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生誕の儀の真相

 おぅ? おおぉぉう!


「ぶひゅ、でゅふぅ、びゅるぅ」


 姫らしくない笑いが漏れまくる。


 今、俺が読んでいるのは先日行われた生誕の儀の講評。観劇の専門誌と言える新聞のコラム欄だ。

 この世界、木で作られた紙は普通に有る。おそらく魔法で作られているのであろう、たしかに魔法の力で生きた王宮を作るのに比べればハードルは低そうだ。

 で、活版印刷レベルではないモノの、版画の様な印刷は有る様なので、新聞と言う文化もまた有る訳だ。新聞というかかわら版と言うべきなのかな?


 ともあれ細かい話は良いや、とにかく生誕の儀としては異例の規模だったので、観劇専門誌にも特集が組まれてしまったワケだ。


 問題はその内容……観劇に一家言有る魔道具商のグラント老とか言う旦那様が寄稿してくれた文章が、また面白すぎるのだ。

 全てを好意的に捉えてくれたというか……そもそもこの公演、準備期間が短過ぎる所為か開幕から暗雲と言うか失敗が約束されたかの様な有様だったらしいのだ。召使いの方々やステフ兄さんの証言も踏まえると想像以上にトンデモナイ事になっていた。


 聞きかじった内容から、事のあらましを纏めるとこうだ。


 まずは、開幕。都で一二を争う美女セラフィムとミューラン。

 劇団を代表する二人の間の緊張感と言うがそんな高尚なものでは無い。なにしろこの二人、観客に見えないところで壮絶な『どつきあい』を繰り広げていた。


 舞台でこそお互いの足の親指を全力全開で踏みつけたり、長い爪を生かして刺したりつねったり程度? で済んでいたが、二人が舞台袖に戻るやゴスッゴスッと音がする。

 ステフ兄さんなんぞ、すわ舞台装置に不調か! と顔を出したら、主演女優二人が壮絶な乱打戦を繰り広げてるのだから、開いた口が塞がらなかったらしい。

 ちなみに顔は決して殴らなかったあたりが唯一残された二人のプロ意識と言ったところか。


 その原因はもう一人の主演、大人気男優のゼスター。

 そう、この男、都で一二を争う女優相手に二股していやがった。今までは二人の共演などあり得ないからバレなかったと言う事らしい


 ……ご愁傷さまとしか言いようがないが、その後がいただけない。


 突然の父の死に、若きエリプスが取り乱すシーン。その慌てぶりは果たして演技だったのか? 二人の間で終始オロオロしっぱなしのゼスター。


 葬儀のシーンで迫真の涙を流すも、父の死が悲しいのか、二股がバレて同時に愛想を尽かされそうなのが悲しいのか、誰にも解らない程に恐慌状態のゼスター。


 最早演技を超えている! 結婚式でゼスターの腕を取り、ミューランの耳元で「負け犬!」と囁くセラフィム。


 無茶な魔獣狩りを泣きながら引き留めるシーンでは、「今までの事を全部、暴露してやる」とゼスターに詰め寄るミューラン。


 どうとでもなれとばかり、やけくそで奇声をあげるゼスター。



 完全な地獄絵図が舞台にはあった。


 正直だ、正直そのビックリゴシップショーを目にせず済んだのは本当に良かったと思う。

 なんせその時、俺は楽屋のベッドでぐっすり熟睡していたのだ。おかげで健康値や精神力が無駄に削られる事態を避けられた。ただし、起こされるや否や「ハイ出番ですよ!」と言うのは宜しくなかった。

 自分がいつ着替えたのかも覚えていない。覚えていないだけかと思えば参照権でもログが無い、つまり寝たまま勝手に着替えされてた。


 でもそれは良いや、トイレで気絶した経験まであるし、お付きの人はどこにでも来る、もはや俺のプライベートとか羞恥心はゼロ、今や人前で素っ裸になったって構わない。


 ……いや、やっぱり多少は構うか?


 そんなわけでボッーとしたままコッチコッチと連れられてみれば、なんと舞台だったとそう言う訳だ。

 「焦点の合わない神秘的な瞳」とコラムで称されているが、単に寝ぼけているだけだ。

 あれ? ココどこだ? と辺りを窺えば、大勢の観客がスタンバイ。まさかの舞台上。

 混乱しつつも参照権プロンプターを起動してセリフを読み上げるも、相方の少年がまさかの無反応。飛んだポンコツであった。


 ……その原因、舞台の上の俺の神秘性に魅せられたが故、とあるが、どうだろう?


 少年はきっと舞台袖で、神の様に崇める憧れの先輩方の痴態を間近で見てしまったのだろう、そのショックは想像に難くない。色々と限界だったのでは無いだろうか?


 そうとは知らない俺は混乱の極みに陥る。頭の中は「え? セリフ違った?」だけである。

 『参照権』があるのだから間違えるハズが無い……と気が付くも、根本的に脚本自体を間違った可能性が頭を掠め、このままでは埒が明かないと他の脚本のセリフをドン!


