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レーネたちの戦い

「これはヤバイかな」


 レーネは四方から迫ってくる数百匹の蜘蛛を見て、唇を強く噛んだ。


 ――探索に出て、三時間もしないうちに、こんな状況になるなんて、幸運の女神ラーキルに嫌われちゃったか。


「キシャアアッ!」


 迫ってきた蜘蛛に向かって、レーネはナイフを投げた。

 ナイフは蜘蛛の頭部に突き刺さる。

 蜘蛛は半透明の液体を噴き出して、横倒しになる。


 視線を動かすと、三人の冒険者が血を流して倒れていた。


「やられるのが早いって!」


 レーネは短く舌打ちをして、瞳を左右に動かす。

 視界に、オモチャのようなハンマーを使って戦っているミケの姿が映った。


「うにゃあああ!」


 ミケは蜘蛛をハンマー――ピコっとハンマーで叩く。

 蜘蛛の動きが一瞬止まると同時に、隣にいたウサギの耳を持つ獣人のピュートが短剣で頭部を突き刺した。


「Fランクの二人のほうが、役に立ってるじゃん」


 そう言って、足元にいた蜘蛛をブーツで蹴り上げる。


「おいっ! レーネ」


 ザックがレーネに体を寄せた。


「マズいぞ! 奥の扉からうじゃうじゃ蜘蛛が出てきやがる。多分、隣の部屋に百匹以上いる!」

「ザック! ムルといっしょにしんがりお願い」


 そう言って、レーネはミケたちのいる場所に走る。


「そこの猫とウサギ、逃げるよ!」


「にゃっ! ミケは猫じゃないにゃ。ミケにゃ!」

「名前なんてどうでもいいから、こっちに来て!」


 レーネは近くにある扉に向かって走り出した。


 ――扉をチェックしてる暇はない。銀貨の裏が出るか、表が出るか…………。


 レーネはノブを回して扉を開いた。

 素早く視線を動かすと、そこは縦横三十メートル程の部屋だった。部屋の中はがらんとしていて、奥に一つだけ扉が見える。


「早く入って!」


 ミケ、ピュートが転がるように部屋に入り、その後にザックと獣人のムルが続いた。

 レーネが扉を閉めると同時に、向こう側から蜘蛛が爪を立てる音が聞こえてきた。


 ガリ…………ガリ…………ガリ…………。


 ――この扉、長くもたないかもしれない。蜘蛛は強いモンスターじゃないけど、数が多すぎる。もっと遠くに逃げないと。


「みんな、ケガはない?」

「今のところはな」


 ザックが額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。

「ミケは大丈夫にゃ」

「僕も平気なのです」


 ミケとピュートが答える。


「じゃあ、みんな、奥の扉に…………」


 その時、頭上から微かな音が聞こえた。


 レーネたちは同時に視線を天井に向ける。

 天井は白い糸で、びっしりと覆われていた。その中央部分に体長三メートル近い巨大が蜘蛛が蠢いている。蜘蛛は胴体部分から糸を出して、するすると下りてきた。その背中には半透明の小さな蜘蛛が何十匹も張りついていた。


「蜘蛛の女王様か…………」


 レーネの声が掠れる。


 ザックがロングソードの刃先を女王蜘蛛に向けた。


「こいつは全員でやるぞ!」

「承知っ!」


 ムルが斧を構えて、右側に移動する。その動きに合わせるように、レーネが左側に走った。

「ぐおおおっ!」


 気合の声をあげて、ムルが斧を振り下ろす。斧は女王蜘蛛の前脚に当たるが、数センチの深さしか傷つけられなかった。

 手に痺れを感じて、ムルはゆっくりと後ずさりする。


「脚は硬い…………ぞ」

「それなら、胴体を狙うだけだ!」


 今度はザックが女王蜘蛛に攻撃を仕掛けた。


「キシャアアッ!」


 女王蜘蛛は丸太のような前脚で近づこうとしたザックの動きを牽制する。


 その隙をついて、レーネが左側からナイフを投げた。ナイフはルビーのような蜘蛛の目に突き刺さる。


「私たちの連携プレイを甘くみないでよね!」


 レーネは低い姿勢で女王蜘蛛の背後に回り込む。


 背中に張りついていた蜘蛛たちが一斉にレーネに飛びかかる。

「ちっ」と舌打ちをして、レーネは蜘蛛たちの攻撃をかわす。


 蜘蛛たちは、ザック、ムル、ミケ、ピュートにも襲い掛かる。


「先に子供を倒して!」

「了解にゃ!」


 ミケはピコっとハンマーを振り回して、蜘蛛の動きを止める。

 その間に、ザック、ムル、ピュートが蜘蛛に致命傷を与えていく。


 自分の子供が殺される姿を見て、女王蜘蛛の目が燃えるように揺らめいた。

 八本の脚を動かして、レーネに迫る。

 距離を取ろうとしたレーネの体に白い糸が巻きついた。


 レーネの動きが一瞬止まる。


「キシャアアッ!」


 部屋中に響くような鳴き声をあげて、女王蜘蛛が前脚を振り下ろした。


 ――しまった! これじゃあ、逃げられ…………。


 その時――。


 ブレザー服姿の少女がレーネに駆け寄った。

 少女は持っていたサバイバルナイフでレーネを拘束していた糸を切る。


 レーネは前転して、女王蜘蛛の前脚の攻撃を避けた。


「ぎりぎり間に合ったみたいだね」

「あなた…………たしか、彼方が召喚した…………」

「うん。あなたを助けるのは二度目かな」


 少女――亜里沙は女王蜘蛛から視線をそらさずに唇を動かす。


「まっ、あなたは彼方くんの味方みたいだし、助けてあげる。それに蜘蛛を殺すのが私の仕事だから」


 そう言って、亜里沙は黒光りするサバイバルナイフで、女王蜘蛛に攻撃を仕掛けた。


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