのに、おしぼりを顔に乗せ口は開けっ放しだ。

 みっともないから口を閉じる様に言われたのも最初の内だけ、今は口が閉じてるとちゃんと呼吸をしているかと、心配して確かめに来る有様。


「だ、大丈夫よ、ただ少し暑くて参ってしまっただけ」

「今年こそはと思ったのだが、まだ家族旅行は早かっただろうか」

「い、いえ、家に居ても暑いのは変わりませんから……」


 父上も心配させてしまった、とは言え俺とセレナにとって初めての家族旅行、初めての理由は主に俺の健康が理由なんだけど。


 そう、今は夏中月、夏中月は一年で一番暑い時期、暑い季節にお金持ちがする事は? 避暑地への旅行だ! そして我々は王族、お金持ちオブお金持ち。

 だから我々は恒例らしい王室直轄地の湖の(ほとり)へ避暑に向かっている訳だ。


 それは良い、むしろ嬉しい。湖のそば、多少なりとも涼しそうで体にも良さそうだ。しかし竜籠とか言う、巨大な爬虫類が引っ張る馬車での移動。これがしんどい。

 熱気も篭るし振動もキツイ、そう考えると「この糞暑い季節、呼吸をするだけで溶け出してしまいそうなひ弱な娘に、野外ライブを敢行させようとした親が居るらしい」と嫌みの一つでも言ってやろうと思えば、最近の父上様はどうにもしおらしい。逆にこっちが気を遣う有様で、ちょっと面倒くさくなってきた。


 王室専用の竜籠って奴は六畳程の広さが有る。前世の馬車基準ではかなりデカいのでは無いだろうか?

 森が多くそもそも馬車での移動が少ないエルフの国に於いても最大サイズ。国中の道が狭いのでこのサイズの馬車同士がすれ違う事が出来る道など存在しない程だ。他の通行人や竜籠が王室の印を見てへへーと道を譲ってくれるからこそ運用できると言う事で、その快適性は非常に高いレベルにあると聞いているのだが……それでも暑いものは暑いのだ。


「お、お父様、あの……空調の魔道具を使ってもらっても宜しいしょうか?」

「いや? もう既に起動しているが?」


 起動してたかー、はぁ……確かに薄っすらと風は吹いている。そんでよく見ると天井にシーリングファンって呼ばれるアレに近いのがゆるゆると回転している。

 うーん、もっと何とかならないモンかなーと思いつつ、ありがとうと妹の頭を撫でながら受け取ったお水を茎で出来たストローでチューチュー吸う。


 あ、そうだ!


「お父様、この竜籠の中で魔法を使っても良いでしょうか?」

「む、魔法か?」

「はい、空気中の水分を集めてみたいんです」

「いや、水ならいくらでも有るだろう?」

「いえ、涼しくしたいんです」

「それで涼しくなるのか?」


 なりません! この世界に、少なくてもエルフの国に氷の魔法みたいなのは無い。

 物を冷やすにあたって熱を奪ってと精霊にお願いしても聞き届けられなかった。なんか閃く感じが全くしない。


 俺は前世で自作PCを趣味していたため、CPUクーラーには一家言あるわけよ?

 ペルチェ素子やらヒートパイプ、ヒートポンプ、逆カルノーサイクルなんて難しい単語までウィキペディアで調べた経験がある。


 だので『参照権』でそんな知識を見返す事も余裕なのだが、自分でもハッキリ理解し切れていないことを呪文にして、精霊? に伝えるなどとてもとてもできそうにない。

 酸素はある程度理解しているお陰か、やりたいことをハッキリイメージすれば、何か頭で組み上がった感覚があったのだが……


 しかし、諦めるワケには行かない! 温度を直接下げることが不可能でも、涼しく感じる様には出来るかもと思った、そう湿度を下げるのだ。


「はい、体が感じる温度を下げる事は出来ると思うのです」

「そうか、いいだろう、許す」

「いいよー」

「構わないよ」

「ユマがやりたいようにやりなさい、でもちょっとでも健康値が減ったと思ったらすぐやめるのよ」


 家族みんなに許していただいた、実は自分のお部屋では何度も試している、早速やろう。


「『我、望む、大気に潜む水の欠けらよ、寄り合わさりて雫となれ』」


シューーーー


 両手いっぱいに水が滴る、いや予想より湿度が高かったのか大分こぼれてしまう。


「『我、望む、この手の水を霧へと散らせ』」


プシュー


 水がミストシャワーの様に散っていく。

 と、なんだろう周りの視線がポカンとしてる様な? あ、せっかく集めて散らしてるんだから意味が解らないと?


「ねえさまーすずしいですー」


 でも近くに居たセレナには涼しさが伝わったようで大満足です!

 どさくさに紛れてエルフの中でもとりわけ長くツンと尖った妹の耳を撫でると、くすぐったいのかクスクスと笑って「もーう、やめてー」と言ってくるのがもう、かーわいいったら無い。ちなみに俺の耳は人間とエルフの中間ぐらいか、ハーフだからね。


 そんなこんなで竜籠での旅は過ぎていった。


 さて、二日に渡る竜籠での移動が終わり、別荘へたどり着いた。グラノーラはともかく、生ぬるいヨーグルトには危険なものを感じないではなかったが、幸いにもお腹を壊さずたどり着けた。

 俺はこれを冷やす魔法を開発する事をライフワークとしていこうと密かに決意。よーく聞くと自然を利用した氷室的なものと氷も有るようだが……パーティーで使うレベルの貴重品と父上が教えてくれた。


 そんな訳で別荘だが、あらかじめ先に出発していた召使いの方々がお出迎え。しかも前世の別荘のログハウス的な想像とは異なり豪邸だ。

 大木を切り抜いたかの様な玄関を抜けると細い白木が複雑に編み込まれ幾何学模様を作る壁、寄木細工の様な床、日頃の離宮も凄いと思っていたが、まさか別荘が離宮越えとは恐れ入った。

 いや、離宮には王が居ないからあの程度になってると考えるべきか、そういえば食堂は王宮にもあるのに離宮まで父上は来てくれてるってんだから、偉そうにしてるとか内心思っててすまんかった。


 リビングで家族と別れ、メイドの女性に案内されて部屋に辿り着くと、ここもまた日頃の離宮より豪華で、白いクローゼットにシーリングファン、光るキノコみたいな照明の魔道具も緻密な細工が施され、レースのカーテンみたいな幕をお付きの人がサッと開けるとオーシャンビューいや湖の場合なんて言うんだ? レイクビューで良いの? 参照先生もだんまりだ。


 しかし、景色より俺には大事な事が有る、スッと天蓋付きのベッドに近づくとシダで出来たスクリーンを掻き分けベッドを確認、高級羽毛布団OK! ゴロンと転がる。

 シダやツタに囲まれいばら姫となった気分を味わえるベッドだ、素晴らしい。


「あ、あの、もうお休みになられるのですか? せめて着替えては?」

「え、ええ、でもわたくし疲れてしまったみたいで……」


 言ってる傍から大分眠たくなってきた、もう俺は妹のキスでしか起きんぞー!

 いやイケメン兄様ならまぁいいか? などと思えるあたり、俺の精神も結構乙女になってきた! ヤッホー!


「いえ、せめてお着替えは済ませませんと服が皺になってしまいますよ」


「…………」


「ユマ様、起きてください!」

「スヤァ」

「……ハァ」


 お側付のため息が聞こえた様な気がした。

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