 そんで、震えながらも少年の前に参上してみれば、魂が抜けた様に呆然としたポンコツ少年。

 全てを悟った俺は、覚悟を決めて続行すべしと腰のポーションを取り出すべくも、腰のベルトにポーションの瓶がすっからかん。寝ぼけて部屋に忘れてきた模様。


 取り敢えず手を振ったり叩いたりしながら少年の再起動を試みるも、少年の起動ボタンは見つからず。さすっても叩いてもボーッとしている。

 いっそ「ココか?」とばかり、前世男としての禁忌を犯す、男の急所へのストレートパンチ!

 するとどうだ? 再起動どころか「ボーッ」から「スヤァ」へと形態変化。コチラが十八番としている奥義「気絶」を先に繰り出す始末。


 ……今となっては、なぜ俺はパンチなぞしてしまったのか?

 もう誰にも解らないのだが、セットをリアルにし過ぎて、ホントの虫までブンブン飛んでいて、イライラがピークで冷静さを失っていた模様。

 俺としてもアレコレ違和感が無いようにセリフを紡いで来たけれど、それもこれが限界。なんだか舞台が暗くなって演出かな? と思っていたら、実際は緊張のあまり脈が乱れてのブラックアウト。

 ピクリとも動かなくなった俺は、幕が下りると同時、お付きの人に引っ込められたらしい。



 ……それが、『新解釈! 女神が奇跡の力で王を救い、最後は力を使い切って寄り添うように寝てしまう演出』になってるのだから恐れ入る。


 舞台袖に引っ込められた俺は、お付きの人から容赦無くアルコールの気付け薬を飲まされ、なんとか覚醒。キツい薬に死にかけだと言うのに、なんと演技を続行!

 ただし少年は重症だったのか交代、急遽ゼスターが以降もエリプス王を演じる事になるのだが、こっちも負けず劣らずのドポンコツ。


 セリフは詰まる、オロオロする、覇気がない。王国イチの名優と聞いてた俺は、そのありさまに焦りに焦った。

 この時に至り、ようやくポンコツぶりの理由を聞くのだが、そのしょーもなさに気が遠くなったのは俺の健康が理由では無いはずだ。

 しょうがないから介護するシーンの耳元で「私が三人の仲を取り持ちますから元気を出して下さい」と囁けば途端に元気になるゼスター氏。


 ……今度父上にお願いして侮辱罪とかで、無理やりでも死刑にするべきだと進言しよう。普通にコイツに我が家の親父を演じて欲しくない。


 どうやら、ゼスター氏はセラフィムと仲良くやってミューランは切りたい模様。

 俺は「あんな糞男に振り回されるの止めよう」と、ミューランさんを説得するものの(ことごと)く失敗。


 ラストシーンは「あなたに私の気持ちなんて解らないわ!」とガチ切れするミューランに

「ごめんね、私が責任を持てないから貴方に負担をかけてしまうの」

 と言うセリフに万感の思いを込め、本気で怖くて涙が止まらない俺と「八つ当たりしてゴメンね」とガチ泣きで謝るミューランでとどめだ。


 正直、子供が育てられないからとパルメに押し付けるゼナと、自分の為に身を引いたと勘違いするパルメが謝り合うラストシーン自体、そもそも(いか)()な物かと思っていたが、アレに比べれば高尚な文学作品だと自信を持って推薦出来る次第である。


 ちなみに、結局、役者であるお三方は折り合いが付かなかった模様。

 最後の方は薄っすらと覚悟を決め始め、全てを諦め始めたゼスターの鉄面皮が『何物にも動じぬ王としての自覚を持った姿』の表現らしいから、父上様は今すぐにでもゼスター氏を三枚におろす権利がある。


 三枚になったら二人で分けて貰って、余った分として我が家に迷惑料として一枚欲しいぐらいだ。我らはこの怒りを晴らすサンドバッグをご所望です。


 ……ともあれ、俺が恐れていた、あまりの糞演技に都に下りてみればあだ名が『棒読みちゃん』とかになっている恐れは無さそうだ、壊れた様に「ゆっくりしていってね」とつぶやく必要も無さそうで一安心であろうか。



 最後に一つだけ付け加えるとするならば、ステフ兄さんとのラブシーンか、兄を不甲斐ないと評する向きも有るようだが、兄に責任は無いし、お父様だって責められないハズだ、観客もステフ兄さんだって知らないが、あのセリフは元々ゼナの物だ。


 そして、実際はもっと過激である。


 なかなか手を出してくれない父上の事を、パルメがゼナに相談した際に言ったセリフを赤子であった俺の参照先生はしっかりと捉えていた。


「あの人奥手なんだからこっちから誘わないとダメよ、それもハッキリとね。私の体を見て、匂いを嗅いで、漏れる嬌声を聞いて、ぐらいの事は言わないと」


 全く女性は怖いねと、女になった身の上で更に思い知らされるのだった。

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