亜里沙vs女王蜘蛛
女王蜘蛛は怒りの咆哮をあげて、亜里砂に襲いかかった。ぱんぱんに膨らんだ胴体部分を震わせて、周囲に白い糸をまき散らす。
亜里砂はサバイバルナイフで糸を切りながら、女王蜘蛛の足元に潜り込む。舞うように体を回転させ、女王蜘蛛の脚の関節部分を斬った。
斬られた部分から透明の体液が溢れ出し、女王蜘蛛の体が傾く。
だが、女王蜘蛛は別の脚で亜里沙を攻撃する。
斜めに振り下ろされた脚を亜里沙はぎりぎりのタイミングでかわす。巨大な脚が硬い床に当たり、大きな音を立てた。
「チャンスっ!」
亜里沙はピンク色の舌で唇を舐めながら女王蜘蛛の脚に飛び乗り、その上を走り出す。
女王蜘蛛の頭部にサバイバルナイフが突き刺さった。
「キシャアアッ!」
女王蜘蛛は体を揺らして、亜里沙を振り落とした。
「一撃じゃ無理か」
亜里沙は女王蜘蛛から距離を取り、呼吸を整える。
レーネが亜里沙に駆け寄った。
「大丈夫?」
「もちろんっ! こんなところで死んだら、彼方くんに召喚してもらえなくなるし」
亜里沙はチェック柄のスカートについた白い糸を払う。
「それに、このおっきな蜘蛛は殺しがいがありそうだからね」
「なら、私がサポートする!」
レーネは近づいてきた女王蜘蛛の注意を引くように目立つ動きで左に移動する。
女王蜘蛛は攻撃対象を亜里沙からレーネに変えた。
前脚を振り上げて、レーネを狙う。
当たれば即死するであろう攻撃をレーネは冷静に避け、左右の手でナイフを投げた。そのうちの一本が女王蜘蛛の目に刺さった。
「これで二つっ! 残りは六つね」
レーネは脚と脚の間をすり抜けて、女王蜘蛛の背後に回った。女王蜘蛛も八本の脚を動かして、執拗にレーネを追いかける。
その時、ムルが気合の声をあげて、女王蜘蛛の胴体に斧を叩きつけた。
女王蜘蛛はレーネから、一瞬、目をそらす。
その隙をレーネは逃さなかった。
大きく開いた口にナイフが刺さる。
同時に亜里沙が動いた。
「獣人のおじさん、踏み台よろしくっ!」
亜里沙はスカートをなびかせて、ムルの広い肩にジャンプする。さらに、そこから高く飛び上がり、サバイバルナイフを女王蜘蛛の頭部に深く突き刺した。
「ガ…………ガガ…………」
女王蜘蛛はノドを鳴らすような声を出して、その動きを止めた。
数秒後、がくりと脚が折れ、女王蜘蛛の体が地響きを立てて倒れた。
「し、死んだの?」
レーネは警戒しながら、倒れた女王蜘蛛に近づく。
「うん。脳に刺さった感触があったからね」
亜里沙は女王蜘蛛に突き刺さっていたサバイバルナイフを両手で引き抜く。その部分から半透明の体液が流れ出す。
「時間があったら、もっとじっくり殺したんだけどな」
「おいっ、お前、誰だ?」
残りの蜘蛛を倒し終えたザックが亜里沙に歩み寄った。
「こんな若くて目立つ女は冒険者の中にいなかったはずだぞ」
「この子は彼方に召喚されたんだよ」
亜里沙の代わりに、レーネが答えた。
「召喚? 彼方がこいつを召喚したのか?」
ザックは目を丸くして、亜里沙を見つめる。
「モンスターじゃなくて、人間を召喚できるのか…………」
「彼方は異界人だから、私たちの世界の召喚術とは違うんでしょ。この子だけで行動してるみたいだし」
「たしかに彼方はいないみたいだな」
ザックは周囲を見回しながら、頭をかく。
「…………あいつ、とんでもないな。こんな強い女を召喚できて、攻撃呪文も使えて、武器も使えるのか」
「だから、前にも言ったでしょ。彼方はBランクだって」
「それなら、イリュートを倒せるかもしれないな」
「倒せるかも?」
亜里沙がぴくりと眉を動かす。
「彼方くんが倒せない相手なんて、いないよ」
「おいっ! それは言い過ぎだろ? この世界にはAランクやSランクの冒険者もいるし、とんでもなく強い兵士もいるんだ。それに上位のモンスターは災害レベルの強さを持ってるだぞ」
「彼方くんは、それ以上ってこと。だって、彼方くんは三百枚の…………あっ!」
亜里沙は慌てた様子で口元を押さえる。
「そうだ。能力のことは喋るなって言われてたんだった」
頭を抱えて、亜里沙はうなるような声を出した。
「とっ、とにかく、私はモンスター退治を続けるから」
「んっ? 俺たちといっしょに行動しないのか? そのほうがお前にとっても安全だろ?」
「それは無理なんだ。だって…………いっしょにいたら、あなたたちを殺したくなっちゃうから」
そう言って、亜里沙は美味しい料理を見るような目つきで、ザックを見つめた。