<< 前へ次へ >>  更新
77/333

魅夜と亜里沙

「彼方様」


 魅夜が彼方の耳に唇を寄せる。


「こんな殺人鬼を召喚しなくても、他にもいいカードがあるのでは?」

「聞こえてるよ。ぺたんこ魅夜」

「…………はぁ?」


 魅夜の眉がぴくりと動いた。


「それはどういう意味?」

「胸がちっちゃいってことだよ」


 亜里沙は人差し指で、魅夜の胸を軽く突く。


「メイド服でごまかしてるけどさ、魅夜は七十センチちょっとでしょ。そんなんで、彼方くんを満足させられると思ってるの?」

「あっ、あなただって、たいして大きくないでしょ!」


 魅夜はこめかみをぴくぴくと動かしながら、ルビーのような赤い瞳で亜里沙を睨みつける。


「私は七十後半だから。彼方くんが一番喜ぶサイズなの」

「バカなこと言わないで! 彼方様が胸のサイズで女性を選ぶわけないでしょ。中身が大事なんだから」

「それなら、魅夜よりも私のほうが上じゃん。そっちは★四だけど、こっちは★五で攻撃力も防御力も高いしね」

「でも、召喚時間は私のほうが五倍近く長いから。それだけ、彼方様のお役に立つ時間も長いってこと」

「長ければいいってもんじゃないよ。彼方くんなら、十時間でも十回はできるはずだし」


 言い争いを続ける二人の間に、彼方が割って入った。


「何ができるのか、よくわからないけど、おしゃべりは終わり。魅夜も亜里沙も僕にとって、大切なクリーチャーだから」

「大切…………」


 彼方の言葉に、亜里沙は顔を赤くする。

 魅夜も胸元で両手の指を絡ませて、赤と黒の瞳を潤ませた。


「二人が争ってたら、召喚した意味がないから」


 彼方は亜里沙に視線を向ける。


「亜里沙、君の役目はダンジョンの中にいるモンスターの数を一匹でも多く減らすことだ。召喚時間限界まで、働いてもらうよ」

「了解っ!」


 亜里沙は元気よく返事をして、敬礼のポーズを取る。


「魅夜は前に言った通り、僕といっしょに行動して、出口探しとイリュートを倒す。いいね?」

「わかっています」


 魅夜は丁寧に頭を下げた。


「…………ただ、一つだけ質問があるのですが?」

「んっ? 何?」

「彼方様は、胸が大きな女性と小さな女性、どっちがお好みなのでしょうか?」

「…………そんなこと、どうでもいいよ」


 彼方は疲れた顔で、ふっと息を吐き出した。


 ◇


 彼方と魅夜は、亜里沙と別れて、ダンジョンの探索を再開した。

 いくつもの扉を開け、似たような形をした通路を進む。


 新たな扉を開くと、部屋の中央に四人の冒険者の死体があった。

 眉間にしわを寄せて、彼方は死体に歩み寄る。


「…………これもイリュートの仕業か」


 ロングソードで斬られた傷を見て、こぶしを硬くする。


 ――この人たちは…………Dランクか。一人の傷が背中についてるってことは、イリュートの奇襲を受けた可能性が高そうだな。それとも、最後の一人が逃げだそうとして、やられたか。


「呪文攻撃も受けてますね。これは……火属性の呪文とは少し違う傷跡に見えます」

「イリュートは光属性の呪文が使えるから、それにやられたんだろう」


 彼方は魅夜の質問に答えながら、プレートを回収する。


 ――Dランクの冒険者じゃ、四人でもイリュートには歯が立たないか。なんとか、早めにイリュートを見つけないと、どんどん冒険者が殺されてしまう。


 最下層にあった不気味な球体が脳裏に浮かび上がる。


 ――僕たちが死ぬことで、儀式が完了して、究極のモンスターが生まれる…………か。それを自分たちの勢力を拡大させるための生物兵器として使うのが目的だろうな。


 その時、正面の扉が開き、そこから、数匹の蜘蛛が現れた。蜘蛛は溢れ出るように、扉からうじゃうじゃと出てくる。


 彼方は素早く一枚のカードを選択する。


◇◇◇

【呪文カード:インフェルノ】

【レア度:★★★★★(5) 属性:火 複数の対象に火属性のダメージを与える。再使用時間:7日】

◇◇◇


 扉の前にいた蜘蛛たちが、一瞬でオレンジ色の炎に包まれた。


「キシャアア!」


 蜘蛛たちは八本の脚をばたばたと動かし、のたうち回る。

 そのうちの一匹が、炎をまとったまま、彼方に襲い掛かる。


 彼方は余裕をもって、その攻撃をかわし、聖水の短剣で蜘蛛を真っ二つに斬った。

 周囲に白い煙が充満し、蜘蛛の体液が蒸発する音がした。


 全ての蜘蛛が動かなくなると、彼方は額に浮かんだ汗を拭う。


 ――まだまだ、蜘蛛もいっぱいいるみたいだな。


 ふと、ミケとレーネのことを思い出す。


 ――あっちは三十人以上残ってるから、大丈夫だとは思うけど、早めにイリュートを倒して合流したほうがいいな。


 彼方は唇を強く噛んで、聖水の短剣を強く握り締めた。



<< 前へ次へ >>目次  更新