行動開始
「あなた、何言ってるの?」
モーラが呆れた顔で彼方を見る。
「Fランクのあなたがイリュートに勝てるわけないでしょ。ネーデ文明のマジックアイテムを持ってるみたいだけど、イリュートの武器や防具だって、相当いい物なの。それに、あっちはBランクの魔法戦士なんだから」
「わかってます。でも、僕もそれなりに強いので」
「それなりって……」
モーラは赤毛の眉を中央に寄せる。
「あなた、魔法戦士の怖さがわかってないのね。魔法戦士は武器で攻撃しながら、呪文も使ってくるの。その戦い方に慣れてない者なら、十秒もかからずに殺されることになるから」
「そういうタイプのモンスターと何度か戦ったことがあるんです。イリュートとはレベルが違う……と思いますけど」
「呪文が使えるゴブリンとでも戦ったの?」
「…………そんなところです」
「なら、意味ないわ。あいつの強さは底が知れない。魔力だけで比べても、魔道師の私よりも上なのは間違いないから」
モーラは持っていた杖を強く握り締める。
「あなたの魔力は…………ないみたいね」
「ええ。ギルドの受付のお姉さんに魔力ゼロって言われました」
「それなのにイリュートと戦うって言うの?」
「はい」と彼方は即答する。
「もちろん、勝てないとわかったら、逃げ帰ってきますから」
「彼方っ!」
ミケが彼方の上着を掴んだ。
「ミケはいっしょに行かなくていいのかにゃ?」
「うん。ミケはアルクさんたちと行動して欲しい」
「…………そのほうが、彼方は助かるのかにゃ?」
「僕もミケといっしょにいたいけど、今の状況なら、ひとりのほうが動きやすいからね」
「わかったにゃ。ミケは、みんなとがんがるにゃ」
真剣な表情で、ミケはうなずいた。
彼方はミケの耳を撫でて、アルクに視線を動かす。
「アルクさん、ミケをお願いできますか?」
「あ、ああ。だが、無理はするなよ」
アルクが彼方の肩を掴んだ。
「君が戦闘慣れしてるのはわかるが、相手がBランクの魔法戦士じゃ分が悪い」
「彼方…………」
今度はレーネが彼方の腕に触れた。
「あなたとイリュートがほんとに戦うことになるとはね」
「まあ、なんとかなると思うよ」
「なんとかなる…………か。Fランクのあなたがそんなこと言っても、誰も信じないだろうけど…………」
レーネの漆黒の瞳が揺らぐ。
「…………死んだら許さないからね」
そう言って、レーネは彼方の腹部にこぶしを押しつけた。
◇
扉を開けると、そこは細長い通路だった。通路の左右には、数十枚の扉が並んでいる。
彼方は一番手前の扉を開く。
その扉の先にも、長い通路と数十枚の扉があった。
――構造的にありえないな。これだけ通路が長いと、他の通路と重なってるはずなのに。空間を歪めてるってことか。
「これだと、普通の迷路を攻略する方法は使えそうにないな」
ため息をついて、右側の扉を開ける。
そこは、縦横二十メートル程の部屋で四方に壁があった。
部屋の中央で彼方は腕を組む。
――イリュートはこのダンジョンを熟知してるだろう。奇襲されると面倒だし、召喚カードを使っておくか。
意識を集中させると、彼方の周囲に三百枚のカードが現れた。
彼方は一枚のカードを選択する。
触れたカードが輝き、目の前にメイド服を着た少女が現れた。
◇◇◇
【召喚カード:忠実なる戦闘メイド 魅夜】
【レア度:★★★★(4) 属性:火 攻撃力:700 防御力:200 体力:700 魔力:1200 能力:闇属性のナイフを装備し、火属性の魔法が使える。召喚時間:2日。再使用時間:10日】
【フレーバーテキスト:アクア王国の戦闘メイドには注意したほうがいい。彼女たちは美しいだけではなく、魔法も武器も使える戦士なんだ】
◇◇◇
魅夜は十代半ばぐらいの外見で、ツインテールの髪は黒く、左右の瞳の色が違っていた。右の瞳はルビーのように赤く、左の瞳は黒曜石のように黒い。
魅夜は広がったスカートを指先で持ち上げ、軽く片膝を曲げる。
「また、私の力が必要なようですね。彼方様」
「うん。よろしく頼むよ」
彼方は魅夜に状況を説明する。
「…………なるほど。私は彼方様を守りながら、イリュートを倒せばいいってことですね」
「それと出口探しだね。長丁場になるかもしれないから、召喚時間が長い君に決めたんだ」
「それが、私の強みですから」
魅夜は唇の両端をきゅっと吊り上げる。
「もう一人は誰を召喚するのですか?」
「今はいいよ。人数を少なめにしておいたほうがイリュートが狙ってくる確率が高くなるから」
「それも、私を召喚した理由みたいですね」
「うん。君も僕も強そうには見えないだろうから」
そう言いながら、彼方はアイテムカードを選択する。
◇◇◇
【アイテムカード:聖水の短剣】
【レア度:★★★★★★★★(8) 水属性の短剣。装備した者の意思を読み、刃の形状を変える。具現化時間:24時間。再使用時間:20日】
◇◇◇
目の前に青い刃の短剣が具現化された。
彼方はその短剣を掴む。
風に揺れる湖面のように青い刃が揺らいだ。
その短剣を見つめると、一瞬で刃の長さが一メートル以上伸びた。
――これなら、狭いダンジョンでも使いやすいし、相手の意表を突くことができる。ネーデの腕輪で力も強化してるし、十分戦えるだろう。
「じゃあ、ダンジョン探索を始めようか」
「はい」と魅夜は返事をする。
「でも、ちょっと残念です」
「残念って、何が?」
「いえ、今回も夜のご奉仕を頼まれることはなさそうですから」
そう言って、魅夜はふっと息を吐いた。