<< 前へ次へ >>  更新
9/333

攻撃呪文

 彼方は視線を動かして、カードリストを確認する。


 ――もう一体、クリーチャーを召喚…………いや、違う。ダーグは僕を召喚師だと思っているんだから、呪文のほうが隙を突ける!


 左手の指先でカードに触れる。


◇◇◇

【呪文カード:六属性の矢】

【レア度:★★★(3) 六属性の矢で対象を攻撃する。再使用時間:10日】

◇◇◇


 彼方の上部に六本の輝く矢が出現した。矢は、赤色、青色、緑色、黄土色、黄白色、黒色で周囲がぼんやりと輝いていた。


 彼方は視線をダーグに向けて、意識を集中する。すると、宙に浮かんでいた六本の矢が透明な弓で射られたかのように、ダーグめがけて突き進む。


 ダーグは自分に迫ってくる矢に気づいた。

 ティアナールと魅夜の攻撃を避けながら、斧で四本の矢を叩き落とす。しかし、赤色と青色の矢はダーグの鎧に突き刺さった。赤色の矢が突き刺さった腹部から炎があがり、青色の矢が刺さった膝当てが凍りつく。


「グアッ!」


 ダーグは苦痛に顔を歪めて、その動きを止めた。

 ティアナールが気合の声をあげて、ウインドソードをグールに向かって振り下ろす。


「舐めるなっ!」


 空気を裂く一撃をダーグは斧の柄で受け止める。


 その瞬間、魅夜が逆方向からダーグの左胸にナイフを突き刺した。


「グッ…………ガッ…………」


 ダーグは持っていた斧を落として横倒しになった。青紫色の血が階段に滴り落ちる。


「お、お前…………魔力ゼロなのに、何故…………こんな強力な呪文を詠唱なしに使える?」

「説明したはずです」


 彼方は冷静な声で言った。


「この世界の魔力とは違う能力があると」

「…………お前のいた世界じゃ、召喚師が高位の攻撃呪文を使えるってことか?」

「いいえ。僕は召喚師じゃありません。あなたは最初から間違った情報で戦っていたんです。だから、負けた」

「召喚師でないのなら、お前は…………何だ?」

「…………カード使い、でしょうか」


 少し悩んで、彼方は答えた。


「僕が魅夜を召喚できたのも、武器を手に入れることができたのも、強力な呪文を使えたのもカードのおかげです」

「そんな力を持っていたとは…………な」

「正直に答えたんです。あなたも答えてくれませんか?」

「…………何をだ?」

「上に行く方法です」

「そんなものは…………ない」


 そう言って、ダーグは笑った。


「この結界は、長い時間をかけて、ザルドゥ様の側近のトロスが準備していたものだ。トロスを殺さない限りその結界は解けない。だが、それは不可能だ」

「不可能?」

「そうだ。トロスの戦闘力はたいしたことはない。だが、あいつは必ずザルドゥ様の側にいる。それがどういうことかわかるか?」

「ザルドゥを殺さない限り、トロスも殺すことはできないってことですね?」

「その通りだ。そして、そんなことは誰にもできない。ふっ、はははっ!」


 ダーグの笑い声が周囲に響く。


「どっちにしても、お前たちは詰んでいたんだ。閉じ込められた第七階層の下には、一万以上のザルドゥ様の部下がいる。終わりなんだよ」

「一万だと!?」


 ティアナールの顔が蒼白になった。


「そんなに多くのモンスターがいるのか?」

「う、ウソをつく理由もないだろ」


 ダーグは満足げに目を細める。


「お前は…………俺より強かった。それは認める。だが、その程度の能力でザルドゥ様に勝てると思うな…………よ。ま、まあ、ザルドゥ様に会う前に…………殺されてしまうだろうが…………」


 ダーグの声が小さくなり、その瞳から輝きが消えた。


 彼方は深くため息をついて、ダーグの亡骸を見つめた。


 ――殺すしかなかった。そうしないと、僕やティアナールさんが殺される。そんな世界に僕はいるんだ。


「まずい状況だな」


 ティアナールが短く舌打ちをした。


「ダーグの言葉通りなら、第六階層に抜ける扉は全て結界が張られているんだろう」

「閉じ込められたってことですね?」

「魔神ザルドゥと一万匹のモンスターがいる場所にな」


 ティアナールの声が暗くなる。


「絶望的な状況だ」


「そうでしょうか?」


 魅夜が首をかしげた。


「おいっ! 状況がわからないのか?」

「わかっています。魔神ザルドゥを倒せばいいのですよね? そうすれば、他のクリーチャー――モンスターは戦意喪失するでしょうし、向こうから結界を解いてくれますよ」

「そんなことができるわけないだろっ!」


 ティアナールは眉間にしわを寄せて、首を左右に振った。


「奴は正真正銘の化け物…………いや、邪悪な神だ。万単位の軍隊でも勝てなかったんだぞ!」

「それでも、私は彼方様なら勝てると思っています」

「彼方が…………ザルドゥに勝つ?」

「ええ。彼方様なら倒せます」

「…………やっぱり、わかってない」


 ティアナールは額に手を当てて、息を吐き出す。


「彼方の能力が優れているのはわかる。お前を召喚して、さらに強力な武器を持っているのだから。それに、さっきの詠唱なしの呪文も見事だった。あの攻撃でダーグも倒せたようなものだしな。だが、ザルドゥには勝てない」


「でも…………」


 彼方が閉じていた唇を開いた。


「諦めたら、死ぬだけです。こうなったら、戦うしかありません」

「それは…………そうだが」


 ティアナールが口をもごもごと動かす。


「何か手があるというのか?」

「勝てるかどうかはわかりませんが、こっちも全力でやるってことです」

「全力って…………何をやるつもりなんだ?」

「もう一体、クリーチャーを召喚します」

「召喚? 二体同時に召喚できるというのか?」


 ティアナールの目が丸くなる。


「珍しいことなんですか?」

「あ、ああ。普通は一体のみだ。高位の召喚師なら複数召喚ができるが、お前は違うはずだ。上位の攻撃呪文も使えるし、武器の扱いも平均以上に見えた。一体どうなってる?」

「自分でもよくわかってないんです。ただ、異界人の中には、強力な武器や防具を持っている者がいるんですよね。多分、それだと思います」

「たしかに、そういう話を聞いたことはある。だが、お前は武器を二つも持っていて、さらに召喚呪文と攻撃呪文まで使えるじゃないか」

「それがカードの能力なんです」

「…………うーん。よくわからないが、それに頼るしかない状況なのは間違いないか」


 ティアナールはうなるような声を出す。


「それで、もう何を召喚するんだ?」

「コンボを狙えるクリーチャーを!」


 彼方はカードリストを開いた。


<< 前へ次へ >>目次  更新