分裂と選択
「あと三人…………」
アルクの声が掠れた。
「まだ、三人の裏切り者がいるってことか?」
「その可能性は高いと思います」
彼方は険しい表情で首を縦に動かす。
「誰だっ!」
ザックが声を荒らげた。
「誰がカーリュス教の信者なんだ?」
「言うわけないでしょ。バカね」
レーネがザックの腕を軽く叩く。
「残った三人の目的は、見つからないように私たちを殺して、卵の生け贄にすることだから」
「……くそっ! 楽な仕事だと思ったのに」
ザックはぎりぎりと歯を鳴らす。
「で、どうするの? アルク」
レーネがアルクに質問する。
「裏切り者が誰かがわからないなら、全員で協力するのは難しいよね」
「……ああ。十人程度のグループを作って探索するつもりだったが、そうもいかなくなったな」
「そうね。信用おけない人物が近くにいたら、休むことだってできないし」
「本来のパーティーごとに探索をして、情報を共有していくぐらいしかないか」
「そのパーティーの中に裏切り者がいたら、どうにもならないけどね」
レーネはふっと息を吐く。
「裏切り者なんか、どうでもいい」
ウードが低い声で言った。
「全員敵だと思っておけばいいだけだしな」
その言葉にアルクの眉が動く。
「ウード、そんなことは言わないほうがいい。僕たちが争い始めたら、奴らの思うつぼだぞ」
「ふんっ! 俺に指図するなよ。ゴブリン退治の時と違って、お前はまとめ役じゃないんだからな」
ウードは鋭い視線を冒険者たちに向ける。
「俺は自由にやらせてもらうぞ」
「協力しないってことか?」
「そうさ。どうせ、脱出できるのは十人なんだからな。全員助かるのは無理ってことだ」
「その通りだ」
ウードと行動を共にしていた男がうなずく。
「この中でカーリュス教ではないとわかってるのは、俺自身とウードだけだからな」
「タートスとは、よく組んでるからな。それに、こいつと俺ならイリュート相手でも、なんとかなるかもしれねぇ」
「イリュートに勝てると言うのか?」
アルクの質問に、ウードは鼻で笑う。
「勝てるわけないだろ。イリュートが襲ってきても、二人なら逃げられる手があるってことだ」
そう言って、ウードは丸太のようなタートスの腕を軽く叩く。
「行こうぜ、タートス」
二人は近くの扉を開けて、その場から去っていった。
◇
「俺たちも行こう」
ひげを生やした冒険者が、パーティーの仲間に声をかけた。
「他の奴らより早く扉を見つけないと、出られなくなるぞ」
「あ、ああ。そうだな。早めに逃げないと、あの卵が
パーティーで参加している冒険者たちが、思い思いに動き出す。
「まっ、待て」
アルクがひげを生やした冒険者の手を掴む。
「バラバラに動いたら、イリュートにやられるぞ」
「わかってる! だが、裏切り者といっしょに行動してたら、寝てる間に殺されるかもしれない。そのほうが危険だ。イリュートを見かけたら、戦わずに逃げればいいしな。それに…………」
「それに、何だ?」
「いや…………」
ひげを生やした男はアルクから視線をそらした。
「イリュートに他の冒険者を狙わせればいいって考えですよ」
彼方が
「そうすれば時間も稼げますしね」
「…………ああ。そうさ。自分たちの命が最優先だからな。悪いか?」
「いえ、僕だって、まずは親しい仲間を守りたいって思いますから」
「…………俺たちが、このダンジョンから抜け出せたら、すぐに助けは呼んでやる。それは約束する」
そう言って、ひげを生やした男とその仲間たちは、二階部分にある扉から出て行った。
◇
――残ったのは、三十二人か。
彼方はアルクの周りに集まっている冒険者たちを見回す。
――単独で依頼を受けた冒険者が多そうだな。まあ、裏切り者がいる状況じゃ、他のパーティーに入れてもらえる可能性は低いだろう。
「みんなっ、話を聞いてくれ!」
アルクが大きな声を出した。
「残った三十二人を四つのグループに分けよう」
「分けてどうするの?」
女魔道師のモーラが質問する。
「二つのグループがダンジョンの探索をして、残った一つのグループが休憩を取る。残った一つのグループが見張りだ。それを交代でやる」
「裏切り者がいても、ちゃんと休めるようにするわけね」
「ああ、そうだ。八人も見張りがいれば、なんとかなるだろう」
「そうね。悪くない考えだと思う。八人なら、イリュートも襲ってこないかもしれない」
モーラは腰に手を当てて、不安げな表情をした冒険者たちに視線を向ける。
「あんまり強い冒険者はいないみたいだけど、数も力だしね。ある意味、残った選択をした私たちのほうが正解だったのかもしれない」
「そうかもしれません」
彼方がつぶやくように言った。
「僕がイリュートなら、少人数のパーティーから狙います。そのほうがリスクが低いから」
「でしょうね。一番多いパーティーでも五人だったから」
アルクが胸元で両手を叩いた。
「じゃあ、反対の者はいないな?」
冒険者たちは無言でうなずく。
「アルクさん」
彼方が軽く右手を上げる。
「僕は単独行動を取らせてもらいたいんですけど」
「んっ? 単独行動って、どういうことだい?」
アルクがまぶたをぱちぱちと動かす。
「君はイリュートが少人数のパーティーを狙うと言ったばかりじゃないか。独りなら、もっと狙われやすくなるぞ?」
「それが目的ですから」
「目的って…………まさか…………」
「はい。イリュートを倒しておこうと思って」
彼方の言葉に、その場にいた冒険者たちの目が大きく開いた。