最下層の戦い
「逃げてっ!」
レーネは近くにいたミケとピュートを左右の手で突き飛ばした。
同時にレーネの目の前に炎が迫る。
短く舌打ちをして、レーネはぐっとしゃがみ込む。レーネの頭上を炎が覆う。
強い熱気を感じて、レーネの顔が歪んだ。
床を転がるようにして、その場から離れる。
顔をあげると、十数人の冒険者たちが炎に包まれているのが見えた。
「がああああっ!」
冒険者たちは悲鳴をあげて、のたうち回る。肉と髪の毛が焼ける臭いが周囲に充満した。
レーネは視線を左右に動かす。
――ザックとムルは…………上手く避けたか。ミケとピュートも無事ね。アルクも大丈夫。後、残ってるのが三人っ!?
「どういうつもりだ!?」
アルクがロングソードをモーラに向けた。
「もう、わかってるでしょ。私が裏切り者ってわけ」
モーラはにんまりと笑いながら、後ずさりして距離を取る。
「逃がすかよ!」
三人の冒険者が、モーラに駆け寄る。
前を走っていた二人の冒険者がロングソードを振り上げた瞬間、その背後にいた巨漢の冒険者が大剣を横に振った。
ぐしゅりと不気味な音がして、二人の冒険者たちの首が飛ぶ。
二人は首のないまま、よろよろと歩いた。そして前のめりに倒れ込む。
「グレイブ…………お前…………」
アルクが色を失った唇を動かして、巨漢の男を凝視する。
「ああ。俺もカーリュス教なんだよ」
巨漢の男――グレイブがモーラを守るように前に立った。
「残りは…………六人か」
「そのうちの二人はFランクだから、実質四人ってところね」
モーラはそう言いながら、ザックに杖の先端を向ける。
オレンジ色の光球が放たれた。
「舐めるなっ!」
ザックは素早く左に移動する。
「この程度の速さなら、なんとでもなるっ!」
「そうね。でも、あなたを狙ったわけじゃないの」
突然、光球が直角に曲がり、ムルの肩に当たった。
爆発音がして、ムルの体が吹き飛ばされる。
モーラはピンク色の舌で上唇を舐めた。
「油断したわね。実は私、Cランクレベルの力を持ってるの。そして、グレイブもね」
「そういうことだ」
グレイブが大剣を構えて、ザックに攻撃を仕掛けた。
一メートルをゆうに超える刃が真横からザックの胴体を狙う。
その攻撃をザックはロングソードで受けた。
金属音が響き、ザックのロングソードが折れる。
「くそっ!」
ザックは折れたロングソードをグレイブに投げつけ距離を取る。
そして、黒焦げになった冒険者の側に落ちていた別のロングソードを拾い上げる。
「何度でも折ってやるよ」
グレイブは巨体を揺らしながら、ザックに近づく。
「ザックっ! 右っ!」
レーネの言葉に反応して、ザックは右に飛んだ。
同時にレーネが両手でナイフを投げる。
グレイブの目を狙った攻撃は大剣の分厚い刃で防がれた。
――あんな大きな武器を使ってるわりに動きが速い。たしかにCランクレベルの実力ってことか。
レーネは歯をカチリと鳴らして、新たなナイフを手に持つ。
「ミケも戦うにゃああ!」
ミケがピコっとハンマーを振り上げ、モーラに駆け寄る。
「Fランクは引っ込んでなさい!」
モーラは杖の先端をミケに向けた。
オレンジ色の炎がミケを包む。
「にゃあああ!」
ミケは両手を地面につけて、四足獣のように逃げる。
モーラの目が大きく開いた。
「焼き殺したと思ったけど、魔法耐性があるアイテムを持ってたのね」
ミケと入れ替わるように、ウサギ耳の獣人ピュートが前に出た。
ジグザグに動きながら、短剣でモーラを攻撃する。
「甘いのよっ! ウサギちゃん」
モーラは杖で短剣を受けて、新たな呪文を唱える。
頭上に五本の炎の矢が出現した。
「みんなっ! 下がって!」
レーネは大声をあげて、自分もモーラから離れる。
炎の矢が、レーネ、ザック、アルク、ミケ、ピュートに迫る。
その攻撃を、ザックとアルクはロングソードで受け、レーネとミケとピュートはすんでのところでかわした。
モーラの表情が険しくなった。
「作戦ミスだったようね」
レーネがナイフを構えて、じりじりとモーラに近づく。
「全員、最初の呪文で焼き殺せると思ったんでしょうけど、そうはいかない」
「そうね。多少残っても、私とグレイブで簡単に全滅させられると思ってた。なかなか、やるじゃない」
モーラは白い歯を見せて笑う。
「でもね、こっちはCランクレベルが二人。そっちはDランクが三人にFランクが二人。どっちが有利かはわかるわよね?」
「こっちだって、いつまでもDランクレベルってわけじゃないから」
「残念ながら、あなたたちが昇級試験を受けることはできないわ。ここで死ぬから」
「それはどうかな?」
突然、レーネの背後から男の声が聞こえた。
レーネが振り返ると、そこにはウードと斧をかついだタートスが立っていた。
ウードは黒光りする短剣を構えて、ゆっくりとモーラに近づく。
「これで、Dランクが二人追加だ」
「…………たしか、ウードだっけ?」
「そうさ。よろしくな」
ウードは片方の唇の端を吊り上げる。
「助かったぜ、ウード」
ザックがウードの隣でロングソードを構えた。
「いけすかねぇ奴だが、ここは協力して奴らを倒すぞ!」
「…………ああ。まかせとけって」
そう言うと、ウードは笑みを浮かべたまま、モーラを警戒していたザックの首筋に短剣を突き刺した。