遭遇
彼方が扉を開けると、そこは二十メートル四方の部屋だった。
「ここは行き止まりですね。扉が他にありません」
背後にいた魅夜がため息をつく。
「このダンジョンは面倒ですね。似たような景色ばかりで、方向感覚がおかしくなりそうです」
「そのせいで、出口を見つけるのが、より難しくなってるかな」
彼方は薄暗い部屋の中を見回して、奥に進む。
「彼方様? この部屋は行き止まりでは?」
「いや、少し気になることがあってね」
「気になること…………ですか?」
「うん。扉を開けた時、一瞬だけど壁の一部が歪んだ気がしたんだ」
手を伸ばすと、壁に触れる前に指先が何かに当たった。
彼方は、それがノブだと気づいた。
「これは光属性の呪文かな。原理はわからないけど、扉を壁に見せかけて隠してたみたいだ」
「イリュートがやったんでしょうか?」
「多分ね。で、そんなことをやる理由は…………」
彼方はノブを回して、扉を開く。その先には上に続く長い階段があった。
「多分、この先にダンジョンの出口があると思う」
「当たりです」
突然、背後から男の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにはイリュートが立っていた。
イリュートは目を細めて微笑する。
「こんなに早くバレるとは思いませんでしたよ。しかも、あなたはFランクの冒険者みたいですね」
「僕は細かいところに気がつくタイプなんだ」
彼方は聖水の短剣を構える。
「そのせいで、死ぬのが早くなりましたね」
「それは、どうかな」
「んっ? まさか、私に勝てると思ってるんですか?」
「なんとかなると思ってるよ」
「…………ふっ、ふふっ」
イリュートは肩を震わせて、笑い声をあげた。
「あなた、面白い人ですね。異界人…………ですか?」
「うん。最近、この世界に転移してきたんだ」
「だから、魔法戦士の強さが理解できないんでしょうね。そして、Bランクの強さも」
「理解できないのは、あなたたちの行動ですよ。こんなことをしたら、罪人になって、死刑になるんじゃ?」
「なりませんよ。だって、私たちを告発できる者は全員死ぬのですから」
イリュートは腰に提げていたロングソードを抜く。
「あなたたちはダンジョンの中でモンスターに殺されて命を落としたと、冒険者ギルドに報告します。これで疑われることはないでしょう」
「彼方様、お下がりください!」
魅夜が彼方の前に立って、イリュートと対峙した。
「んっ? 君は…………誰かな? 集めた冒険者の中にはいなかったはずだが」
「戦闘メイドの魅夜です。お見知りおきを」
ひらひらと揺れるスカートを指先で持ち上げ、魅夜は軽く膝を曲げる。
「…………どうやって、このダンジョンに入ってきた?」
「僕が召喚したんですよ」
彼方がイリュートの疑問に答える。
「僕は召喚呪文みたいなものを使えるので」
「ほう。それは少し驚きました。異界人に、そんな能力があるなんて聞いたことがありませんでしたから」
「僕だけの特別な能力なんでしょう」
「それを、敵である私に喋っていいんですか?」
「大丈夫ですよ。だって…………あなたはここで死ぬんだから」
彼方の黒い瞳の色が濃くなった。
「魅夜っ! イリュートを倒せ!」
「承知しました!」
魅夜が漆黒のナイフでイリュートに斬りかかる。
イリュートは笑みを浮かべたまま、魅夜の連続攻撃を避ける。
イリュートの左手が輝き、周囲が白く輝く。
魅夜の視界が一瞬奪われた。
その効果を予測していたのか、イリュートが攻撃に転じた。
素早く魅夜に近づき、ロングソードを斜めに振り下ろす。
魅夜はナイフでロングソードの攻撃を受け流し、火の呪文を放つ。
オレンジ色の光球がイリュートに当たる寸前、半透明の壁が彼の前に出現した。
光球は壁に当たり、周囲に火花をまき散らす。
「あなたも魔法戦士でしたか」
「違います。私は呪文が使える戦闘メイドです!」
魅夜は低い姿勢でイリュートに近づき、連続でナイフを突く。
イリュートは左足を引いて、ナイフの攻撃を避けつつ、くるりと魅夜に背中を向ける。
そのトリッキーな動きに魅夜の反応が遅れた。
振り向いたイリュートは呪文の詠唱を終えていた。
光の矢が魅夜の太股に突き刺さった。
「これで終わりです!」
体勢を崩した魅夜に向かって、イリュートはロングソードを振り下ろす。
魅夜はナイフの刃に手を添えて、ロングソードの攻撃を受けた。
同時に光の矢が刺さった右足で、イリュートの腹部を蹴る。
イリュートは顔を歪めて、魅夜から距離を取る。
「やりますね。でも、その足では長くは戦えないでしょう」
「三分もあれば、あなたを倒せます」
魅夜は右足を引きずりながら、イリュートに近づこうとした。
「魅夜、もういいよ」
彼方が魅夜の肩に触れた。
「僕がイリュートを倒すから、君は下がってて」
「彼方様っ! 私はまだ戦えます!」
「わかってる。でも、僕が戦いたいんだ」
「私と戦いたい?」
イリュートが首を右側に傾ける。
「そんなことを言うFランクがいるとは思いませんでした」
「少しでも多く戦って、戦闘慣れしておきたいから。それに自分の予想が当たってるかも知りたいし」
「予想とは?」
「あなた程度なら、一分以内に倒せるという予想です」
「…………」
彼方の言葉に、イリュートは数秒間無言になった。
「…………頭の悪い異界人め」
イリュートの声が荒くなる。
「こっちが一分で殺してやる!」
イリュートはロングソードを振り上げ、彼方に襲い掛かった。