バーゼル
ダンジョンの前にある大きなテントの中で、バーゼルは白い眉を眉間に寄せた。
「…………やはり、おかしい」
「どうかしたのですか?」
バーゼルの部下の痩せた男が首をかしげる。
「昨日の夜から、連絡がないんじゃ」
「イリュート様からですか?」
「うむ。あいつなら、いつでも光の呪文で連絡できるはずなんじゃが…………」
「まさか、冒険者たちにやられたのでは?」
「それはない!」
バーゼルはきっぱりと言い切った。
「集めた冒険者たちは、全員Dランク以下じゃ。イリュートが負けるはずはない。モーラたちもいるしな」
「しかし、何十人もの冒険者たちと同時に戦うことになったら、危険なのでは?」
「そんなヘマをイリュートがやるとも思えん」
「…………たしかに」
男は緊張した顔でうなずく。
「ですが、確認はしたほうがいいかと」
「わかっておる。朝に偵察に行かせたから、そろそろ…………」
突然、テントの入り口からバーゼルの部下の女が入ってきた。
「バーゼル様、大変です! イリュート様が死んでます!」
女の言葉に、バーゼルの口が大きく開いた。
「なっ、何じゃと?」
「イリュート様が死んでるんです!」
「それは間違いないのか?」
「はいっ! 胸に背中まで突き通った穴が開いてて…………」
「呪文攻撃を受けたってことか?」
「わかりません。見たことがない傷なんです」
「…………モーラたちとは連絡は取れたか?」
バーゼルの質問に、女は首を左右に振る。
「それと、誰かがダンジョンから脱出したようです」
「…………脱出だとっ?」
「はい。私たちとは違う足跡が残ってたんです。多分、昨日の夜に逃げたのではないかと」
「バカな。どうやって、あの扉を…………」
しわだらけのバーゼルの手が小刻みに震える。
「これから、どうすればいいのですか? バーゼル様」
「それは…………」
バーゼルは口をもごもごと動かす。
その時、テントの外から蜂の羽音のような音が聞こえた。
バーゼルたちは慌てて、テントの外に出る。
そこには、ネフュータスが立っていた。
「ネフュータス様っ!」
バーゼルたちは片膝をつき、頭を下げる。
ネフュータスは唇のない剥き出しの口を開いた。
「バーゼル、何か問題があったのか?」
「はっ、じ、実はイリュートが殺されたようなのです」
「…………誰にだ? お前たちがモンスターに殺されぬように術をかけておいたはずだが」
「はい。ですから、冒険者の誰かだと思います。ダンジョンを脱出した者がいるので」
「冒険者…………ダト?」
ネフュータスの胸元にある小さな顔の唇が動いた。
「弱い冒険者を集めたのではなかったノカ?」
「その通りです。ただ、集団で襲われたのかもしれません」
「…………お前の部下は何人残ってイル?」
「ダンジョンの外にいるのは二十三人です」
「…………全員、ついてコイ」
ネフュータスはダンジョンの入り口に向かって歩き出した。
◇
ダンジョンの地下一階にある魔法陣の中で、ネフュータスは足を止めた。
バーゼルとその部下たちも魔法陣の中に入る。
ネフュータスが呪文を唱えると、バーゼルたちは一瞬でダンジョンの最下層に移動した。
ネフュータスの視線が、どろどろに溶けたキメラの死体に向けられる。
「なん…………だと?」
掠れた声が、剥き出しの歯と歯の間から漏れた。