最下層の戦い2
「ぐっ…………な、何を…………」
ザックは首筋から血を噴き出しながら、ウードを見つめる。
「まさか…………お前が裏切り…………」
ザックの両膝が折れ、そのまま、前のめりに倒れた。
「ウードっ!」
レーネが怒りの声をあげて、ウードにナイフを投げた。
ウードはザックを突き刺した短剣で、そのナイフを弾き飛ばす。
「あんたが裏切り者だったのね!」
「それは、ちょっと違うな。俺はイリュートたちに協力することを選んだだけだ」
ウードは周囲を警戒しながら、モーラの隣に移動する。
「最初から裏切っていたのは、俺の相棒のタートスだ。タートスはカーリュス教じゃないが、イリュートと面識があったみたいでな。お前たちと別れた後に勧誘されたんだよ。仲間になれば、金ももらえるし、このダンジョンの出口も教えてやるってな」
「その通りだ」
タートスが斧を構えた状態で、にやりと笑う。
「ウードなら協力してくれると思ったぜ」
「断る理由もないしな。お前の言う通り、全員を殺せば、冒険者ギルドにばれることもねぇ」
「ふざけるなっ!」
アルクがウードに向かってロングソードを振り上げる。その胸に炎の矢が突き刺さった。
「あ…………」
アルクは呆然とした顔で胸に刺さった炎の矢を凝視する。
「終わりだ!」
タートスがアルクに駆け寄り、斧を振り下ろした。分厚い刃がアルクの肩に刺さる。
肉の潰れる音と同時に、アルクの体がくずおれた。
「さて…………と」
モーラがゆっくりとレーネに近づいた。
「これで、こっちは四人、そっちは三人ね」
「くっ…………」
レーネは後ずさりしながら、唇を強く噛む。
レーネの左右でミケとピュートが武器を構えた。
「あら? まだ、戦意は失ってないか。でも、あなたたちの死は確定してる」
「ミケは負けないにゃ!」
ミケはそう言うと、猫のようなうなり声をあげる。
「はいです。僕もまだ戦えます!」
ピュートは短剣の先端をモーラに向けた。
「さすが、Fランクね。状況を理解してない」
モーラは肩をすくめる。
「猫ちゃんは、いいアイテムを持ってるみたいだし、そのハンマーは殺した後に高く売ってあげる」
「ミケっ、ピュート! 下がって!」
レーネはモーラに向かって二本のナイフを投げた。
そのナイフをウードが短剣で叩き落とす。
「そろそろナイフもなくなったんじゃないのか?」
「はぁ? まだ、いっぱい持ってるし」
レーネは魔法のポーチから、新たなナイフを取り出す。
「…………まあ、何本でも投げるといいさ。投げナイフは警戒してれば、なんとでもなる」
ウードは長い手をだらりと下げて、レーネに歩み寄る。
「そういや、お前、ゴブリン退治の時にケンカを売ってきたな」
「だったら何?」
「今、買ってやるよ」
ウードは一気に前に出た。長い手を限界まで伸ばして短剣を振る。
レーネはつま先で床を蹴り、真横に逃げた。そして、持っていたナイフをウードに投げる。
「無駄だっ!」
ウードは首だけを動かしてナイフをかわし、長い足でレーネの頭部を蹴ろうとした。
上半身をそらして、レーネは蹴りを避ける。
二人の距離が僅かに開き、互いに溜めていた息を吐き出した。
「おい、手伝おうか?」
タートスがウードに声をかける。
「必要ない。こいつは俺だけで倒す。みんな、手を出すなよ」
「なら、俺はFランクの二人をやるか」
タートスは斧を構えて、ミケとピュートに近づく。
「二人とも逃げてっ!」
レーネがそう言うと同時に、モーラとグレイブが動いた。
左右に分かれて、ミケたちの逃げ道を塞ぐ。
「逃がすわけないでしょ」
モーラがにやりと笑う。
「でも、そのハンマーを渡してくれたら、苦しまずに殺してあげる」
「これはダメにゃ!」
ミケがピコこっとハンマーを両手でしっかりと握り締める。
「これは、彼方が貸してくれたいい武器なのにゃ。絶対に渡せないのにゃ」
「なら、苦しんで死になさい。グレイブっ!」
グレイブがのそりと前に出て、大剣を振った。
「にゃあああっ!」
ミケは手を床につけて、低い姿勢で避ける。
だが、それをグレイブも予想していた。太い丸太のような足で逃げようとしたミケの腹部を蹴り上げる。
ミケの体が吹き飛び、ピコっとハンマーが手から離れた。
「にゃ…………う…………」
ミケはよろよろと立ち上がり、ぴこっとハンマーを拾い上げる。
「…………ほぉ。まだ起き上がれるのか。今ので内臓を潰したと思ったんだが」
「そのハンマーが防御力を上げてるみたいね」
モーラは笑みの形をした唇を舐める。
「グレイブ、ハンマーは壊さないように注意して」
「ああ。まかせとけ」
グレイブは大剣を放り投げて、素手でミケに近づく。
動きが鈍くなったミケの腕を掴み、力任せに放り投げる。
ミケの体が壁に当たり、床にうつぶせに倒れる。
「う…………うにゃあ…………」
ミケは上半身を起こすが、立ち上がることはできなかった。
「これで終わりだな」
グレイブはミケの頭部を右手で掴んで持ち上げる。
「ミケさんっ!」
ピュートがミケを助けに行こうとしたが、その前にタートスが立ち塞がる。
「お前が死ぬのは、もう少し後だ。そこで待ってろ」
「じゃあな」
グレイブがミケを壁に叩きつけようとした瞬間――。
◇◇◇
【呪文カード:魔水晶のジャベリン】
【レア度:★★★★★(5) 属性:地 対象に強力な物理ダメージを与える。再使用時間:7日】
◇◇◇
青白く輝く半透明の槍がグレイブの巨体を貫いた。
「がはっ…………」
グレイブは極限まで両目を開き、胸元に突き刺さった長さ二メートルの槍を見つめる。
「ばっ…………バカな。どこから…………」
「ここからですよ」
グレイブの視線が長い階段に向けられた。
そこには、彼方と魅夜が立っていた。