彼方vsイリュート
黄白色に輝くロングソードの刃と彼方の聖水の短剣の刃がぶつかった。
甲高い金属音が部屋の中に響く。
イリュートは唇を動かしながら、ロングソードを真横に振る。
――呪文を使うつもりだな。あの唇の動きは…………目をくらませる呪文のほうか。
彼方はイリュートの唇の動きで呪文を予測し、左のまぶたを閉じる。
一秒後、イリュートの左手が輝くと同時に彼方は斜め後ろに下がり、イリュートから距離を取った。
「逃がしませんっ!」
イリュートは一気に前に出て、ロングソードを振り上げた。
彼方は閉じていた左目を開き、ロングソードの攻撃を聖水の短剣で正確に受ける。
「ちっ!」と舌打ちをして、イリュートが下がった。
「なかなかやりますね」
「その呪文は、さっき見てたからね」
そう言って、今度は彼方が前に出た。
ぐっと左足を前に出し、聖水の短剣を振る。その動きに合わせて、青白い刃が一気に伸びた。
イリュートの目が大きく開く。
イリュートは体勢を崩しながら、その攻撃を避ける。
彼方は、さらに一歩前に出て、聖水の短剣を振り下ろした。
長く伸びた刃が半透明の光の壁に当たって弾かれる。
イリュートは後ずさりしながら、ロングソードを構え直した。
「あなたの自信の理由がわかりました。その短剣と腕輪…………素晴らしいレアアイテムですね」
「…………まあね」
「そんないい武器を使っても、私には勝てない。あなた程度の実力では」
「そう思うんですか?」
「ええ。実はね…………私、本気を出してなかったんです」
イリュートの唇の両端が裂けるように吊り上がる。
「こっちは、まだ、倒さなければいけない冒険者がたくさんいますから、魔力を温存したかったんです。でも、特別に使ってあげますよ」
「特別に、ですか?」
「あなたの絶望する顔が見たくなったんです」
イリュートは両手を交差させるように動かす。彼の目の前に光の壁が現れた。
そして、イリュートは呪文の詠唱を始める。
――光の壁でこっちの攻撃を防ぎつつ、強力な呪文を撃つつもりか。
彼方の周囲に三百枚のカードが出現した。
左手を動かして、一枚のカードを選択する。
◇◇◇
【呪文カード:サイコレーザー】
【レア度:★★★★★★★(7) 属性:無 対象に魔法防御無効の強力なダメージを与える。再使用時間:15日】
◇◇◇
彼方は伸ばした人差し指をイリュートに向けた。
青白い光線が一直線に光の壁に当たる。
ガラスが割れるように光の壁が粉々になり、光線がイリュートの胸を貫いた。
「があっ…………」
イリュートの両目が極限まで開き、ロングソードが床に落ちた。
「そ…………そんなバカな…………」
イリュートは穴の開いた胸を両手で押さえる。手のひらが白く輝くが、その輝きはすぐに消えた。
「あ…………ぐっ…………」
「どうやら、回復呪文を使えるような状況じゃなさそうですね」
彼方はゆっくりとイリュートに歩み寄る。
「まあ、回復しようとしても、その前に僕がとどめを刺しますけど」
「バカな…………。こんな、強力な呪文を召喚師が…………使えるはずが…………」
「僕は召喚師とは言ってませんよ…………って、もう聞こえてないか」
イリュートは目を見開いたまま、絶命していた。
その姿を見て、彼方の表情が暗くなる。
――最初から殺す覚悟はしてた。だけど…………殺したくはなかったな。
聖水の短剣を握る手が微かに震えた。
――いや、この世界では覚悟を決めておかないと。自分の仲間を守るために敵は殺す。たとえ、それが人であっても…………。
「彼方様、大丈夫ですか?」
無言になった彼方に魅夜が声をかける。
「…………うん。平気だよ。ケガもしてないしね」
彼方は青白い顔で微笑んだ。
「これから、どうします?」
「まずは出口を確認しておこう。イリュートが言ったことがウソの可能性もあるし」
「わかりました。それにしても…………」
「んっ? どうかしたの?」
「いえ。前に召喚していただいた時よりも、彼方様が強くなっておられるので、少し驚いたんです」
「僕は君たちみたいに能力値が決まってるわけじゃないからね。それに、自分自身が強くならないと、カードを使う前に殺されてしまったら、意味ないから」
彼方はイリュートの死体に開いた穴を見つめる。
――遠距離の戦いなら、ザルドゥを倒した僕がやられる可能性は低い。だけど、近距離は注意しておかないとな。なんせ、僕の体は普通の人間と同じなんだから。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭って、彼方は息を吐き出した。