新たな問題
彼方と魅夜は部屋の東側にある扉を開け、細い通路を進み始めた。
左右の壁が淡く緑色に輝き、彼方たちの姿を照らす。
数十メートル程進み、突き当たりの扉を開ける。
そこは、さっきの部屋よりも大きな部屋で、扉の前に二人の冒険者が倒れていた。
冒険者たちの服は血に染まっていて、二人が死んでいることが遠目からでもわかった。
「イリュートに殺されたんでしょうか?」
魅夜の質問に、彼方はうなずく。
「多分ね。裏切り者の可能性もあるけど、斬り傷が前に見たのと同じだから」
――この二人は……Eランクの冒険者か。それじゃあ、イリュートから逃げるのは難しかっただろうな。
彼方は、二人のプレートを回収する。
――やっぱり、イリュートは少人数のパーティーから狙う作戦みたいだ。となると、僕たちを見かけたら、襲ってくるのは間違いない。Dランク以下の冒険者だとわかってるんだし。
「問題は、おとりの僕たちを見つけてくれることか」
そうつぶやいて、彼方は部屋の奥の扉を開ける。
扉の先には細い階段があった。階段を百段程上がると、また扉がある。
彼方は警戒しながら、扉を開ける。
そこは、縦横五十メートル程ある正方形の部屋だった。彼方の開けた扉は五階部分にあり、周囲は無数の扉が並んでいる。
その時、下から女の悲鳴が聞こえてきた。
視線を落とすと、冒険者の女が数十匹の蜘蛛に追われているのが見えた。蜘蛛は体長一メートル程で半透明の体をしていた。楕円形の腹部は大きく膨らんでいて、トゲのような突起物が生えていた。
――モンスターもいるのか!
「魅夜、あの冒険者を助けるよ」
彼方はそう言うと、細い通路を走り、狭い階段を駆け下りた。
「キシャーッ!」
二匹の蜘蛛が彼方に気づいて、甲高い鳴き声をあげた。
彼方は走りながら呪文カードを使用する。
◇◇◇
【呪文カード:六属性の矢】
【レア度:★★★(3) 六属性の矢で対象を攻撃する。再使用時間:10日】
◇◇◇
彼方の頭上に六本の輝く矢が出現した。矢は、赤色、青色、緑色、黄土色、黄白色、黒色で、それらが弓で射られたかのように蜘蛛たちの体に突き刺さった。
八本の脚をばたつかせている蜘蛛たちをすり抜け、彼方は一気に前に進む。
一匹の蜘蛛が高くジャンプして彼方に攻撃を仕掛けてきた。
彼方の持っていた聖水の短剣の刃が揺らめきながら伸びる。
その刃で彼方は蜘蛛を斬った。
水のような液体を噴き出し、蜘蛛が真っ二つに割れる。
さらに二匹の蜘蛛が左右から彼方を襲う。
右側の蜘蛛が一瞬で炎に包まれた。
――魅夜の呪文攻撃か。
状況をすぐに理解した彼方は、左側の蜘蛛を攻撃する。聖水の短剣を斜めに振り下ろし、蜘蛛の体を斬る。
その背後から、別の蜘蛛が飛びかかってきた。
彼方が意識を集中させると、聖水の短剣の刃が一気に数メートル伸びる。
揺らめく刃が蜘蛛の腹部を貫いた。
「キュ…………キシュ…………」
断末魔の声をあげて、蜘蛛が八本の脚をばたばたと動かす。
「ぎゃあああああっ!」
女の悲鳴を聞いて、彼方の眉間にしわが刻まれる。
さらに三匹の蜘蛛を斬り、女に襲い掛かっている蜘蛛二匹を倒した。
「大丈夫ですか…………」
彼方の声が途切れた。
女の左胸と首に大きな傷があり、見開かれた目は輝きを失っていた。
彼方に迫っていた蜘蛛の脚を魅夜が闇属性のナイフで斬ると、残った蜘蛛たちはカシャカシャと脚を動かして逃げ出していった。
「間に合いませんでしたか?」
魅夜の質問に彼方は「うん」とうなずく。
視線を動かすと、部屋の隅に二人の男が倒れていた。男たちの手足は斬られていて、遠目からでも死んでいるのがわかった。
――これはまずいな。蜘蛛のモンスターは強くはないけど、数が多そうだ。他にも別のモンスターがいるかもしれないし、イリュートと裏切り者もいる。これじゃあ、外に出れる扉を探すのも、より時間がかかる。
彼方は蜘蛛たちが逃げ去った扉を見つめる。
「どっちにしても、あの群れは全滅させておいたほうがいいか」
周囲に三百枚のカードが浮かび上がり、その中から、一枚を選択する。
◇◇◇
【召喚カード:無邪気な殺人鬼 亜里沙】
【レア度:★★★★★(5) 属性:闇 攻撃力:2000 防御力:400 体力:800 魔力:0 能力:無属性のサバイバルナイフと体術を使う。召喚時間:10時間。再使用時間:7日】
【フレーバーテキスト:人を殺すのが、どうしていけないの? 楽しいし、気持ちいいじゃん】
◇◇◇
彼方の前に、ブレザー服姿の女子高生が現れた。髪はセミロングで、左目の下には小さなほくろがある。桜色の唇は薄く、右手には黒光りするサバイバルナイフが握られていた。
「はーい、彼方くん、おひさーっ!」
亜里沙はにこにこと笑いながら、彼方に駆け寄る。
「それで、私は誰を殺せばいいの?」
「…………相変わらず、殺すのが好きみたいだね」
「そのほうが、彼方くんも嬉しいんでしょ?」
「…………そうだね。君を召喚した理由はモンスター退治だから」
彼方は視線を蜘蛛の死体に向ける。
「このダンジョンには蜘蛛のモンスターがいるんだ。それを殺して欲しい。君独りで行動してもらうから、大変だと思うけど」
「この程度の蜘蛛ぐらい問題ないよ。で、全部殺していいんだよね?」
「うん。ただし、モンスター以外は殺さないように」
彼方は状況を亜里沙に説明する。
「…………だから、イリュート以外の冒険者は殺したらダメだ。もし、向こうが君を敵と勘違いして攻撃してきたとしても、戦わずに逃げるように」
「えーっ? 裏切り者がいるんなら、全員殺したほうが楽でいいじゃん」
亜里沙はぷっと頬を膨らませる。
「モンスターを殺すより、人間を殺すほうが楽しいのに」
「文句があるなら、カードに戻ってもらうよ」
「あっ、ウソウソっ! ちゃんと命令は守るから」
そう言って、亜里沙はぺろりとピンク色の舌を出した。