第七階層、軍団長ダーグ
彼方と魅夜、ティアナールは第七階層にいた。
出会ったモンスターを倒しながら、曲がりくねった通路を上へと進んでいく。
やがて、彼らの瞳に巨大な階段が映った。幅は七メートル以上あり、上部に黒い扉が見える。
「あれが、第六階層に行ける扉ですよね?」
彼方の質問にティアナールがうなずく。
「ああ。あと六つの階層を抜ければ、地上に出られる。その後はガリアの森から王都に戻ることができる」
「そこに行けば安全なんですか?」
「もちろんだ。王都だから、警備も万全だぞ」
自慢げにティアナールが胸を張る。
「さあ、行くぞ! 今は少しでも早く上の階層に進むだけだ」
彼方たちは、石造りの階段を駆け上がる。黒い扉に手を触れた瞬間、扉に見たことのない文字が浮かび上がった。
「何だ、これ?」
「どうした? 彼方」
ティアナールが彼方に駆け寄る。
「扉に変な文字が浮き出たんです」
「これは…………結界か」
ティアナールは両手で強く扉を押した。だが、扉はぴくりとも動かない。
「…………ちっ、面倒だな」
「結界って、解く方法はないんですか?」
「これは無理だ。周囲の壁からも強い魔力を感じる。相当大がかりな結界だぞ。多分、迷宮への侵入者を防ぐためのものだろうな」
「その通りだ」
突然、階段の下から男の声が聞こえた。
彼方が振り返ると、黒い鎧を装備した男が立っていた。男の身長は百九十センチ程で、肌は褐色だった。髪は赤く、額から尖った角が二本生えている。男は巨大な斧を肩にかついで、階段を一歩上がる。
白くなった彼方の頬が痙攣するように動いた。
――顔立ちは人間っぽいけど、角があって牙が生えている。こいつもモンスターか。
彼方は男の表情と動き、持っている武器から、強いモンスターだと予想した。
「さて…………と、短いつき合いになるが自己紹介させてもらうか」
男は唇をめくり上げるようにして笑った。
「俺は第七階層、軍団長のダーグ。ザルドゥ様の命により、お前たちを殺すことになった。異論はあるか?」
「あるに決まってる!」
ティアナールが金色の眉を吊り上げて、ウインドソードを構えた。
「この結界を解け! そうすれば、お前を見逃してやる」
「ほーっ、軍団長の俺を見逃すか。強気なエルフだな」
ダーグは持っていた斧を片手でくるりと回す。
「まあ、せっかく、俺が張ってた場所に来てくれたんだ。感謝するぜ」
「張ってたわりには、お前ひとりか?」
「俺ひとりで充分だからな。人間とエルフを殺すぐらい…………んっ?」
ダーグの視線が、魅夜と重なった。
「どういうことだ? 三人いるじゃないか。お前は誰だ?」
「魅夜と申します」
魅夜がメイド服のスカートの裾を持ち上げて、一礼した。
「どうやら、あなたは彼方様の敵のようですね」
「彼方? ああ、その異界人か」
「はい。私は彼方様にお仕えする戦闘メイドの魅夜です。お見知りおきを」
「どこから現れたのかを知りたかったんだが…………。まあ、どうでもいいか。三人とも殺すだけだしな」
「殺す? 彼方様をですか?」
「ああ。もちろん、お前もな」
「…………そう」
魅夜の声が低くなった。
「それなら、あなたも殺さないといけませんね」
「俺を殺す? は、ははっ!」
ダーグが楽しそうに笑った。
「面白いな。三人いればなんとかなると思ってるのか? これでも千の部下がいる軍団長なんだが」
「すみません」
彼方はダーグに声をかけた。
「僕はあなたと戦いたくありません。逃がしてもらえませんか?」
「あぁ? お前、面白いこと言うな」
ダーグは赤色の目を細めて、彼方を見つめる。
「お前たちを逃がして、俺に利益があるのか?」
「あなたが死ぬ可能性がなくなります」
「俺が死ぬ可能性ねぇ…………」
「僕があなたの立場なら、ここは戦わずに部下を呼びます」
「どうしてだ?」
「僕たちの能力が未知数だからです」
彼方は短剣を構えている魅夜をちらりと見る。
「あなたたちは僕たちが二人だと思っていたみたいですね。でも、この通り三人います。そして、三人とも武器を持っている」
「武器は殺した奴らから奪ったんだろ?」
「この武器をですか?」
彼方は無数の歯車が回る短剣をダーグに見せる。
「これは、僕の能力で具現化した武器です」
「たしかにそんな武器を持ってる奴はいなかったな。しかし、お前の魔力はゼロだと聞いてたが…………」
「この世界の魔力とは違う能力なんでしょう。予想ですけど」
「…………だから、どうした」
ダーグは片方の唇の端を吊り上げる。
「人間が一人増えて、武器を手に入れただけだろ。それで俺に勝てるとでも思ってるのか?」
「それはわかりません。でも、僕の力のほうが、あなたより上の可能性だってゼロじゃないんです」
「ゼロだよ」
ダーグはきっぱりと言い切った。
「お前の能力は想像がつく。多分、召喚師だろうな。だから、そのメイド服の女を召喚できた。そして、武器を収納するアイテムを隠し持ってて、装備させたってことだろう。だが、その程度の能力、たいしたことはないんだよ。弱点もわかったしな」
「弱点?」
「お前を殺せば、召喚された女は消えるってことだ。召喚師との戦い方なんて、こっちの世界じゃ誰でも知ってることなのさ」
ダーグは斧の刃を彼方に向ける。
「それに、お前が戦闘に慣れてないのもわかる」
「彼方は殺させない」
ティアナールが彼方を守るようにウインドソードを構える。
「お前は、私と魅夜で倒してやる!」
「やってみろ」
そう言って、ダーグは階段を駆け上がった。一気に彼方に近づき、巨大な斧を振り上げる。その動きに対応して魅夜が右手をダーグに向ける。手のひらから出現したオレンジ色の光球が放たれた。その光球をダーグは素早い動きで避け、斧を魅夜に振り下ろす。
「くっ…………」
魅夜はつま先で階段を蹴り、一気に階下に移動した。ダーグは魅夜を追わずに、彼方に迫る。
「させるか!」
ティアナールがウインドソードを真横に振った。その攻撃をダーグは斧の柄で受ける。
キンと金属音がして、ティアナールの体勢が崩れた。
ダーグは彼方に駆け寄り、斧を斜めに振り下ろした。刃先が彼方の頭部に当たる瞬間、彼方はのけぞるようにして、その攻撃をかわす。斧が彼方の足元の階段を砕いた。
「ちっ!」
ダーグは短く舌打ちして、片手で斧を振り回す。
速く重い攻撃を、彼方はことごとくかわした。
「何で当たらないっ!?」
機械仕掛けの短剣の効果でスピードが上がっている彼方に、ダーグの声が荒くなる。
ティアナールと魅夜が左右から同時にダーグに攻撃を仕掛ける。ダーグは斧で二人の攻撃を受けた。
彼方はダーグから距離を取りながら、唇を強く噛む。
――強い。ティアナールさんと魅夜、二人の攻撃を確実に防いでいる。パワーもあるし、このままだと、二人が危険だ。カードでサポートしないと!
彼方は意識を集中させる。周囲に三百枚のカードリストが現れた。