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最下層の戦い3

 グレイブの巨体がぐらりと傾き、槍を突き刺したまま、音を立てて倒れた。


 彼方は、モーラ、ウード、タートスの動きを警戒しながら、一歩ずつ階段を下りる。

 そして、ゆっくりとミケに歩み寄った。


「ミケ、大丈夫?」

「…………あ、彼方……にゃあ」


 ミケが弱々しい笑みを見せた。


「ミケは……平気にゃ。まだ、戦える……にゃ」

「うん。頑張ったんだね。さすがリーダーだ」


 彼方は意識を集中させて、カードを使用する。


◇◇◇

【呪文カード:リカバリー】

【レア度:★★★(3) 効果:対象の体力、ケガを回復させる。再使用時間:3日】

◇◇◇


 彼方の右手が白く輝き出す。その手をミケにかざすと彼女の体にできていたあざが、すっと消えた。


「にゃあ…………痛くなくなったにゃ」


 ミケはまぶたをぱちぱちと動かして上半身を起こした。


「ミケはここで休んでて」


 そう言って、彼方は立ち上がる。


「魅夜、ミケを守ってくれるかな」


「かしこまりました」


 魅夜はミケの前に立って、漆黒のナイフを構える。


 彼方の瞳に倒れているザックとムルが映った。


 ――ザックさん、ムルさん、助けることができなくて、すみません。


 両手のこぶしが小刻みに震え、手のひらに爪が食い込む。


「…………レーネ、ピュート、君たちも下がってていいよ。残りの三人は僕がやるから」


 その言葉を聞いて、ウードの眉がぴくりと動いた。


「ちっ! 不意打ちで一人倒したぐらいで、調子に乗りやがって」

「…………ウード」


 彼方は暗い声を出す。


「君は間違った選択をした」

「間違った選択?」

「イリュートたちの仲間になったことだよ」

「正しい選択だろ」


 ウードはちらりと魅夜を見る。


「…………お前が召喚呪文を使えるのは、ウソじゃなかったようだな。弱そうなメイドだが」

「多分、君より強いと思うよ」

「ふんっ、はったりは止めろ。魔力がでかくねぇと、強い奴は召喚できねぇんだよ」


 右手に持った短剣で、ウードは自分の太股を二度叩く。


「タートスっ! お前は手を出すなよ。Fランクの雑魚ごとき、俺だけで十分だ」

「…………ああ。わかってる」


 タートスが一歩下がった。


「じゃあ、始めるか」


 ウードはゆっくりと左に移動する。

 その動きに注意しながら、彼方はカードを選択する。


◇◇◇

【アイテムカード:深淵の剣】

【レア度:★★★★★(5) 闇属性の剣。装備した者の攻撃力を上げ、呪文の効果を打ち消す効果がある。具現化時間:3時間。再使用時間:7日】

◇◇◇


 漆黒の剣が具現化される。


 彼方が手にした深淵の剣を見て、ウードの目が大きく開く。


「剣の具現化だと? そんなこともできるのか?」

「驚くのは、まだ早いよ」


 彼方は剣を両手で握り、足を軽く開く。


「ウード、あなたは強い」

「…………何だ、突然」


 ウードが首をかしげた。


「まさか、褒めたから見逃してくれって言うんじゃないよな」

「そんな気はないよ。素直にすごいと思っただけさ。僕が手強いと感じてるのに、わざと油断した言動を取ってるところがね」

「…………わけがわからねぇな」

「こういうことだよっ!」


 彼方はウードに背を向けて、背後で斧を構えていたタートスに駆け寄った。

「ぐっ、貴様っ!」


 タートスが慌てて斧を振り上げる。

 しかし、その斧を振り下ろす前に、彼方の深淵の剣がタートスの胸当てに突き刺さった。


「あ…………が…………」


 タートスは驚愕の表情を浮かべたまま、ぐらりと仰向けに倒れた。


「どっ、どういうつもりだ?」


 ウードの声が上擦った。


「俺とお前の勝負だろうがっ!」

「そんな約束をした覚えはないし、あなただって、それを守る気はなかったじゃないか」

 彼方は、じっとウードを見つめる。


「さっき、短剣で自分の腰を二回叩いたよね。あれはタートスへの合図だ。僕が油断したら、背後から襲えってところかな」


 その言葉に、ウードの顔が歪む。


「…………どうして気づいた? あれは、俺たちだけしか知らない合図だぞ」

「腰の叩き方は違和感があったし、一瞬だけど、視線がタートスに向いた。タートスが合図に気づいたかどうか知りたかったんだろ?」


 彼方は淡々と言葉を続ける。


「それに君が左に動いて、僕の背後にタートスがいる状況を作り出そうとしてた動きもわざとらしかったよ」

「…………てめぇ」


 ウードの声が微かに震えた。


 突然、モーラが動いた。彼女の上空に五本の炎の矢が出現し、彼方に向かって放たれる。


 彼方は深淵の剣を斜めに振る。

 深淵の剣の効果で炎の矢が全て消滅した。


 今度はモーラの目が見開かれた。


「呪文が斬れる剣? そんなものを持ってたの?」

「…………まあね」


 彼方はウードを警戒しつつ、モーラに近づく。


 モーラは後ずさりしながら、舌打ちをする。


「Fランクのあなたがここまで強いとは思わなかったわ。予想外ね。でも、あなたは死ぬことになる」

「僕が死ぬ?」

「そうよ。仮に私たちを殺せたとしても、こっちにはイリュートがいるの。あなたが強くても、イリュートにはかなわない。だから、あなたの死は確定してるの」

「イリュートは死にましたよ」

「…………え?」


 モーラはぽかんと口を開けた。


「今、何て言ったの?」


「イリュートは死んだって言ったんです」

「はぁ? どうして、イリュートが死ぬの?」

「僕が殺したからですよ」


 数秒間、モーラは沈黙した。


「…………そんなこと、あるわけないでしょ。イリュートはBランクの魔法戦士なのよ」

「そうですね。銀色のプレートを持ってたから、わかってますよ」


 彼方は魔法のポーチから銀色のプレートを取り出した。


「冒険者ギルドへの報告もあるし、一応、死体から回収しておきました。イリュートのプレートをね」

「あ…………」


 銀色に輝くプレートを見て、モーラの顔が蒼白になった。


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