<< 前へ次へ >>  更新
8/333

第七階層、軍団長ダーグ

 彼方と魅夜、ティアナールは第七階層にいた。


 出会ったモンスターを倒しながら、曲がりくねった通路を上へと進んでいく。

 やがて、彼らの瞳に巨大な階段が映った。幅は七メートル以上あり、上部に黒い扉が見える。


「あれが、第六階層に行ける扉ですよね?」


 彼方の質問にティアナールがうなずく。


「ああ。あと六つの階層を抜ければ、地上に出られる。その後はガリアの森から王都に戻ることができる」

「そこに行けば安全なんですか?」

「もちろんだ。王都だから、警備も万全だぞ」


 自慢げにティアナールが胸を張る。


「さあ、行くぞ! 今は少しでも早く上の階層に進むだけだ」


 彼方たちは、石造りの階段を駆け上がる。黒い扉に手を触れた瞬間、扉に見たことのない文字が浮かび上がった。


「何だ、これ?」

「どうした? 彼方」


 ティアナールが彼方に駆け寄る。


「扉に変な文字が浮き出たんです」

「これは…………結界か」


 ティアナールは両手で強く扉を押した。だが、扉はぴくりとも動かない。


「…………ちっ、面倒だな」

「結界って、解く方法はないんですか?」

「これは無理だ。周囲の壁からも強い魔力を感じる。相当大がかりな結界だぞ。多分、迷宮への侵入者を防ぐためのものだろうな」


「その通りだ」


 突然、階段の下から男の声が聞こえた。


 彼方が振り返ると、黒い鎧を装備した男が立っていた。男の身長は百九十センチ程で、肌は褐色だった。髪は赤く、額から尖った角が二本生えている。男は巨大な斧を肩にかついで、階段を一歩上がる。


 白くなった彼方の頬が痙攣するように動いた。


 ――顔立ちは人間っぽいけど、角があって牙が生えている。こいつもモンスターか。


 彼方は男の表情と動き、持っている武器から、強いモンスターだと予想した。


「さて…………と、短いつき合いになるが自己紹介させてもらうか」


 男は唇をめくり上げるようにして笑った。


「俺は第七階層、軍団長のダーグ。ザルドゥ様の命により、お前たちを殺すことになった。異論はあるか?」

「あるに決まってる!」


 ティアナールが金色の眉を吊り上げて、ウインドソードを構えた。


「この結界を解け! そうすれば、お前を見逃してやる」

「ほーっ、軍団長の俺を見逃すか。強気なエルフだな」


 ダーグは持っていた斧を片手でくるりと回す。


「まあ、せっかく、俺が張ってた場所に来てくれたんだ。感謝するぜ」

「張ってたわりには、お前ひとりか?」

「俺ひとりで充分だからな。人間とエルフを殺すぐらい…………んっ?」


 ダーグの視線が、魅夜と重なった。


「どういうことだ? 三人いるじゃないか。お前は誰だ?」

「魅夜と申します」


 魅夜がメイド服のスカートの裾を持ち上げて、一礼した。


「どうやら、あなたは彼方様の敵のようですね」

「彼方? ああ、その異界人か」

「はい。私は彼方様にお仕えする戦闘メイドの魅夜です。お見知りおきを」

「どこから現れたのかを知りたかったんだが…………。まあ、どうでもいいか。三人とも殺すだけだしな」

「殺す? 彼方様をですか?」

「ああ。もちろん、お前もな」

「…………そう」


 魅夜の声が低くなった。


「それなら、あなたも殺さないといけませんね」

「俺を殺す? は、ははっ!」


 ダーグが楽しそうに笑った。


「面白いな。三人いればなんとかなると思ってるのか? これでも千の部下がいる軍団長なんだが」

「すみません」


 彼方はダーグに声をかけた。


「僕はあなたと戦いたくありません。逃がしてもらえませんか?」

「あぁ? お前、面白いこと言うな」


 ダーグは赤色の目を細めて、彼方を見つめる。


「お前たちを逃がして、俺に利益があるのか?」

「あなたが死ぬ可能性がなくなります」

「俺が死ぬ可能性ねぇ…………」

「僕があなたの立場なら、ここは戦わずに部下を呼びます」

「どうしてだ?」

「僕たちの能力が未知数だからです」


 彼方は短剣を構えている魅夜をちらりと見る。


「あなたたちは僕たちが二人だと思っていたみたいですね。でも、この通り三人います。そして、三人とも武器を持っている」

「武器は殺した奴らから奪ったんだろ?」

「この武器をですか?」


 彼方は無数の歯車が回る短剣をダーグに見せる。


「これは、僕の能力で具現化した武器です」

「たしかにそんな武器を持ってる奴はいなかったな。しかし、お前の魔力はゼロだと聞いてたが…………」

「この世界の魔力とは違う能力なんでしょう。予想ですけど」

「…………だから、どうした」


 ダーグは片方の唇の端を吊り上げる。


「人間が一人増えて、武器を手に入れただけだろ。それで俺に勝てるとでも思ってるのか?」

「それはわかりません。でも、僕の力のほうが、あなたより上の可能性だってゼロじゃないんです」

「ゼロだよ」


 ダーグはきっぱりと言い切った。


「お前の能力は想像がつく。多分、召喚師だろうな。だから、そのメイド服の女を召喚できた。そして、武器を収納するアイテムを隠し持ってて、装備させたってことだろう。だが、その程度の能力、たいしたことはないんだよ。弱点もわかったしな」

「弱点?」

「お前を殺せば、召喚された女は消えるってことだ。召喚師との戦い方なんて、こっちの世界じゃ誰でも知ってることなのさ」


 ダーグは斧の刃を彼方に向ける。


「それに、お前が戦闘に慣れてないのもわかる」


「彼方は殺させない」


 ティアナールが彼方を守るようにウインドソードを構える。


「お前は、私と魅夜で倒してやる!」

「やってみろ」


 そう言って、ダーグは階段を駆け上がった。一気に彼方に近づき、巨大な斧を振り上げる。その動きに対応して魅夜が右手をダーグに向ける。手のひらから出現したオレンジ色の光球が放たれた。その光球をダーグは素早い動きで避け、斧を魅夜に振り下ろす。


「くっ…………」


 魅夜はつま先で階段を蹴り、一気に階下に移動した。ダーグは魅夜を追わずに、彼方に迫る。


「させるか!」


 ティアナールがウインドソードを真横に振った。その攻撃をダーグは斧の柄で受ける。

 キンと金属音がして、ティアナールの体勢が崩れた。

 ダーグは彼方に駆け寄り、斧を斜めに振り下ろした。刃先が彼方の頭部に当たる瞬間、彼方はのけぞるようにして、その攻撃をかわす。斧が彼方の足元の階段を砕いた。


「ちっ!」


 ダーグは短く舌打ちして、片手で斧を振り回す。

 速く重い攻撃を、彼方はことごとくかわした。


「何で当たらないっ!?」


 機械仕掛けの短剣の効果でスピードが上がっている彼方に、ダーグの声が荒くなる。

 ティアナールと魅夜が左右から同時にダーグに攻撃を仕掛ける。ダーグは斧で二人の攻撃を受けた。

 彼方はダーグから距離を取りながら、唇を強く噛む。


 ――強い。ティアナールさんと魅夜、二人の攻撃を確実に防いでいる。パワーもあるし、このままだと、二人が危険だ。カードでサポートしないと!


 彼方は意識を集中させる。周囲に三百枚のカードリストが現れた。


<< 前へ次へ >>目次  更新